56.デイリーダンジョン……? 前編
視界が晴れる。
そこに広がっていたのは――。
「……俺の部屋?」
目の前にはいつもの見慣れた俺の部屋があった。
いや、違うな。
部屋は同じだが、室内がボロボロだ。
まるで何十年も時が経ったかのような埃と劣化にまみれた状態。
『デイリーダンジョン『終末世界』へようこそ』
頭の中にアナウンスが響く。
『デイリーダンジョン 終末世界
クリア条件 マッピングを0.2%以上に広げる
成功報酬 大空の欠片×1、嵐の欠片×1、雨雲の欠片×1』
「マッピング、ね……」
ようはこの世界を歩き回れってことか?
成功報酬のアイテムはいったいどういうアイテムなんだろう?
名前からは効果が想像できない。
とりあえず画面からフィールドマップを開くと、俺と周囲数メートルだけが表示された状態だった。
マップの右下には『マッピング 0.1%』の表示。
「外はどうなってるんだ?」
割れた窓から外の景色を見る。
そこには文字通りの終末世界が広まっていた。
ボロボロになった建物には、苔やツタが生い茂っている。
道路は草花が咲き乱れ、あちこちが陥没して大穴が開き、屋根を突き破って巨大な木が至る所に生えていた。
人類が居なくなった後の世界をそのまま再現したかのような光景。
「すげぇなこりゃ……」
見た感じ、モンスターは居なさそうだな。
ひとまずは雷蔵たちを召喚しよう。
バインダーからカードを取り出す。
『現在、デイリーダンジョン内でのカードの使用は4枚までです』
『雷蔵、雲母、夜空を召喚しますか?』
おや、使用制限があるのか?
ああ、そうか。カードを大量に使って、あっさりクリアされないための措置か。
構わないけどさ。
俺がイエスを選択すると、雷蔵、雲母、夜空が現れる。
「ウガォゥ」
「きゅー」
「キキッ♪」
「皆、またよろしく頼むな。おお、新しい装備、似合ってるな」
雷蔵の刀や、雲母の羽衣、夜空の手に持った宝玉。
それぞれ、実によく似合ってる。
俺が褒めると、三人とも嬉しそうに笑みを浮かべた。
「てか、今更だけど、お前の名前『夜空』で良いか?」
「ウッキィ~♪」
念のため確認すると、魔術猿――改め、夜空はとても嬉しそうな声を上げた。
どうやら受け入れてくれたようだ。
……なんか、距離近くない? ともすればくっつきそうなくらいに夜空の距離が近い。
「~~~♪」
まあ、嬉しそうだし、別にいいか。
雲母なんていつも肩に乗っかってるし今更だ。
「今回はこのダンジョン……いや、この世界の探索だ。モンスターが居るか分からないから注意してくれ」
「ウガォ」
「きゅぅ」
「キキッ♪」
雲母にバフを掛けてもらい、部屋を出る。
窓から見た景色と同じような光景が広がっていた。
「……ていうか、これってダンジョンなのか?」
俺のイメージしていたダンジョンとあまりにかけ離れている。
雷蔵たちにも、『ダンジョン』じゃなく『この世界』って言い直したのもそれが理由だ。
ダンジョンっていうよりも、どこか別の世界って感じがする。
普通はダンジョンって言えば、洞窟とか遺跡っぽいのを想像するじゃん。
これのどこがダンジョンなんだ?
「……隣は大河さんの部屋か」
扉は壊れており、部屋の中が丸見えになっていた。
俺の部屋と同じような状態だ。……やたらとアダルトグッズやエロ本が多いのは職業柄だろうな。エロ漫画家だし。
他の部屋も見て回るが、ほぼ同じような感じだった。
アパートの全ての部屋を確認すると、マップが『マッピング 0.11%』になっていた。
0.01%増えてる。
「とりえあえず周辺を確認すれば目標の数値には届きそうだな」
まずはアパートの周囲をぐるっと回り、その後、北側から少しずつマッピングを進めていこう。
「ゴァ、ゴアゥ」
「雷蔵、どうした?」
雷蔵が何かを指さしている。
そちらを見れば、アパートの壁に張った蔓から果実がぶら下がっていた。
瓢箪のような形をしていて、黄色と黒の斑模様をしている。
なんて毒々しい外見だ。
「ゴァゥ?」
雷蔵が「採る?」と訊ねてくるので、俺はそれを手で制す。
「毒があるかもしれない。素手で触るのは危険だから、ちょっと待ってくれ」
「ウガゥ」
俺はショップからハサミとトング、手袋を購入すると、蔓から実を切り落とし、トングで拾い上げる。
すると、ピンポーンと頭の中に効果音が響いた。
『じ◆r⦿の実を手に入れました』
……なんて?
収納リストを確認すると『じ◆r⦿の実 ×1』と表示されていた。
・じ◆r⦿の実 終末世界に生える正体不明の果実
決して食すことなかれ
……なんかめっちゃ怪しい果実だった。
なんなんだ、今回は?
世界観といい、雰囲気といい、今までのクエストと毛色が違い過ぎないか?
夜空が服の裾を引っ張ってくる。
「キィ、キキィ……」
「どうした夜空?」
夜空が壁の一部を指さしている。
そちらに視線を向けると、そこには明らかに食いちぎられた実がいくつもあった。
身の断面を見れば、中は血肉のように真っ赤で、赤黒い果汁が壁伝いに滴り落ちていた。
それが人の肉片のように見えて、あまりに不気味だった。
「……少なくとも、コレを食ってる奴が居るってことか……」
すぐに周囲を確認するが、モンスターの姿は見られない。
言い知れぬ不安を感じた俺たちはすぐにその場を離れようとした。
しかし――。
「……?」
不意に地面が揺れた。
揺れているというか……波打ってる?
ボロボロになっているとはいえ、コンクリートの大地が、まるで水面のように波打っているのだ。
にもかかわらず、地面は割れることも、断裂することもない。
あまりにも不自然な現象。
しかし、その直後、そんなことは些細に感じてしまうほどの衝撃が現れる。
ザッパァァァァァンッッッ!!!
遥か遠方で、地面から飛び跳ねるように、巨大な魚が姿を現したのだ。
見た目だけなら、それはまるでアロワナのような姿だった。
だが大きさが違う。
おそらく全長数キロはあるだろうその巨大魚は、大きな口を開け、弧を描くように空へと飛び跳ねると、そのまま再び地面に沈んでいった。
水しぶきを上げるように、周囲の建物や道路がひっくり返り、沈んでは浮かび、元に戻ってゆく。
天地が逆さになったかのような、異質で圧倒的な光景。
だが、それ以上に異常なのは、巨大魚が去った後だった。
「な、なんだありゃ……!?」
巨大魚が通過した空は真っ黒に染まり、まるで空間が剥がされたかのような状態になっていたのだ。
黒い虹とでも形容すべきだろうか。
雷蔵たちもそのあまりのスケールに呆然としている。
『モンスター図鑑が更新されました』
『モンスター図鑑EX№1 大陸龍魚
終末世界にのみ出現する巨大な魚
地中を泳ぎ、空を食らう伝説の生物
かつてアルタナの空を食い尽くし、別世界へと消えた
討伐推奨LV 不明』
なんかあからさまにヤバい存在だった。
「……ここ、絶対デイリーで来ていい場所じゃないだろ……」
なんかこう、メインストーリーをクリアした後に解放される隠しダンジョン的な雰囲気をぷんぷん感じる。
……これ、無事にクリア出来るのかなぁ?