33.ジャージは良いものだ。そうは思わんかね?
目が覚めた。
日付は日曜日、時刻はまだ朝六時半。
「……こんなにいい気分で目が覚めたの久々だな」
二時間近くも昼寝したのに、とても快眠だった。
年を取るにつれて、朝起きてもだるくて、血圧も低くて、体が重くなるようになっていったのに、今は頭もすっきり、体も軽い。
子供の頃、どれだけ走り回って遊んでも、次の日には回復していたあの頃のようだ。
「やっぱ二回目だとそれなりに効果が出ているってことか?」
容姿、頭脳、運動機能、身体機能、運。
二回目の交換に必要だったのは各項目10ポイントで、合計50ポイントだった。
むしろ効果が出てないとへこむ。
「せっかくだし、軽くウォーキングでもするか」
体の調子がいいと、気分までよくなってくる。
顔を洗ってジャージに着替えると、俺は外へ出た。
アパートの近くには広い公園がある。
噴水や池、子供が遊ぶための遊具も多く設置され、地域住民の憩いの場所だ。
ペットを連れて散歩する人も多い。
たまに挨拶をすると撫でさせて貰えることもある。嬉しい。
「やっぱりこの時間は人が少ないな」
こうして静かで人気のない公園を歩くのも悪くない。
欲を言えば柴犬とか、ゴールデンレトリーバーとかを連れて散歩してみたい。
拒否った柴に困らされてみたい。
ペットが飼えないからこそ募るペット欲。
「……ん?」
妄想を爆発させながらいい気分で歩いていると、ベンチに見知った人物が座っているのを見つけた。
お隣さん――もとい大河さんだ。
相変わらずのジャージ姿である。
ベンチに座ってぼんやりと景色を眺めている。
「大河さん、おはようございます」
「……」
挨拶をするが、返答はない。
というか、こちらに気づいてすらいないように見える。
「あれ、大河さん? 大河さーん?」
「……」
反応はない。
大河さんは手にスマホを握ったまま、微動だにしない。
体はピクリとも動かず、表情も一切変わらない。
瞬きすらしていない。
え、これ大丈夫なのか?
ひょっとして目を開いたまま失神してる?
「……」
すると、ぴくりと大河さんの目が動いた。
そのまま勢いよくバッと立ち上がる。
「――しゃあっ! EXクリアー! やっぱ斧と鉄球よ! よかったぁ! やっぱアレ選んでホンっトによかっ……た?」
大河さんは俺に気づくと、一瞬、目をぱちぱちさせて、やがてサーっと顔を青くした。
「あっ、いや、そのちがっ、違うんで――あっ」
ぽとりと、手に持ったスマホが落ちる。
「おっと」
地面に落ちるすんでのところで救助に成功。
振動を感じ、スマホの画面が点灯した。
……ん?
「はい、どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
大河さんはスマホを受け取ると、ほぅっと息を吐く。
「す、すいません。さっきのあれは見なかったことにしてもらえると、その……」
「ええ、分かりました」
ソシャゲでもやっていたのだろうか?
それにしてはスマホを開いているようには見えなかったけど。
よほど集中していたのか?
だとすれば、話しかけてかえって悪いことをしてしまったかもしれない。
てっきりいつものごとく走り出すかと思いきや、大河さんはチラチラと俺の方を見てくる。
「きょ、今日はジャージなんですね」
「えっ? ああ、はい。いつもよりも早く目が覚めたもので、たまにはウォーキングでもしようかと」
思い返してみれば、大河さんと遭遇するときはいつもスーツ姿だったな。
あ、でも昨日は私服だったか。
「お、おぉー、いいですねぇ。わ、私も、ジャージ、着てます。いいですよね、ジャージ。イゥォンとかでよく買います」
大河さんはうれしいのか、にへらーっとした笑みを浮かべる。
……そんなにジャージが好きなのだろうか?
確かに大河さんがジャージ以外の服を着ているのを見たことがないけど。
「そうですね。動きやすいですし、長持ちしますし。私の姉なんて、未だに学生時代の体育着とか捨てずに持ってますよ」
「あ、分かります、分かります。着やすいし、便利なんですよね。私もたまに着たりしてます。えへへ……」
「あはは……」
うーん、そこは個人的には新しい服を買った方がいいと思います。
『3―1 佐々木』と書かれた体育着を着て、テレビを見たり、だらだらしている姉を見て育った身としてはあまり推奨できない。
なんというかこう……なんとも言えない気持ちになるのだ。
「あー、じゃあ、そろそろ行きますね。それではまた」
「あっ……えっと、はい」
心なしか、大河さんが少し残念そうな顔をしていたのは気のせいだろうか?
まあ、とりあえず失神とかじゃなくてよかった。
あの様子じゃ、本当にただぼーっとしてただけなのだろう。
俺は大河さんに背を向けて歩き出す。
(それにしても……気のせいだよな)
ちらりと振り返れば、大河さんもアパートへ向かって歩き始めていた。
猫背で丸まったその手には、スマホがしっかりと握られている。
(一瞬、大河さんのスマホに『異世界ポイント』のアイコンが見えたような……)
スマホを拾い上げた瞬間に、画面にちらりと見えたのだ。
あの三日月型の地球儀のようなアイコンが。
「流石に見間違いだとは思うけど……」
でもさっきのあの反応。それに『EXクリア』という発言。
……ひょっとしたら、大河さんもプレイヤーなのだろうか?
なんか気になることが増えてしまった。