90.終末の楽譜と世界扉
待機室に入ると、皆から熱烈な歓迎を受けた。
まるで自分のことのように喜んでくれる姿に、俺も思わず笑みがこぼれる。
「りゅーぅ♪」
「ウッキィ~♪」
「おいおい、歩きづらいから離れろよ」
右腕にはセイランが、左腕には夜空がくっついてきて離れない。
更に雲母も肩にぴょんと乗っかると、体をこすりつけてきた。
「きゅー!」
「雲母、お前もか……」
屍狼のへそ天を見て、対抗心を燃やしているのだろうか?
……まあ、いいか。可愛いし。
俺は収納リストから『霊刻の月長石』を取り出す。
月の雫のような宝石は、淡く輝くと、四体のモンスターを召喚した。
「よう、さっきぶりだな」
『……ウン』
「……ォォオウ」
「ワォン♪」
『■■■■~』
どうやら、ステージじゃなく、待機室でもコイツらは呼び出せるようだ。
改めて俺は皆に、呪い人形たちを紹介する。
『コレカラ、ヨロシク』
呪い人形が代表して挨拶をすると、皆から熱烈な歓声が沸き上がった。
雷蔵は骸骨騎士と拳をぶつけ合い、呪い人形はようやく離れてくれた夜空やセイランと話し合い、屍狼は雲母と何やら尻尾と尻尾をぶつけ合い、嘆きの亡霊は小雨とくるくると交わいながら宙を漂う。
あっという間の馴染み具合である。
「さて、新しく増設できる施設を確認すっか」
アナウンスであった待機室の増設可能施設。
リストを確認すると、『薬屋』と『武器屋』が増えていた。
どちらも必要なのは10ポイント。
これまでの施設よりも割高だな。
スペースはまだあったので、早速増設する。
コンビニくらいの大きさの建物が二軒現れた。
中に入ると、それぞれNPCが居た。
『薬屋』の方は眼鏡をかけた若い女性。『武器屋』の方はひげを生やした筋肉質なおっさんだ。
といっても、メイちゃんやコロロさんたちと違い、こちらは意志のようなものは感じられず完全にゲームに登場するNPCと言った感じだった。
決まった質問以外には返答せず、ホログラムのようで触ることも出来ない。
『薬屋』では回復アイテムを、『武器屋』では武器や防具をそれぞれ作ることが出来るらしい。
「あー、なるほど。デイリークエストの薬草はここで使うのか」
採取クエストを調べた時にあった特定のNPCって、この人たちのことだったのか。
試しにバブミ草やバラライカ茸を渡すと『目薬』が手に入った。
薬草には組み合わせがあるらしく、珍しい薬草ほど、貴重なアイテムが作れるらしい。
「武器屋の方は……素材がないな」
今のところ、素材がなかったので新しい武器は作れなかった。
ただ要らない武器は売ってお金と交換することも出来るらしい。
余った武器……ないんだよな。全部、猿たちに装備させてるから。
武器はデイリークエストで入手できるし、作るなら防具だな。
「後はこれか……」
俺は収納リストから終末の楽譜CとDを取り出す。
『……!』
すると、小雨がいつになく素早い動きでこちらへやってきた。
『ボ、ボ……!』
つんつん、と俺が持つ二枚の楽譜を興奮気味につついてくる。
やっぱ気になるのか。
終末の楽譜は終末世界の力が込められた楽譜らしい。
楽譜を奏でることで、終末世界のモンスターの力が解放されるとか。
俺は数匹の音猿を呼ぶ。
「お前たち、これ演奏できるか?」
「「「……ウッキィ?」」」
音猿たちは「なにこれ?」と首をかしげる。
うーむ、音猿たちなら演奏できるかもと思ったけど、そもそも猿だもんな。
まず楽譜が読めないか。
『……ボ』
演奏がないと分かったのか、小雨も残念そうに尻尾を垂れる。
「りゅーぅ、なにそれ?」
「ウキキ」
「ん?」
何をしているのか気になったのか、セイランが背中に飛び乗って楽譜を覗き込んでくる。ついでになぜか夜空も反対側から覗き込んでくる。……何を張り合ってるの、君ら?
「終末の楽譜っていうアイテムだよ。とはいっても、俺もよくわかんないんだけどな」
「ん~……」
しばらくの間、セイランはまるで何かに憑りつかれたかのように、じっと楽譜を凝視していた。
「セイラン? そろそろ肩から降りて――」
「ラー……あー……υжΔ¶ИИ~♪ ΔυБ、щЛщБξ~♪」
「ッ……!?」
「~~~~♪ ~~~~~~~~♪」
すると、セイランが突然、唄い出したのだ。
なんだこの言語……いや、これはそもそも発声なのか?
全身に鳥肌が立った。普段のたどたどしい声とは全く違う。
人が歌っているとは思えないほどの神々しい歌唱力。
まるで神や天使が、セイランの声を借りて演奏しているかのようだ。
「……」
誰もがその歌声に聞き入っていた。
セイランの声以外、全ての音が待機室から消えてしまったかのように。
「~~~~~~~~~♪」
セイランは俺の肩から降りると、手を広げて天を見上げるように唄い続ける。
その時、俺はようやくセイランの異変に気付いた。
(瞳の色が……違う?)
いつもは赤いセイランの瞳が青く輝いていたのだ。
霊刻の月長石の輝きにも似た、澄んだ青白い眼光。
全てを見透かされているかのようなその瞳に、俺はゾッと怖気が走った。
止めるべきか? だがそう思っても、体が動かない。
俺だけじゃない。セイラン以外、誰も動けなかった。
ただひたすらにその歌声に耳を傾ける事しか出来なかった。
やがて唄が終わる。
同時にセイランの目も青からいつもの赤色へと戻った。
「……ふぅ」
「お、おい、セイラン!? 大丈夫か!?」
体が動かせることを確認すると、俺はすぐにセイランに駆け寄る。
セイランは糸が切れたように気を失っていた。
慌てて容態を確認するが、どうやら疲れて眠っているだけのようだ。
「どういうことだ? 歌詞なんて書いてないよな……?」
見た目は本当に古びたただの楽譜だ。
歌詞や文字のようなものは書かれていない。
セイランにはこれが読めた……いや、演奏できたのか?
(考えられる理由としては――彼女がバルカディア皇家の末裔だからか……?)
セイランはハーフエルフで、コロロさん曰くかつて存在した亜人の大国バルカディアの皇家の末裔だという。
終末世界にはバルカディア皇家の紋章があったし、何か関係があるのは間違いない。
いったいどういう繋がりがあるんだ?
『ボ……ボ……ボォォオオオオオオオオオオ!』
「うぉ、眩し――」
すると、今度は小雨の体が光り出したではないか。
それはどこか俺が異世界ポイントにログインする時に似た白い光だった。
数秒ほど続いた光が収まると、そこには一回り程大きくなった小雨が居た。
「小雨、大丈夫か?」
『ボー♪』
小雨は機嫌良さそうに俺の周りをくるくると泳ぎ回る。
『終末の楽譜CとDが演奏されました』
『終末の力が一部解放されます』
『小雨のスキル『世界扉』のロックが解除されました』
アナウンスが頭の中に流れる。
「世界扉……」
確か小雨の使用不可能になってたスキルの一つだよな。
世界扉と迷宮扉。
Lock状態だったため、スキルの詳細も分からなかった。
「小雨、一回カードに――」
『ボ~~~~~~~♪』
俺が小雨に指示を出す前に、小雨がくるくると俺の目の前を回る。
すると、待機室へ繋がる扉とは違う形の扉が出現した。
なんの模様も飾りもない、ただドアノブが付いただけの片開きのドアだ。
「……これが『世界扉』なのか?」
『ボ♪』
小雨はスキルが使えるようになって嬉しいのか、上機嫌で頷く。
俺はセイランを雷蔵に預けると、ドアノブを捻って扉を開ける。
そこに広がっていたのは――。
「……え?」
一瞬、目を疑った。
そこに広がっていたのは現実にある俺の部屋。
そして――異世界ポイントをプレイ中の、うつむいたまま動かない俺の肉体がそこにあった。
あとがき
読んでいただきありがとうございます
これにて第三章は終わりです
面白かった、続きが気になる、更新頑張れと思って頂けたら、ブクマやレビュー、ぽちっと☆で評価したり、感想を頂けると嬉しいです
第四章は大河さんやサンサンエイトさんの出番も増える予定です
主人公の尊厳もどんどん失われます
というわけで、引き続きよろしくお願いします




