51.パフェって美味しいよね
目を開くと、見慣れた部屋が広がっていた。
……なんか久々に現実に戻ってきた気がするが、実際にはそう時間は経っていない。
時計を見れば、時刻は午前十時。
異世界ポイントにログインしてから、ほんの数分だ。
「……マジで時間の感覚おかしくなるな」
現実とのズレが大きくなればなるほど、日常に支障をきたすだろう。
「あー、疲れたぁ……」
肉体的な疲労はないが、精神的な疲労がヤバい。
休日だからってずっと『異世界ポイント』やれるって思ってたけど無理だ。
これ、連続でやるのはかなりしんどい。
途中、途中で休憩挟まないと心と体がもたない。
「……とりあえず大河さんとの待ち合わせまでまだしばらくあるな」
約束の時間は十一時だからまだ余裕がある。
掃除や洗濯も終わったし、テレビでも見てるか。
ついでに冷蔵庫から麦茶を出す。冷たくて美味い。
「くぁぁ……浸み込んでくる……! 疲れた脳に……! キンキンに冷えた麦茶が浸み込んで来やがる……! 涙が出るぅ……!」
いや、ほんと、冷たい麦茶って最高。
テレビを見れば、何やら緊急特番だかが映っていた。
『えー、先ほど入った情報によりますと、人気アイドルグループ『ABRマシマシ29』のメンバー阿武羅瀬チャチャさんがライブ中に突然、倒れたとのことです』
『チャチャさん大丈夫ですかね』
『なんでもファンの皆に伝えたいことがあるって言った直後に倒れたそうですよ』
『次郎系の食いすぎじゃないですか? ライブ前にも三杯食べていたと聞いてますが……』
『ファンの間では悲しみの声が広まっているようです。続いては――』
ふーん、チャチャ倒れたんだ。
誰か知らんけど。
アイドルって全然、興味ないんだよな。
ライブ映像が出てきて、「あ、この歌、歌ってる人たちか」と思い出す。
曲は知ってても、歌ってる人は知らないって結構あるあるだと思う。
テレビのニュースを流し聞きしながら、スマホのアプリで漫画を読む。
「お、最新話更新されてんじゃん」
最近、読み始めた漫画の最新話が更新されてた。
現代ファンタジー系の作品で、主人公の相棒の柴犬やスライムがめっちゃ可愛くてつい読んじゃうんだよな。モフモフしたくなる。
原作小説らしいけど、そのうち読んでみるか。
そんな感じで時間を潰していると、約束の時間が近づいてきた。
「そろそろ行くか」
俺は着替えると、財布とスマホを持って部屋を出た。
で、すぐ隣のお部屋のインターフォンを鳴らす。
隣だからね。そりゃすぐ着くよ。
ドダッ! バタバタバタ! という音が聞こえてくる。
どうしたんだろう?
ややあってから、大河さんが姿を現した。
「は、ハァ……、ハァ……ど……どうも。お待たせしました」
「いえ、大丈夫です。てか、大丈夫ですか? なんか、凄く息切れしてますけど?」
「も、問題ありません……え、えへっ」
大河さんはいつものジャージではなく、無地のパーカーとロングのスカートを着ていた。
おお、いつもジャージ姿ばかりだったから新鮮だ。
「シンプルで可愛らしい服装ですね」
「あっ、え、そ、そそそ、そうですか? ぎっ、ぎぇふぇふぇふぇ♪」
「!?」
なんだ? 大河さんの口から悪霊が魂引っこ抜かれた時みたいな声が漏れたぞ?
いかん、対応を間違えたのか? 服装には触れない方がよかったか?
「ひ、久々にリアルで人から褒められました。ふぇ……えへへ」
今の笑ってたの!?
リアルで久々に褒められたって悲しすぎるだろそれ!
「担当さんや両親からも全然褒められたことないのでうれしいです。テンション上がりすぎて、変な声出ちゃいました」
「は、はぁ……」
担当……?
詳しく聞くと藪蛇になりそうだからやめておこう。
「え、えーっと、それじゃあ行きましょうか。そこの喫茶店でいいですか?」
「あっ、はい。大丈夫です」
そこはかとなく不安を感じながら、俺は大河さんと喫茶店へ向かった。
喫茶店に入ると、なるべく人のいない奥の席に座る。
人も少ないし、話す内容が内容なので問題ないとは思うが念のためだ。
大河さんはキョロキョロと興味深そうに店内を眺めている。
「ここの喫茶店、日曜でも午前中は人が少ないんですよ」
「へ、へぇー……いいですね。近所にこんな穴場があったなんて知りませんでした」
「料理も安くて美味しいのでお勧めですよ。何か食べますか? 甘いの大丈夫なら、この季節のフルーツパフェとかオススメです」
「あっ、えっと……じゃあ、その、それで」
「分かりました。飲み物はどうします?」
「じ、ジンジャエール……」
「分かりました」
パフェ二つとジンジャエール、アイスコーヒーを注文する。
注文した品を待つ間、俺は本題を切り出した。
「あの時は驚きましたよ。大河さんも『異世界ポイント』のプレイヤーだったんですね」
「あっ、ですです。私もびっくりしました。その……最初見たときは佐々木さんだとは全く思わなくて」
「あはは……まあ、そりゃそうでしょうね。私だってまさかあんな格好するなんて思わなかったですよ」
本当にね。
職業選択の時、くしゃみした自分を殴りたい。
いや、結果的には大正解だったけどさ。
「えっと……その、やっぱり職業的な理由ですか?」
「……笑わないでくださいね。『変質者』を選びました」
「へ、変質者ですか!?」
大河さんも驚いただろう。
ぽかんと口を開けている。
「いや、でも理由があるんですよ。実は――」
「さ、最高じゃないですか! めっちゃ当たり職ですよ『変質者』! 不快や着替えで、どんな状況でも柔軟に対応できますし、ショップやポイントで交換できるスキルだって強力なのが多いんですよ! うっわー、良いな~。私も本当はそっちを選びたかったのに~」
あれ? 大河さん、本気で羨ましがってる?
マジで?
「そういう理由なら納得です! グッジョブです佐々木さんっ」
「は、はぁ……」
なにが?
「それで大河さんは――」
「――お待たせしました。季節のフルーツパフェとお飲み物になります」
「ありがとうございます」
注文していた品が来たみたいだ。
季節のフルーツパフェは、今回はモモがメインのパフェのようだ。
中央に桃が丸ごとゴロンと乗っかり、更に四等分にカットされたネクタリンが刺さってる。生クリームもたっぷりで、桃の上にはアイスも乗っかっている。
こりゃ美味しそうだ。
ふふ、今まではお財布事情が厳しくてなかなか頼めなかったが、今なら躊躇なく頼めちゃうもんね。
「ふ、ふわぁぁ……凄いですねぇ。綺麗に盛り付けてあって、食べるのがもったいくらいです」
「はは、確かに。でも食べない方がもったいないですよ。先に食べましょうか。アイスが溶けちゃいますし」
「は、はいっ」
俺と大河さんは一旦、話を打ち切り、パフェに食らいつく。
「ッ……!」
「んっ……ん~~~~♪」
なにこれウマッ!
アイスだと思ってたのは、桃のジェラートだった。
ねっとりと口の中で溶ける桃の甘味は、『異世界ポイント』で疲れた脳をガツンとぶん殴ってくる。
その下に鎮座する丸ごとの桃。
中央に切れ込みが入ってあり、種の部分が取り除かれ、代わりにたっぷりのカスタードクリームが入っていた。
(生の桃かと思ったら、少し火を加えてるのか……)
コンポートってやつだ。
しかし決して甘過ぎず、桃本来の甘味がじんわりと口の中に広がる。
あ~、糖が回る。こりゃ、最高だ。
「佐々木さん、この黄色いのも美味しいですよ」
「ネクタリンですね。これも酸味があってよく合いますね」
ネクタリンは黄桃に似た桃で、表面にうぶ毛がないのが特徴だ。
そのため、皮ごと食べることも出来る。
普通の桃よりも酸味が強いのが特徴だが、これがパフェのいいアクセントになっている。
「……」
「……」
それからしばらくの間、俺と大河さんはパフェに夢中になった。
そう、人は本当に美味しいパフェに出会った時、余計な会話はなくなる。
目の前のパフェを食らうだけの存在になるのだ。
決して抗えない甘味……! それがパフェ……!
「いやぁ、美味しかったですね」
「本当ですね。なんというか、体にすぅーっと浸み込んでくるみたいでした」
「あー、それ分かりますよ。『異世界ポイント』で精神的に疲れたからだと思いますよ。そういう時って甘いものがやたらと美味しく感じますから」
「なるほどです……。ここ、今度の打ち合わせの時に使おうかな……」
しっかりとパフェを完食し、その余韻に浸る。
大河さんもジンジャエールを飲みながら、満足そうな表情を浮かべていた。
打ち合わせっていうとなんの仕事をしてるんだろう?
「それで、異世界ポイントの話に戻りますけど……」
「あっ、そうでした。なんかもうパフェ食べてすっかり満足してました」
気持ちは分からんでもない。
でも、まだ全然本題については話し合ってないのよ。
「それで……大河さんは何の職業を選んだんですか?」
「あー……、その……やっぱり気になりますよねぇ」
「正直、気にならないといえば嘘になりますね」
だってバニーだもん。
エロエロバニーなタイガースペシャルマークⅡセカンドさんだもん。
気にならない方がおかしいだろう。
「あ、でも答えたくないのであれば――」
「いえいえ、佐々木さんにだけ言わせて、私が言わないのは駄目です。ちゃ、ちゃんと言います。その……ですね。――様です」
「はい?」
よく聞こえなかった。
大河さんの顔がみるみる赤くなる。
「その……ですから――」
大河さんは視線を逸らしながら。
「え……SMバニーメイド女王様です」
「………………え?」
「だ、だからっ! SMバニーメイド女王様ですっ!」
大河さんはとても大きな声で、ともすればやけくそ気味に自分の職業を明かしたのだった。
…………なんて?
すると一転、大河さんは悲痛な表情を浮かべる。
「……分かってます。矛盾してますよね。メイドなのに女王様だなんて……」
「いや、そこじゃないですよ!?」
「でもちゃんと理由があるんです。なので、一からお話しします。
しがないエロ漫画家だった私が、どうしてSMバニーメイド女王様になり、亜人解放戦線の切り込み隊長をすることになったのかを……」
「!?」
エロ漫画家? エロ漫画家って言ったこの人?
ちょっと待って。この人、エロ漫画描いてるの?
気になること山盛りなんだけど。
混乱する俺をよそに、大河さんは訥々と事情を語り始めた。