39.救われぬ少女に救いの手を その2
「キィ! キキィ! キイイイ!」
「ウギィイイイイイイ!!」
「キャーキャッキャッキャ!」
音猿たちが一斉に角笛を吹き鳴らし、太鼓を鳴らす。
その大合唱に合わせるように、前方に居た森猿と戦士猿の大群が白い蒸気のようなものを滾らせ、一斉にこちらへ向かってくる。
「雷蔵!」
「ガォウ! ウガァァアアアアアアアアアアアアア!」
俺の合図に、雷蔵は了解だとばかりに、『雷閃』を放つ。
レベルアップの影響か、もしくは熟練度の上昇か、その効果範囲、威力は以前よりも更に強力になっていた。
「「「「ウッギィィイイイイイイ!?」」」」
前方に居た森猿、戦士猿十七頭が電撃を浴びる。
森猿はたった一撃で黒焦げになり、戦士猿たちも、かなりのダメージを負ったようだ。
しかし――。
(……麻痺した個体が一体も居ない?)
ダメージは受けているように見える。
しかし『雷閃』の真価は50%の確率で起こる麻痺だ。
統計で言えば半数、運が悪かったとしても2、3体はほぼ確実に麻痺になるはず。
マザー・スネイクたちとの戦いの時はそうだった。
(俺の『不快』もそうだ。どの個体もさっきから食らってる様子が見られない)
ここにたどり着いた瞬間から、俺は呪術猿や他の猿共へ向けて『不快』を放ち続けている。
呪術猿は上位種だし抵抗されたのかとも思ったが、他の猿共も同様にデバフを受けた様子がない。
それはいったい何故か?
(……麻痺無効、もしくは状態異常無効化のバフか?)
連中の後方にいる音猿は支援系のスキルを使用すると図鑑にあった。
ならば状態異常を軽減、もしくは無効化するスキルを持っていたとしてもおかしくはない。
そのバフは雲母のように時間経過で消えるのか?
それとも先ほどからずっと奏でているあの角笛や太鼓の音。あれを演奏している間は、ずっと継続されるのか?
もし後者だとすれば、早めに潰す必要がある。
ヒーラー、バッファーは最優先で倒すのはゲームのセオリーだ。
しかし当然、それを守るために前衛は存在する。
(森猿が55匹、戦士猿が33匹、魔術猿が24匹、音猿が8匹か)
呪術猿を除いた合計は120匹。会話の最中に頑張って数えた。
数だけならば、今までで最多。
しかし――。
「ウガォォオオウ!」
雷蔵の斬撃が戦士猿数匹をまとめて切り裂く。
戦士猿も斧や剣を使って攻撃をしているが、鎧や盾に弾かれ、全くダメージを与えられていない。
雷蔵の現在のLVは16。
対する戦士猿の討伐推奨LVは8。森猿に至ってはLV3だ。
レベルが違うと、ここまで圧倒的な差が開くのか。
「これなら、前衛は雷蔵一人で十分だな。雲母、しっかり掴まってろよ」
「きゅーっ」
地面を蹴り、一気に加速。
前衛の戦士猿、森猿を雷蔵に任せ、外側から後方へと向かう。
「ギギッ! 火弾!」
「火弾!」「火弾!」「火弾!」
魔術猿共から攻撃が放たれる。
火の魔法スキルか。だが、遅い。
マザー・スネイクの突撃に比べれば、止まっているようだ。
速度を緩めず回避。
そのまま、銃を構え発砲。
「ウギャ!?」
「キィィ!」
「ウッギャー!」
三体の魔術猿に命中。絶命。
『経験値を獲得しました』
頭の中に響くアナウンス。
そのまま更に四体の魔術猿、五体の音猿を仕留める。
視線を向ければ、雷蔵も既に十匹近い森猿と戦士猿を仕留めていた。
(……どうして動かない?)
既に二十匹以上の仲間がやられたというのに、呪術猿は動こうとしない。
黒いオーラを発したまま、その場で佇んだままだ。
(部下が一定数まで倒されないと動かないパターンか? それとも――)
わざと?
だとすればその理由は?
呪術猿、呪術……『呪い』!
「キキキ!」
その瞬間、呪術猿が動いた。
バッと両手を上げると、それに連動するように猿共の死体から黒い霧が立ち上った。
それは一瞬の内に、呪術猿の頭上に集まり、禍々しい球体を形成する。
「呪術・複合弱化!」
パァン! と黒い球体が風船のように弾けた。
呪術猿を中心に黒い霧が放射線状に走る。
それは避けられないほどの速度で俺たちの体を通り抜けた。
「ぐっ……!?」
「きゅ、きゅー……?」
そのオーラを浴びた瞬間、俺たちの体に異変が起きた。
体が鉛のように重くなり、全身に凄まじい疲労感が襲い掛かってくる。
「これ、は……」
もしやと思い、急いで自分のステータスを確認する。
『ササキ・リュウジ LV18
職業 変質者
状態 弱化『疲労(強)、全ステータスダウン(中)』 残り298秒』
ステータスの職業の下に新たな項目が出現していた。
以前の雷蔵のカードに表示されたのと同じだな。
凄まじい疲労感に加えて、ステータスが軒並み2割ほど下がっていた。
「なるほど、これがデバフか……」
こりゃキツいな。
見れば雷蔵と雲母も同じような状態。
五分近くもこの状態が続くってことか。
「キキッ! 動キ! 鈍ッタ! ヤレ! 殺セ!」
「「「「キキィイイイイイイイ!」」」
当然、この好機を逃すわけもなく猿共が一斉に攻撃を仕掛けてくる。
「ちっ」
これはまずいと、俺は走って距離を取る。
ステータスダウンもまずいが、この疲労感がとにかくヤバい。
動きだけでなく、思考まで鈍化してしまいそうだ。
どうすれば、どうすれば……そうだ!
「――『回復薬』!」
鈍化する思考の中、俺はなんとか収納から回復薬を取り出し、一気に飲み干した。
見た目は完全に栄養ドリンク、味も完全に栄養ドリンクだった。
回復薬は体力を回復させる。ならば、疲労の軽減効果もあるはず。
その予想は正しく、飲んだ瞬間に、疲労(強)が疲労(中)へと変わった。
状態が一段階下がっただけで、一気に思考がクリアになった。
「雷蔵! 雲母! 戻れ!」
「ウガォ!」
「きゅー!」
雷蔵と雲母をカードへ戻し、収納。多少、距離があろうとも、カードへ戻せば手元へ戻ってくるのは実証済みだ。
アイテム欄から回復薬を素早くスライドさせ、それぞれに三つずつ与える。
直接渡すよりも、こっちの方が断然早い。
二人の状態表示から疲労が消える。
再び、雷蔵と雲母を召喚。
「雷蔵、時間を稼いでくれ!」
「ウガォゥ!」
了解だ、と雷蔵は既に目前に迫っていた森猿と戦士猿の攻撃を受け持つ。
その間に俺はもう二本、回復薬を飲む。
雷蔵たちと違って、直接飲まなきゃいけない分、僅かに時間がかかる。
飲み干すと同時に、状態から『疲労』が消えた。
「よしっ!」
ステータスダウンはそのままだが、疲労感が消えただけで十分戦える。
「雷蔵! これからは猿共は出来るだけ殺すな!」
「ッ……ウ、ウガォウ!?」
俺の指示に雷蔵は混乱した様子を見せる。
そりゃそうだ。なぜ、敵を殺してはいけないのか?
「あくまで推測だが、こいつらは捨て駒だ! 呪術猿が自分のスキルの生贄用に用意した可能性が高い!」
理由は呪術猿がデバフスキルを発動したタイミングだ。
俺の不快のようにすぐに発動するスキルなら、戦闘が開始したら即座に使用するはず。
味方がやられたタイミングで発動したということは、それがスキルにとって必要な条件だったということ。
もしそうなら、数を減らせば減らすほど、こちらが不利になる。
考えてみれば、呪術猿以外の猿たちのLVは妙に低かった。
いくらバフ強化されていたとしても、弱すぎるのだ。
まるで倒してくださいと言わんばかりに。
「だから動きを止める程度に留めろ! それで十分だ!」
「ウガォウ!」
雷蔵は了解だと吠える。
俺も構えた銃を森猿、戦士猿へ向けて発砲。
急所ではなく出来るだけ足や手を狙う。
「ウッギィ……」
「ギィィィ……」
「ウッギャーー……」
よし、前衛の猿共が薄くなったところをすり抜ける。
「キキイイ!」
俺の狙いを察したのだろう。
音猿たちを庇うように、魔術猿たちが陣形を組んで迎え撃つ構えを見せた。
「読めてんだよ! そんなの!」
俺は思いっきりジャンプする。
ステータスが下がっているとはいえ、それでも猿共の頭上を飛び越える程度の跳躍は可能だ。
「キヒヒッ!」
魔術猿共にとっては格好の的だっただろう。
全員が一斉に俺へ狙いを定める。
その瞬間、俺は真横へ飛んだ。
「――二段飛び」
「!?」
その動きは、魔術猿共にとって完全に予想外だったのだろう。
空中で動きを変えた俺はそのまま奴らの背後へと回り込んだ。
残念だったな。俺は空中で二回、動きを変えれるんだよ。
やっぱり欲しかっただけあって、『二段飛び』は非常に有用なスキルだ。
俺の戦闘スタイルとも相性がいい。
ドンッ、ドンッ、ドンッ!
残っていた三匹の音猿の腕や楽器めがけて発砲。
音猿の演奏が止まった。
さて、これでどうなったか?
「――『不快』」
即座に、俺は魔術猿に向けて不快を発動。
「ギッ、ギギィ……!?」
その瞬間、魔術猿は苦痛にうめきながらその場に倒れこんだ。
間違いなく『苦痛』のデバフの症状だ。
どうやら予想通り、音猿共の演奏が奴らのバフの条件だったようだ。
よし、これで格段に戦いやすくなった。
「キキイイイ! 役立タズドモメ! サッサト死ネ! ぷれいやー殺セ!」
呪術猿が地団駄を踏みながら吠える。
……さっさと死ね、か。
やはり周りの猿たちは生贄用と見て間違いないな。
「ああ、さっさと死ね」
――お前がな。
マザー・スネイクといい、やっぱこういうタイプの敵は嫌いだな。
だがとても助かる。
躊躇なくぶっ殺せるから。
ストーリー3(主人公の場合)のステージギミック
呪術猿は味方が一定数倒れるごとにプレイヤー及びその仲間にデバフを二つ、必中で付与する。
20匹 疲労(強)、全ステータスダウン(中)300秒
40匹 苦痛(強)、暗視 600秒
60匹 アイテム使用不可、沈黙 900秒
80匹 被ダメージ+50%、猛毒、 1200秒
100匹 麻痺、全装備使用不可 1500秒
120匹 以上の全デバフが再発動し、解除不可になる




