145.深夜に食べるラーメンは美味い
「――ん? あれ……先輩?」
「おお、井口。良かった。目が覚めたか」
井口は目を覚ますと、周囲をキョロキョロと見回す。
「あれ……? ここは?」
「俺の家の近くの公園だよ。散歩してたら、お前が倒れてんだ。何があったんだ?」
「……倒れてた?」
「ああ」
井口はぼんやりした瞳で、何かを思い出そうとする。
「……あれ? 何が……あったんでしたっけ? 私、怪獣に……いや、変質者だったような気も……襲われて……それで……何があったんでしたっけ?」
「いや、俺が知るわけないだろ? ……思い出せないのか?」
「おかしいですね……。何かあったような? なんか頭に霞が掛かったように思い出せないです」
「……そ、そうか。まあ、思い出せないなら別に大したことじゃないだろ。だいたい、こんな市街地に怪獣なんて現れたら一大事だしな。変な夢でも見たんだろ」
「あれぇ……?」
小首をかしげる井口に、俺はやれやれとため息をつく。
「その様子じゃ、救急車は呼ばなくても大丈夫そうだな。タクシー呼ぶから、それ乗って帰れ」
「……そうですよね。ふふ、なんか先輩に助けてもらった夢を見ました。ありがとうございます、先輩」
「礼は仕事で返してくれ」
「えぇー。ていうか、先輩、全然元気そうじゃないですか。まだ休むんですか?」
「こう見えて、まだ本調子じゃないだよ。ほら、風邪うつるぞ? タクシー来たから、さっさと帰れ」
「はぁーい」
井口をタクシーに乗せ、お金を渡して見送る。
車が見えなくなってから、俺はぷはぁと息を吐き出した。
背中にびっしょりと冷や汗をかき、急激な脱力感に襲われる。
「良かった……なんとか誤魔化せたみたいだな。二人とも、もう出てきて大丈夫だぞ」
公園の茂みから、もう一人の井口とセイランが姿を現す。
「せ、先輩……大丈夫でした?」
「りゅーぅ……?」
「あの感じじゃ、演技でもなさそうだし問題ないだろうな」
「私も迂闊でしたけど、出会った瞬間、気絶してくれて助かりました……」
「……そうだな」
もう一人の井口と出会った瞬間、この世界の井口は気絶した。
よくドッペルゲンガーと出会った人間は消滅するとか、二重存在は因果律の崩壊を招くとか、SFでよく見るけど、そういうのは無いみたいだ。
多元宇宙論みたいなもんだろうか?
そして目を覚ました井口は直前の記憶を全て忘れていたのだ。
即興の芝居にしては、よく出来た方だと思う。
「これも異世界ポイントによる強制力だろうな……」
プレイヤー以外は異世界ポイントの存在を知ることが出来ない。
スキルやカードの使用も可能になった今の現実であっても、井口はあまりにもイレギュラーな存在だ。
なにせ『現実の未来から来た存在』だからな。
俺のスキルや装備と違って、どうあっても誤魔化せない存在だからこそ、異世界ポイントの強制介入が行われたのだろう。
以前、コンサートでファンに異世界ポイントの事を公言しようとしたエイトさんは、その瞬間、気を失い、数日間入院するはめになったが、今回は井口の記憶の抹消と言う形で行われたようだ。
「井口に強制力が働いたなら、エイトさんの狙撃兵達も対象になる可能性が高いな」
どういう形で介入されるか分からないし、これは直ぐにエイトさんに連絡入れておいた方が良い。
相変わらずとんでもないアプリだが、今回ばかりは助けられた。
リアルの知り合いにあの姿を知られるとか、尊厳破壊にも程がある。
……まだ残っていた尊厳に、少しだけ泣きそうになるが、守られて良かった。
「というか、お前らも勝手に出てくるなよ? すげー焦ったぞ?」
「す、すいません。でも先輩のことが心配で……」
「だってりゅーぅ、すぐかえってこなかったんだもん」
申し訳なさそうな顔をする井口と、ちょっと不満気なセイラン。
まあ、二人とも俺を心配しての行動だっただろうしな。
待機室に行くのが遅れた俺にも非はあるし、これ以上何か言うつもりはない。
「というか、先輩。あれ、どういうことですか? なんで現実の私が、大正ロマンな町娘になってるんです?」
「それについては部屋に戻ってから話すよ。お前達が来たって事は、雷蔵たちも居るんだろ?」
「はい。皆、部屋で待機してます」
どうやら、外に出ても問題ない二人で、俺を探しに来てくれたようだ。
俺達は人目につかないよう、すぐにアパートに戻った。
「――と言うわけだ」
俺は部屋に戻ると、雷蔵たちに、待機室に遅れた理由も含め、今の状況を説明した。
「……ウガォゥ?」
「……ウッキィ?」
「……きゅー?」
「……よくわかんない」
雷蔵、夜空、雲母、セイランはいまいち理解出来ていない感じだ。
まあ、彼らはそもそも住む世界が違うからな。文字通りに。
別の世界が、さらに別の世界になったとしてピンとこないのだろう。
小雨は興味すらないのか、洗い場に水を溜めてスヤスヤと眠っている。……お前、それ、調理される前の魚にしか見えないぞ?
「それで私が大正町娘みたいな姿になってたんですか……。私自身があり得ない存在ですけど、今の世界もえらいことになってますね……」
「だよなぁ……」
状況をきちんと理解してくれたのは、井口くらいか。
「でも正直、あの服装はちょっと可愛いなって思いました」
「おい」
「時代や世界が変わっても、私はちゃんと可愛い服を着てる。そして先輩のことが大好き。それが分かっただけでも安心しました」
「……お前なぁ」
「でも二重存在のパラドックスがないなら、この世界の私に遠慮する必要もないですね。先輩、もうこの世界の私にアドバイスとかしなくていいですよ。むしろ邪魔ですし」
「おいっ」
仮にも過去の自分を邪魔とはなんだ、邪魔とは。
コイツ、あの戦いが終わってから、妙に遠慮が無くなってきたな。
それに距離が前よりもずっと近くなってる。
「というか、先輩。そろそろ元の姿に戻ったらどうです? セイランちゃんも慣れてないみたいですし」
「ああ、そうだな」
この世界の井口を誤魔化すために、着替えてたんだった。
俺は『着替え』で、元の姿に戻る。
地味なパーカーは消え去り、派手なマントと星乳首に。
ジーンズはアヒルパンツへ。
すると、セイランと夜空の顔がぱぁっと明るくなる。
「わーい、いつものりゅーぅだ♪」
「ウッキィ~♪」
「……あはは」
セイランと夜空の中で、俺は一体どういう存在になっているのだろう?
嬉しそうに抱き着いてくる二人を見てると、何とも言えなくなってくる。
「ともかく、こうなった手掛かりを探そうと思う」
「例のデイリーダンジョンですか? 『戦国乱世』でしたっけ?」
「ああ。でも今日はもう無理だ」
デイリーダンジョンは一日一回まで。
デイリーチケットを使えば、何度でも挑戦することが出来る。
しかし、それはあくまで一種類だけの話。
一日に複数のデイリーダンジョンに挑戦することは出来ないのだ。
つまり『終末世界』、『戦国乱世』、『廻転輪廻』の三つの内、一日に挑戦できるのはどれか一つだけ。
小雨の『迷宮扉』を使えば、その限りじゃないかもしれないが、ヘリアスの件もあるし、迂闊に使用するのは危険だ。
「日付が変わったら、少し調べてみよう。皆は問題ないか?」
「ウガォゥ」
「ウッキィ~」
「きゅー」
「だいじょうぶ」
「問題ありません」
『……』
小雨は寝てたので返事はないが、尻尾が少しだけピチピチと動いた。
あれだけの激闘だったのに、皆元気だなー。まあ、俺もだけど。
現実の時刻は午後11時。日付が変わるまであと1時間ほど時間がある。
「……小腹も空いたし、なんか食べるか」
「たべる!」
元気よく手を上げるセイラン、可愛い。
うーん、でも深夜だし、あんまりしっかりしたのはよくないよな。
何か軽いものにしよう。
ぐぅぅぅ……とお腹が鳴る。
……よし、ラーメンにしよう。
俺はショップでガッツリ醤油とんこつ袋めんを人数分購入。
大鍋でお湯を沸かすと、麺を茹でて、粉末スープを入れる。
「うわ、先輩……こんな深夜にこってりラーメンですか?」
「なんだよ、悪いか?」
「悪いに決まってますよ」
ぷんすか、と井口は怒る。
「ラーメンと言ったらライスでしょう? 白米も付けて下さいよ!」
「正解!」
パンッと俺と井口はハイタッチを交わす。
そうだな。こってりラーメンと言えば、白米だな。これは仕方ない。
ついでにチャーシュー、刻み葱、煮卵、メンマ、ほうれん草、海苔も購入。
ほうれん草は麺と一緒に鍋で茹でる。
仕上げに付録の鶏油をまぶせばあら不思議。
立派な家系ラーメンの完成だ。
「頂きます」
まずは麺をひと啜り。
少し咀嚼したら、ご飯も頬張る。
最後にスープをぐいっと一飲み。
口の中で始まる三位一体のマリアージュ。
噛むほどに広がる旨味の爆弾。
喉を通り過ぎてゆく、炭水化物と油の大行進。
「ッ~~~~~~うまいっ」
なんで深夜に食べるラーメンってこんなに美味いんだろうな?
ちらりと、井口を見れば、チャーシューとメンマ、半分に割った煮卵、海苔をのせて即席のチャーシュー丼を作っていた。
……コイツ、中々やるな。
「すっごいこい! でもなんかおいしい!」
「ウ、ウキィ……ウキキ~♪」
セイランと夜空は初めて食べるラーメンに戸惑っているようだ。
とはいえ、夢中で食べているし、味は気に入ったのだろう。
「ウガォゥ」
「きゅー♪」
雷蔵はレンゲにミニラーメンを作って、雲母に食べさせていた。
これはこれでほっこりする光景である。
「あ゛~~~、深夜に食べるラーメンってなんでこんなに美味しいんですかねぇ……」
「不思議だよなぁ。たぶん体に悪いことしてるって罪悪感がアクセントになってるんじゃね?」
「あー、ちょっと分かります」
確かに体にはよくない。
でもたまにならいいんだよ。心の栄養ってやつだ。
「あ、そうだ。先輩、テレビつけて下さいよ。私もその徳川ロドリゲスっての見てみたいです」
「いいけど、まだやってるかな……?」
俺は井口に促されテレビをつける。
まだニュースは続いていたようで、そこにはニュースキャスターと徳川ロドリゲスの姿があった。
「おー、これが今の日本のトップですか。チャラいですね」
「だよなー」
将軍よりも、海でサーフィンしてる方が百倍似合ってる。
ラーメンをすすりながら、皆で見ていると、どうやらそろそろ終わりの時間みたいだった。
『将軍、そろそろお時間が……』
『おう、そうか。じゃあ、最後にいつもの連絡するねー。国家転覆罪を企てた例の極悪三人組。情報提供、しくよろ~。
まあ、国際指名手配犯だし、皆も名前は皆も知ってると思うけど、一応言うね。
鳥谷部桔梗、巳波バルカン、大河茜、この三人だZE!』
「……え?」
一瞬、ラーメンを啜る手を止め、俺は画面を注視する。
『この三人に関する有力情報提供者には金一封あげちゃうよ~ん。特に大河茜。コイツに関する情報はどんな些細なものでも政府や警察、討伐者組合に連絡してちょ。それじゃあ皆、バイバ~イ』
聞き間違いかと思った。
しかし次の瞬間、映像は切り替わり、そこにはSMバニーメイド女王様姿のめっちゃ人相の悪い感じに加工された大河さんの姿がはっきりと映し出されていた。
「……嘘だろ」
大河さん、国際指名手配犯になってた。
職業エロ漫画家兼SMバニーメイド女王様で、更に国家転覆罪を企てた国際指名手配犯になってた。
…………どういうことなの?




