60.魔女さんと飲み会をしてみた
それから自転車を再びこいで無事にアポリスの町に着いた。
「へぇー、ここがアポリスの町かー。中々綺麗な町だなー」
石造りの建物が多く、町の周囲には穀倉地帯が広がっている。
広さも人口も、グランバルの村とは桁違いだ。
(亜人は……やっぱりほとんど居ないか)
行き交う人々は人間がほとんどで、亜人の姿は少ない。
それでもグランバルの村ほど、差別的な扱いは受けていないように見える。
地域格差だろうか? まあ、小さい村ほど村八分も起きやすいっていうし。
「さて、エイトさんによれば、魔女が居るのは西の外れにある道具屋だったな」
さっそくそちらへ向かおう。
あ、ちなみに今はちゃんと服を着ている。
その辺は前回でちゃんと学習したからな。
今の俺はどこからどう見ても、しがない薬売りでごぜぇやす、へへっ。
「――ここか……」
西の外れにある道具屋。
見た目は確かにボロボロだが、「なんかここ掘り出し物ありそう」って感じの雰囲気が漂っている。
「……失礼しまーす」
さっそく店内に入る。
棚は無数のアイテムや本で埋め尽くされており、テーブルの上にも様々な怪しげな商品が置かれている。
「おや、お客様とは珍しいねぇ……何をお求めかなぁ? ヒッヒッヒ」
おお、ヒッヒッヒだ。
本当にそんな風に笑うのか。
なんて魔女な笑い方なのだろう。
カウンターの奥に座る老婆はとんがり帽子に、尖った鼻とこれまたテンプレートな魔女の見た目。
これぞザ・魔女って感じの風貌だ。
「イメージ通りで良かったぁ……」
「な、なんで泣いてるんだい?」
「すいません。ここ最近、色物にしか出会ってなかったもので……」
テンプレって素晴らしいと思う。
なんだよ、SMバニーメイド女王様って。
なんだよ8って。
なんだよ全裸マスクのパンツマンって。意味分かんねぇよ。
だからひょっとしたら魔女も魔女っぽくないのが来るのかなと、内心少し不安だったのだ。
そこに来てのテンプレ魔女。素晴らしい。
こういうのでいいんだよ、こういうので。
「な、なんかよく分かんないけど、アンタ苦労してるんだねぇ……」
「はい、凄く。それで、実はここに魔女が居ると聞いてやってきたのですが……」
俺が質問をすると、魔女さんは意味深な笑みを浮かべた。
「ひっひっひ、最近は多いねぇ。どこからその噂を聞きつけてきたのか知らないけど、ここには魔女なんて居ないよ。もし会いたいのなら――」
「あ、バブミ草とバラライカ茸ならありますよ」
「はぁ!?」
魔女に頼まれるおつかいの内容については、既にエイトさんから教えてもらっている。
別れた後、フレンドのメッセージで詳細を教えてくれたのだ。
おつかいの内容は近くの森へ向かい、指定の薬草を取ってくること。
『実はこのおつかいで指定される薬草ってデイリークエストで事前ゲット出来るんだよ』
との事らしく、事前に準備していた。
俺の取り出した薬草を呆然と見つめる魔女さん。
「な、なんで知って……。あ、いや、でもこれだけじゃぁ足りないね。ひっひっひ、他にもカプチューの花や、フフフ草も――」
「ありますよ」
「えええっ!?」
ドサドサと、カウンターの上に指定された薬草を積む。
『指定される薬草は全部で10種類だから、もし追加注文されたらそっちも出せば良いよ』
との事だったので、これも事前に準備済み。
なにせ昨日の採取クエストで薬草は十二種類ゲットしてある。
ストックもたっぷりあるし、どれを指定されても、問題はないぜ。
魔女さんはカウンターに置かれた大量の薬草を見つめる。
「……アンタ、もしかしてぷれいやーかい?」
「分かるんですか?」
「ふんっ、やっぱりかい。連中はまるでこっちの頼みを先回りしたように、準備がいいんだよ。まったく面白くもないねぇ」
……あー、既に何回か同じことされてるのか。
そりゃびっくりするよな。
「で、魔女さんには会わせて頂けるんですか?」
俺がそう聞くと、魔女さんは実に面白くなさそうに舌打ちをした。
「まあ物さえ手に入りゃ、わしとしても問題ないさね。そうじゃよ、わしが魔女だ。んで、アンタは何を知りたいんだい? パルムール王墓への行き方かい? それともヌッチャラ湿原に出る幻霧亀の居場所かい? 知ってる範囲でよけりゃ教えてやるよ?」
「えーっと……」
聞きたいこと……あれ? ないな。
そもそもサブクエストの内容が『魔女と出会う』だけだ。
会話の内容については特に指示がない。
どうすればいいんだろう?
「なんだい? まさか本当にわしに会いに来ただけなのかい?」
「え、ああ……はい。そうです」
「……」
「……」
き、気まずい。
クリアアナウンスはまだか?
魔女に会ったからもう良いだろ。
早くクリア扱いにしてくれよ。
「……ふっ、そうかい。やっぱりぷれいやーってのは変わり者が多いねぇ。魔女に何も求めん輩までおるとは……」
クツクツと魔女さんは笑う。
「良いだろう。せっかく来てくれたんだ。飯でも食っていきな」
「良いんですか?」
「良くなきゃ誘わんだろうが。酒は飲めるかい?」
「ええ、少しなら」
よく上司の飲み(地獄)に付き合ってるから、多少は飲める。
プライベートでは一切、飲まないけどね。
「ヒッヒッヒ、わしの酒は強いよぉ。精々、酔い潰れないようにねぇ」
「あ、それなら俺も酒出しますよ」
ポイント交換で『美味しい日本酒』や『美味しいワイン』が1ポイントで交換出来る。
ご馳走になるんだから、お酒くらいは提供しよう。
「ヒッヒッヒ、面白いね。飲み比べといこうじゃないか」
「お手柔らかにお願いしますね」
なんだかよく分からないが、魔女さんと飲み会をすることになった。
~~~1時間後~~~
「ほほぅ、なるほど。呪術猿を倒したのかい。そりゃぁ凄い。わしも若い頃は冒険者として無茶したが、あの猿にはめっぽう苦労させられたのぅ」
「そうなんですよ。呪いの対処が面倒で。あ、グラス空ですね。どうぞどうぞ」
「ヒッヒッヒ、悪いねえ」
「ウガォゥ♪」
「きゅー♪」
「ウッキキ~♪」
魔女さんの料理はとても美味しかった。
トマトと挽肉を合わせたパスタ。
レタスのような葉物野菜に酸味の利いたドレッシングを掛けたサラダ。
鮎のような焼き魚に、ローストビーフと豪勢な料理ばかりだった
量も多かったので、せっかくなので雷蔵達も呼んでいいかと聞いたら、呼べ呼べと大賛成。
結果、雷蔵達も巻き込んでの大宴会が始まった。
「ウッキキ~♪ ウッキ~」
「キキー♪」
「キーキキ♪ ウッキィィ~♪」
今回は音猿たちにも参加して貰った。
笛や太鼓のリズムがとても心地よい。
(はぁー、こんな楽しい飲み会なんて久々だな……)
酒ってこんなに美味しかったんだな。
昔、誰かが言ってたな。
酒は何を飲むかじゃない。誰と飲むかが大事なんだって。
「ウガォゥ~~~♪ ウッガァ~」
あと雷蔵は意外と酒が飲める。
すでにワインを三本、日本酒を一升平らげていた。
まあ、ポイントには余裕があるし、少しくらいならいいか。
たまにはこういうのも悪くない。
~~~3時間経過~~~
「それで、その時、あの馬鹿はなんて言ったと思います? 『先輩ならフォローしてくれるじゃないですか~』って! そう言ったんですよ! フォローする方の身にもなれってんだよ! 誰のせいで残業してると思ってんだ! くそっ! くそっ! くそがっ!」
「ほほぅ、お主も大分、鬱憤が溜まっとったんじゃなぁ。ほれ、もっと飲め」
「頂きます……ひっく。魔女さんにはそういう経験はないんですか?」
「ふっ、昔は色々あったがのぅ……。今じゃこうして寂しい毎日じゃ」
「あはは、昔のこと教えて下さいよ~。聞きたいよなぁ~。なあ、雷蔵?」
「ウ、ウガァ……ウップ……」
あ、雷蔵が倒れた。
夜空も雲母ももう寝てるし。
まったく夜はまだまだこれからだってのに。
「じゃあ、せっかくじゃし教えてやろうかのぅ。魔女の過去を……ひっひっひ……ひっく」
「おー、聞きたい、聞きた~い……ひっく」
俺と魔女さんの飲み会は続く。
~~~5時間経過~~~
「それでのぅ、パルムールの馬鹿共はワシとアイツを罠にハメおったんじゃ! 信じていた仲間に裏切られたのじゃよ! あの時はもう、心の底から絶望したわい」
「大変だったんですねぇ……ひっく」
「そうじゃよ~。わし、大変だったんじゃよ~ひっく」
もう俺の愚痴ははき出してしまったので、今度は魔女さんの愚痴を聞いてみた。
そしたらまあ、出るわ、出るわ。
魔女さんも随分と、色々ため込んでいたようだ。……ひっく。
~~~6時間経過~~~
「その後じゃ! あの馬鹿は事もあろうにこのわしを庇いおったんじゃよ! わしはそんなことしてほしゅうなかった! ただあの馬鹿が側に居てくれればそれだけで良かったのに……。何故じゃ、何故わしを残して死んだのじゃぁ~~……」
「うんうん」
「じゃから、わしは復讐を誓ったんじゃ。パルムールの連中を滅ぼし、報いを与えてやろうと……」
「分かります、分かります」
「それで……まあ、なんやかんやあってパルムールの連中を滅ぼしたんじゃが……。やっぱ復讐は空しいのぅ。結局、わしには何にも残らんかった……ひっく」
「ですねぇ……。でも、やらずには居られなかったんですよぇ……ひっく」
「ぐすっ……。アイツの大切にしていた空魚だって、どこかに行ってしまった。なんか伝説の魚じゃったらしいが、今はどこにおるんじゃろうなぁ……」
「そうですね、そうですね。あ、お代わりいります?」
「飲むぅ~。つまみも欲しい~~」
「はいはい、今出しますからね~」
俺はショップから『美味しいおかき』と『美味しいナッツ』を購入して、提供する。
伝説の魚ねぇ……なんかどこかで聞いたような……なんだっけ?
まあ、楽しいからいいか。
~~~8時間経過~~~~
「ああ、そうじゃった。本当は……わしは本当は魔女になんてなりたくなかったんじゃ。わしは……私はただ人並みの幸せが欲しかっただけだったんだ。滑稽な話じゃのぅ。千年掛かって……ようやくそんな当たり前のことに気付くなんて……」
「そうですよね、そうですよね。あ、そろそろ夜が明けますねぇ。魔女さん、そろそろお開きにしましょうか……うっぷ」
「魔女じゃなくてリクラーナだって言ってるじゃろうがぉ! ちゃんと名前で呼べよぉ!」
「はいはい。じゃあリクラーナさん、そろそろ――」
「気安く人の名前を呼ぶなぁ! 私をその名で呼んで良いのはバルカディアの馬鹿だけじゃぁ!」
「あー、はい。すいません、すいません」
「ぐすっ……会いたいよぉ~~。バルカディアぁ……イヴァルぅ……みんなに会いたい~……」
「そんなに会いたいなら会いに行けば良いじゃないですか」
「無理じゃよぉ~。こんな老いぼれて、罪を重ねたわしが今更、どの面下げて、仲間に会えと言うんじゃぁ~」
「老いぼれてようが、罪を重ねようが、会いたいという気持ちに嘘がないなら会いに行くべきですよ。じゃないとずっと後悔するじゃないですか……うっぷ」
あ、やばい、吐きそう。
「……そうかのぅ?」
「そうです、そうです。……ちょっとそこの壺、借りますね。うぇぇぇ……」
あ、少し吐いたら楽になった。
ん? なんか壺の底が光ったような……どうでもいいか。
「よぉし決めた! 復讐なんてもう止めじゃぁ! みんなぁ~~、わしもこれからそっちに逝っていいかのぉ~!」
「いいとも~」
「あひゃっひゃひゃひゃ! 楽しいのぅ! よぉし! 今生最後の宴じゃぁ! つげぇ! もっと強い酒をだせぇ!」
「はい、はい」
まったく面倒くせぇなぁ、この酔っ払い。
あれぇ、バルカディアってなんだったっけ?
なんかそんな単語がどっかで……うへぇ、頭回らねぇ……。
~~~10時間経過~~~
……朝日が眩しい。
「結局、夜通し飲んじまった。うっぷ、頭いてぇ……」
まさか上司との地獄の飲み会がこんな形で役に立つとは思わなかった。
人生どこで何が役に立つか分からんもんだね。
ともかく、魔女とも出会ったし、話もしたし、これでサブクエストはクリアだろう。
「……ってあれ? 魔女さんはどこだ?」
さっきまでそこに居たのに。
魔女さんが居た場所には、拳大ほどの紫色の魔石っぽい石が転がっていた。
『経験値を獲得しました』
『おめでとうございます。サブクエストをクリアしました』
お、アナウンスが出てきた。
良かったぁ~。
流石にこれでクリアじゃなければへこんでたわ。
てか、経験値ってなんで? なんも倒してないけど?
『おめでとうございます。メインストーリー4『魔女の嘆き』を事前阻止しました』
『メインストーリー4をクリアしました』
『おめでとうございます。EXシナリオ『魔女の嘆き・終焉の宴』を事前阻止しました』
『EXシナリオ4をクリアしました』
『EXシナリオの事前阻止に伴い、デイリーダンジョン『終末世界』の一部が変化します』
……あれ?
なんかメインストーリーもEXシナリオもクリアしたって出たんだけど……。
それになんか気になる通知も……。
「え、なんで……?」
あ、やばい。また吐きそう……うっぷ。




