46.EXステージ3 その4
雷蔵達との合流ポイントへ向かう。
場所は村から少し離れた山の手前だ。
位置的には、巨大猿から見て、村の斜め右上辺り。
「ギィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!」
巨大猿が大きく腕を振り上げるのが見えた。
「マズい! 伏せ――いや、こっちに来いっ!」
「キキッ!?」
二回目の攻撃。
一回目よりも距離が詰まっているせいか、降ってくる泥の量も多かった。
しかし周辺の木々と、派手なマントに隠れたおかげで、被害はほぼ無かった。
とっさに魔術猿も抱き寄せたのは正解だったな。
あのまま伏せていたら、魔術猿はあの泥の餌食だった。
「怪我はないか?」
「……キ、キィ……」
魔術猿はめっちゃ小さな声で頷いた。
なんでコイツ、こんな目をキラキラさせてんだ?
妙に息も荒いし。
(もう使い物にならないが、派手なマントで泥を防げるって分かったのはデカいな)
泥を受けた表面はボロボロになっているが内側までは浸透していない。
結構な量を浴びてもこの程度。
一回だけなら確実に防げるってことだ。
ホント、無駄に高性能だな。変態装備のくせに。
これを大量に買っておけば、メイちゃんたちの防衛がかなり楽になるだろう。
どうせ10ポイントだ。二十枚くらい交換しておこう。
装備は出来なくても、被るくらいなら問題ないはずだ。
「巨大猿は……?」
そちらを見れば、再び両腕を失って停止状態。
いや、徐々に移動しているな。
(攻撃のスパンは約二十分か……)
残り時間はあと40分。
普通に考えれば、あの攻撃はあと二回だけど……。
「……そんな優しいわけはないよな」
巨大猿の腕の再生速度が速くなっていた。
攻撃直後にもかかわらず、すでに二割近くが再生している。
あの調子ならば、十五分……いや、十分で再生は完了するだろう。
(……時間経過と共に攻撃の回数も増えるってことか)
おまけに移動速度も上がっているように見える。
今はまだ上半身しか確認できないが、ひょっとしたら時間経過と共に足も生えてくるんじゃないか?
そうなったら詰みだ。
どれだけ逃げても、追い付かれてあの泥の餌食になるだろう。
(それを踏まえるなら、このステージ、逃げ回るだけじゃクリア出来ない……)
たぶん、この予想は間違っていないと思う。
だとすれば何か打開策があるはずだ。
考えろ。クリア出来ないゲームはないのだから。
観察しろ。勝利のための糸口を見つけろ。
「……ん?」
ふと、俺はあることを思い出した。
そういえば、アレはどうなったんだ?
あの巨大猿のこれまでの行動、それに今回のクリア条件。
……いくつかの疑問が点となって浮かび上がってくる。
でもまだ確信がない。これらがまだ繋がらない。
繋げるためには、勝利するためには、やはり確認するしかない。
「雷蔵たちの元に急ごう。魔術猿、お前は一旦カードに戻れ」
「……ウッキィ」
しかし魔術猿は首を横に振った。
え、拒否? てか、拒否って出来るの?
「ウッキ、ウッキィ~」
魔術猿は手に持った杖や自分を指さして、なにやら主張してくる。
自分もいた方が良いと言っているのだろうか?
「……ああ、そうか。途中で『睡眠』が切れるのを心配してるのか?」
「! ウキッ! ウッキー」
魔術猿は「そう! それそれ!」と頷いてくる。
……なんか怪しいリアクションだけど、確かに一理あるな。
今は寝ていて大人しいが、万が一起きて暴れられたら面倒だ。
「まあ、ニャンマルちゃん担いでるし、そこまで早く走れないもんな。分かった。んじゃ、一緒に行くか」
「ウッキ~~♪」
「おい、くっつくな。走りにくいだろ」
やたらと上機嫌な魔術猿と共に、俺達は集合場所へと向かった。
集合場所にたどり着く。
皆は無事だった。
射線上から離れていたというのも大きいだろう。
村に比べて、明らかに周囲の被害が少なかった。
(……村はもう壊滅状態だな)
流石にこれはもうどうしようもない。
だが、このままだと壊滅どころか、全滅もあり得る。
牛さんの一家やガォン君は、やはりまだ警戒しているようだ。
コロロさんが前に出てくる。
「よかった。無事にニャンマルを見つけてくれたようだね。……気を失ってるのかい?」
「魔法で眠ってもらってる。かなり警戒されてな」
「……まあ、そのなりじゃ仕方ないね。分かった。後はアタイらで面倒を見るよ」
「頼む。しばらくしたら、目を覚ますと思う」
ニャンマルを肩から下し、ンモゥさんへ渡す。
「ウガォゥ」
「雷蔵、どうした? ……うぉ、こりゃひどいな」
雷蔵の方を見れば、剣や盾にあの泥が大量に付着していた。
剣は刀身が半分以上溶けており、盾も原型を失っていた。
ひょこっと雷蔵の後ろからメイちゃんが顔を出す。
「ライちゃんさんが飛んできた泥を、全部弾いてくれたんですよ~」
「ん……口から電撃出してた。かっこいい」
ワンダさんが目を少年のようにキラキラさせて、雷蔵を見ていた。
……ワンダさん、背格好は俺よりも大きいから大人だと思ってたけど、ひょっとして意外とまだ少年なのか?
「そうか。雷蔵、よくやってくれたな。装備は新しいのをすぐに準備するから……いや、ちょっと待ってくれ。その剣と盾を貸してくれないか?」
「ウガォゥ?」
雷蔵は首をかしげながらも装備を俺に渡してくる。
泥がつかないように慎重に受け取って、それを確かめる。
(……派手なマントよりも損傷が激しいな)
金属の方が溶けやすいってことか?
それとも単に装備の性能の差か?
いや、建物はもっとボロボロになってたな。
浴びた量の差か?
門番は食らった箇所が硫酸を浴びたように爛れ、正気を失っていたし、少なくとも生物と無生物じゃ、明確に効果に差がある。
「……」
俺は収納からいくつかのアイテムを出して、剣や盾に付着した泥に当ててみる。
鞭や銃弾、飴やロープ、その他、色々。とにかく試せるだけ試す。
「お兄さん、これどこから出してるんです~?」
「ないしょ」
てか、説明してる暇が惜しい。
皆の視線が集中する中、俺は検証を続ける。
「ッ……これは」
収納してあった無数のアイテム。
その中で一つだけ、驚くべき反応を見せたモノがあった。
これは……まさかこんな効果があるのか……。
(コレだ。コレを使うしかない!)
だが本当にいいのか?
今更人としての尊厳など知ったことじゃないが……。
俺は雷蔵を見る。
「ウガォゥ?」
俺は心の中で雷蔵に謝罪する。
……すまない。
一瞬の迷い。しかし、俺は決断した。
「……雷蔵、雲母。あのクソ猿に一泡吹かせたい。手伝ってくれないか?」
「!……ウガォゥ!」
「きゅー!」
俺の言葉に、二人は「勿論」と声を上げてくれた。
ああ、そうだ。
逃げたままで終われるか。
やってやろうじゃないか。
「メイちゃん、それに他のみんなも。少しの間、後ろを向いてもらえないか? あ、それと耳もふさいで、聞こえないように」
「? 分かりました~」
俺のお願いに、メイちゃんや他の亜人たちは素直に従ってくれる。
さあ、覚悟を決めろ、俺。
あの巨大猿に一泡吹かせるために――、
「まずは服を脱ぐ!」
俺は派手なパンツを脱ぎ捨てた。
更にブーツや他の装備品も全てパージする。
ああ、センシティブな部分に冷たい風が当たる。
仕方が無い。本当に仕方ないんだ。
こうしなければ、今回の作戦は成功しない。
(……なんで、いつもいつも、脱ぐことが条件みたいになってるんだ畜生!)
だが、今回は俺だけじゃ済まないのだ。
罪悪感で胸がいっぱいになった。
だから、本当に……本当にすまない――雷蔵。
「雷蔵、お前も脱げ!」
「ウガァ! ……………………………………ウガァ?」
雷蔵は「了解!」と元気よく返事をした後で、「え?」と首をかしげた。
頭の上に疑問符がたくさん浮かんでいる。
「え、じゃねえよ。今回はお前も脱ぐんだよ!」
「ッ……!?」
雷蔵の顔に絶望の色が浮かぶ。
そう、今回の作戦は俺と雷蔵、二人が脱がなければならないのだ。
さあ、反撃だ!