37.変態はね、小さい女の子が大好きなんだ
再会したメイちゃんは、ひどく痛々しい姿に変貌していた。
メイちゃんはひょこっ、ひょこっと片足で歩く。
「いやぁ、嬉しいですね~。またお兄さんに会えるなんて~。今日はライちゃんさんは一緒じゃないんですか~」
「あ、ああ……、その、今日は俺一人だ」
メイちゃんは出会った時と同じような笑みを浮かべる。
右目と右足を失い、痛々しいほどの傷を負いながら、それでもヘラヘラと笑みを浮かべる。
その歪さが、俺は不気味でしょうがなかった。
椅子に座ると、ようやく彼女は事情を話し始めた。
「いやぁ、あの後、ちょっとドジ踏んじゃいましてねぇ~。見事なまでにやられてしまいましたよぉ~。今まではうまくやれてたんですがねぇ~」
「やられたって、何に?」
「呪術猿ってモンスターですぅ。全身に呪いを受けちゃって。右足も昨日まではもう少しあったんですけどねぇ~。ここまで取られちゃいました~」
シュルシュルと、メイちゃんが右足の包帯を解く。
「ッ……それは?」
「これが『呪い』ですよぉ。少しずつ、体が削られていってるんです~」
右足の膝には不気味な痣が広がっていた。
その痣は、まるで呼吸をするように脈打ち、太ももの方へと徐々に徐々に、浸食していっている。
「……痛みは、ないのか?」
「痛いですよぉ。とぉっても痛いですぅ~」
なんてことのないように、彼女は言う。
「お兄さんたちと別れた後、また森の調査がありましてぇ~。その時に、森の奥に行き過ぎたんですよねぇ~。逃げ切れたのは奇跡ですよぉ~」
「調査って……また一人で?」
「当たり前じゃないですか~。森に異変があれば、まずは亜人が先行して調査します。その情報をもとに、人間さんたちが討伐隊や調査隊を向かわせるんですよ~」
「それは……」
それじゃあまるで鉱山のカナリアじゃないか。
彼女はそれで納得しているのか?
俺の言いたいことを察したのか、メイちゃんは苦笑する。
「でもやらないと村から追い出されますからねぇ~。この村、亜人の数も少ないですし。それに、一応お金は出ますよぉ~」
「それで死んだら……元も子もないだろ?」
「あはは、やっぱりお兄さんはぷれいやーさんなんですねぇ」
一呼吸おいて。
「亜人の扱いなんて、これが当たり前なんですよぉ~」
「――――」
言葉が出なかった。
あまりにも普通に、これが当たり前という彼女に、俺は掛ける言葉が見つからなかった。
「まあ、それでも今回はいい報酬がもらえました。おかげで、妹を施設で引き取ってもらえるくらいにはなりましたから~」
「妹?」
「はい、ワタシ妹がいるんですよ~。ミィ~」
メイちゃんが名前を呼ぶと、奥の方からひょこっともっと小さな女の子が顔を出した。
古びたぬいぐるみを抱いて、一瞬こちらを見て、すぐに顔をひっこめた。
「ミィちゃんって言うのか?」
「はい~。今年で三歳になるんですよ~。本当なら、もっとあの子が大きくなるまで面倒を見たかったんですが、仕方ないですね~」
「仕方ないって……」
どうして?
「ワタシ、この呪いであと三日くらいで死んじゃうんですよぉ。足くらいならまだ大丈夫でも、流石に内臓が削られたら死んじゃいますからね~。幸い、手続きは昨日終わったのでぇ、ワタシが死んだら、ミィちゃんはちゃんと施設に引き取ってもらえるんです~」
へらへらと、なんてことのないように彼女は言った。
「なんで……なんでそんな軽く……死ぬんだよ? 怖くないのか?」
「……怖いですねえ」
でも、と彼女は続ける。
「泣き叫んでもどうにもなりませんからね~。この呪いって、掛けた呪術猿を殺すかぁ、神官に解呪の魔法を授けてもらうかしかぁ解けないんですよぉ。討伐隊の編成にはまだ時間がかかりそうですしぃ、この村に神官はいません~。もっと大きな町ならいるかもですけどぉ~」
そもそも、と彼女は続ける。
「私は亜人種ですからね~。亜人を治療する神官なんていませんよ~。それに、よしんばそんな奇特な神官が居たとしても、町まで歩いて三日はかかりますから~。あ~、でもこの足だともっと掛かりますねぇ。だからぁ、もう無理なんです~」
「……」
だから諦めた。
自分の運命を受け入れた。
そう、彼女は言った。
「お父さんも、お母さんも、おじさんも、おばさんもそうやって死んじゃいました~。ただ私の番が回ってきたってだけですよ~」
「……」
それで、いいのか?
君は本当にそれでいいのか?
「あ、そうだ。お兄さん、もしよかったらまたあの飴って貰えますか~? どうせ死ぬのなら、最後に美味しいものを食べて死にたいんですよね~。お金とかは妹に使っちゃったので、ないですけど~。人助け……あ~、亜人助けだと思ってお願いしますぅ~」
「……」
俺はポイントで『美味しい飴』を交換する。
オススメ商品じゃなくても、リストには入っていた。
一袋、二袋、三袋と、テーブルにどんどん積み上げていく。
「ちょ、ちょ、お兄さん~、すっごく嬉しいですけどぉ、いくらなんでもこんなに食べきれませんよ~」
「……あっはっは、こんな安い飴が最後の晩餐でいいなんて。メイちゃんは馬鹿だなぁ~。世の中にはぁ~、もっとも~~っと美味しいものがい~~ぱいあるんだぜぇ~~~」
せせら笑うように、俺はそう言った。
「むっ、なんですかぁ~、その口調はぁ~」
「なんですかぁ~、その口調はぁ~」
俺が真似するように言うと、メイちゃんはむっと口を釣り上げた。
「ま、真似しないでくださいよ~」
「ま、まま、真似しないでくださいよぉ~~~」
「ッ……!」
とうとう我慢できなかったのか、バンッ! とテーブルを叩いた。
「な、なんなんですかさっきから! わ、ワタシのこと馬鹿にしてるんですか~! お兄さんはそういう人じゃないって思ってたのに!」
「そういう人って?」
「ワタシのことを馬鹿にしない! 殴らない! 嫌な目で見ない! 村の人たちとは違って、そう思ってたのに!」
……殴られてたのかよ。
こんな小さな子供にそこまでするのか。
それも村ぐるみで。……どうしようもねえな。
「ひ、久々にワタシに普通に接してくれた人だったから……本当にうれしかったのに」
メイちゃんはプルプルと震える。
目じりには涙が溜まっていた。
今にも泣きだしそうだ。
「……ねえ、メイちゃん、ちょっと見ててね」
「……なんですか?」
俺は『着替え』を発動させて、一瞬で装備をいつもの格好へと変えた。
派手なパンツは下に履いてたし、『普通の服』は上下でワンセットだったから、これを俊敏のアイマスクと変えれば、一瞬で変質者へと早変わりだ。
「わ、わぁー、一瞬でお兄さんがあの時の変なお兄さんに!?」
……今、変なお兄さんって言った?
「ね、凄いでしょ。ていうか、あの時もマスクしてたのに、さっきよく俺だってわかったね?」
「その、羊人は顔よりも声や匂いで相手を判断するのでぇ~」
「なるほど……じゃあ、こんなのはどうかな? どぅるるるるるる~」
俺は自分の胸のあたりで手をぐるぐるさせる。
最後に乳首を抑えて、パっとオープン。
「はい、お星さま♪」
「わぁ!」
さっき飴と一緒にポイントで購入したシールです。
手をかざすとマークが変わる。ただそれだけのシール。
四枚入り1ポイント。
突然、現れた乳首の星にメイちゃんは本当に驚いた表情を見せる。
「はい、今度はハートマーク♪」
「わっ!」
「はい、丸マーク、次は四角、最後にもう一回、お星さまー♪」
「うわぁー! すっごーい! すごーい! 気持ち悪いですー!」
メイちゃんはパチパチと拍手をくれる。
うん、喜んでくれてるようだ。
……喜んでるよね? 気持ち悪いっていった?
「はい、最後まで見てくれた子にはご褒美です。飴玉をプレゼント」
「わぁー、おいひぃ~ですぅ~♪」
袋から飴を取り出して、プレゼントすると、メイちゃんは笑みを浮かべる。
先ほどまでの不機嫌さが嘘のようだ。
俺はしゃがんでメイちゃんに視線を合わせる。
出来るだけ明るく、そして親しみを込めて、俺は声をかける。
「ね、メイちゃん、どうだい? お兄さんはとっても変態さんだろ?」
「ふえぇ……?」
メイちゃんは突然のアレな質問に、面食らう。
どう答えればいいか迷っているのだろう。
「大丈夫。メイちゃんがなんと答えても、俺は怒ったり、殴ったりしないよ。だからほら、正直に言ってごらん?」
「えっと……はい、とっても変態さんですぅ~」
少し迷ったが、メイちゃんはこくりと頷いた。
俺はたまらず呵呵大笑する。
「はっはっは! そうだろ! そうだろ! お兄さんは変わってるんだ! 変態さんなんだよ! だから、お兄さんにはこの世界の常識なんて、一切通用しないんだ! なにせ変態さんだからね」
「……?」
俺の意図が分からないのか、メイちゃんは首をかしげる。
「派手なパンツ一丁だし、乳首には星マークなんてつけてるんだ。こんなやつ、村に一人でも居たかい?」
「えっと……その、居ない、ですぅ」
「そうだろ、そうだろ。だって、居たらきっと姿を見られただけで、捕まっちゃうんじゃないかな? あっはっは」
わざとおどけるように、サーカスで失敗するピエロのように、俺は努めて明るく表情を作る。少しだけ口調を柔らかく、そして出来るだけ穏やか声で話しかける。
ぷっと思わずメイちゃんは噴出した。
「あ、はは……そ、そんなの当たり前じゃないですかぁ~」
「そうだよ~。だから、別にいいんだよメイちゃん」
「……? 何がです~?」
「俺の前では別に、取り繕わなくていいんだ」
「ッ……」
「だって俺は変態さんだからね。この世界の常識なんて知らないし、気にしない。俺にとって君はこの世界で初めて出会ったただの女の子でしかない」
だから――。
「だから無理しなくていい。君はまだ小さな女の子なんだ。無理して笑わなくていい。辛いなら辛いって言っていい。泣きたいなら、泣いたっていいんだ。それに俺は『普通』じゃないけどれっきとした大人だ。子供はいくらでも大人を頼ってくれていいんだぜ?」
乳首に星マークのパンツ一枚の変質者は、いつだって小さい子の味方です。
だって変態は小さい女の子が大好きだからね。
たとえ世界のすべてが敵になったって、女の子の味方をしてあげるような大馬鹿野郎なんだ。
「……」
メイちゃんはしばらくの間ぽかんとして、ややあって椅子から降りた。
「……いいんですかぁ?」
「なにが?」
もう一歩、彼女は近づく。
「本当のこと、言ってもいいの?」
敬語が消えた。
間延びした、いつもの口調も消えて、震えるような手で、縋るように俺の手に触れた。
俺はその手を優しく握り返す。
「何が言いたいんだい? ちゃんと言ってごらん。ゆっくりでいい。君が言うまで、俺はずっと待つから」
「………………ひっく」
そして、彼女は泣いた。
杖が落ち、倒れこむように俺の胸に飛び込んだ。
「やだ……やだ、やだ、やだぁ! 死にたくない……。死にたくないよぉ~。ワダジ、ミィちゃんを残して死にたくない。なんで……ひっぐ、なんで、わた、わだしたちばっかりこんな目にあうのぉ……? ふざっけんなよぉ~……うぇぇ~ん……ひぐっ」
堰を切ったように泣き出した。
ずっとずっと溜め込んでいた感情が爆発して、小さな手で、ぽかぽかと俺を叩いてきた。
痛かったのだろう、辛かったのだろう、誰かに縋りたかったのだろう。
こんな小さな少女が、そんなことも出来ず、ずっとただ我慢してきたのだ。
それはきっと俺には想像もできないほどの地獄だったに違いない。
「だって笑ってないと殴られるんだもん。痛い思いするんだもん。子供みたいな口調だと、怒られて、ご飯をもらえないの……。でも変な口調にしないと、かしこぶるなって村のみんなは怒るんだもん。怖いけど、ワダ、ワタシは~……ひっぐ、お姉ちゃんだから……ミィを守らなきゃいけないって……お母さんもお父さんも居なくなって……ひぐっ……だから、ずっと我慢して……頑張ってきたのにぃ……」
「ああ、そうだね。ずっとずっと我慢してきたんだね。君は強くて、立派なお姉ちゃんだ」
「やだよぉ……こんな、ひぐっ、こんなのやだぁ~……。やだよぉ~……。ひっぐ、うぇぇ……うえぇぇ~~ん……――けてよぉ」
そして、彼女は顔を見上げて、俺を見た。
それは自分に降りかかる理不尽を嘆いて、死にたくないと誰かに必死に助けを求める、ただのか弱い女の子だった。
「だすげでよぉ……お兄さぁぁん……」
「うん、いいよ。……頑張ったね」
優しく抱きしめたメイちゃんの体は、本当に小さかった。
『おめでとうございます。サブクエストをクリアしました』
『メインストーリーが解放されます』
『メインストーリー3―――……
泣き疲れたのか、メイちゃんはそのまま眠ってしまった。
ベッドに運ぶ間、ずっと妹のミィちゃんがこっちを見ていたが、お姉ちゃんを守ってあげてねとお願いすると、無言で頷いてくれた。
俺は外に出るとカードを掲げ、雷蔵と雲母を呼び出す。
「……二人とも、話は聞いてたか?」
「ウガォ」
「きゅー」
雷蔵も、雲母も、その顔にはありありと怒りが浮かんでいた。
彼らにも俺の思いは伝わっていたようだ。
「それじゃあ、行くか。――メイちゃんを助けに」
くしくも、サブクエストのクリアアナウンスと同時に、それは現れた。
『メインストーリー3 『救われぬ少女に救いの手を』
クリア条件 呪術猿 の討伐、またはモンスターの全滅
成功報酬 ポイント+50、女神の雫、3,000イェン』
ああそうさ、俺は変態で構わない。
こんな小さな女の子一人見捨てるのがこの世界の『普通』なら。
俺は喜んで、変態になろう。
「まず手始めにメイちゃんに呪いを掛けたクソモンスターをぶっ殺す」




