62.事情説明
意味が分からない。
どうして大河さんが俺の部屋に居るのだろう。
玄関の鍵はきちんと掛かっていたはずだ。
窓だって全部、閉まってる。
思わずびっくりして声を上げてしまった。
「大河さん、何故私の部屋に?」
「えっと、あの……」
モジモジとする大河さん。
そのまま自分の後ろを指さす。
「アタシが合い鍵持ってきたんだよ」
玄関から、誰かが部屋に入ってきた。
七十代くらいの天パの女性だ。
ていうか、普通に顔見知りの人だった。
「大家さん……?」
「他の誰に見えるんだよ。アンタが悲鳴上げてるってんで、急いで来てみれば、別に元気そうじゃないか」
「……悲鳴?」
大河さんの方を見る。
「あ、えっと、佐々木さん、さっきから凄い大声上げて……びっくりして、そしたら今度は悲鳴みたいな声も上げてたんで……急いで大家さんのところに行って……その……」
「……?」
全く身に覚えがない。
大家さんの方を見る。
「アタシもドア越しにアンタの悲鳴が聞こえたからね。急いで開けたら、そこでぽかんとしてるアンタが居たんだよ。何があったんだい?」
「……分からないです。叫んだ記憶も……ありません」
だってさっきまでずっと異世界ポイントにログインしてたんだ。
ログインしている間、体はその場から動かずただぼーっとしてるだけの状態のはず。
時計を見たら、ログインしてから三時間ほどが経過していた。
外を見れば、日も暮れ始めている。
(今まで数時間ログインしても数秒かせいぜい数分だったのに……)
これは完全に予想外だった。
ログインする時間が長ければ長いほど、現実での経過時間も長くなるのか?
十二時間近くのログインが、現実では三時間か。
それともプレイ内容やイベントで変わる……?
「どうしたんだい、ぼーっとして? 体は大丈夫かい? 救急車呼ぶかい?」
「あ、すいません……大丈夫です。ご迷惑をおかけしました」
「まったく、あんまり騒ぎは起こさんでくれよ」
「本当にすいませんでした……」
やれやれと、大家さんはため息をつきながら出て行った。
お騒がせいたしました。
「大河さんもすいませんでした。お騒がせしてしまって……」
「い、いえいえ、何もなかったならよかったです。……ひょっとして異世界ポイントしてました?」
「ええ、かなり長い時間、ログインしてしまいましたが、そのせいでしょうか?」
「分かりません。異世界ポイントってログインの間、眠ってるような状態になりますから」
「そうなんですか?」
「はい。ログインしてる間の自分がどうなってるか、気になったので録画してみたんです。私、仕事用とプライベートでスマホ二台持ってるので」
「なるほど……」
それで撮影して、どうなってるのか確認したのか。
「……ということは、私は寝ぼけて、声を上げてしまったということでしょうか?」
「だと思います」
でも隣にまで聞こえるくらいの叫び声まで上げるかな?
いや、夢遊病患者だとそういうのもあるって聞くな。
中には外を徘徊したり、二階から落ちたなんて例もあるくらいだ。
俺の親父もそうだった。本人にはその時の記憶がまったくないのだ。
はぁ、とため息をつく。
「……実は異世界ポイントの中で、10時間近く飲み会をしたんです。ひょっとしたらそれが影響したのかもしれません」
「の、飲み会!? え、どういうことですか?」
「しかも飲み会が終わったら、なんかストーリーもクリアになってました」
「なんで!?」
大河さん、めっちゃ驚いてる。
うん、俺だって意味わかんないよ。
本当になんでだろう?
「く、詳しく教えてもらってもいいですか?」
「構いませんよ。えーっと、順を追って話しますね」
俺は大河さんに今回のプレイ内容を話した。
エイトさんに出会ったことや、魔女さんと飲み会したこと。
何故か、その後メインストーリー4とEXステージがクリア扱いになったこと。
ついでに時間の流れがいつもよりも長かったことも。
全てを聞き終えた後、大河さんはすぅっと手上げた。
「いろいろ気になりますけど、まず最初にいいですか。……8ってなんですか?」
「すいません。それに関しては、私もまるで意味が分からないです」
だよね。
気になるよね。
だって8だもん。
流石の大河さんもエイトさんの存在は知らなかったようだ。
「職業『数字』……。パルムール王墓はパズルやギミック系のステージが多いって聞きますけど、それが関係してるのかもしれないですね。後で会長や仲間にちょっと聞いてみます」
チュートリアルやLV10に上がるまでの行動が職業に影響してるのは間違いない。
それにしたって数字はちょっとわけわかんない。
「アポリスの町なら行ったことがありますけど、あのお婆さんが敵キャラだったなんて思いもしませんでした」
「知ってるんですか?」
「『魔女のお使い』は割と有名なサブクエですよ。クリアすると、プレイヤーが欲しい情報を教えてくれるんです。私の時は、ヌッチャラ湿原の幻霧亀の情報でした」
「あー、そういえばそんなこと、言ってました」
プレイヤーに応じてサブクエストの内容が違うのか。
「あれ? でも私が魔女を倒してしまいましたが、大丈夫なんでしょうか? 他のプレイヤーへの影響とかって」
「うーん、どうなんでしょう? そういう事例って、今のところ殆ど聞かないですし」
オープンワールドなのに殆ど他のプレイヤーに会わないもんな。
会うためのなにか条件があるのかもしれないけど。
「ログインしてる時間と、現実の時間でのズレに関しては、私は今のところありませんね。何時間プレイしても、現実に戻れば数秒くらいです」
「そうですか……」
これも何か条件があるのだろうか?
考えられるとすればなんだ?
EXステージのクリア有無か、デイリーダンジョンとかか?
「そういえば、大河さんはデイリーダンジョンについては何か知ってますか?」
「デイリーダンジョンですか? 分かります、分かります。あれですよね。なんか世界観がこれまでと全然違う、あの――」
「そうです。あの――」
俺と大河さんは声をそろえて――。
「終末世界っぽいやつ」
「戦国時代っぽいやつ」
全く違う言葉を口にした。
「え?」
「え?」
ぽかんとする俺と大河さん。
「えっと、佐々木さんが言うデイリーダンジョンってあれですよね? カードの強化素材が手に入るやつですよね……?」
「そ、そうです」
自信なさげに聞いてくる大河さんに俺は頷く。
「……織田信長や明智光秀が出てきましたよね?」
「いや、出てきてないです……。なんかこう、現実が滅びた後のアポカリプス的な感じの世界観でした」
「えぇー……」
大河さんが驚くが、俺だってびっくりだ。
まさかデイリーダンジョンの内容もプレイヤーによって違うのか?
え、ていうか、待って、戦国時代?
なにそれ、凄く気になるんだけど。
織田信長めっちゃ見たい。