86.EXステージ5 その5
銅鑼の音と共に、動き出す三体のモンスター。
嘆きの亡霊は下位幽霊を召喚し、骸骨騎士は金色のオーラを発動させ、屍狼はフィールドを揺るがす咆哮を上げた。
その光景に、俺は頬がひきつるのを感じた。
「……一対一じゃなかったのか? 反則だろそれ!」
『反則ジャナイ。ルールハ守ッテル』
「守ってねえだろ! どう見ても!」
後出しじゃんけんだろ、そんなの!
ずるっこだ、ずるっこ!
「あああああああああああ! クソッたれえええええええええええ! やっぱEXシナリオはクソじゃねえかあああああああああああああああああああ!」
『ッ……!?』
俺の突然の叫びに、呪い人形はビクリと震える。
ふぅー、叫んだらちょっと冷静になった。
俺の奇行が功を奏しのか、向こうはこちらを警戒して動く気配はない。
少なくともまだ。
(現実逃避は終わりだ。さあ、考えろ俺……)
どう動けばいい?
どうすればこの局面を乗り越えられる?
これはゲームだ。そしてゲームとはクリア出来るように作られている。
そうでなければゲームは成立しない。
勝つ可能性も、負ける可能性もあるからゲームなのだ。
これは俺が最初のEXシナリオでも考えたことであり、ゲームにおける絶対のルールでもある。
(そうだ、やることは変わらない)
知恵と機転、手持ちのカードで勝負に賭ける。
思考を放棄するな。進むことを止めるな。
それを諦めた者から敗北して消えてゆくのだ。
それを決して忘れるな。
(まずは――検証!)
判断材料が欲しい。
勝利へのための道筋を作るための素材が足りない。
だから、即興でかき集めろ!
ファントムバレットを構えると同時に発砲。
「……ォォゥ」
骸骨騎士が大盾を構えてこれを弾く。
同時に屍狼、下級幽霊が動く。
屍狼が突進し、その後に下級幽霊が続く。
「ッ……!」
俺は狙いを屍狼に変更。
狙いを定めるが、やはり屍狼は機敏な動きで、銃弾を躱した。
一気に距離を詰められる。
だが――。
(……なんだ、この動きは?)
その動きに俺は違和感を覚えた。
さっき見たのと同じ、四足歩行から繰り出されるバネのような動きと凄まじい速度。
でも――読み易いのだ。
どこか機械的で、規則的。
……俺の目が慣れたせいか?
それとも他に理由があるのか……。
「ガルォォオン!」
俺は嘆きの短刀を片手に構えて迎え撃つ。
「――ここだ! うぉおおおおおお!」
「ギャインッ!」
カウンターで振るった短刀は、あっさりと屍狼の首を切り裂いた。
「……?」
あっさりと屍狼へ攻撃が成功したことで、俺の違和感は更に大きくなる。
ひとまず倒れる屍狼に、止めの銃弾を浴びせた。
二発も当てると、屍狼は動かなくなった。
次の瞬間、変化が起こった。
屍狼の体が黒く染まり、やがて水風船のように弾けて消えたのだ。
(これは……)
コイツらが現れた時と同じような現象。
それはつまり――。
『■■■■■■~~~!』
「……ォォオオオオオオウ!」
嘆きの亡霊と骸骨騎士がこちらへ近づいてくる。
まるで考える暇を与えないかのように。
(ちっ、考えるのは後だ。迎撃を――いや、違う!)
考えるのを後回しにしちゃだめだ!
今、考えるんだ。
迎撃しながら考えろ!
思考を止めるな!
アヒルのお口にファントムバレットをイン。
新たに装備したのはサブマシンガン。
それを近づいてくる二体と下級幽霊たちに向けて発砲!
「……ォォウ」
銃弾の嵐に骸骨騎士が大盾を構えて動きを止める。
一方で、物理攻撃が効かない嘆きの亡霊と下級幽霊たちはそのまま接近してくる。
そのまま距離を保ちつつ後退。
十分に骸骨騎士と嘆きの亡霊の距離が開いたところでサブマシンガンを手放し、ファントムバレットを再装備。
「食らえ!」
『――■■■■……』
嘆きの亡霊の動きは屍狼に比べてはるかに遅い。
動きに目が慣れた今なら、外すことなどない。
銃弾を受けた嘆きの亡霊はそのまま黒い塊となって弾けた。
同時に、召喚した下級幽霊たちも消滅する。
一方で、サブマシンの弾幕が止んだことで、ようやく骸骨騎士が動き出した。
だが、何故わざわざ止まったのか?
骸骨騎士のステータスなら、盾で防いだまま動くことが出来たはずだ。
「シッ!」
地面を蹴って、一気に加速。骸骨騎士に接近する。
「……ォォウウ!」
骸骨騎士は金色のオーラを発動させ、迎え撃つ。
大剣でカウンターを狙おうとする動き。
俺はそれを悠々と躱す。
(ああ、やはりそうだ)
骸骨騎士はこんな動きはしない。
コイツが本物なら、こんな分かりやすいカウンターなどせず、これをフェイントにして更なる猛攻を仕掛けてくるはずだ。
そのまま二段飛びで、頭上に回り込むとファントムバレットを構え、発砲。
骸骨騎士は兜を装備していない。
だから、頭上からの攻撃なら頭蓋骨を貫通して、そのまま急所の魔石を狙える。
頑丈な頭蓋骨であっても、『浄化』が付与された弾丸ならば貫通できる。
金色のオーラを集中させれば、防がれていただろうが、案の定それはなかった。
「……オォォ」
急所を砕かれた骸骨騎士は、これまでの二体と同じように黒いシミとなって弾けて消えた。
地面に着地した俺は残った呪い人形へ視線を移す。
「……やっぱり、そういうことか」
呪い人形はその場から動かない。
まるで俺の答えを待つかのように。
――反則ジャナイ。ルールハ守ッテル。
最初に言っていたあの言葉は嘘でも冗談でもなかった。
「コイツらはお前のスキルで作った『偽物』ってことか」
『――正解』
あっさりと呪い人形は頷いた。
やれやれという風に腕を広げる。
『意外ト早クバレチャッタ』
「当たり前だろ」
むしろこれだけヒントを出されて気付かない方がおかしい。
遅かれ早かれ気付いていたと思う。
ただ時間が掛かれば掛かるほど、手遅れになっていただろう。
「動きが分かり易過ぎるんだよ。オートじゃなくリモート操作だったんだな」
『ソレモ正解』
あくまでも呪い人形が司令塔であり、本体。
黒いシミで作り出した偽物は自動操作ではなく、遠隔操作。
だからこそ、動きは分かり易く、簡単に倒すことが出来た。
なら、勝機はある。
そう思った次の瞬間、呪い人形が嗤った。
『ウフ……ウフフフ! ウフフフフフフフフフ! アア、凄イ! 凄イ! 素晴ラシイ!アア、リクラーナ様! ヤハリコノ御方コソ、貴女ノ後継ニ相応シイ!』
ばちゃり、と。
呪い人形の体から、再び大量の黒いオーラがあふれ出す。
墨汁のように滴り落ちた黒いオーラは、瞬く間にフィールドに広がってゆく。
そこから這いずり出てきたのは増援。
嘆きの亡霊が三体、屍狼が二体、骸骨騎士が四体。
「ッ……偽物だからいくらでも作り放題ってことか」
『サア! サア! モット魅セテ! 貴方ノ力ヲ!』
狂気すら宿っていそうなその叫びに、俺は惑わされることなく心を静める。
ギミックは分かった。
ならば後は戦術だ。
勝利への道筋を組み立てるだけ。
「……やっぱりこれしかないか」
すぅーっと俺は息を吸うと叫んだ。
「雷蔵ぉおおおおおおおおおお! セイランの目と耳を塞げええええええ!」
「ウガッ……? ウ、ウガォウ!」
「うぇ!? な、なにー? みえないよ~~?」
雷蔵は動揺しながらも、さっとセイランの目と耳を塞いでくれた。
よくやってくれた。流石にこれはセイランには見せられないからな。
逆転の一手。最後の倫理の砦を今、取り払う。
そう――。
「まずは――服を脱ぐ!」
アヒルパンツを脱ぎ捨て、『謎の光』を再装備。
神々しいまでの輝きが俺の股間から放たれた。
『ッ……ナンテ眩シサ。一体ナニガ……?』
「知らないだろう? なら教えてやるよ。センシティブな部分とは、輝いて見えるものなんだ!」
『……貴方、頭オカシイノ?』
先ほどまでの興奮が嘘のように、冷めた呪い人形の至極真っ当なツッコミが心に刺さる。
だが仕方ない。これ以外に、俺に残された手段は他にないのだ。
「頭がおかしいかどうかは、お前を倒して教えてやるよ」
さあ、反撃だ。




