6.ところがどっこい現実でした
意識が覚醒する。
目の前には見慣れた光景――つまり俺の部屋が広がっていた。
「あー、やっぱり寝落ちしてたか……」
そりゃそうだよな。
「しかしめっちゃ楽しい夢だったな。ああいう夢なら何度でも見たい。すっげーリアルだったし……」
現実の辛いこととか忘れられるし楽しかった。主に井口とか井口とか井口とか。
あのバカ、明日はぜってー説教だ。
それにしてもどれくらい寝てたんだろうか?
スマホを確認する。
「……あれ?」
時間は夜十時。日付も同じ。
アルダン終えて、あの変なアプリを開いたのとほぼ同じ時間だ。
カサッと、指先がテーブルに置かれていた何かに触れた。
「ッ……!?」
あり得ないと思った。
だってそこには日本で一番価値のある紙幣が――1万円があったのだ。
「え、いや……なんで?」
手に取ってみる。
どこからどう見ても本物の1万円様だ。
給料日以外はあまり目にかかれない御貴族なお札。
振り込まれ、そして各種引き落としで右から左へ流れてゆく。
でもなんで1万円様が急に現れたんだ?
心当たりは――。
「……ポイント交換?」
いやいや、まさか、あれは夢の中の話だろ。
そう思いつつも、スマホのロックを外してホーム画面を確認する。
「ッ……!」
声が出なかった。
アルダンのアイコンの隣にあのアイコンがあったのだ。
三日月型の地球儀のようなアイコン――『異世界ポイント』のアプリが。
「ゆ、夢じゃなかったのか?」
まさかと思い、もう一度『異世界ポイント』のアイコンに触れる。
すると再びまばゆい光が発生し、気付けば俺はまたあの黒い空間に居た。
【異世界ポイントへようこそ】
【項目を選んでください】
・ゲーム開始
・ポイント交換
・ヘルプ
・ログアウト
「ま、マジか……? これ、本物だったのか?」
ごくり、とつばを飲む。
俺は試しにもう一度、1ポイントを現金に交換し、ログアウトした。
光が収まり、再び見慣れた自分の部屋。
そして――テーブルの上にはもう1枚の一万円札。
合計二万円。万年金欠の俺にとって眩しいほどの大金。
これだけあればご褒美の回転寿司だって食べれちゃう。
「ほ、本物だ……」
マジだ。このアプリは夢じゃなくマジのマジで現実だったのだ。
いや、でもこれどういう仕組みなんだ?
「そもそもこの1万円札って本当に本物か? 使えるのか?」
俺は外へ出て近所の自販機へ向かった。
冷凍のちょっと高級なお肉とか珍しい部位とかを買える自販機だ。
値段が値段なので千円だけでなく、五千円や一万円にも対応している。
俺にとっては縁のない自販機だった。
でも今はその存在がありがたい。
俺は内心ばくばくで自販機に一万円を入れた。
――入れた金額が表示され、ボタンが点灯した。
「ッ……!」
つ、使えた。どうしよう? これ、偽札とかで問題になったりしないだろうか?
反射的にボタンを押して、一万円札を回収する。
でた場所から戻ってきたし、これちゃんと俺が入れた一万円だよな?
「はぁー……まじかー」
手元にある一万円札はどう見ても本物だ。
精巧に作られた偽物だとしても、少なくとも素人の俺には見分けがつかない。
どうしようかと悩んでいて、ふと思い出す。
「……そういえば、容姿や身体能力も交換してたよな」
容姿、頭脳、運動機能、身体機能、運にそれぞれ1ポイントずつ。
もし『異世界ポイント』が本物なら、俺の体にも何か変化があるはずだ。
「……別に大した変化は感じないけど」
家出る時に鏡見たけど、大して容姿は変化してなかったように思える。
頭や運動機能は……どうだろう? どうやって確かめれば良いんだ?
「運は確かめようがないけど、とりあえず走ってみるか?」
家まで走った。
……そんなに疲れてないけど、誤差の範囲のような気もする。
まあ、1ポイントだし、そんなに影響はないのかもしれないな。
「ひとまずはヘルプでこのアプリのことを一通り調べてみるか……」
ヘルプには確か質問って項目があったはずだ。
それを使えば、知りたいことはある程度しれるはず。
そんな訳で再び異世界ポイントを起動させ、ヘルプで色々と調べてみることにした。
片っ端からヘルプで質問すると、様々なことが分かった。
まずこのアプリで交換して手に入れたお金は紛れもなく現実で使用できる偽札でもない本物であるとのこと。
識別番号も重複しておらず、どのように使用しても全く問題ないらしい。
「……お金の番号って全部登録されてんじゃねーの? どういう仕組みなんだ?」
まあ、こんなトンデモアプリなんだ。
その辺を深く考えるのは辞めた方が良いだろう。
臨時収入が手に入ったくらいに考えた方が精神衛生的にも良さそうだ。
次にこのアプリは削除不可能、再DLも不可能。
スマホが破損、もしくは紛失した場合、アプリが削除されていない場合に限り、次のスマホに自動で転送される。
その場合、前のスマホからはこのアプリは消える。
パソコンや他の媒体での使用、及び転送やコピーは不可能。
更にこのアプリのことを他人に話すことは不可能。
仮に誰かにこのアプリのことを話しても、他人には一切聞き取れず、どのような伝達手段であってもそれは不可能。
ただし『プレイヤー』はその限りではないとのこと。
「他のプレイヤー……やっぱり居るのか」
まあ、俺だけが例外ってのはないだろうとは思ってたけど。
他のプレイヤーとのコンタクト方法はレベルが上がれば開示されるらしい。
ゲームっぽいし、グループチャットや掲示板でもあるのだろうか?
次にゲーム内での時間は現実とは全く流れが異なるとのこと。
先ほどのチュートリアルからすると、ゲーム内での一時間は、現実での一分。
あまり長時間プレイすると、現実に悪影響が出る場合もあるので長時間の使用は控えるようにとの注意書きがあった。
「仮に二十四時間プレイしたとしても、現実では二十四分か。確かに脳が混乱しそうだな……」
次の日の仕事や予定に支障をきたしそうだ。
またゲームの進行度合いによっては現実との時間の流れが変わるらしい。
……劇的に変化することはないのでご安心を、とは書いてあったけど。
次にアプリが削除される条件。
それはポイントがゼロになったとき。
ただしチュートリアルを終了し、メインストーリーが解放された後に、だ。
そりゃそうだよな。だってチュートリアル時点ではポイントはゼロなんだから。
これはポイントを交換し、残高がゼロになっても同様。一応、その際には警告アナウンスは出るらしい。
「……最初の交換、全部つぎ込まなくて良かったぁ……」
いや、マジで良かった。
ボーナスポイント貰って余裕があったからってのもあるけど、もし仮に通常報酬の10ポイントだけだったら使い切っていたかもしれない。
自分の貧乏性に感謝。
「俺の保有ポイントは現在53ポイント。ポイントを交換するにしても安全マージンは残しておかないとな……」
次にポイントを得るための条件について。
ポイントを得る手段は主に三つ。
一つ目はメインストーリーを進めること。
チュートリアルの時みたいにクリア報酬として得ることが出来る。
二つ目はサブクエストやデイリークエストをクリアすること。
この場合も、クリア報酬として得ることが出来る。
……ていうか、デイリークエストとかあるのかよ。マジでソシャゲっぽいな。
三つ目は他プレイヤーとの対戦によるポイント獲得。
「……対戦あるのかよ」
俺、PVPって苦手なんだよな。
情報交換ならまだしも、対戦はなるべくやらないようにしよう。
そもそもプレイヤー同士の交流が可能になるのはもっとレベルが上がってからのようだ。少なくとも、今の俺にはまだ関係ない。
最後に最も重要な情報だが、ゲーム内で死亡した場合はどうなるか。
結論から言えば、ゲーム内で死亡しても、現実には影響はないらしい。
ただしデスペナルティーとしてポイントが5ポイント減少するそうだ。
加えて所持金やアイテムも一部減少するとのこと。
「チュートリアルの通常報酬が10ポイントだったから、仮に二回死亡すればポイントはゼロになるのか……」
そう考えると結構シビアだな。
ボーナスポイントが貰えたのは本当にラッキーだったかもしれない。
「さて、とりあえずはこんなもんか……」
調べたい項目は一通り調べた。
ここまでくれば、俺もこのアプリは本物だと信じるようになった。
いったい誰がどんな目的で俺のこのアプリを与えたのかは分からない。
ヘルプで調べても、それは判明しなかった。
でもせっかく与えられたのなら活用しないという選択肢はない。
「これ副業にもってこいじゃん」
このアプリを上手く活用できれば、良い感じに稼げるかもしれない。
副業しようか悩んでたしちょうど良かった。
どうせならこのアプリで稼がせてもらおう。