7.いい副業が出来た程度に考える
とりあえずその日は、それ以上ゲームは進めずに寝た。
明日は金曜日だし、仕事をしっかり終わらせてからの方が『異世界ポイント』を進めるのに良いと思ったからだ。
主に精神衛生的に。
いったいこのアプリは何なんだとか、このまま使い続けて大丈夫なのだろうかとか、色々と考えた結果、俺は考えるのを止めた。
――だって考えても結論は出ないからだ。
だってこのアプリが仮に超常の存在だとしても、俺にはどうすることも出来ない。
ならばいい副業が出来た程度に考えるのが一番良いのである。
(それに……ちょっとワクワクしてるしな)
だってこんなトンデモアプリ、現実にはあり得ない。
あり得ないからこそ、興奮する。胸が高まる。
非現実を味わうことが出来る。
ならば休まなければ。
気がはやっては、肝心な所でうっかりミスをしかねないし、隠し要素なんかも見逃しかねない。それは絶対に嫌だ。ガチで後悔するだろう。
なのでちゃんとベストなコンディションでプレイしたいと思った次第。
現実と『異世界ポイント』内の時間はかなりズレがある。
あまりやり過ぎると現実生活にも支障が出る。
だからまずはしっかり寝て休み、心を落ち着かせる。
ちゃんと朝食を取って、身支度を調えて仕事へ向かい、さっさと定時で終わらせる。
井口のバカが何かしなければ俺は定時で終われる男なのだ。
そして全てが解放され自由になった土日に思う存分『異世界ポイント』をプレイするのである。
「よし、行くか」
今日は燃えるゴミの日だし、途中で出していこう。
荷物も全部確認し、玄関を出て鍵をかけると、ちょうどお隣さんと目が合った。
「ぁ……」
「おはようございます」
おそらくゴミ出しに出てたのだろう。
俺も仕事行く前に出そうと思って片手に持ってるし。
「ぁ、ぉ……ぅござい、ますぅ……」
バタンッ、ガチャ。
……相変わらず避けられているなぁ。
まあ、挨拶してくれるだけマシか。あの井口に比べれば。
さて、ゴミ出して仕事に行くか。
そして案の定、仕事は難航した。
「だーかーらぁー! なんべん言ったら分かるんだお前はぁ!」
「いや、だから佐々木先輩……ごめんなさいって。てへっ」
てへぺろって感じで舌を出す井口。
コイツ、マジでぶん殴ってやりたい。
取引先から意気揚々と案件をもらってきたと思えば俺に振り、出来上がった書類はさも自分の手柄のように上司や取引先へ報告し、最後の最後にコイツの不備でせっかく作った書類を一から作り直す羽目になった。クソが。
「まあ、そうかっかしないで。ほら、コンビニによってコーヒーでも飲みましょうよ」
「ちっ……」
取引先に謝った帰り道だ。
確かにのどは渇いていたので、コンビニへ向かった。
「買ってくるからお前は車で待ってろ」
「え、でも先輩、お金は――」
「うるせえ」
井口の言葉を最後まで聞かずに俺は車を降りてコンビニへ入った。
アイスコーヒーとアイスカフェラテを一つ購入。
ついでにタバコ……はいいか。高いし。
昔は吸ってたけど、金がなくなってからは止めた。
最初はイライラしてキツかったけど、人間なんとかなるもんだ。
でもその代わりなのか、たまに無性に甘い物とか食いたくなるんだよな。
「……ピィノゥも追加で」
以前なら、絶対にしなかった追加購入。
でも今の俺なら出来る。だって財布には一万円様が二枚もおられるからだ。
一日経って冷静になった結果、俺は悟ったのだ。
どうせ偽札かどうか区別つかねーんだし、お金はお金だし、普通に使っちゃおう、と。
お釣りで出てきた九千円を見てなんか安心した。
こういうのも一種のマネーロンダリングなのだろうか?
商品を持ってコンビニを出る。
井口はちゃんと車で待っていた。
「先輩、ありがとうございます。ご馳走様です」
「はいはい」
「なんて、冗談ですよ。いくらでしたか?」
「いや、いらねーよ。奢るからさっさと飲め」
「へ……?」
井口は狐につままれたような顔で俺を見る。
あー、冷たくてうめー。
ぶっちゃけコーヒーの味の違いなんて分からないけど、コンビニのコーヒーって普通に美味しいと思う。俺は高いコーヒーだろうと、安いコーヒーだろうと舌に合えば楽しめる派。
ついでにピィノゥも開ける。
ピィノゥの甘さがブラックなアイスコーヒーのアテにぴったり。
やー、お金があるって最高だな。こんな贅沢が出来るなんて。
「ほれ、半分やるよ」
「へっ!? せ、先輩がコーヒーだけでなくお菓子までご馳走してくれた……? 先輩、体調悪いようでしたら早退しますか? 仕事は私がやっておきますから。そ、それともまさか、ついに消費者金融に手を。ど、どうしよう、私がお金を貸さなかったから……あ、あわわわ」
「お前、本当に失礼な奴だな……」
俺のことなんだと思ってんだよ。
仮にも五年上の先輩に言う言葉じゃないだろ。
もう説明するのも面倒だから、そのまま会社に向かった。
……不思議なことにその後の井口はとても真面目だった。
いつもなら誤字脱字だらけの稟議書には全く不備がなく検印出来たし、日報もいつもよりも一時間以上早く上げてきた。
あまりの勤勉っぷりに普段は手を抜いてたんじゃないかと思うほどだ。
定時になり、帰り支度を整えていると井口が話しかけてくる。
「せ、先輩……もし良かったら今日一緒にご飯でも食べに行きませんか? 悩みとか、そのぉ、私でよければ相談に乗りますし……」
ふわりと、柑橘系の香りが漂ってくる。
……コイツ、なんで帰るだけなのに化粧し直してんだ?
「うっせ、悩みなんてねーよ。とっとと帰れ。んじゃ、また来週な」
「あ、せんぱ――」
面倒なんで、井口を振り切ってさっさと退社。
あいつ、マジでなんなんだよ。
まあ、それはもうどうでもいい。
さあ、早く帰って思いっきり『異世界ポイント』をやるとしよう。