63.絶対に見たら駄目なヤツやん
俺のデイリーダンジョンと、大河さんのデイリーダンジョンの内容が違っていた。
俺のは終末世界のような世界観だったが、大河さんのは戦国時代っぽいやつだという。
まさかデイリーダンジョンの内容が違うなんて思わなかった。
「いやぁ、驚きました。会長やバルカンさんも同じだったので、てっきりそういうものかと……」
「同じだったんですか?」
「バルカンさんだけ時代が微妙に違ってましたけどね。江戸時代っぽかったとか」
なにそれ気になる。
「……他のプレイヤーも違うんでしょうか?」
「分かりません。というか、デイリーダンジョンって掲示板での書き込みも極端に少ないんですよ。てっきり、ぽるんがが独占してるのかと思いましたけど、私がスレで発言しても消されてないので、単にデイリーダンジョンそのものを解放していないプレイヤーがほとんどなのかと」
「なるほど……」
解放条件が厳しいとかだろうか?
だとしたら、その条件はなんだ?
「大河さんはいつ、デイリーダンジョンが解放されましたか?」
「私は……確かストーリー15のEXステージクリア後だったはずです。会長やバルカンさんは……確認してみないと分からないですけど」
「俺はストーリー3のEXステージクリア後でした」
「私と佐々木さんのストーリーの進み具合やLV差を考えれば、EXステージのクリア以外にも条件がありそうですね」
「そうですね。ひょっとしたら、解放条件自体、プレイヤーによって違うのかもしれません」
デイリーダンジョンの内容が異なるなら、解放条件も違うと考えるべきだ。
俺の考えに、大河さんも頷く。
「確かにそうかもしれないですね。会長やバルカンさんにも確認したら、連絡しますね」
「ありがとうございます」
「いえいえ、プレイヤー同士、有益な情報は共有し合うべきです。だから……その……」
もじもじと、急に大河さんは声が小さくなる。
ややあって、震えながら、スマホを前に出してきた。
「そ、そそそそ、その……連絡先を交換しませんか? ら、らら、ライ~ンの。ほ、ほら、あれですよ。異世界ポイントってログイン時間が重なるのって中々大変ですから、だから、その、現実の連絡先も知っていた方が、いいかなと思ったわけでして、はい……」
「確かにそうですね。じゃあ、これ、俺のORコードです」
「あ、ありがとうございますっ」
大河さんはガッツポーズをしながら、スマホをかざしてコードを読み込む。
凄く嬉しそうだ。
(……喫茶店でのSNSでのつぶやきといい、まさか大河さんは俺に気があるのだろうか?)
なんてうぬぼれた思考かもしれないが、男なんてそんなもんだ。
自分と楽しそうに話をしてくれたり、自分の言うことに嬉しそうに反応してくれれば、それだけで相手が気になってしまう。
現実で相手を好きになるきっかけなんて、そんなもんだ。
少なくとも俺はそう。ぶっちゃけ恋愛経験も少ないチョロい男です。
もうすでに大河さんのことが気になりかけています。
(まあ、だからといって別に今すぐどうこうする訳じゃないけど……)
だって俺の勘違いだったら、その後が普通に気まずいし。
お隣同士だぞ?
顔合わせるたびに微妙な空気感になるのは目に見えてるわ。
「あ、そうだ! ちょ、ちょっと待ってて下さいっ」
「?」
大河さんはふと、何かを思い出したように部屋を出て行った。
どうしたんだろうか?
それから、数分もしないうちに大河さんは戻ってきた。
なにやら紙袋を持って。
「あの、これ……、献本です。良かったらどうぞ」
「ああ、喫茶店で言ってた。ありがとうございま……す。あの、結構な量ですね?」
持った瞬間、ずしってきたよ?
「はい! 全部持ってきました」
「ぜ、全部……」
紙袋の中を覗く。
軽く十冊以上あるな。名刺に書いてなかった本もあるのか。
あ、一番上のやつ、『奥様、ごっつぁんです』だ。
ちょっと気になってたやつ。
表紙で頬を染めた若奥様が力士に唇を奪われそうになっている。わぁ、えろーい。
「ありがとうございます。後で読ませて頂きますね」
「は、はいっ」
「すいませんね。なんかお騒がせしたあげく、本まで頂いて……」
「そ、そんなことないです! こ、今後ともよろしくお願いしますっ」
ぺこりと頭を下げて、大河さんはダッシュで自分の部屋へと帰っていった。
「……あ、デイリーダンジョンの内容、聞いてなかった」
戦国時代のステージってどんな感じだったんだろう。
ぶっちゃけ、大河さんの姿を見た織田信長のリアクションとかも気になる。
天下人でも、SMバニーメイド女王様は衝撃だと思うし。
……後でそれとなく聞いてみよう。せっかく連絡先も交換したんだし。
その後、夕飯を食べて、風呂に入った。
んで、大河さんの漫画を読んだ。
「……えっろ」
いや、ヤバいなこれ。
実用性高い。
めちゃくちゃ男のツボを心得てる。確かにこりゃ売れるわ。
エロいだけじゃなく、漫画としても普通に面白い。
バトルシーンは迫力満点だし、最後が普通に泣ける。
「…………ふぅ」
さて、頭も心もすっきりしたし『異世界ポイント』をやるか。
アプリを起動させ、いつもの黒い空間へと移動する。
「それじゃデイリーダンジョンをやるか」
せっかく終末チケットってのが手に入ったし、まずはデイリーダンジョンに再挑戦してみよう。
デイリーダンジョンが拡張されたってアナウンスもあったし、どう変化したのかも確認もしたい。
『終末チケットを使用しますか?』
勿論、イエスを選択。
『デイリーダンジョンの挑戦回数がリセットされました』
『デイリーダンジョンに挑戦しますか?』
勿論、イエス。
「さあ、やるか」
再び視界が暗転し、俺はデイリーダンジョン『終末世界』へと足を踏み入れた。
『デイリーダンジョン 終末世界
クリア条件 マッピングを0.4%以上に広げる
成功報酬 大空の欠片×1、濃霧の欠片×1、吹雪の欠片×1』
クリア条件は前回と同じか。
いや、前回よりもマッピングの範囲が広くなってるな。
今のマッピングが0.2%だから、前回の倍の範囲を探索しなくてはいけない。
「……場所は前回クリアした場所からスタートか」
バルカディア皇家の紋章とかいう金貨を拾った十字路。
相変わらず周囲には廃墟と化した町並みが広がっている。
「巨大アロワナが出てくる様子は……今のところはなさそうだな」
あんなのに出てこられたら一発でアウトだ。
他にもどんなのがいるか分からんし、慎重に行動しなくては。
「さて、まずは雷蔵達を――ッ!?」
呼び出そうとして、背筋に悪寒が走った。
すぐにその場から駆け出し、近くの瓦礫に身を潜める。
「……」
理屈じゃない。
本能が体を動かしたのだ。
果たしてそれは正しかった。
ぴちゃり、ぴちゃり、と。
水滴が落ちるような音が聞こえてきた。
なんだ? 何が居る?
足音も、気配もない。
ただ水滴が落ちる音だけが聞こえてくる。
「……」
息を殺し、ゆっくりと、俺は瓦礫から顔を覗かせた。
何が居るのかを確かめるために。
ヤバい存在だったらすぐに逃げるつもりだった。
それに、少なくとも見ることさえ出来れば、モンスター図鑑が更新される。
だから確認だけしようと思った。
だが、それは間違いだった。
俺はすぐにその場を去るべきだった。
決して、ソレを見てはいけなかったのだ。
瞳に映り込んだ十字路の真ん中。
そこに――真っ白な何かが居た。
あれは……なんだ?
分からない。
ただ白く、人型のような何かがくねくねと動いているように見える。
その白い人型のような何かがこちらへ視線を向けた瞬間――。
『―――――――――――――――ぽ』
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――――ぁ。
『攻略に失敗しました』
『終末チケットを使用し、再挑戦しますか?』
その日、俺は初めて『異世界ポイント』で死んだ。