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33/78

33.ジャージは良いものだ。そうは思わんかね?


 目が覚めた。

 日付は日曜日、時刻はまだ朝六時半。


「……こんなにいい気分で目が覚めたの久々だな」


 二時間近くも昼寝したのに、とても快眠だった。

 年を取るにつれて、朝起きてもだるくて、血圧も低くて、体が重くなるようになっていったのに、今は頭もすっきり、体も軽い。

 子供の頃、どれだけ走り回って遊んでも、次の日には回復していたあの頃のようだ。


「やっぱ二回目だとそれなりに効果が出ているってことか?」


 容姿、頭脳、運動機能、身体機能、運。

 二回目の交換に必要だったのは各項目10ポイントで、合計50ポイントだった。

 むしろ効果が出てないとへこむ。


「せっかくだし、軽くウォーキングでもするか」


 体の調子がいいと、気分までよくなってくる。

 顔を洗ってジャージに着替えると、俺は外へ出た。




 アパートの近くには広い公園がある。

 噴水や池、子供が遊ぶための遊具も多く設置され、地域住民の憩いの場所だ。

 ペットを連れて散歩する人も多い。

 たまに挨拶をすると撫でさせて貰えることもある。嬉しい。


「やっぱりこの時間は人が少ないな」


 こうして静かで人気のない公園を歩くのも悪くない。

 欲を言えば柴犬とか、ゴールデンレトリーバーとかを連れて散歩してみたい。

 拒否った柴に困らされてみたい。

 ペットが飼えないからこそ募るペット欲。


「……ん?」


 妄想を爆発させながらいい気分で歩いていると、ベンチに見知った人物が座っているのを見つけた。

 お隣さん――もとい大河さんだ。

 相変わらずのジャージ姿である。

 ベンチに座ってぼんやりと景色を眺めている。

 

「大河さん、おはようございます」

「……」


 挨拶をするが、返答はない。

 というか、こちらに気づいてすらいないように見える。


「あれ、大河さん? 大河さーん?」

「……」


 反応はない。

 大河さんは手にスマホを握ったまま、微動だにしない。

 体はピクリとも動かず、表情も一切変わらない。

 瞬きすらしていない。

 え、これ大丈夫なのか?

 ひょっとして目を開いたまま失神してる?


「……」


 すると、ぴくりと大河さんの目が動いた。

 そのまま勢いよくバッと立ち上がる。


「――しゃあっ! EXクリアー! やっぱ斧と鉄球よ! よかったぁ! やっぱアレ選んでホンっトによかっ……た?」


 大河さんは俺に気づくと、一瞬、目をぱちぱちさせて、やがてサーっと顔を青くした。


「あっ、いや、そのちがっ、違うんで――あっ」


 ぽとりと、手に持ったスマホが落ちる。


「おっと」


 地面に落ちるすんでのところで救助に成功。

 振動を感じ、スマホの画面が点灯した。

 ……ん?

 

「はい、どうぞ」

「あ、ありがとうございます」


 大河さんはスマホを受け取ると、ほぅっと息を吐く。


「す、すいません。さっきのあれは見なかったことにしてもらえると、その……」

「ええ、分かりました」


 ソシャゲでもやっていたのだろうか?

 それにしてはスマホを開いているようには見えなかったけど。

 よほど集中していたのか?

 だとすれば、話しかけてかえって悪いことをしてしまったかもしれない。

 てっきりいつものごとく走り出すかと思いきや、大河さんはチラチラと俺の方を見てくる。


「きょ、今日はジャージなんですね」

「えっ? ああ、はい。いつもよりも早く目が覚めたもので、たまにはウォーキングでもしようかと」


 思い返してみれば、大河さんと遭遇するときはいつもスーツ姿だったな。

 あ、でも昨日は私服だったか。


「お、おぉー、いいですねぇ。わ、私も、ジャージ、着てます。いいですよね、ジャージ。イゥォンとかでよく買います」


 大河さんはうれしいのか、にへらーっとした笑みを浮かべる。

 ……そんなにジャージが好きなのだろうか?

 確かに大河さんがジャージ以外の服を着ているのを見たことがないけど。


「そうですね。動きやすいですし、長持ちしますし。私の姉なんて、未だに学生時代の体育着とか捨てずに持ってますよ」

「あ、分かります、分かります。着やすいし、便利なんですよね。私もたまに着たりしてます。えへへ……」

「あはは……」


 うーん、そこは個人的には新しい服を買った方がいいと思います。

『3―1 佐々木』と書かれた体育着を着て、テレビを見たり、だらだらしている姉を見て育った身としてはあまり推奨できない。

 なんというかこう……なんとも言えない気持ちになるのだ。


「あー、じゃあ、そろそろ行きますね。それではまた」

「あっ……えっと、はい」


 心なしか、大河さんが少し残念そうな顔をしていたのは気のせいだろうか?

 まあ、とりあえず失神とかじゃなくてよかった。

 あの様子じゃ、本当にただぼーっとしてただけなのだろう。

 俺は大河さんに背を向けて歩き出す。

 

(それにしても……気のせいだよな)


 ちらりと振り返れば、大河さんもアパートへ向かって歩き始めていた。

 猫背で丸まったその手には、スマホがしっかりと握られている。

 

(一瞬、大河さんのスマホに『異世界ポイント』のアイコンが見えたような……)


 スマホを拾い上げた瞬間に、画面にちらりと見えたのだ。

 あの三日月型の地球儀のようなアイコンが。


「流石に見間違いだとは思うけど……」


 でもさっきのあの反応。それに『EXクリア』という発言。


 ……ひょっとしたら、大河さんもプレイヤーなのだろうか?


 なんか気になることが増えてしまった。


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タイガーだからトラねww
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