魔法雑貨店で生産体験
イルカディムにおいて、1日は36時間だ。季節によって変わってくるが、ゲーム内の昼夜は、以下のようになっている。
4月15日(現実)
昼:00:00~18:00
夜:18:00~00:00
4月16日(現実)
夜:00:00~12:00
昼:12:00~00:00
4月17日(現実)
昼:00:00~06:00
夜:06:00~00:00
……
アプリコットが現実での食事を終えて再ログインしたのは、昨日と同じ19:00頃。しかし、上記の理由により、今日のミナピソルの空は昨日と違って明るかった。
今度は先ほどとは逆側に向かって歩いていく。ほどなく、彼女は魔法雑貨店の前で足を止めていた。ショーケースにはネックレスなどの身に付ける物から、使い方のわからない物まで、様々な商品が並べられている。アプリコットはそれらをじっくりと観察していた。
「えっと、たぶん作り方はあっちと変わらないね。だったら……」
アプリコットがここでそんなことをしているのには意味がある。それは杏梨の魔法以外の趣味が理由だ。
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魔法との衝撃的な出会いを果たしてから数日後、杏梨は地元の図書館を訪れていた。魔法について調べるためだ。しかし、思ったような資料は見つからなかった。魔法はあくまでも空想の産物。それが世間の常識であった。そのうえ、数少ない現実での「魔法に関わる資料(歴史や実在した教団・宗教の記録など)」は小学生の杏梨には難しかった。
そんな杏梨でも理解できたのが『魔法道具の作り方』という、パワーストーンなどを用いた手芸の本であった。これを機に杏梨は手芸に興味を持ち、それはいつしか、杏梨のもう1つの趣味と呼べるまでになっていた。
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「どうしたんだい?」
店内から男の人が声をかけてきた。見た目は30代~40代くらいのエルフと思われる耳の長い人だ。
「魔法雑貨に興味があって」
「そうかい。なら中で見ていくがいい。」
アプリコットはお言葉に甘えて店内に足を踏み入れる。中にはショーケースにない商品も陳列されていた。
「その恰好ということは来訪者だよね? どうして魔法雑貨に興味が?」
この店員も、来訪者がみな同じ服を着ていたことから、アプリコットもそうではないかと判断したようだ。
「えっと、元々手芸をしているんですけど、そこに魔法を絡めたことがなくって。」
「なるほど。よし、これも何かの縁だね。少しくらいなら私が教えてあげよう。」
「え、いいんですか!?」
アプリコットにとってまたとない提案だ。おもわず破顔する。
「店には従業員もいるしね。それに、来訪者がどういう作品を作っていくのかに興味がある。そうそう、私はリランという。」
「アプリコットです。よろしくお願いします!」
アプリコットは勢いよく頭を下げた。
「アプリコットか。こちらこそよろしく。」
そんなアプリコットにリランは微笑みながら、店舗奥の生産スペースに彼女を迎え入れた。
「アプリコットは今、生産系のスキルを持っているかな?」
生産スペースでリランがアプリコットに尋ねる。
「いえ、持っていません。」
「なるほど。ではスキルのアシストなしということになるね。」
「スキルのあるなしで何が変わるんですか?」
「完成までの時間と品質だね。スキルがあると、やっていることを意識せずに魔力で行使することができるようになる。」
「後天的にスキルを得ることはできますか?」
「『そのスキルに関する技能を高めたらスキル化する』とは言われているね。」
アプリコットはリランの発言に対して思案する。自身の《マジックトーチ》やアニーの《薙ぎ払い》はアーツであるが、似たようなものだったんだろう。となると気になるのは、取得スキル外のアーツを獲得できるのか。その際にスキル化するのか。ということだが、これは今聞くべき話じゃないと思い、アプリコットは今からのことに集中する。
「アプリコットにはまず、魔力を込めてこれを曲げてもらう。」
そう言ってリランは、両手で掴んでちょうどいい大きさの塊を2つ取り出した。そのうち片方を持って説明を始める。
「これは〈魔粘土〉といってね。魔力を流しながら触ると柔らかくなるんだ。」
リランの手が淡く光ると、先ほどまで硬かった物体が見違えるように柔らかくなる。そのままリランは成形を行い、あっという間に陶器の器が作り出された。そんな様子をアプリコットはキラキラした目で見ている。
(すごい! まさしく魔法での創作だ!)
「まずは、アプリコットの思うままやってみようか。」
アプリコットの興奮を知ってか知らずか、リランが課題を出してくる。アプリコットはとりあえず、何も考えずに〈魔粘土〉に触ってみた。特に変化はない。というか魔力の込め方なんて分からない。《マジックボール》等はアーツが勝手に魔力を形成するのだ。
「難しいです。」
「体内の魔力を意識してみて。」
リランの言葉に、アプリコットはチュートリアルでの出来事を思い出した。ドゥクシアに手を握られて《魔力操作》がスキル化したときの、身体に流れる温かい力を。それを意識的に感じるため、アプリコットは目を閉じて唱える。
「ステータス画面展開」
実際に展開されているかは、目を閉じているアプリコットには分からない。けれど、体内に魔力が流れているのは分かる。しかし、それを外に流す糸口が掴めない。このままでは埒が明かないと、アプリコットはリランに尋ねる。
「《マジックトーチ》を発動してもいいですか? 杖に流れる魔力を感じたいです。」
「少しなら構わないよ。」
「ありがとうございます。 《マジックトーチ》」
アプリコットは杖を装備し、少量のMPで灯りを点けた。昨日と違うのは、目を閉じて魔力の流れを意識していることである。先ほどまでと違い、魔力が身体から杖へ流れていることが分かる。
(この状態を〈魔粘土〉相手にも維持すればいいよね。だったら、〈魔粘土〉を間に挟んじゃえば……)
そう思ってアプリコットは目を開けて〈魔粘土〉を持ち、それを杖を持っている掌に当てる。
シュッと灯りが小さくなり、ベチャっと粘土が机に落ちる。ビクッとしたアプリコットの魔力操作は乱れ、《マジックトーチ》は完全に消えた。
「上手くいったね。」
リランは褒めてくれたが、なんか締まらない感じである。
その後、〈魔粘土〉だけを持って魔力操作を再開したアプリコット。今度はすぐに曲げることができたが、柔らかくなりすぎて千切れてしまう。
「魔力の込めすぎだね。」
「すみません。」
「大丈夫だよ。ひどいときは爆発するから。」
「爆発!?」
物騒なワードにアプリコットは思わずのけぞる。
「それに、今使えるスキルやアーツからやり方を探っていくのはいいやり方だよ。自信を持って。」
「ありがとうございます!」
リランの言葉に励まされたアプリコット。と同時に、あることを思い出す。
(そういえば《マジックトーチ》ってMP量によって効果が変わるんだよね?)
もう一度を発動する。今度は流す魔力を変えてみる。アーツによるアシストのおかげで、灯りの強弱は簡単に変えることができた。後はこれをアーツなしで〈魔粘土〉にも同じことをすればいい。アプリコットは強弱を変えたときの魔力の流れを必死に覚えた。
そうして杖と粘土を交互に持ち替えて少し経った頃、脳内にアナウンスが鳴った。
『スキル《魔力操作》のレベルが上がりました。』
『アーツ《魔粘土形成》がアクティベートしました。』
アプリコットが〈魔粘土〉に流し込む適量の魔力量を理解したことで、今までの努力がスキルのレベルアップとアーツ化という形で実ったのだ。
「やった! できました!!」
「おめでとう! これで体に触れている物体への魔力の流し方は覚えたね。」
「はい!」
「魔力を物に流すのは、魔法のモノづくりの基本だ。ここから、細工や鍛冶に派生していくんだ。」
《魔粘土形成》のアクティベートができたのもつかの間、次の講義が始まった。
「次は魔法裁縫に挑戦してもらうよ。この針を通して糸に魔力を通す。やりすぎると糸が弾け飛ぶから注意してね。」
そう聞いたアプリコットは恐る恐る、粘土相手よりも小さい魔力で縫い始める。現実でもやっているのもあって、縫い自体は上手かったが……。
「だめだね。魔力が糸に通ってない。」
変化が如実に表れる、かつ直接触れていた〈魔粘土〉と違って、糸に魔力が通っているかを判断するのが難しかった。
(かといって、〈魔粘土〉と同じくらいだと爆発しちゃうらしいしなぁ。……あ。)
アプリコットは何かに気づき、再び針に糸を通す。ちなみに、糸を通す難易度は現実と変わらない。
通した糸を短く切って、〈魔粘土〉と同じくらい魔力を込める。案の定、糸ははじけ飛んだ。
(これは予想通り。じゃあ次!)
アプリコットは次々と同じ作業を繰り返していった。ただし、込める魔力は徐々に減らして。そうして数十の無残な糸切れの残骸を生み出した頃、アプリコットは糸が爆発しないギリギリの量を把握した。
(後は縫うだけ。)
そう思い、布を取り出して縫い始める。問題なく縫うことができた。
「うん。今度は問題ないね。」
リランもお墨付きだ。
「ただ、布にも魔力が流れるから、もう少し込める魔力を増やしたほうがいいね。」
ガーン
アプリコットの数十の努力は、中途半端な結果に終わった。まあ、ほどなく無事適量を見つけ出したのだが。
『アーツ《魔法裁縫》がアクティベートしました。』
「次は、〈魔力レジン〉の硬化作業をやってもらうんだけど、これはすぐには無理だと思う。まずは見本を見せるね。」
そう言ってリランはボトルから液体を型へ流し込む。そして流し終えると、手でそれを覆った。すると、覆った部分から光が零れだす。約2分後に手が離れると、液体はすっかり硬化していた。
「こんな感じで、直接触らずに物体に魔力を干渉させる必要がある。というわけで、宿題だ。杖なしで《マジックトーチ》を発動できるようになったらまた来なさい。」
こうして、1回目の授業は終わりを告げた。