64.デイリーダンジョン……? その2 前編
気付けば俺はいつもの黒い空間に戻っていた。
『ミッションに失敗しました。ペナルティが発動します』
『ポイントが5減少しました』
『所持金が2割減少しました』
『所有アイテムの一部が消滅しました』
「そういえば、異世界ポイントで死んだのって初めてだな……」
収納リストを確認するとポイントで交換したアイテムが十個ほどなくなっていた。
女神の結晶や、薬草、終末チケットといった、ゲーム内で手に入れたアイテムはそのままだ。
ポイントで手に入れたアイテムだけが対象なのか?
それともたまたまか?
もしたまたまだったとすれば、女神の結晶がなくなってた可能性だってあったって事だ。そう思うとゾッとする。
「やっぱ、可能な限り死ぬのは回避すべきだな」
当然と言えば、当然だけど。
「しかし我ながらよく死んだ直後で、こんな風に落ち着いてられるな」
おそらくはこの黒い空間のおかげだろう。
欠損も泥酔も、ここに戻れば全てがリセットされる。
多少の精神疲労ならまだしも、精神に重篤なダメージがあればそれもリセットされる。
じゃなければ、こんな風に考えを巡らせられない。
俺は初めて異世界ポイントで死んだ。
そして、その死因は――自殺だ。
俺はあの白い何かを見た後、精神をやられて自殺した。
首を掻きむしり、手首をかみ切り、何度も何度も自分の腹に短刀を刺した。
どれが直接的な死因なのかは分からないが、総じて自殺と言っていいだろう。
「……あれはヤバいな」
見たら発狂するとか反則だろ。
いや、正確には視線を合わせることか?
あの白い何かを見ている時には、俺の精神はまだ問題なかった。
アレと視線を合わせた瞬間、発狂したのだ。
どこに『目』があったのか、どんな『目』だったのかも思い出せないけどな。
見た瞬間、脳みそに直接手を入れられて、ぐちゃぐちゃにかき回されたような感覚が走ったのだけは覚えてる。
……これ以上は思い出さない方が良いな。
「でも情報は手に入れた」
『モンスター図鑑EX№2 嘆きの白
終末世界にのみ出現する白い塊
くねくねと動き回り、視線があった者を必ず発狂させる
極まれに声を発するが、決して聞き続けてはいけない
嘆きの魔女を討伐するためにパルムール王国が作った失敗作
大国と呼ばれたパルムール王国が滅びた理由の一つでもある
王国の人々を発狂させ、別世界へと消えた
討伐推奨LV92』
どうやらあれはモンスターだったらしい。
たぶん、俺が発狂した後にアナウンスが流れてたんだろうな。
覚えてなくとも、図鑑は更新されていた。
「……討伐推奨LV92って……」
俺、今レベル25なんですけど?
勝てるわけないじゃんこんなの。
いや、それを言ったら巨大アロワナなんて討伐推奨LV不明だけどね。
「ま、それならそれで戦いを回避すりゃいいだけだ」
そもそもクリア条件は『マッピングを0.4%以上に広げる』だ。
アイツと戦う必要はない。
「少なくとも、回避するためのヒントはあった……」
直前に感じた圧倒的な悪寒と、水の滴る音。
それに気を付けて回避するしかない。
問題は、アイツがその場に留まるタイプなのか、それともプレイヤーを追いかけてくるのか。後者だとすれば、マッピングの難易度は跳ね上がるな。
それと考えたくない可能性だが、もし複数居るとすれば更に最悪だ。
「……今回は雷蔵達を出さない方が良さそうだな」
マッピングには人手が必要だが、万が一、アレを見てしまったらまずい。
俺と違って、雷蔵たちは死んだら終わりだ。
ヘルプによればカードの復活アイテムもあるらしいが、今の俺にはない。
今回は俺一人で挑むべきだろう。
「やってみるか」
俺は再び『終末チケット』を使用した。
視界が暗転し、再び終末世界へとやってくる。
場所は、さっき死んだ場所だな。
「うへぇ……血の跡がべっとりだ」
これ、全部、俺の血かよ。
思い出すだけで脳みそが縮みあがりそうだ。
「――ッ!」
そう考えていると、背筋に悪寒。
そしてぴちゃり、ぴちゃりという水滴音。
「来たか……」
俺は全力でその場から立ち去った。
背後では水滴の音が少しずつ小さくなってゆく。
あの強烈な悪寒も、徐々に消えていった。
しばらく走ると、完全にあの悪寒と水滴音は消えた。
「……追ってこないか」
どうやら追ってくるタイプじゃなかったみたいだ。
ふぅーと安堵の息を漏らす。
追ってこられたらどうしようかと思ったから、本当に良かった。
フィールドマップを確認すると、マッピングが0.26%まで上がっていた。
それとマップに『白い点』が表示されていた。
それは先ほどあの嘆きの白が出た場所だ。
白い点は十字路の周辺を不規則に移動している。
どうやら、嘆きの白の位置は表示してくれるようだ。
「はっ、ご親切にどーも」
クソッたれがと、俺は心の中で悪態をつきつつ、マッピングを再開する。
そして歩き出そうとした瞬間――左側の通路からあの悪寒を感じた。
「……嫌な予感ほどよく当たるよな」
フィールドマップの十字路に居た嘆きの白はその場から動いていない。
にもかかわらず、再び感じるあの激しい悪寒。
ぴちゃり、ぴちゃりと聞こえてくる水滴の音。
「やっぱり一体だけじゃなく、複数居るってことかよっ」
俺は再びその場を駆けだした。
その後、計八回、嘆きの白と遭遇した。
特に河川敷はヤバかった。
川に沿ってほぼ等間隔で嘆きの白が配置されていたのだ。
「まるで川の向こうには行かせたくないみたいだな……」
橋も壊されてたし、そっちにはいったい何があるのかね?
気になるが、行く方法がない以上どうしようもない。
「嘆きの白を回避しつつ、川沿いも進めないってなると、探索ルートもかなり限定されてくるな……」
川沿いの大量の白い点を除けば、町の中には七つの白い点が表示されている。
しかもそれらの移動範囲は一定じゃない。
最初の十字路で出会ったやつのように同じ場所をぐるぐる回り続ける奴もいれば、一つの区画を不規則に移動するタイプの奴もいる。
加えて嘆きの白は自分の行動範囲に入ると、一気に距離を詰めてくるのだ。
まるで入ってくるなと主張するかのように。
これらを回避しつつ、移動するとなるとかなりルートが限られてくる。
まるで迷路だな。いや、なるほど、確かに『ダンジョン』だな。
「問題は嘆きの白を回避したルートに別のモンスターが居る可能性だ」
居ると想定して進むべきだろうな。
なにせ嫌な予感ほどよく当たるもんだ。
「とりあえず進めるルートは三つ……いや四つか」
とはいえ、四つ目のルートはほぼ無理だから、実質三つだ。
マッピングの進行度は現在0.37%。
目標値まではもう少しだし、一つずつ確認していくしかない。
そして、俺は更なる地獄を知ることになる。
三つのルートにはそれぞれ三体のモンスターが居た。
まるでそれぞれのルートを守るように。
『モンスター図鑑EX№3 釈迦蜘蛛
終末世界にのみ生息する巨大な蜘蛛
糸に触れた者にこの世のものとは思えぬほどの幸福を与える
囚われた者は不安も、恐怖もなくなり、ただ笑みだけを浮かべるという
釈迦蜘蛛は糸にかかったものを我が子のように愛しむ
その命が尽きるまで
反面、糸に触れようとしない者には決して容赦はしない
討伐推奨LV不明』
『モンスター図鑑EX№4 黒い巨人
終末世界にのみ生息する巨大な黒い巨人
平面を高速で移動し、真っ黒な手で相手の影の形を変える。
影の形を変えられた者は、同じ形に変化し二度と戻らない
討伐推奨LV不明』
『モンスター図鑑EX№5 瓦礫蟲
終末世界にのみ生息する巨大な蟲
瓦礫に擬態し、近づいた獲物を食らう
数万から成る群れで行動し、まるでそこに滅びた町があるかのように見せかける
獲物は食われるまで、擬態した蟲には決して気づけない
討伐推奨LV65(個体)、群れの場合は不明』
それぞれの出現位置にはご丁寧に赤いマーカーと赤い円が出現している。
マーカーはモンスターの位置、円は行動範囲を現しているのだろう。
俺が想定していた三つのルート全てが、しっかりとコイツらの赤い円で覆われていたのだ。
まるでこれ以上、この世界への無礼な侵入者を拒絶するかのように。
「……どうすりゃいいんだよ、これ……?」
赤と白に囲まれたマップを見て、俺は頭を抱えるしかなかった。