91.それは徐々に現実を侵食する
小雨の解放されたスキル『世界扉』。
そのスキルによって作られた扉を開けると、そこには現実の俺の部屋があった。
「ど、どういうことだ?」
まさか『世界扉』って、文字通り世界を繋げる扉ってことなのか?
異なる世界――ゲームと現実をも繋ぐスキル。
「ッ……」
馬鹿げている。あり得ない。
そんな言葉が脳裏をよぎるが、俺の頭の冷静な部分が囁く。
――そもそもこれは、十分に推測できたことだろう、と。
ポイント交換で現実の現金が手に入るし、才能を交換すれば、容姿や身体能力が強化される。
異世界ポイントと現実は繋がっているのだ。
ただ『いくらなんでもそこまではあり得ないだろう』と、勝手に思考にブレーキをかけていただけで。
『ボ♪』
「あっ」
ふよふよと、躊躇う俺を尻目に、小雨が『世界扉』をくぐって、俺の部屋へと入ってしまった。
そのまま、俺と現実の俺の間を行ったり来たりする。
……ともかく、俺も入ってみるしかないか。
「雷蔵たちはそこに居てくれ。俺が良いって言うまで絶対にこっちには来ないでくれよ?」
「ウガゥ」
雷蔵は「了解だ」と頷く。
夜空たちもその場でじっとしている。
俺は意を決して、扉をくぐった。
「――うぉう!?」
その瞬間、俺の視界が切り替わった。
目の前に世界扉と、その向こう側――待機室で待つ雷蔵たちの姿が見える。
そこは先ほどまで、俺の現実の体があった位置。
「……現実の体に戻ったのか?」
俺は自分の体を確かめ、すぐに異変に気付いた。
服が……ない。
いや、正確にはある。
「異世界ポイントの姿になってる……?」
窓に映る自分の姿。派手なパンツに星眼鏡、派手なマント。
紛うことなき変質者の姿があった。
あ、いや、今は変態貴族兼存在破廉恥男か……ってどっちでもいいわ。
「じゃあ、まさか……」
俺は恐る恐る頭の中でソレを念じる。
目の前にステータス画面が現れた。
「ッ……」
収納リストを操作し、アイテムや装備品を取り出す。
嘆きの短刀が出現した。
サブマシンガンが出現した。
ファントムバレットが出現した。
女神の結晶が出現した。
ゲーム内でしか、取り出せなかったはずのアイテムや装備が、現実で取り出せた。
その結果に、俺は息をのむ。
『……ボ?』
小雨はのんびりと部屋の中を漂っている。
「……雷蔵、こっちに来てくれ」
「ウガァ」
雷蔵はセイランを夜空に預けると、世界扉をくぐり、俺の部屋に入ってきた。
「……どこか体に違和感はあるか?」
「ウガゥ」
雷蔵は「問題ない」と頷く。
「スキルは……いや、駄目だな。部屋の中が大変なことになる」
「ウガァ……ウガォウ?」
雷蔵は見たことのない景色に興味津々なようで、冷蔵庫やテレビをしげしげと眺めている。リモコンを押して、テレビがつくと凄く驚いていた。
雲母や夜空もこちらに呼ぶ。
ついでに眠ったままのセイランも一緒に。
「きゅー……きゅきゅー?」
「ウッキィ~……?」
雷蔵と同じように二人も部屋の中を興味深そうに眺めている。
とりあえず俺は部屋から待機室に戻ってみた。
すると、再び部屋の同じ場所に俺の体が出現した。
「ウガ!?」
「きゅー!?」
「ウッキィ!?」
雷蔵たちが驚く。
部屋に入ると、再び体が一つになった。
もう一度待機室に戻り、雷蔵たちに現実の俺の体を調べてもらうが、俺の体に触れることが出来なかった。触ろうとしても透けてしまうのだ。
試しに待機室越しに石を投げてみたが、これもすり抜けた。
「俺の体はあくまで一つってことなのか?」
異世界ポイントをプレイしている間は、現実は仮の肉体になってる。
だが世界扉をくぐって現実に戻ると、体が同期するってことか?
いったいどういう仕組みなのだろうか?
(そもそもここは本当に現実なのか?)
テーブルに置いてあったスマホを確認する。
そういや、こうしてプレイ中のスマホを確認するのは初めてだな。
画面には異世界ポイントのアイコンと共に「playing」の文字だけが表示されている。
タップしてみても画面は切り替わらない。
異世界ポイントプレイ中は、スマホは操作できないって事か。
「……まあ、他にも確認する方法はあるか」
とりあえず雷蔵たちと共に部屋の中を一通り見て回る。
間違いなく俺の部屋だ。
窓の外を見れば、見慣れたいつもの街並みが広がっている。
「……大河さんは居るか?」
スマホが使えなくても、すぐ隣だし行ってみるか。
雷蔵たちに部屋で大人しくしているように伝えてから、俺は外に――あ、着替えないと。
いかん、いかん。つい、このままの姿で外に出るところだった。
ちゃんと着替えてから、外に出て大河さんの部屋のインターフォンを押す。
……反応がない。
ひょっとして出かけているのだろうか?
部屋に戻ろうとすると、同じ階に住む男性が横を通り過ぎて行った。
思わず声を掛ける。
「あ、あの……」
「? はい?」
「すいません……先ほどどなたかが、ウチのインターフォンを押したみたいなんですが誰か見てませんかね?」
「……いえ、見てないですが……」
「そうですか。ありがとうございます」
咄嗟に出た嘘だが、男性は特に疑う様子もなく自分の部屋に入っていった。
会話も普通に出来た。
念のため、下のコンビニで店員や客の確認してから、部屋に戻る。
雷蔵たちは大人しく待っててくれたようだ。
「ウッキィ♪」
「きゅー♪」
『ボ♪』
夜空と雲母は布団に潜り込み、小雨はキッチンのシンクの中に居た。
どうやらそれぞれ、お気に入りの場所を見つけたらしい。
「ウガゥ」
雷蔵だけは部屋の隅でじっとしていた。
ただその手は、しっかりと刀に添えられている。
何があってもすぐに対応できるようにしてくれていたのだろう。
うん、偉い。
「とりあえずいったん戻るぞ」
俺は雷蔵たちと共に待機室へと戻った。
夜空がタオルケットを持っていきたいと駄々をこねたが許可しなかった。
それは駄目です。お気に入りなので。
すごく残念そうにしていた。
「んじゃ、小雨。一旦カードに戻ってくれ」
『ボ』
小雨にカードに戻ってもらいバインダーにセット。
『名前 小雨 LV15
種族 大陸龍魚(幼体)
戦闘力 ☆☆☆
スキル 空泳、空間移動、水鉄砲、世界扉、迷宮扉(lock)
忠誠度 高い』
レベルが以前確認した時よりも上がっていた。
それに戦闘力の星も増えている。
これも終末の楽譜の影響なのだろう。
早速、世界扉のスキルを確認する。
・世界扉 アクティブ
現実とアルタナを繋ぐ扉を作り出す
プレイヤーの肉体は同期され、現実でもスキルやカード、アイテムを使用することが可能になる。
現実のものをアルタナに持ち込むことも出来る。
ログアウトした場合、肉体は異世界ポイントを起動させた場所で現実の肉体に戻る
CT12時間
「なるほどな……」
事前に色々検証はしたが、これで確定だ。
世界扉はゲーム内と現実を往来できるスキル。
それもスキル、カード、アイテム使用可能という破格条件。
(現実でスキルが使える、か……)
ヤバいな。
これ、本当にとんでもないことだ。
小雨を再び召喚し直す。
「……まったく、とんでもないスキルに目覚めてくれたなお前は」
『……ボ?』
小雨は「え、何か駄目なことした?」と不安げに見つめてくる。
「小雨が優秀過ぎるってことだよ。これからも頼りにしてるぞ」
『ボー♪』
一転、小雨は嬉しそうに俺の周りを泳ぎ回る。
「とはいえ、小雨。このスキルは普段は絶対に使うなよ。使うときは、必ず俺が指示する。約束してくれ」
『ボー』
小雨は「分かった」と頷いてくれた。
(今後も検証が必要だな……)
扉は拡張可能なのか?
カードやNPCは、俺がログアウトした場合どうなるのか?
他のプレイヤーには有効なのか?
現実で肉体が傷つけばどうなるのか?
色々確認しなければならないことは山ほどある。
やるべきことが増えたようだ。
でも……ああ、ヤバいな。ワクワクしている。
これまでとは段違いに現実に与える影響が大きく、様々なリスクすら孕んでいるというのに。
笑みを浮かべるのを押さえられなかった。
異世界ポイントが示した新たな可能性に、俺はどうしようもないほどに胸を高鳴らせるのだった。




