84.EXステージ5 その3
さて、どう戦うべきか。
骸骨騎士は再び構えを取ると、その体が金色に輝きだす。
何らかの強化スキルなのは間違いないだろう。
ともすれば、雷蔵の『雷神形態』にどこか似ているかもしれない。
爆発的なステータスの上昇。それを集約させることで発生する一撃必殺のスキル。
そしてデバフの無効化。
(……さっきから不快が発動している感覚が全くない)
おそらくだが騎士状態は鎧の効果で、今の状態ならばあのオーラで、それぞれデバフを無効化しているのだろう。
アンデッドであれば『催眠』も効くかどうか怪しいな。
人と明らかに五感が異なる相手に、五感を操作する『催眠』は相性が悪い。
加えて『催眠』は1ステージにつき三回までだ。
まだ屍狼、呪い人形が控えてる現状で、その貴重な一回を有効かどうかの相手に使うのはあまりに惜しい。……まあ、残る二体も効くかどうか微妙だけどさ。
「ォォォウ!」
「ッ――!?」
思考が現実へと引き戻される。
骸骨騎士は地面を蹴って、一気に跳躍。
鎧を脱いだ分、素早さが先ほどまでとは段違いだ。
(早――避け――否、無理だ。なら――切り札!)
ここで使うしかない!
俺は即座に着替えを発動し、『アヒルパンツ』を装備。
派手なパンツに比べて敏捷が5%高く、器用さも35%上がる。
同時に収納リストから取り出した乳首シール(金星)を手動で装着。
さらば人としての尊厳。残ってるか分からないけど!
「食らえキラキラエフェクト!」
「!?」
突如として俺の周囲に発生したファンタジーなキラキラお星さまやお月さまに骸骨騎士の動きが一瞬、止まる。
眼窩に燃える炎が「え、なにこれ?」と動揺を隠しきれず揺らめいていた。
観覧席からもどよめきが走る。唯一、夜空だけはその光景に目を輝かせていた。
そうだよな。このエフェクトを最初に手にしたのは夜空のマジカルステッキだ。
ただ無駄に派手になるだけというまったく意味のない効果だが、知らない者にとっては意味不明で警戒するしかないだろう。
(アヒルパンツも、乳首シールもコイツらが知らない装備!)
アヒルパンツ、乳首シール、謎の光。
今回の戦いにおける、俺のアドバンテージだ。
知らない装備、見たことがない効果だからこそ、相手は警戒する。
だからこそ、今まで装備せずにいた。
(隙あり!)
欲しかった一瞬の時間稼ぎは功を奏し、俺はバックステップで距離を取るとともに、ファントムバレットを構えた。
キラキラエフェクトの目くらましによって、挙動も銃口も相手からは見えてないはず。
これで決める!
「シッ!」
「ッ……ォォォウ!」
「なっ……!?」
その瞬間、俺は自分の目を疑った。
確実に相手のスキを突いた攻撃だったはずだ。
だが、なんと骸骨騎士は死角から放たれた銃弾に反応し、あまつさえ『浄化』が付与されたソレを自らの拳で弾いたのである。
(くそっ! 相手の反応速度を見誤ったか! それにアンデッドなのにどうして……?)
『浄化』はアンデッドにとって毒そのものだ。
当たればその箇所は確実にダメージを受ける。
弾くなんて出来ないはずだ。
(いや、そうか。そういうことか!)
キラキラエフェクトが消え、奴の姿が見えた瞬間、俺は全てを理解する。
骸骨騎士の纏っていた金色のオーラが消え、拳に集中していたのだ。
フィールドにクレータを作るほどの高密度のエネルギーの塊だ。
それはアンデッドにとって毒である『浄化』を相殺する盾としても機能しているのだろう。
「だったら削るまでだ!」
撃つ、撃つ、撃つ。
「ァァァァ……アアアアアアアア!」
弾く、弾く、弾く。
僅かな間合い、僅かな距離で、恐るべき反応速度で、骸骨騎士は俺の攻撃を全て捌き切った。
「ァァォォォオオオオオオ!」
そのまま俺へと接近。
しかし、その拳、その体から金色のオーラは消えていた。
『浄化』の弾丸が奴のオーラを削ったのだ。
(――10秒!)
最初の発動から、攻撃、そして今の攻防。
そこから俺は骸骨騎士の金色のオーラのCTは10秒と推測。
(今ならステータスも戻ってるはず!)
アヒルパンツの口にファントムバレットを咥えさせ、両手の武器を『嘆きの短刀』と『盗賊頭の短刀』へと変更。
アヒルのお口は意外と器用! しっかりと銃を咥えてくれる!
凄いぞアヒルパンツ!
「おおおおおおおおおおおおお!」
「ァァァァアアアアアアアアア!」
超至近距離での戦闘。
ナイフを逆手に持ってのラッシュ。
(――当たった!)
嘆きの短刀の特殊効果。攻撃成功時に対象の被ダメージ15%の増加。
そしてずっと放ち続けていた『不快』の当たる感覚。
(やはり金色のオーラに包まれていない間はデバフが通じる!)
入ったデバフは『攻撃・知力-10%』と『防御・魔防-10%』。
だがこの三つのデバフも、おそらくは骸骨騎士が金色のオーラを発動させると無効化する可能性が高い。
というか、バフなしでも速すぎるし、強すぎる。
攻撃を捌くので精いっぱいだ。
――理想的なアタッカー。
骸骨騎士を評するならまさにそれ。
単純に強く、硬く、速く、搦め手にも強い。
対して俺は、近距離ならば短刀、中距離ならば鞭、遠距離ならば銃と、どの状況でも、バランスよく戦えるとはいえ、その先の一手に乏しい。
催眠や脱衣といった搦め手、二段飛びのような変則スキルもあって、その弱点を十分に補えてると自負はあった。
そもそも雷蔵や夜空が居れば、火力も十分だったからな。
だがカード使用不可という状況では、それがどこまでも浮き彫りになる。
(ほんと、今回のEXシナリオでは自分の弱い部分をとことん突かれるな……)
嘆きの亡霊は攻撃手段。
嘆きの骸骨騎士は突破力。
どちらも俺の足りない部分。
(……でも、それは成長の余地があることでもある)
足りないのなら補えばいい。
失敗したのなら、学習すればいい。
ただそれだけのこと。
「……ォアオ!」
「落とさせねえよ! アヒルパンツ舐めんな! 狙ってんのなんてバレバレなんだよ!」
骸骨騎士は手に持った短刀よりも、アヒルのお口に咥えられたファントムバレットの方を警戒していた。
アヒルのお口から銃を叩き落とそうとするが、それも俺の狙い。
本来なら純粋な近接アタッカーである骸骨騎士の攻撃を、俺が受けきることなどできない。
だからこそ分かりやすい狙い所を作ることで、攻撃の軌道を誘導したのだ。
わずか数秒の時間稼ぎにはそれで十分だ。
(――5秒!)
着替えのCTが終わる。
「キラキラエフェクト!」
「ッ――」
キラキラエフェクトで奴の視界を阻害。
盗賊頭の短刀を手放し、アヒルパンツのお口からファントムバレットに持ち替える。
着替えで即座に弾も再装填。そして嘆きの短刀はアヒルのお口に。
ドンッ! ドンッ! ドンッ! ドンッ! ドンッ! ドンッ!
六発を一気に撃ち放つ。
当たったのは肩とあばら骨、右足大腿骨。
(ちっ、キラキラエフェクトのせいで命中率も下がったか)
だがキラキラエフェクトが消えるのを待っていては、奴の金色のオーラのCTも終わってしまう。
命中率を下げてでも、今撃つしかなかった。
「ォォウ!?」
骸骨騎士は大きく体勢を崩した。
やはり通常の物理攻撃よりも、『浄化』が付与された弾丸の方がダメージは大きいようだ。
(――間に合え!)
乳首シールのキラキラエフェクトも、アヒルパンツによる携帯武器も、奴に知られた。
この好機はもう二度と訪れない。
ならば奴が通常状態でいる残り3秒に全てを賭けるしかない。
(恐れるな、退くな――踏み出せ!)
ファントムバレットを手放し、アヒルのお口にキープした嘆きの短刀を再び握りしめる。
地面を蹴って、一気に加速。
狙いはただ一つ。骸骨騎士の急所。
心臓部分に座する青白い光を放つ魔石だ。
残り2秒。
「――ォォウ!」
だが相手もさる者。
崩れた態勢を一瞬で立て直し、カウンターの手刀を放ったのだ。
交錯は一瞬。決着も一瞬だった。
「――俺の勝ちだ」
左手に持った『嘆きの短刀』で骸骨騎士の急所――心臓部分にある魔石を砕く。
あと1秒遅ければ、金色のオーラが再発動していただろう。
あと0.5秒遅ければ、骸骨騎士の手刀が俺の首を刎ねていただろう。
5%の敏捷の上昇が、ここにきて大きく響いた。
少しでも恐れていれば死んでいた。
一歩でも、退いていれば負けていた。
進む以外に道はなかった。
だから進んだ。
勝つために。
「……ゥォァ」
――見事。
膝をついた骸骨騎士は満足そうに眼窩の炎を揺らめかせた。
「……絶対に試練は突破するよ」
少しずつ体が崩れてゆく骸骨騎士に俺は宣言する。
「お前が一緒に戦ってくれれば、雷蔵が楽しそうだからな」
くいっと俺は親指で観客席を指す。
腕を組みながらも、興奮した面持ちで雷蔵が骸骨騎士を見つめていた。
「……ァァ」
ああ、それは楽しそうだ。
消えゆく骸骨騎士はそう言っているようだった。
銅鑼の音が響き渡る。
――決着。
「ふぅ……」
これでようやく半分か。
残るは屍狼と呪い人形の二体。
息を整えていると、三体目の相手――屍狼が姿を現した。




