134.繋がりと言うのは、意外なところにあったりする
訓練場で新しく手に入れたスキルや装備の確認をした。
うん……まあ、性能は良かったよ。凄く。
派手なサングラスの併用も可能だったし。
でも絵面がさぁ……もう最悪なんだよね。
井口なんて思いっきり大爆笑してやがったし。
もう一回、埋めたろか?
「……確かに少し匂うわ」
でもどう表現していいかよく分からない匂いなんだよなこれ。
イカ臭いとか、アンモニア臭とかそういう類の匂いじゃなく、本当にこうふとした拍子に「なんか匂うな」って感じた時の匂い。
見た目は新品のブリーフにしか見えないのが唯一の救いだな。
変な黄ばみでもあれば、もう意地でも装備しなかった。
「やっぱもう少し火力が欲しいな」
悪魔のネックレスを装備し、雷神形態となった雷蔵と実践をしたが、やはり純粋な火力では雷蔵に分があった。
被る下着のおかげで攻撃、敏捷ともに+10%となったが、悪魔のネックレスによりステータスと装備数値を倍にした雷蔵にはとても及ばない。
無論、時間停止やマジックミラー、催眠等を使えばほぼ間違いなく俺が勝つ。
スタイルや持ち味の違いでしかないのだが、それでもやはり純粋な火力も欲しい。
呪い人形たちとの戦いのような『カード使用不可』という条件下でも確実に勝つために。
あと魔女っ子――もとい、ラビィが意外と強かった。
ホブゴブリンやジャイアント・スネイク相手でも、それなりに戦えたのだ。
戦うというよりも『逃亡』に特化しているというべきか。
相手の攻撃の軌道を読み、避けるのが上手いのだ。
「兎人は音や気配で周囲の状況を把握する能力が優れているんです」
ラビィは少しだけ得意げにそう語った。
俺としても、ラビィの動きは参考になる部分が多く、興味深かった。
俺の戦闘スタイルにも合ってるからな。
頼られて嬉しいのか、ラビィも喜んで色々教えてくれた。
「さて、そんじゃあ俺は一回ログアウトする。皆、後のことは頼んだぞ」
「任せて下さい」
「りゅーう、はやくかえってきてね?」
「ウキキィ~……」
セイランも夜空もそんな寂しそうな顔しないでくれよ。
またすぐに会えるから。
飲み会含め、かなりの長時間ログインしっぱなしだったからな。
一回、戻って時間を確認しないといけない。
四回目のステ振りの効果も確認したかったし。
いくつか指示をだし、俺はログアウトした。
――と言うわけで、現実に戻って来た。
時刻を確認すると、昼過ぎだった。
朝食を食べた後にすぐログインしたから、五時間近く経過していることになる。
「……どういうことだ?」
前回よりも時間の進み具合が遅いことじゃない。
どうしてまだ五時間しか経過していないんだ?
小雨の『世界扉』のCTは短縮されたとはいえ、現実時間で六時間だ。
朝食を食べた後に、皆が待機室に戻るために使用したから、CTがリセットされるまでまだ一時間以上かかるはず。
「ラビィを待機室に呼べたから、てっきり、現実じゃ六時間以上は経過していると思ったんだけど……」
だから一旦、現実に戻っておこうと思ったんだ。
これも終末の楽譜の影響か?
ログイン状態ではCT時間が異なるようになったとか?
うーむ、後で確認が必要だな。
「お、エイトさんから連絡がきてるな」
スマホのライ~ンでメッセージが表示されていた。
『連絡遅くなってごめん! 検査とかちょっと色々あってさ
電話できない?
都合のいい時間教えてくれたら
こっちから電話するよ』
『よろしくニャン』という猫のスタンプも一緒だ。
……可愛い。
都合のいい時間帯か……別に今すぐでもいいんだけど。
ちょっと電話してみるか。
丁度、エイトさんに聞きたいこともあったし。
ライ~ンで電話をかけると、すぐにエイトさんは出てくれた。
『はい、もしもし油瀬です』
「ユセ……? あれ?」
これ、エイトさんの番号で間違いないよな?
でも声はエイトさんだし……。
すると電話越しに、ぷっと噴き出すような声が聞こえた。
『もぉ、リュウってば私の本名忘れたの? 私の苗字、油瀬だよ。油瀬碧馬』
「あー、そうだった。ごめん」
『まったく……リュウの中では、私はアイドルの阿武羅瀬チャチャでも、油瀬碧馬でもなく、数字のエイトで登録されてるんだね』
……まったくもってその通りでございます。
だって8のインパクトはそれだけ凄かったんだもの。
『まあ、いいや。リュウにならその方が嬉しいし。連絡遅くなってごめんね。仕事や病院の検査とかでバタバタしててさ』
「いや、ぜんぜん構わないよ。むしろそっちは問題ないのか?」
『うん。予定通り明日には退院。仕事も明後日から再開するよ。ログイン出来る時間が減っちゃうよ』
「はは、そこはリアル優先だろ。エイ――油瀬さんは人気アイドルなんだから」
『エイトでいいよ。そっちの方が慣れてるだろ。私もリュウのことはリュウって呼ぶし』
「その方が助かるな」
『でしょ』
しばらくは、エイトさんと他愛ない会話をした。
不思議と、会話も途切れることはなかったし、会話自体が全然嫌じゃなかった。
流石、トップアイドル。トークもお手の物なんだろう。
『――それで、本題なんだけどさ』
エイトさんの声音が変わる。
『終末世界で私に譲ってくれた『終末の狙撃兵』のこと、覚えてる』
「ああ、勿論」
前回、エイトさんが無限EKに陥った原因。
強力な狙撃能力と、コンビネーションを誇り、俺たちを苦しめた難敵だ。
俺もエイトさんからの事前情報がなければもっと苦戦しただろう。
『リュウの同僚――井口だったっけ? その子と同じように、自我を取り戻したんだ』
「ッ……本当か?」
『うん。自分の名前も憶えてた。仕事の関係で自衛隊にもツテがあってさ、彼らが所属してるかどうか、確認が出来たんだ。カードを譲ってもらったのも、それが理由』
「なるほどな。納得したよ。それで……結果は?」
『ここから一番近くの自衛隊基地に三人と同じ名前の人物が居た。やっぱり未来の世界ってのは間違いないみたい。ただ……』
「ただ?」
電話越しに、エイトさんが少しだけ、言いよどむような気配が伝わって来た。
『……所属が違ってたんだ。狙撃兵だった三人は皆、同期で普通科に属してたんだけど、現実の三人は情報科や通信科に居て、交流もなかったって』
「未来で部署移動になったんじゃないのか?」
『確かに8月は自衛隊も人事移動の時期だけど、交流が全くなかったのはおかしいよ』
確かに辻褄が合わないな。
井口の話では現実が終末世界になったのは約三か月後の8月31日。
しかしエイトさんの病室がそのままになっていたり、狙撃兵の所属が違っていたりと、細かい齟齬がある。
『だからやっぱり、あの終末世界は、現実の並行世界の未来って考えるべきじゃないかな?』
「うーん、確かにそう考えるのが妥当か……」
『うん。だからといって、楽観視は出来ないけどね。現実がああなる可能性は残ってるんだし』
それに、とエイトさんは続ける。
『私達ならそれを止められるかもしれないんだ。なら、やるしかないよね?』
「流石、トップアイドル。カッコいな」
さらっと物語の主人公みたいなことを言ってのける。
そこにしびれる、憧れる。
『むぅ、そこは可愛いって言ってもらった方が、女の子としては嬉しいなー。ほら、『碧馬は可愛いな』って言ってごらぁん?』
物凄いイケボ。耳が幸せ。
「いや、エイトさんが可愛いのは知ってるよ。今度からはちゃんと曲とかグループも覚えるようにするからさ」
『ッ……そ、そう? まあ、なら許す』
「ははぁー、ありがたき幸せ」
『うむ、よきに計らえ』
「ははぁ~」
『ふふふっ』
こういうくだらない会話、嫌いじゃない。
『とりあえず、私からの報告はこんなところかな。リュウの方は、何か分かったことあった?』
「ああ、そうだった。実は――」
俺はエイトさんにあの後のことを伝えた。
『ぱ、パンツ……リュウ、今度はパンツ被るの? ぶほぉっ』
「おい、アイドルがしちゃいけない笑い方出てんぞ?」
『リュウこそ口調が変わってるよーぷふっ。あっはっは、駄目だ。想像したら我慢できないや! ご、ごめ、あははははっ』
こんちくしょうが。
「というか、大事なのはそこじゃないって」
『わ、分かってるよ。あ~お腹痛い……。こんなに笑ったの久々だなぁ。それじゃあさ、リュウ、お詫びにさ――』
エイトさんは一呼吸、間をあけて。
『私がディザスに会わせてあげるよ』
さらっと、とんでもないことを言った。
「会わせる……? どういうことだ?」
『言葉通りだよ。私がディザスに会わせてあげる。わざわざパルムール王墓まで行く必要はないよ』
混乱する俺に、エイトさんは説明してくれた。
『私のスタート地点、パルムール王墓だってのは、前に話したろ? その時に、偶然『双鱗の間』まで行くことが出来たんだ。その時にディザスと知り合ったんだ』
なんだか俺がナトゥリアに会った時と似てるな。
てか、ダンジョンに入らないのに、ダンジョンの外でプレイヤーにアプローチするってどうなんだ?
寂しがり屋なの?
『といっても、結構気まぐれな奴なんだ。興味がないと、全然出てきてくれないんだよ。本当は、終末世界の時も、手伝って欲しかったんだけど……』
興味がないから、協力もしなかったって訳か。
『さっき言ってた小雨ちゃんの世界扉なら、私もリュウの待機室に行けるんだろ? そこでディザスに引き合わせるよ。たぶん、リュウならアイツも興味持ってくれるだろうからさ』
「そりゃ助かるけど、いいのか?」
『いいに決まってるでしょ。私とリュウの仲じゃんか。前にも言ったと思うけど、友達に損得の関係なんてないよ』
「エイトさん……ッ」
本当になんていい人なんだ。
こんな薄汚れた俺を友達だなんて……。
『……なんで泣いてんの?』
「優しさが沁みて……」
『そ、そう……? じゃあ、今日の夜にでも迎えに来てよ。日中は手が離せないからさ。待ってるからね』
「ああ、分かった。後でまた連絡するよ」
『うん、それじゃあまたね』
通話を終える。
まさかエイトさんがディザスの知り合いだったなんて。
これは嬉しい誤算だ。
パルムール王墓へ行く手間が省けた。
「とりあえず、夜までにやれることは一通りやっておくか」
ピロンとライ~ンの通知音が鳴る。
見てみると、エイトさんからだった。
『よろしくね』というスタンプ。
しかもエイトさんのアイドル姿のスタンプだった。
……可愛い。
「……せっかくだし、スタンプ買っておくか」
応援の意味でも購入させてもらおう。
……いくつか用途がよく分からないやつもあるな。
『油マシマシで逝っきまーす!』とかどこで使えばいいんだ?
使いどころ無いけど、なんか面白いスタンプっていっぱいあるよね。
正直、好き。
その夜、小雨に『世界扉』を開いて貰い、エイトさんを迎えに行った。
行ったことがある場所なら、小雨の『世界扉』は繋げられるからな。
「これが世界扉か……。事前に聞いてたとはいえ、凄いねこれ」
ベッドの上で、エイトさんは驚いた表情を見せる。
うーん、現実の姿だと本当に可愛い。
「それじゃあ入るね」
「ああ。大丈夫だとは思うけど、気をつけて」
エイトさんの手を取って、待機室へ入る
はい、美少女が8になりました。
ホント、意味分かんない。
「へぇー、ここがリュウの待機室か。良い感じだね」
「ありがとな。そう言って貰えると嬉しいよ」
「ここから私の待機室には繋げられるのかな? 後で試してみて良い?」
「勿論」
それは俺も気になる。
待機室から、別のプレイヤーの待機室への往来が可能かどうか。
「あ、えいと、ひさしぶり」
「久しぶりだね、セイランちゃん。そっちの子は初めてかな?」
「ッ……」
手を振るセイランと、反射的に俺の背中に隠れるラヴィ。
「あれ? なんか私、警戒されてる?」
「あー、その……ちょっと色々あってな。後で説明するよ」
ラヴィにとっては、エイトさんは祠を壊したプレイヤーの一人だからな。
心情としてはあまり好ましく思ってないだろう。
軽く挨拶をした後、エイトさんは本題に入る。
「じゃあ、ディザスを呼ぶね。……よいしょっと」
エイトさんは8の下の空洞部分から何かを取り出す。
終末世界の時も見たけど、どういう体の構造になってるんだろう?
取り出したのは一メートルくらいの大きさの丸太だった。
「……丸太?」
「うん。キノコの原木。ここに霧吹きをかけて……ああして、こうして……」
エイトさんは手際よく準備を進めてゆく。
キノコの家庭菜園にしか見えないけど、必要なことなのだろう。
『ほぅ……あの変わり者が認めるとはな』
「気になるのか?」
『まあな。俺様としても、アイツと会うのは久しぶりだからな』
エイトさんの挙動を、ナトゥリア(雪だるま)は興味深そうに見つめる。
「これでよし、と。ディザス~、出てきて~」
緊張感のないかけ声と共に、原木から椎茸のような形のキノコが生えてきた。
ボコボコボコボコと。
それは瞬く間に成長し、原木よりも大きくなってゆく。
やがて人の背丈ほどになったキノコは、石突から足を生やして自立した。
足はキノコを逆さにしたような形状をしている。
ゲームで見かける歩きキノコだな。
これが……『天星菌類』ディザス・マッシュリーか。
エイトさんが、歩きキノコに近づく。
「久しぶりだね、ディザス。呼びかけに応じてくれて嬉しいよ」
『……』
歩きキノコ改め、ディザスは答えない。
周囲を観察するように傘を揺らし、やがてその視線が俺の方を向いた気がした。
『…………そこの人間から、いい匂いがする。だから来た』
ぽつりと、キノコから声が聞こえた。
「えっ、いい匂い?」
『我々に近い独特の香り』
独特の香り?
え、どゆこと?
俺、ちゃんと毎日風呂にも入ってるし、そんなキノコみたいな匂いがするはずは――ん?
……匂い?
まさかと思い、俺はそれを収納リストから取り出す。
「……ひょっとして、これのこと?」
『それだ。それ、とてもいい匂いがする。人間、気に入った』
俺が手に持ったソレに、ディザスは機嫌良さそうな声音を上げる。
匂いの元――それは被る下着(ブリーフ型)だった。
そっか、この匂いってキノコにとっては凄くいい匂いなのかー。
……わけがわからないよ。
分からないけど、とりあえずディザスに気に入られたらしい。
結果オーライ。
ありがとブリーフ。




