77.血塗られた養護院の闇を暴け 後編
「ふはははは! さあ――喰らうがいい!」
ムキムキになったパルゴスが剣をふるう。
黒い大剣は禍々しい光を放ったかと思うと、次の瞬間、凄まじい爆発が発生した。
「ッ!?」
間に合うか!?
轟音と共に天井と壁が崩壊する。
煙が晴れると、月明かりと共に周囲の小部屋と外の景色があらわになった。
「ふぅ……助かったよ二人とも」
「ウガォゥ」
「ウッキキ♪」
雷蔵と、咄嗟に召喚した重戦士猿の二人が前に出て攻撃を防いでくれた。
どちらも大したダメージはなさそうだ。
重戦士猿はガチガチの壁役だし、雷蔵も進化したことで攻撃性能も高くなったが、元々は防御寄りの性能だ。
加えて進化して手に入れた『反雷壁』は60秒間、物理・魔法ダメージが-40%する凄まじい効果を持つ。
格上の相手でもそうそう大ダメージは受けやしない。
「ほう、今の一撃を防ぐか! 流石――ッ!」
無駄口を叩くパルゴスに向けて、俺は再び発砲する。
ギリギリで避けたか。
だがその口元がギリギリと歪んでいた。
「貴様……」
「隙だらけだよ」
……効果ありだな。
今、俺が使った武器は新武器の『ファントムバレット』だ。
短銃よりもデカく、両手で扱わなきゃいけないがその分、威力は高い。
そしてその真価は、銃弾への『浄化』属性の付与。
図鑑説明には呪いや薬品で強化されたってあったからな。
効果があるんじゃないかと思ったが、予想通りだ。
「出てこい、騎士猿、音猿たち」
「ウッキィ!」
「「「ウッキィ♪」」」
騎士猿と音猿三匹を召喚する。
音猿たちの演奏が始まり、俺たちの体が淡い光に包まれる。
雲母とは別の複数の状態異常を無効にするバフだ。
戦意が向上し、治癒力も上がる。
「前衛は雷蔵と重戦士猿、騎士猿! 夜空、小雨は俺と共に後方支援だ! 雲母、音猿、バフを切らすなよ!」
「ウガォゥ!」
「きゅー!」
「ウッキィ!」
『……ボー!』
「「「「「ウッキィィー!」」」」」
雷蔵が重戦士猿、騎士猿と共に前に出る。
「ゴブリンと猿如きが!」
迎え撃つパルゴス。
轟音と共に、パルゴスの剣が三人を押し返す。
にやり、とパルゴスの口元に笑みが浮かぶ。
だが、それは一瞬だけだった。
「……ゴァゥ」
「……ウッキィ」
「……ウギィィ」
「なっ――!?」
即座に、三人は追撃を仕掛ける。
重戦士猿がパルゴスの剣を受け止め、側面から雷蔵と騎士猿が攻撃する。
三人の猛攻は凄まじく、瞬く間にパルゴスは押し返された。
「ぐっ……馬鹿な。なんだこの硬さ……なんだこの強さは!?」
「ウガァアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
「ぐあああああああ!?」
雷蔵の攻撃を受けて、パルゴスは吹き飛ぶ。
確かに実際のレベルで見れば雷蔵とパルゴスの間には10近いレベル差がある。
だが雷蔵の討伐推奨LVは30。
暗黒魔剣士となったパルゴスと変わらないのだ。
加えて雷蔵には雲母のバフと騎士猿、重戦士猿の指揮効果が加わってる。
・攻撃指揮 指揮 効果範囲内の友軍の攻撃+15%
・防御指揮 指揮 効果範囲内の友軍の防御+15%
この指揮効果は、通常の強化バフとは別扱いになる。
仮に雷蔵の元の攻撃値が100だった場合、名刀・鬼丸が+30、雲母の強化が+12%、その上昇した数値に指揮効果+15%が2つ加算される。
よってその数値は167まで上がるのだ(小数点以下は切り捨て)。
同格のパルゴスよりも、雷蔵に軍配が上がるのは当然だ。
加えて騎士猿、重戦士猿も居るしな。
それにまだ雷蔵には切り札も残ってる。
「ハァ……ハァ……」
瓦礫の中から、パルゴスが出てくる。
「あり得ない……こんな、こんなことがあってたまるかああああああ!」
パルゴスが叫ぶ。
次の瞬間、パルゴスの体からどす黒いオーラが噴き出した。
瞳が真っ黒に染まり、筋肉も倍近くに膨れ上がった。
手に持った大剣もさらに禍々しいオーラを放っている。
「ハァァァ……クハッ、ハハハハハ! ドウデスカ! コレがぁ私ノ切リ札『狂化』! 己ノ力ヲ倍近ク上昇サセルノデス!」
「ふぅん……」
大して反応を示さない俺に、パルゴスは不愉快そうに眉をひそめる。
「ドウヤラ力ノ差ヲ理解シテイナイヨウデスネェ……。ナラ思イ知ラセテ――」
「雷蔵――『雷神形態』」
「ウガ!」
俺の声と共に、雷蔵は拳で己の心臓を叩く。
ドンッ! と太鼓のような音が鳴り響く。
バチバチと雷蔵の体から紫電が発生し、その背後に八つの太鼓が出現し、肩からは雲のような羽衣が生まれた。
「ナ、ナンダ……ソノ姿ハ……?」
「答える義理があるのか? ――雷蔵」
「ウガォゥ」
バチチッ! という音と共に、雷蔵の体が消える。
「消エ――オゴァ!?」
次の瞬間、雷蔵の拳がパルゴスの顔面に命中する。
「グガッ……オノレエエエエエエエエエエエエエッ!」
「ウガォゥ」
なんとかこらえたパルゴスは、手に持った剣を振るうが、あっさりと雷蔵の刀に防がれてしまう。
「バ、馬鹿ナ……」
パルゴスは信じられないという表情を浮かべる。
圧倒的だな。
これが雷蔵の切り札『雷神形態』だ。
全ステータスが+50%になり、保有スキルの効果も跳ね上がる。
仮に先ほどの数値で言えば元の攻撃値が150になるのだ。
そこに武器、バフ、指揮効果が加わると最終的な数値は231。
パルゴスの『狂化』による上昇値を軽く上回ってしまう。
(パルゴスの反応を見るに、これ以上の奥の手はなさそうだな)
しかし念には念をだ。
雷蔵にばかり、任せても格好がつかないからな。
「ウググ……剣ヨ! 我ガ力ニ答エ……答エ……え?」
大剣に力を籠めようとしたパルゴスが間抜けな声を上げる。
そりゃそうだ。いきなり手元から剣が消えたんだから。
ガラン、ガランと音を立てて足元に転がる大剣。
「ナ、何故……!? ド、ドウイウ事ダ? 剣ガ掴メナイ!?」
雷蔵が目の前に居るというのに、パルゴスは必死に剣を拾おうともがく。
しかし、どれだけ掴もうとしても、剣はパルゴスの手からすり落ちてゆく。
「――脱衣・腕装備」
これでもうパルゴスは武器を持てない。
あまりに隙だらけの体に、雷蔵の刀が振り下ろされる。
パルゴスの両腕が切り落とされた。
「グアアアアアアアアアアアア!?」
醜い絶叫が響き渡る。
本当なら今の一撃で首を落とすことも出来ただろうが、雷蔵は俺の意図を組んでくれたらしい。
追撃を仕掛けることもなく、パルゴスの挙動を見つめている。
「ウゥゥ……グ、グゾォオオオオオ!」
ようやく状況を不利と悟ったのか、パルゴスは逃亡を図った。
情けなく俺たちに背を向けて走り出そうとする。
――でも、そんなこと、許すわけないだろ。
「アガッ……!」
走り出したパルゴスはあっさりと転倒した。
身を起そうとしても、上手く立ち上がれない。
「ナ、何故ダ……耳ガ、耳ガ痛ィィ……景色ガ、歪ンデル……?」
スキル『催眠』。
相手の五感を一つ指定し、誤認させることが出来る。
呪術猿の時は視覚だったが、今回は『聴覚』を指定した。
今、アイツの聴覚は異常な音を感知し続けている。
その影響が内耳や三半規管にまで影響を与えているのだ。
三半規管は平衡感覚を司る器官だ。そこに異常が起きれば、激しいめまいと吐き気を引き起こし、まともに立つことも出来なくなる。
「オエ゛……オエ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛……」
「おいおい、吐くなよ。気持ち悪いな」
ゆっくりと、ファントムバレットの照準を合わせる。
コツ、コツと近づく足音。
その音に、パルゴスはビクリと震えた。
異常音の中でも、俺たちの音だけはしっかりと聞こえるように設定してるからな。
両腕を失い、逃げることも出来ない今のパルゴスにとっては、凄まじい恐怖だろう。
その証拠に、パルゴスの顔は涙とゲロでぐちゃぐちゃに歪んでいた。
ハッ、ハッ、ハッと短い呼吸を繰り返す。
「抵抗も反撃も許さない。どうだ、今の気分は?」
「タ、頼ム……命ダケハ助ケテ下サイ! 何デモ! 何デモ言ウコトヲ聞キマスカラ!」
ずりずりと俺の足元に縋りつき、なりふり構わず命乞いをする醜さ。
俺に偉そうに説法していた男の姿はどこにもなかった。
「お前が殺した亜人の子供たちも同じ命乞いをしたんだろうな。なあ、お前はその子たちの声に耳を傾けたのか?」
「ア……アァ……ア……」
「じゃあな」
パンッ。
乾いた発砲音と共に、浄化が付与された銃弾がパルゴスの額に風穴を開けた。
『院長パルゴスを撃破しました』
『おめでとうございます。メインストーリー5をクリアしました』
頭の中に響くアナウンス。
どうやら今度こそ本当に倒すことが出来たようだ。