41.救われぬ少女に救いの手を その4
「―――……ん?」
ゆっくりとメイちゃんは目を開く。
ぼーっとした表情であたりを見回すと、俺に気づいた。
「あー……、お兄さんだぁ」
「うん、おはよう。ゆっくり眠れたかい?」
「えへへ、はいーおはようございますぅ。体、全然痛くないですねぇ……これ、ワタシもうすぐ死ぬんですかねー」
「死なないよ。よく確かめてごらん。ほら」
俺はメイちゃんの体を起き上がらせると、鏡を見せる。
そこには傷一つないメイちゃんの顔があった。
「え……?」
メイちゃんは鏡に映った自分を信じられない様子で見つめる。
「ほら、足もちゃんとあるよ。幽霊じゃない。君は助かったんだ」
「ッ……え、足が……ある! 右目も見えてる? 呪いも消えてる……?」
メイちゃんは信じられないよう表情で、確かめるように自分の体をぺたぺた触る。
はぁー、ちゃんと効果があってよかった。
ステージをクリアした後、黒い空間に戻らなかったので、俺たちはすぐに村に戻った。
メイちゃんの呪いは確かに消えていた。
だが、失った目と足は戻らず、右半身の火傷もそのままだった。
文字通り、命だけは助かった。そんな状態だった。
そんな彼女を救ってくれたのが今回のクリア報酬『女神の雫』だ。
・女神の雫 どんな怪我や病気、欠損も治すことが出来る最上級の秘薬
希少過ぎて値が付けられない非売品
名前は違うが、要はエリクサーみたいなアイテムなのだろう。
非売品ってことは、おそらくポイント交換やショップでは手に入らず、ボスドロップやストーリーのクリア報酬でしか得られない超レアアイテム。
(……メイちゃんの状態がヤバかったからこそ迷わず使ったけど、そうじゃなかったらずっと使わなかったかもしれない……)
ゲームでよくあるラストエリクサー症候群ってやつだな。
希少過ぎて、逆に死蔵しちゃうやつ。
……まあ、ちょっとひと悶着あったけど。
それは今は関係ない。
「お兄さんが……助けてくれたんですか?」
「まあね。なんとかなってよかったよ」
するとメイちゃんは信じられないようなものを見る目で俺を見る。
「お兄さん、どうしてこんな……? ワタシ、亜人ですよぉ? お兄さんに返せるものなんて、なんにもないです。助けたってなんの得もないのに……」
「言っただろ? お兄さんは変態さんだって。損得なんて関係ない。メイちゃんが元気になってくれれば、それでいいんだ」
「ッ……」
メイちゃんは俺の胸に飛び込んできた。
「ありがとう! ありがとうお兄さん! ワタシ絶対、この恩は忘れないから! 大きすぎて返せるか分かんないけど……必ずお兄さんに恩返しする!」
「元気でいてくれればそれでいいよ。それより、俺に抱き着くよりも、ほらあっち。ずっと我慢してるっぽいよ」
「え……あっ」
俺が指さす方へ、メイちゃんが視線を向ければ、そこには隅からひょこっと顔をのぞかせる妹のミィちゃんがいた。
「俺がいない間、ずっと君の傍に居たんだ。いい妹ちゃんだね」
「はい……はいっ。自慢の妹です! ミィちゃん!」
メイちゃんはたまらず駆けだすと、ミィちゃんを抱きしめた。
最初は無表情で抱かれるままだったミィちゃんも、やがてゆっくりとメイちゃんの背中に手を回す。
「……お姉ちゃん、元気になったの? 死なない? もうどこにも行かない?」
「うん、もう大丈夫だよ。これからもずっと一緒だから」
「うぅ……うぅぅぅ……うわぁぁあああああああん! お姉ちゃんっ。お姉ちゃああああんっ! 良かった! 良かったああああああああああ!」
「ミィちゃん……ごめんねぇ。心配かけてごめんねぇ……」
ミィちゃんもずっと我慢してきたのだろう。
まだ小さい彼女にとっては、泣かないことだけが唯一の出来る事だったのかもしれない。
だが、もうその必要もない。
誰の目も気にすることなく、泣いていいんだ。
よかったね、メイちゃん、ミィちゃん。
これからは姉妹仲良く暮らすといい。
「……さて、と」
俺は立ち上がると、二人に気付かれないように外へ出る。
こっからは大人の時間だ。子供に見せるもんじゃない。
「雷蔵、念のため、ここで護衛を頼む」
「ウガォゥ」
俺は雷蔵へ護衛を任せると村を出た。
村の入り口から少し離れた場所。
人気のない茂みの中に、大量の猿共に囲まれた数名の村人たちが居た。
俺から回復薬や金をぼった門番もいる。
全員漏れなく服を脱がされ、丈夫なロープで縛られて身動きも取れず、モンスターに囲まれて青ざめていた。
対してサルたちは、俺からもらった美味しい餌をつまみながら、俺へ笑顔で手を振っている。
「き、貴様、何者だ!? これはどういうつもりだ! こんなことをしてタダで済むと思っているのか?」
でっぷりと肥え太った老人が吼える。
亀甲縛りで縛られてるせいか、まるでハムみたいだ。
ていうか、なんで脱がされてるんだ?
「なんで脱がしたの?」
「ウキキ!」
猿は手に持ったナイフを見せてくる。
あー、なるほど。武器とか隠し持ってたらロープほどけちゃうもんな。
しっかりしてる。
「で、なんで亀甲縛り?」
「ウキキ!」
猿たちは手に持った果物を見せてくる。
柿っぽい果物だ。どうやら軒先に吊るされたものを拝借してきたらしい。
へー、この世界も柿があるんだ。干し柿って美味しいよね。
どうやらこれを参考にして、村人たちを縛ったようだ。
よく見ると、数名ずつ同じロープで縛られているのが分かった。
なるほど、連結させることで逃亡防止も兼ねているって訳か。とても器用だな。
しっかりしている。
「んで、このハムが村長で間違いないの?」
「ウキッ」
メイちゃんの治療をしている間、猿たちにはこの村の有力者を集めてもらった。
一番デカい家で、酒盛りをしてたからすぐに分かったらしい。
猿たちは人の言葉が分かるからな。会話の内容で間違いないと判断したようだ。
『睡眠』ってデバフ魔法を使える魔術猿が、彼らや警備の人間たちを眠らせ、他の村人に気付かれぬように、ここへ連れてきたのである。
「ウッキー♪」
一匹の魔術猿が杖を持って「むふー」と胸を張っている。
あ、コイツ、ひょっとして一番最初に仲間になった魔術猿か。
睡眠のデバフ魔法が使えるとは……。これが戦闘で使われてたらヤバかったな。
強制睡眠の対抗策なんてなかったぞ。
今後はデバフ対策も重視しないとな。
そういう意味では魔術猿や音猿が仲間になったのはラッキーだったかもしれない。
ポイント交換やショップにはまだ数点しか入荷してないし。
「うーん、有能すぎる……。えらいえらい」
「……ウッキ~♪」
頭を撫でて褒めると、魔術猿は凄く嬉しそうに体をくねらせた。
呪術猿よ……、こいつらめっちゃ頭いいし、有能だぞ?
お前、全然、使いこなせてねえじゃん。
馬鹿なの? うん、馬鹿だから死んだな。
俺はナイフを取り出すと、村長に向き直る。
「村長さんよぉ、ただで済むと思ってるのか、だと? それはこっちの台詞だぜぇ、ぐへへ」
「ひっ……ひぃぃ、や、止めろ……ナイフが、あっ、当たって……」
「当ててんのよ」
「ひぃいいいいい!」
すっげーチンピラっぽい台詞を吐きながら、村長さんの頬にナイフを当てると、先ほどまでの威勢が嘘のように怯えだした。
「おいおい、泣くんじゃねえよ。ほーら、星マークだぞぉ」
「ひっ、ひぃいいいいい! ち、乳首が星に!? 何の意味が!? へ、変態! このド変態が!」
「じゃあ、お前も変態にしてやろう。ほーら乳首に星をプレゼントだ」
「や、やめろおおおおお!」
村長の乳首に星シールを貼ると、まるでこの世の終わりのような絶叫を上げた。
その光景を見て怯える門番や村の上役たち。
「くっくっく、安心しろ。星は全員分ある。震えて順番を待つがいい……」
「「「ひぃぃぃ……」」」
……俺、何言ってるんだろう?
まあ、怯えてくれるならそれでいいか。
ていうか、現実じゃ出来ないからこそのド腐れ外道ロールプレイ。なんかちょっと楽しくなってきたかも。PKにハマる人の気持ちがちょっとだけ分かった。
全員に星を貼り終えた後、俺は改めて村長の方を見る。
「さーて、村長さん。ちょっとお話ししようか。内容は、この村に居る亜人の扱いについてだ」
俺は自分の新たな一面を発見しつつ、本題を切り出すことにした。




