76.血塗られた養護院の闇を暴け 中編
勝利条件が変更になった。
NPCの救出に、パルゴスの撃破か……。
折れた鼻を押さえながら、パルゴスは俺を睨みつける。
「な、なんだその力は!? どうやってそのガキを元の姿に……?」
「言う必要があるか?」
着替えで武器を短銃に変更。
パルゴスの額に押し当てる。
「ま、待て! 話を――」
「死ね」
パンッ!
俺はためらうことなく引き金を引いた。
無駄話で相手に時間を与えるつもりなんてない。
一瞬の油断が命取りになるのは、呪術猿や終末世界で散々味わってきたからな。
「――ぁ」
乾いた音と共にパルゴスの額に穴が開く。
念のため、頭にもう二発。心臓に三発、撃ち込んでおく。
人を撃った経験なんてないからな。
いっぱい撃ち込んでおいた方が良いだろ。
……意外と躊躇なく撃てるもんだな。気分は最悪だけど。
(まあ、クリア条件だし仕方ないよな……)
出来れば殺さずに捕縛する方が、コロロさんたちにとっても情報を引き出せるし、都合が良かっただろうが、条件が変更になってしまったからな。
パルゴスの死体が床に倒れ、赤黒い血だまりが出来る。
ゲームの中とはいえ、やはりいい気分はしないな。
殺人なんて現実じゃ、絶対に出来ない行為だ。
胃のむかつきや、こみ上げてくる吐き気を必死に抑えながら、アナウンスを待つ。
(……おかしい。どういうことだ?)
経験値獲得のアナウンスが出ない。
フィールドマップを確認するが、コロロさんたちをはじめ、院内のNPCは全員、アイコンが消えていた。
つまり亜人の子供たちの救出はすでに終わっている。
にもかかわらず、アナウンスが鳴らない理由。
それは――もう一つの条件が達成されてないということ。
俺はパルゴスの死体に視線を移す。
「――お前、死んでないなっ!」
着替えで弾倉を装填。
即座に引き金を引こうとするが、その瞬間、パルゴスが動いた。
にやりと、その口が笑みを浮かる。
「ひゃぁっ!」
パルゴスは恐るべき速さで俺の銃を弾き、みぞおちに蹴りを入れてきた。
そのまま距離を取ろうとする。
「ぐっ……雷蔵、夜空!」
俺の声に二人は即座に反応する。
いや、合図を送る前からすでに動いていたようだ。
「ウガオゥ!」
「ウッキィ!」
俺とパルゴスの距離が開いた瞬間、雷蔵の雷撃と夜空の火弾がパルゴスへと放たれる。
「ぐぁぁあああああああ!?」
避けることも出来ず、二人の攻撃を受けて、パルゴスはボロボロの消し炭のような姿になる。
だがそれでも、コイツはまだ二本の足で立っていた。
「……お前、本当に人間か?」
「当たり前だろう……ひ、ひひっ」
ボロボロのパルゴスの体は淡い光を放っていた。
「ふぅ~……なるほど、なるほど。奇妙な成りをしているとは思ったが、今確信したよ。君は『ぷれいやー』だね?」
「……」
「沈黙は肯定と捉えよう。ぷれいやーは我々の知らぬ様々な力や技術を持つと聞く。私の自慢の実験体を台無しにしてくれたのもその力の一端か。全く忌々しい」
「忌々しいだと? まるで自分に大義があるような口ぶりだな。こんな悪辣な実験しておいてよく言うよ」
「悪辣……?」
はっと、パルゴスは鼻で笑う。
「これは崇高な実験だよ。亜人を……人の罪を濯ぐためのね」
人の罪、ね。
そんな馬鹿な理屈を、前に星乳首の村長から聞いたことがあるな。
「……お前、純血教か?」
「如何にも。亜人を人間へと戻す。これはその為の実験だ。成功した暁には、人々は真の救済を得るのだよ。ああ、なんと素晴らしいことか」
「素晴らしい? 何の罪もない子供を殺してるだけだろうが」
「彼らは存在自体が罪人なのだよ。我々の実験に協力することは、彼らにとっても救済だ。君の言う通りさ。大義は我々にあるのだよ」
「……お前、もう喋るな」
本当に吐き気がする。
村長たちもそうだったが、自分が正しいと信じて疑わない狂信者ってのは、一番性質が悪い。
正しいと思えば、どんな残酷なことでも行える。
でもまあ、一つだけ安心したよ。
――お前みたいなクソ野郎なら、俺の良心も痛まずに済みそうだ。
さっきまでの胸の痛みや吐き気が嘘のように消えていた。
コイツは人間じゃない。
ただの外道のクソッたれ野郎だ。
「ふぅ……やはり、ぷれいやーには我々の崇高な理念は理解できないと見えるね。では君達を殺して、その力を調べるとしよう」
パルゴスの体がより一層、強い光を放った。
更に足元には謎の魔法陣まで浮かび上がる。
「雷蔵! 夜空!」
「ウガォゥ!」
「ウキキッ!」
俺はサブマシンガンを、雷蔵は雷撃を、夜空は業火をそれぞれ放つ。
しかしパルゴスは死なない。
まるで何かに守られているかのように、足元の魔法陣も輝きが増してゆく。
「そうやって、相手の準備が整う前に動くのは君たち『ぷれいやー』の悪い癖だよ……」
メキメキと音を立てて、パルゴスの姿が変わってゆく。
老いた枯れ木のような姿から、若く筋肉質な男の姿へと。
更に全身の血管が脈打ち、無数の古代文字のような刺青が浮かび上がってゆく。
「だが君たち『ぷれいやー』に特権が与えられるように、我々にも神から加護が与えているのだ。君たちの言葉でなんと言ったか……ああ、『変身中は手出しできない』だったか……?」
「ッ……」
変身中は手出し出来ない、だと?
つまりコイツには『そういう仕様』が異世界ポイントから与えられてるってことか?
だからこそ、今まで攻撃が通じなかったって訳か。
通りで出会い頭からずっと『不快』を放っていても、手ごたえがなかったわけだ。
魔法陣の光が収まる。
変身を終えたパルゴスの手には、巨大な黒い剣が出現していた。
その姿はまるで古代ローマの闘技場で戦うグラディエーターのようだった。
俺たちが与えたダメージも全て消えている。
「さあ、始めようか。君たちを皆殺しにしてやろう!」
『モンスター図鑑が更新されました』
『モンスター№16 暗黒魔剣士
様々な呪いや薬剤によって変異した元人間
身体能力が強化され、様々な魔法や剣技を使いこなす
反面、寿命が大きく削られ、個体によっては数時間で死亡するケースもある
純血教の経典こそ彼らの全て。異教徒には凄惨な死を
討伐推奨LV30』
おいおい、人じゃなく、完全にモンスター扱いになってんな。
しかもどこが加護だよ。呪いって書かれてんじゃんか。
寿命も削られてるし、お宅ら、邪神とでも契約したんじゃねーの?
(レベルは……まあ、確かに今までの敵の中じゃ一番高いな)
あくまでデイリーダンジョンに出てくる連中を除けばだけど。
感じる威圧感も確かに強い。
背中がピリピリするし、鳥肌だって立ってる。
でも……なんでだろうな。
「――全然、負ける気がしないわ」
変身が終わったってことは、今度こそ攻撃が通じるってことだろ?
ならむしろありがたい。
今度こそ、たっぷり苦しませて殺してやるよ。