8.お隣さん
意気揚々とアパートへ戻るとお隣さんが居た。
「ぁ……」
なんか扉の前でオロオロしてる。
お隣さんはこちらに気付くと、凄く焦った様子で震えだしてた。
いったいどうしたのだろうか?
やがて意を決したようにこちらに近づいてくる。
「あ、あの……わ、わらひ! おおきゃわ、あきゃねって言いまふ!」
「……はい?」
なんて?
「あの、す、すぅいません。あの……あれっ」
お隣さんの指さす方向。
そこには玄関の前に置かれた段ボール。
あー、置き配か。
たぶん姉ちゃんだな。別に気使わなくてもいいのに。実家への仕送りはあくまで俺がしたくてやってることなんだし。
「あの、その……わ、私の部屋の前に置かれてて、知らない荷物で、ば、ばば番号、隣の部屋で、そ、それで勝手に名前見ちゃいました……すいません!」
「いや、別にそんなの気にしなくて良いですよ。むしろ私の部屋の前に戻して頂いて、ありがとうございます。それで……すいません、先ほどはよく聞き取れなかったのですが、なんと?」
「あ、あの……私、大河茜って言います。た、大河ドラマとかの大河に、茜空の茜です。しょ、小学校の頃は、た、タイガーとかトラちゃんって言われてました。かか、勝手に名前見たのでこっちも名乗るのが筋ですよね、えへへ……」
……どういう筋だろうか?
というか、今更だけどお隣さんの名前初めて知った。
大河茜さんというのか。なんでトラちゃんと思ったけど、大河がタイガーでトラちゃんか。中々凝ってるじゃないか。聞いてないけど。
……うん、凄く人見知りっぽいなこの人。
「あー、それはどうもご丁寧に……ありがとうございます。あだ名ですか。私は竜司だから、リュウ君とか呼ばれてましたね」
「お、おぉー、か、かっこいいですね! 虎と竜! みたいな」
「そ、そうですね……」
なにが?
「あ……その、すいません」
「いや、謝らないで下さい」
だから何に対してよ。
「す、すすすすしませんでした! で、ではっ」
ヒュッ、バタンッ、ガチャッ。
お隣さん改め大河さんは、あっという間に部屋へ入っていった。
……最後噛んでたな。
「……変わった人だな」
悪い人ではなさそうだけど。
お礼に今度、何か持って行こう。
下のコンビニをよく利用してるみたいだし、飲み物かなにか買っていけばいいだろう。
「さて、と」
段ボールを抱えて、家に入る。
中を確認すると、米やレトルト、野菜なんかが入っていた。
姉にお礼のメールを送ると、早速レトルトのカレーを頂いた。
シャワーも浴びて、すっきり爽快。
「あ、先にアルダンの協力戦やっておかないと……」
今日のデイリークエストもまだ消化してなかった。
ログインするとトラさんもインしていた。
『お疲れ様ですー』
『おつー。いやぁ、今日はすっげー良いことあったわー』
『お、そうなんですか』
『そうそう。やはりワイはリア充や。ふぇふぇふぇ』
『気持ち悪いっすw』
『ちくせう』
チャットもほどほどに協力戦を終える。
久々にレア武器をゲットできた。
「……今日のトラさん、やたらと機嫌良かったな」
協力戦の最中もやたらと饒舌だった。
普段から賑やかな人だったけど、何か良いことでもあったのかな?
そんな感じで日課のアルダンも終え、ようやく全てが終わる。
「――よし、やるか」
俺は『異世界ポイント』のアイコンをタップし、アプリを起動。
【異世界ポイントへようこそ】
【項目を選んでください】
・ゲーム開始
・ポイント交換
・ヘルプ
・ログアウト
勿論、ゲーム開始を選択する。
『メインストーリーを開始します』
『ワールドマップを解放します』
『ステータス画面を解放します』
『モンスター図鑑を解放します』
立て続けに頭に響くアナウンス。
次の瞬間、俺の体は光に包まれた。
光が収まると、俺はチュートリアルの時と同じような森の中に居た。
「ここは……」
ピロンッと効果音が頭に響く。
目の前にあの半透明の板が出現した。
『メインストーリー1 『襲撃』
クリア条件 モンスターの全滅
成功報酬 ポイント+10、護身用の盾、500イェン』
「内容はチュートリアルの時と似てるな……」
画面の右上のアイコンが四つ増えている。
四角いマークのアイコンが二つ。緑色と青色。その下にデフォルメした体のアイコン、目つきの悪い顔のようなアイコンが並んでいた。
四角のアイコンは地図だろうな。それが二つ。
「さっきのアナウンスから推測するに一つはフィールドの地図、もう一つはこの世界の地図か……?」
ワールドマップが解放されたって言ってたもんな。
まず緑色の方、フィールドマップの方に触れる。
画面が切り替わり、チュートリアルの時のような簡単な地図が出現した。
「確か緑のマルが俺、モンスターが赤、だったよな」
フィールドマップを見る限り、赤の数は三つ。
少し離れたところに居るみたいだ。
こちらに向かってきているが、まだ多少時間はある。
「いきなり戦闘にならないのは助かったな」
少なくとも色々確認することが出来る。
次に青色の方に触れると、画面が切り替わり、今度は大陸の地図が出現した。
これがワールドマップなのだろう。
地図の右下辺りに矢印のようなアイコンが表示されている。
「これが俺の現在地ってことかな」
ズーム機能があるようで、矢印に触れてズームすると、俺の顔に似たアイコンも矢印の上に出現した。……なにこれ、よく出来てる。
更に地名や周辺の町の名前も表示された。
明らかに見たことのない文字だがなぜか意味は分かった。
俺が今居る場所は『グランバルの森』というらしい。
さて、次デフォルメした人のようなアイコンに触れる。
『ササキ・リュウジ
LV1 保有ポイント53 所持金500イェン
装備 無し
スキル『悪運減少』
攻撃 10
防御 8
敏捷 7
知力 9
魔防 4
器用さ5
運 10
保有アイテム ■』
『ボックスに未使用のアイテムがあります。確認してください』
なんともご丁寧なアナウンスだ。
一番下の保有アイテムの隣のアイコンに触れる。
『保有アイテム』
・護身用のナイフ 攻撃+1
・力の指輪 攻撃+5、防御+5
それぞれのアイテムの効果まで表示されている。
ポイント交換では効果が表示されなかったが、これはチュートリアルではなく、メインストーリーが解放されたからか?
理由は分からないがこれはありがたい。
アイテム名に触れると、それぞれのアイテムが取り出せた。
早速装備する。
ステータス画面を確認したら確か攻撃が16、防御が13に上がっていた。
これが果たしてどれくらいの効果を持つのか……。
最初の攻撃が10だから1.6倍と考えればかなり上がってるけど。
「そういえば、スキルの『悪運減少』ってどういう効果なんだ?」
ステータス欄のスキル名に触れてみると効果が判明した。
『スキル』
・悪運減少 パッシブ効果 敵から受ける攻撃のクリティカル率-40%
あー、そういう効果なのか。
クリティカル判定有りなのか。
パッシブって事は常時発動ってことね。
でも-40%かぁ……。
「俺、ゲームでは100%以外は基本、信用しないんだよね」
たとえばスキル攻撃の際、30%でCD回復とか、攻撃後50%でバフ獲得とか。
あれ、対戦してると本当にイラッとするんだよ。
なんで俺は発動しないで、相手ばっかり発動するの?
確率の問題なんだろうけど、俺に確率の女神は微笑んでくれないのだ。
だから100%以外信じない。ついでにPVPもあんまりしない。勝てないから。
「最後にモンスター図鑑だな」
目つきの悪い顔のようなアイコンに触れると、再び画面が変化する。
『モンスター図鑑№1ゴブリン
アルタナのどこにでも生息する最下級モンスター
数は多いが、知能が低く、戦闘力も弱い。レベルに応じて進化可能
極稀に非常に知能、戦闘力の高い個体が生まれる
討伐推奨LVは1』
説明と共にゴブリンの画像が添付されていた。
説明はこれだけで、他のページには何も表示されていない。
おそらく俺が見た、もしくは戦ったモンスターだけが表示されるのだろう。
「てことは、事前に戦うモンスターの情報は得られないのか……」
あわよくばと期待したが、流石にそこまでは親切設計ではなかったようだ。
「そういえば、チュートリアルの時に『傭兵』って特殊機能が解放されてた気がするんだけど……」
特にそれらしいコマンドはない。
何か条件があるのだろうか?
……いや、もう考えてる時間はないな。
「来たな」
前方の茂みがガサガサと音を立て、三体のゴブリンが姿を現した。
さて、やりますか。