プロローグ:始まりの記憶
「多くの人々が夢見た、フルダイブ型VRMMO【First Step Online】来春発売! 仮想世界で新たな一歩を踏み出そう!」
そんな言葉が倉光 杏梨のもとに飛び込んできたのは、彼女の高校生活最後の夏休み中、受験勉強の休憩中にテレビを見ていた時だった。
僅か30秒の間にキャラクターが交流したり、戦闘を行ったりする様子が映し出される。そこにはRPGの定番である魔法の発動シーンもあった。
「魔法……」
その発動シーンに杏梨は夢中になった。同時に、昔のことを思い出す。
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それは、彼女が小学2年生の時のできごと。
夕方、誰もいない、電気も消えた旅館の庭の片隅。杏梨は泣きながら蹲り、隠れていた。
「ママ、パパ……」
辺りの空は紫色に染まり、不気味な気配が漂う。せっかくの楽しい旅行が一転、彼女は恐怖に怯えていた。そんななか、ドスッ、ドスッと足音が彼女に近づいてくる。
「UWAOOOOOOOOOOOOOOOON!」
大きな声に思わず、その方向を見る。黒くて大きな狼、魔物と呼ぶのが正しいであろう、そんな存在が目の前で今にも自分に跳びかかろうとしている。もうダメかもしれない。そう思って目を閉じたとき……。
「危ない!」
しかし、衝撃が彼女を襲うことはなかった。目を開けると、自分より少し年上の女の子が間に入り、杖で狼の攻撃を防いでいた。不意の乱入者に狼は警戒したのか、杖を蹴って後方へ下がる。そのとき、周りの草花から淡い光が空中に向かって溢れだした。
もはや杏梨に、襲われるかもという恐怖心はなかった。そんな彼女に女の子から声がかけられる。
「良かった。よく頑張ったね。もう大丈夫だよ。」
白髪の女の子は杏梨に対して微笑み、狼に杖を向ける。
「《プラズマショット》!」
その瞬間、白く帯電した球が現れて、狼に直撃した。さらに、怯んだ狼に対して、女の子は新たな呪文を唱え始める。
「煌めく雷球よ。灼熱を纏え。旋律となりて 降り荒べ!《プラズマシンフォニア》!」
先程の白球が大量に現れ、それらが狼に襲いかかる。被弾した魔物の体は黒い霧へと変わっていき、やがて消滅した。すると、空の色も元に戻り、茜色が差すようになる。
「あの……!」
杏梨は思わず女の子に声をかけたけど、微笑むだけで、彼女は飛び去ってしまった。
これが、杏梨が魔法に憧れを持ったきっかけ。彼女の人生が変わった瞬間だった。