83.EXステージ5 その2
手を止めずに、手立てを考える。
引き金に指を掛け、『浄化』の属性が付与された弾丸は、寸分の狂いもなく嘆きの亡霊へと命中する。
命中、命中、命中、命中。
弾が切れたので、着替えを発動。
再装填。
命中、命中、命中、命中、命中、命中。
周囲に漂っている下級幽霊が次々と爆ぜては消えてゆく。
8体の下級幽霊が全て消え、嘆きの亡霊本体も三分の二の肉体が弾け飛ぶ。
『■■■■■■?』
もう終わり? と。
嘆きの亡霊が問いかけるように歪み、そして丸い口が三日月のように裂ける。
その肉体が修復するまで、約2秒。
そこから周囲に下級幽霊を召喚するまで更に2秒。
その1秒後に、俺の『着替え』のCTが終わる。
――互いにその場から動かない。
いや、動けないのだ。
俺は命中率を上げるため。
嘆きの亡霊は体を修復し、下級幽霊にダメージを肩代わりさせるため。
既にこの膠着状態が八秒間続いている。
だがそれももうすぐタイムリミット。
(……まずい、まずい、まずい……!)
下級幽霊召喚のCTは4秒。
俺の『着替え』のCTは5秒。
一秒の差は、回数を重ねるごとに開き、やがて俺の装填が間に合わなくなる。
そうなれば最期だ。
その前に、逆転の手立てを考えなければいけない。
(嘆きの亡霊と下級幽霊を纏めて仕留められれば……いや、無理だ)
それくらいは向こうも想定内だろう。
嘆きの亡霊は下級幽霊を、絶対に自分の射線上に重ならないように配置している。
俺に弾数を節約させないために。
(スキルを使わずに再装填出来ればな……)
あらかじめ収納リストから弾倉を出しておいて、着替えを使わずに、五秒以内に再装填する。
うん、普通に無理。それが出来ねえから、スキルに頼ってんだ。
……今後の練習課題の一つだな。
(せめてほかに何か有効な武器があれば――あっ)
そうだ。
まだ武器はある……かもしれない。
六発撃ち終えた俺は即座に走り出した。
着替えのCTは五秒。その間に、決着を付ける。
『……■■■?』
体の三分の二を失っていた嘆きの亡霊は突然向かってくる俺を不思議そうに見つめる。
だが、次の瞬間、表情が変わった。
「これでも食らえやああああああああ!」
『ッ――!?』
俺は手に持ったファントムバレットで、嘆きの亡霊に殴りかかった。
そう、ファントムバレットの特性は弾丸への『浄化』の付与。
ならば、その本体である銃そのものにも『浄化』が付与されていると思ったのだ。
『~~~~~~~~!?』
「――チッ!」
だが間一髪のところで、嘆きの亡霊は俺の攻撃を躱した。
そのまま俺の攻撃が届かない位置まで距離を取った。
嘆きの亡霊は追撃が来ると身構えていたが、俺はそのままフィールドの端まで向かう。
『……?』
追撃を警戒しているであろう、嘆きの亡霊はその場から動こうとしない。
「あった」
『……?』
奴の体の修復が終わる。
同時に下級幽霊が五体召喚される。
その一秒後、俺の着替えのCTも完了する。
先ほどと何も変わらない状況――とでも思ってそうだな?
「これでも食らえや!」
『……!?』
俺がそれらを投げつけた瞬間、嘆きの亡霊の表情が変わった。
ボンッ! ボンッ! ボンッ! と三体の下級幽霊が消滅したのだ。
嘆きの亡霊も、体の一部が削れる。
「どうやら撃ち終わった後の弾丸にも『浄化』は残ってるみたいだな」
『……ッ』
そう、俺が投げつけたのは、フィールドの端で回収した弾丸だ。
フィールドを仕切る『壁』は破壊不能だからな。
撃ち終わった後の弾丸もそのまま端に転がっていた。
ずっと同じ位置から、同じ方向に撃ってたからな。
弾丸もほぼ同じ場所に落ちていた。
大量に転がっていたソレらを、俺は無造作に拾い上げる。
「鬼は~外! 福は~内ってなぁ!」
『~~~~~~~!?』
投げる、投げる、投げる。
弾丸を無数の飛礫のように、嘆きの亡霊と下級幽霊へと投げつける。
大きさとしては小石以下。弾速も威力も銃本来のには遠く及ばない。
だが下級幽霊を削る程度ならこれで十分だった。
下級幽霊を全て浄化され、残った嘆きの亡霊に向けてファントムバレットを構える。
「俺の勝ちだな」
『……■■■』
嘆きの亡霊は「まいった」とばかりに手を上げた。
その口元には笑みが浮かんでいる。
勝者を称える笑みが。
「お前のおかげで、課題が一つ見つかったよ。ありがとうな」
スキルに頼らない銃の再装填。これが出来れば、俺はもっと強くなれるだろう。
嘆きの亡霊に礼を言うと、俺は引き金を引いた。
立て続けに三発叩き込むと、嘆きの亡霊の体が完全に飛散した。
するとスタートの時と同じ、銅鑼の音が響き渡った。
「ウッガァ~~♪」
「ウキッ! ウッキ~♪」
「りゅーぅ、すごーい」
観客席から声援が飛んできた。
ひらひらと手を振り返す。
(はぁ~、なんとか勝ててよかったぁ……)
ファントムバレット自体や残された弾丸にも『浄化』が付与されていること。
これが事前に検証できていれば、もっと楽にことは進んだが、そんな暇なんてなかったからな。
何はともあれ、勝ってよかった。
「ふぅ……」
息を整えていると、フィールドの端にあるゲートが開く。
次の相手が出てきた。
「二体目はお前か」
「……」
現れたのは骸骨騎士だった。
大剣と、大盾を装備し、黒色の全身鎧でその身を覆っている。
コイツは純粋にスペックの高いアタッカーだ。
ステータスも高く、耐久にも優れている。
タンクとしても、アタッカーとしても運用可能な万能型。
月光と月影のいいとこどりみたいな性能だ。
まともに戦えば、俺のステータスじゃ相手にならないだろう。
「なら、まともに相手をしなければいいだけの話だ」
戦闘開始を告げる銅鑼の音と共に、俺は速攻で骸骨騎士に向けて『脱衣』を発動した。
「脱衣・腕装備」
「……!」
次の瞬間、骸骨騎士の手に持っていた大剣と盾が地面に落ちる。
更に腕の籠手や二の腕を覆っていた大袖も消えた。
スキル『脱衣』。対象の装備を強制的にパージさせる。
養護院でも、このスキルでパルゴスの剣を無力化した。
(――効果時間は180秒。その間に仕留める!)
骸骨騎士も嘆きの亡霊と同じアンデッドだ。
一番有効な攻撃はファントムバレットによる射撃。
まずは距離を保ちつつ、時間を稼ぐ。
今のままじゃ、鎧に弾かれるからな。
60秒経てば、脱衣のCTが終わり、胴体装備も脱衣可能になる。
そうすりゃ剥き出しの本体に、銃弾を撃ち込んで終いだ。
「……ォォォオオオオオオオオオオオオオオオ!」
だが向こうも装備を脱衣されることは想定内だったのだろう。
剥き出しの腕のまま、凄まじい速度で俺に突っ込んできた。
「ちっ」
俺はファントムバレットを構え、引き金を引く。
だがやはり鎧に弾かれてしまった。
「―――オォゥウウウ!」
骸骨騎士の体が金色に輝く。
その金色のオーラは拳に集まると、爆発的な光を放った。
その瞬間、俺はぞわりと寒気がした。
(なんだ!? 何か分からないがあれはヤバい!)
振り上げたその拳には、まるで隕石でも迫ってくるかのような威圧感があった。
全身から鳥肌が立ち、本能が全力で警鐘を鳴らす。
避けろ! 動くんだ足!
「ッ――二段飛び!」
俺は咄嗟に二段飛びを発動させ、骸骨騎士から距離を取ることに成功した。
次の瞬間――空気が爆ぜた。
ズドォォォォンッ!!!!
爆音と共に、土煙がフィールドを覆いつくす。
凄まじい衝撃で、俺はフィールドの端まで吹き飛ばされた。
「ガハッ……げほっげほっ」
なんだ?
何が起こった?
土煙が晴れると、そこには凄まじい光景が広がっていた。
「……マジか?」
先ほどまで俺が居た場所。
そこがまるでスプーンでくりぬいたかのようにえぐれていた。
直径数メートルにも及ぶクレーター。
その中心に骸骨騎士は居た。
「……」
骸骨騎士はコキッと首を鳴らすと、己の拳を見つめる。
シュ、シュと何度か拳を突き出すと、その度に空気の爆ぜる音がフィールドに響いた。
「……まさかとは思うけど、ひょっとしてお前、素手の方が強いの?」
「……ォォゥ」
骸骨騎士は頷いた。
そっかー、素手の方が強いのかー。
……脱衣させた意味、なんもねえじゃねえか!
「……ォォゥ」
骸骨騎士は自分から身に纏っていた鎧を脱ぎ捨ててゆく。
ほぼ腰布一枚だけになったその姿には、微塵も貧弱さは感じられなかった。
むしろ骨と皮だけで拳を突き出すように構えを取るその姿には、歴戦の猛者を思わせる風格が感じられた。
まるで、自分の本領はこっちだと言わんばかりに。
「くそ、服を脱いだ方が強いなんて、まるで変態みたいじゃないか!」
「……ォォゥ」
「……ウガァ」
「……きゅぅ」
「……ウッキィ」
『……ボ』
「……えぇー」
骸骨騎士だけでなく、観客席からも呆れたような声が漏れる。
まるでお前が言うなと言わんばかりの視線が、会場中から俺に向けられた。
……ちくしょう、反論できねぇ。




