65.デイリーダンジョン……? その2 後編
さて、どうするか。
三つのルートにはそれぞれ釈迦蜘蛛、黒い巨人、瓦礫蟲とかいう「これ絶対勝てないじゃん」ってレベルのモンスターが居る。
その間に、見たら発狂する嘆きの白も居る。
会敵せずに通過できる隙間がない。
マップはしっかりと赤と白で塞がれていた。
「……一旦、引き返すか?」
いや、それもリスクが高い。
嘆きの白は、最初こそ予兆があって回避できるが、その後はずっと出現したままだ。
つまり、戻ればほぼ必ず視界に映ってしまう。
そうなれば詰みだ。
「……モンスター同士を潰し合わせる……いや、これも無理だな」
こいつらはそれぞれのテリトリーから動かない。
釈迦蜘蛛や黒い巨人を見つけた時、奴らは俺を見ても追いかけてこなかった。
正確には近くまで来ても、ある一定の範囲からは絶対に出てこなかった。
それがマップで表示されていた赤いマーカーの範囲だ。
奴らの行動範囲はこのマーカーの中だけと決まっているのだろう。
それぞれのモンスターの赤いマーカーは被っていない。
だから潰し合わせることは出来ない。
「リセマラ特攻は……もっと無理だな」
なりふり構わず走って、モンスターにやられて死んで、そこからチケットを使用し再スタート。
これは絶対に無理だ。
まず釈迦蜘蛛は捕まった時点で詰み。
寿命が尽きるまで拘束される。ゲーム内での寿命がどれだけか分からない以上、危険すぎる。下手をすれば、現実で何十時間、いや何日も意識が戻らず死ぬ可能性だってある。
黒い巨人も同じ。影の形を変えられて、そのまま動けなくなる可能性がある。
この二体はゲーム内で『死ねない』というリスクがあるのだ。
逆に瓦礫蟲はテリトリーに入った瞬間、食われて死ぬ。
ショップでデカい肉の塊を買って試してみた。
一瞬で食われて無くなった。
稼げる距離はほんの僅かだろう。
距離的に何万回のリセマラが必要になるか分からない。
「てことは……やっぱりアレしかないか」
選択肢としては消していた四つ目のルート。
これ以外に道はない。
リスクは高いし、確実じゃない。
それに……どうしても犠牲が出る。
「すいません、魔女さん……使わせてもらいます」
俺は収納リストから『魔女の心臓』を取り出す。
・魔女の心臓
魔女の力が込められた魔石。眷属である4体の魔物を呼び出すことが出来る
呼び出せるのは各ステージ一回のみ
終末の扉を開くのに必要なアイテムの一つ。
紫色の水晶が光り輝くと、4体の魔物が現れる。
ハロウィンに出てきそうな真っ白な幽霊、体長2メートル程の鎧に身を包んだスケルトン、腹が裂け内臓が露出している狼、ホラー映画に出てきそうな金髪のドレスを着た人形。
それぞれ『嘆きの亡霊』、『嘆きの骸骨騎士』、『嘆きの屍狼』、『嘆きの呪い人形』というらしい。
魔女さん、嘆きすぎだろ。どんだけ世界を憂いてたんだよ。
4体の魔物たちは俺のことをじーっと見つめている。
「お前たちにやってほしいことがある。それは――」
俺は彼らに作戦を伝える。
呼び出された直後で、こんな願いなんて普通は無理だろう。
だが4体は互いに視線を合わせた後、俺の方を向いてコクリと頷いてくれた。
任せろと言っているように。
「……本当にすまん。俺のために死んでくれ」
作戦は至ってシンプルだ。
釈迦蜘蛛と瓦礫蟲の縄張りの間に挟まれている嘆きの白。
コイツを突破する。
他の嘆きの白に比べて、コイツは移動範囲が大きい。
つまりそれだけ逃げる距離を稼げるということだ。
魔女の眷属4体が順に囮となり、嘆きの白を引きつける。
その間に、俺が走って嘆きの白の行動範囲を突破する。
以上だ。
(我ながらクソみてーな作戦だな)
4体の魔物は各ステージ1回のみ召喚可能。
逆に言えば、死んでもまた次のステージで使うことが出来るのだ。
仲間の囮と犠牲を前提とした作戦。
こんな作戦しか思いつけない自分に腹が立つ。
でも……やるしかないのだ。
「……よし、みんな配置についてくれたな」
嘆きの白の位置を確認し、狼煙を上げる。
それと同時に俺は走った。
(上手くいってくれよ……!)
まず最初に囮になるのは『嘆きの亡霊』だ。
4体の中では一番足が遅い。
しかし、下位幽霊を召喚し続けるという特性がある。
これを利用して、大量の幽霊で嘆きの白を引きつけて貰う。
(テリトリーに入った。さあ――どうなる?)
最大の懸念は嘆きの白の優先度だ。
近くに居る者を優先するのか、それともプレイヤーを優先するか。
走りながらマップを確認する。
嘆きの白はその場から動かない。
どうやら優先度は近くに居る者からだったようだ。
しかし安堵したのもつかの間、僅か十秒ほどで幽霊のアイコンが消えた。
「ッ……次だ。頼むぞ、骸骨騎士」
テリトリーには三カ所から入った。
嘆きの白のすぐ側に幽霊。
白と俺の中間地点に骸骨騎士。
そして俺と狼と人形。
狼は足が速いし、人形はサイズも小さく軽いので、体に張り付いても負担にならない。
テリトリーの半分ほどまで来た。
「……骸骨騎士のアイコンが消えた。狼!」
「ウォンッ!」
猛スピードで迫る嘆きの白に、屍狼が向かう。
走る、走る、走る。
数秒後、屍狼のアイコンが消えた。
「人形!」
『マカセテ……』
人形が離れて、嘆きの白の元へと向かう。
……お前、喋れたんかい。
走る、走る、走る。
数十秒、人形のアイコンが消えた。
かなり粘ってくれたようだ。
あと少し! あと少し! あと少し!
(目をつぶって……駄目だ、こける!)
目をふさげば、奴と視界を合わせずに済むが、すぐにバランスを崩して転んでしまうだろう。
それに視線を合わせずとも、声を聴き続けても駄目なのだ。
走り切る以外に方法はない!
背後に迫る濃密な悪寒と水滴の音。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
息が苦しい。
肺が悲鳴を上げている。
心臓も張り裂けそうだ。
それでも走る、走る、走る。
そして――。
『―――……ぽ』
どこか悔し気な声とと共に、背後から感じていた悪寒が消えた。
「はぁー……はぁー……はぁー……」
走り切った。
やった……やり切った……!
赤と白で囲まれたデッドラインを――越えたのだ。
息も絶え絶えになりながら、周囲を確認する。
モンスターの姿はない。
嘆きの白の気配もない。
「……皆、ありがとうな」
魔女さんの眷属たちに心から感謝する。
彼らが居なければ、この作戦は不可能だった。
「マッピングは……0.39%か」
あと少しだ。
デッドラインを超えたことで、索敵範囲は一気に広がった。
すぐに達成することが出来るだろう。
「……ん?」
すると、何かが目の前に現れた。
黒い人影だ。
またあの黒い人影が道路の真ん中に立っていた。
黒い人影はまたどこかを指さす。
『あっち……』
そちらに視線を向ける。
建物が見えた。
あちこち崩壊し、蔦が生い茂っているがあれは病院か。
この辺りじゃ一番大きな病院だ。
俺も去年、尿路結石で運ばれたとき、お世話になったことがある。
あれは痛かった。本当に辛かった。
『進むならあっち……戻るならそっち……』
いや、戻れねーから。
コイツ、ひょっとしてクリア直前になると毎回現れるのか?
一応、聞いてみるか。
「……お前、ひょっとして毎回現れるの? あとあっちには何があるんだ?」
『……共に進む仲間。きっと力になるよ』
そう言うと、黒い人影は消えていった。
「共に進む仲間、ね……」
前回は忘れ物、今回は仲間。
……誰か居るのか?
周囲を警戒しながら、病院の方へと向かう。
「――……ぃ……かー……」
すると、かすかに声が聞こえた。
「ッ……!」
驚きと共に警戒も強くなる。ゆっくりと声のした方へと向かう
何かの罠や、モンスターが声を発しているという可能性も捨てきれない。
身を隠しながら、耳を澄ませる。
「……誰かー……居ないのかー……誰かー……」
聞こえた。
今度ははっきりと。
しかもこの声の主を俺は知っている。
「まさか……!」
身を乗り出し、俺は声の主の元へと駆け寄る。
病院の駐車場。
そこに居た人物……いや、その数字は――。
「エイトさん!?」
「おお! リュウじゃないか! 君も居たのか!」
俺が名前を呼ぶと、向こうも気付いて手を振ってくる。
数字の8に手足の生えた実に珍妙な見た目のプレイヤー。
3+3=8さんがそこに居た。