48.バニーは良いものだ。そうは思わんかね?
クリア通知のアナウンス。
一気に疲労感が押し寄せてくる。
だが同時に達成感もあった。
「やった……!」
今回もEXステージをクリアすることが出来た。
その事実に心が震える。
……人間の尊厳はクリアするたびに落ちてる気がするけど。
なんだよ、全身黒タイツって。
コ〇ンの犯人じゃねーんだぞ。
「きゅー♪」
顔の黒海苔をはがすと、雲母がお疲れ様と、ほっぺをなめてくる。
うーん、可愛い。
ていうか、なんかほっとした感情が伝わってくる。
……ひょっとして黒海苔姿で顔が見えないのが嫌だったのだろうか?
「黒い空間に戻らないってことはまだイベントが残ってるのか?」
ともかく雷蔵と合流するか。
その後にメイちゃんたちの元へ向かおう。
俺は収納から発煙筒を取り出し、煙を上げた。
クリア出来たら、一本上げる。こちらに合流しろの合図だ。
最初にそう打ち合わせで決めていたからだ。
ややあって、森の方からも煙が一本上がった。
了解、の合図だ。
「……ん?」
カッと森から何かが光った。
ややあってから、激しい轟音と共に雷が空へと上がるように発生した。
「な、なんだ!?」
今のはまさか雷蔵の雷撃か?
だが、その規模が今までとは桁違いだ。
いったい何があった?
「……まさか」
しばらくして、雷蔵が森から現れる。
だが、その姿は以前とは別物だった。
肉体は大きく成長し、額の側面からは二本の短い角が生えている。
全身を覆っていた黒海苔は剥がれ、わずかに下半身を隠すのみ。
何より特筆すべきは背中に浮かぶ八つの雷太鼓だ。
その姿はさながら――『雷神』。
『モンスター図鑑が更新されました』
『モンスター図鑑№12 ライジング・ゴブリン
アルタナに生息する上級モンスター
ゴブリンの希少上位種であり、別格の存在
知能、身体能力も高く、あらゆる武器を使いこなす
雷の化身と称されるほどの、強力な雷スキルを使用する
討伐推奨LV30』
「雷蔵……お前、進化したのか?」
「ウガァ♪」
雷蔵は嬉しそうに頷いた。
近くで見ると、マジでデカい。
二メートル以上ある。
圧が凄い。大胸筋が叫んでる。
「雷蔵、一旦カードに戻ってくれるか。どう進化したのか確認したい」
「ウガ」
同意も取ったので、雷蔵を一旦カードへ戻す。
『名前 雷蔵 LV20
種族 ライジング・ゴブリン
状態 装備破損
戦闘力 ☆☆☆☆☆+
スキル 防衛、鉄腕、雷撃、雷閃
雷神形態、紫電一閃、反雷壁
忠誠度 最良』
うぉっ、なんかすごそうなスキルが三つも増えてる。
戦闘力も星三つだったのが、星五つ。
それぞれのスキルはどんな感じなんだ?
・雷神形態 アクティブ 全ステータス+50%
保有スキルの効果強化(大)、デバフ無効
効果時間300秒
各ステージ最大3回まで
・紫電一閃 アクティブ 雷撃による強力な単体攻撃を放つ
雷撃は武器に纏わせることもできる
命中した対象を80%でスタン
防御、敏捷-20%、CT60秒
・反雷壁 アクティブ 物理・魔法ダメージ-40%
物理ダメージの25%を、雷を付与して反射。
40%で相手をスタン
効果時間60秒、CT80秒
どのスキルもかなり強力なスキルだった。
特に雷神形態が凄い。なんだよ全ステータス+50%にデバフ無効って……。
これ、正面からの戦いだと、俺より強いんじゃなかろうか?
あと進化して機嫌がいいのか、黒海苔が剥がれたからか、忠誠度が『最良』に戻っていた。良かった。
「討伐推奨はLV30だけど、雷蔵自身はLV20なのか……」
討伐推奨レベルはプレイヤーにとってのレベルで、モンスターのレベルとは違うってことなんだろうな。
確認が済んだので、俺は再び雷蔵を召喚する。
「雷蔵、今後もますます頼りにさせてもらうぞ」
「ウガオゥ」
雷蔵も任されよと元気よく返事をする。
「あ、新しい装備は、後でちゃんと買ってやるからな。今は前の装備で許してくれ」
「ウガァ♪」
黒海苔から装備を変更すると、雷蔵はめちゃくちゃ嬉しそうだった。
……どんだけ黒海苔嫌いだったんだよ。
俺も黒海苔を装備から外し、元の姿に戻る。
パンツマン、再来。こんな姿が元の姿って嫌だー! 黒海苔マンも嫌だったけどさ!
「それじゃ、メイちゃんたちのところに戻るか」
「ウガァ」
「きゅー」
雷蔵たちを再びカードに戻し、俺はメイちゃんたちの元へ向かった。
移動中はとくにトラブルはなかった。
村人たちの憔悴しきった姿はあちこちに見られた。
生存できたとはいえ、今後の復興は相当大変なものになるだろう。
「おや……?」
メイちゃんたちの元へ向かうと、知らない亜人が何名か増えていた。
その中には、市場で見かけたあの蜥蜴の亜人たちもいる。
(コロロさんたちと話し合っている……?)
ひょっとして周囲の村や町から応援に駆け付けたのだろうか?
だが、その中に一人だけ妙に異彩を放つ奴がいた。
「……あれってバニースーツだよな?」
何故かバニースーツを着ている奴がいたのだ。
頭にはうさ耳のカチューシャ、足は網タイツ。
顔にはSMクラブの女王様がつけているようなドミノマスク。
(うわぁ、エロいなぁ。それにデカい……)
距離が離れていても分かる。
あのバニーさん、相当な巨乳だ。
なんで公衆の面前であんなアホな格好してるんだ?
ひょっとして変態さんなのだろうか?
でもなんかどこかで見たことあるような……。
「あ、お兄さんだ~。お~い、こっちですぅ~」
こちらに気付いたメイちゃんが手を振ってくる。
俺も手を振ると、他の亜人やバニーさんもこちらに視線を向けた。
その瞬間、空気が変わった。
「なっ、なんだあの怪しい変態は!?」
「怪しいを絵に描いたような男だ!」
「敵か!? 乳首に星まで付いてる! どう見ても敵だ!」
警戒し、何やら武器を構えたではないか。
ひょっとして俺のこと、敵だと思ってる?
いやいや、待ってくれ。
俺のどこがそんなに怪しい――いや、怪しさの塊だわ。
そりゃ、警戒するわ。誰だってそうする。俺だってそうする。畜生。
「ま、待ってくれ! 俺は――」
とりあえず弁解しようと声を上げようとした。
その瞬間――バニーさんが消えた。
「え……?」
地面を蹴る足音。
そしてこちらに迫る気配。
「ッ――!?」
気付いた時には、俺の体には無数の鎖が絡みついていた。
馬鹿な、早すぎる!?
全く反応出来なかったぞ?
「……悪いですが、拘束させて貰いました。あ、アナタが悪いんですよ。そんな怪しすぎる見た目をしてるから……」
声の方を見ればあのバニーさんが居た。
怪しいってアンタに言われたくないよ!
俺から見ればアンタも十分、怪しい格好だよ!
(ていうか、なんだあのでけー武器は!?)
バニーガールが持っていたのは二メートルはあろうかというバカでかい斧だった。
しかもただの斧じゃない。
斧の柄の先端からは鎖が伸びていた。
どうやら、あの鎖で俺を拘束したらしい。
よく見れば、足元に棘付きの鉄球まで付いているではないか。
どうりで重いと思った。こんな武器使うなんて、どこの岩柱だよ。
(ていうか、ちょっと待て。今の声、どこかで聞いたような気が…)
どこだ? 思い出せ……思い出せ……あっ。
バニーさんがこちらに近づいてくる。
改めて近くで見ると、かなりきわどい格好だ。
股の部分なんてハイレグみたいになってて、鼠径部が丸見えになっている。
そして近くで見て、確信する。
背格好や輪郭、そしてマスクの下に見えるその瞳。
間違いない。彼女は――。
「さ、さあ答えてください。アナタはいったい――」
「あの……ひょっとしてアナタは大河さんじゃないですか?」
「…………ふぇ? えぇっ!?」
バニーさんは一瞬、ぽかんとした後、盛大に後ずさった。
その反応に俺は確信する。
間違いない。彼女は俺の隣に住む隣人――大河茜さんだ。
「あ、ああアナタ、な、ななな、なんで私のリアルネーム知って?」
「いや、俺ですよ、俺。ああ、このマスクじゃ分からないか。隣に住んでる佐々木竜司です」
「え、さ、佐々木、さん……? え、嘘、ほんとに……?」
「はい」
「…………」
バニーさん改め、大河さんはしばし呆然とした後――。
「す、すみませんでしたあああああああああああああああああああ!!」
盛大に土下座をしたのだった。
いや、どういう状況だよ、これ?