121.絶対入ったらあかんやつやん
そこは一言で言い表すなら『何もない空間』だった。
ただ真っ白な空間がどこまでも広がっている。
アルタナや終末世界とはまるで異なる光景だ。
(でも……なんだろうか、この感覚は?)
不思議と、目の前に広がる白い空間に俺は警戒心を抱かなかった。
むしろ、どこか懐かしさすら感じる。
まるでずっと昔から、求めていた何かがそこにあるような気がした。
「……とりあえず入ってみるか」
入ってみないことには何も始まらない。
少なくとも嘆きの白のようなすぐに死ぬような仕掛けは確認できない。
そして俺は一歩、足を踏み入れようとして――。
「だめ!」
叫びと共に、セイランが俺の裾を掴んでいた。
俺は視線を白い空間から、セイランへ移す。
「セイラン、目が覚めたのか? 体の具合は大丈夫か?」
「りゅーぅ、いっちゃだめ! ぜったい、そこ、はいっちゃだめ!」
いったいどうしたんだ、そこまで慌てて?
別にそこまでヤバい場所には見えないけど……。
「ん?」
あれ? よく考えれば、なんで俺こんなに警戒してないんだ?
扉の向こう側に広がってるのはデイリーダンジョンだぞ?
少なくとも、終末世界と同等の危険度と考えるべきだ。
そもそも何もない空間なんて、いかにも怪しいじゃないか。
なのに警戒心を抱くどころか、むしろ入ってみたいとすら考えてしまうなんて。
「ッ――ファンブル・エレメント!」
ぞわりと、寒気がした。
その可能性に気付き、俺は反射的に『ファンブル・エレメント』を発動させた。
クラウン・レディオの戦いで発動した反転効果は、既にリセット済みだ。
体が淡い光に包まれ、同時にそれまで感じていた好奇心や懐かしさが嘘のように消え去った。
(やっぱり……何らかのスキルの影響だったか)
デバフ以外の特殊なスキル。
おそらくは、警戒心を抱かさせないってところか。
開けた瞬間から、俺はこのスキルにかけられていたのか?
だとすれば――。
『――なんだぁ、入ってこねぇのかよ。残念だなぁ』
声が聞こえた。
『廻転輪廻』の扉の向こう側から、巨大な『眼』がこちらを見ていた。
それも瞳の黒い部分に、いくつもの無数の眼球がひしめく不気味な眼。
俺は反射的に扉を閉めようとするが、目玉が物理的に扉を押してしまい閉まらなかった。
「ッ……小雨! スキルを解除しろ!」
『ボー!』
小雨がクルクルと回り始める。
すると扉の向こう側に居る瞳が不愉快げに歪んだ。
『おいおい、ツれねぇことすんなよ……なぁ!』
『ぼっ……!?』
瞳が怪しげな光を放ったかと思うと、小雨が地面に落下した。
すぐに確認するが、小雨はぴくぴくと痙攣したまま動かない。
「お前……小雨に何をした?」
『少し気を失って貰っただけだぁ。ガキとはいえ、希少な大陸龍魚だからなぁ。なぁ、もう少しだけ話をしようぜぇ……。俺ぁずぅーっとここに閉じ込められて退屈だったんだよぉ』
うぞうぞと、瞳の中の無数の目玉が蠢く。
それは無数の虫が這いずり回っているかのような嫌悪感を感じた。
(この目玉……いったい何者だ?)
モンスター図鑑が発動しない。
待機室越しだからか、それとも別の理由か?
高い知性に、会話もできる。
ナトゥリアやクラウン・レディオと同じ、明らかに他のモンスターとは違う一線を画している。
『ふんっ……誰かと思えば、相変わらずの寂しがり屋だな、ヘリアス』
屍狼の頭の上で、ナトゥリアが口を開く。
ヘリアス? それがこのデカい瞳の名前か?
『あぁん……? 俺の名前ぇ知ってんのかぁ。誰だぁ、お前ぇ?』
『誰だ、とはご挨拶だな。久方ぶりの再会だというのに、この俺様を忘れるとはな』
『……雪だるまに知り合いは居ねぇなぁ……。でもその声……あっ! まさかお前ぇナトゥリアか? あの偉そうな犬っころが、なんでそんな小さい雪だるまなんかになってんだぁ? 可ぁ愛い姿じゃねぇかぁ! 俺ぁ、そっちの方が好みだなぁ!』
ぱちぱちと驚くように瞳をしばたかせる。
対して、ナトゥリアは悔しそうに体を震わせた。
『……この姿は仮の姿だ。その減らず口を今すぐに凍らせてやろうか?』
『やれるもんならやってみろぉ。どぉせ、出来ねぇだろう? 迷宮に囚われてんのは、お互い様だからなぁ』
『……ふんっ』
ナトゥリアは面白くなさそうに、無い鼻を鳴らす。
「ナトゥリア、アイツを知ってるのか?」
『古い知り合いだ。名前はヘリアス。実体を持たない闇を司るモンスターだ。とっくにくたばったと思ったが、まさか俺様と同じように迷宮に囚われているとはな』
『俺だって、こんなところに閉じ込められてるのは不本意だぁ。気づいたら、こんなところに閉じ込められたんだぁ。なぁ、そこの兄ちゃん、俺をここから出してくれよぉ~。出してくれたら、兄ちゃんの嫌いな奴だろうが、国だろうが何でも滅ぼしてやるからよぉ。なあ、頼むよぉ~』
「ッ……誰が出すか」
実体を持たない闇を司るモンスターか。
終末世界に居た黒い巨人に似ているな。
少なくともナトゥリアと同格の存在だとすれば、今の俺たちが勝てる相手じゃない。
扉が開いていても、こちらに入ってこないのは、奴が言う『迷宮に囚われている』状態だからか?
『まあ、いいさぁ。どうせアイツが言ってたことが正しいなら、いずれ誰かが俺をここから出してくれるはずだからなぁ。それまで待つさぁ』
「アイツって誰だよ?」
『知らねぇ』
「……は?」
『姿は知らねぇよぉ。でも、たま~に、俺の頭の中に話しかけてくれるんだぁ。よく分かんねえ言葉が多いし、こっちから話しかけても、何にも応えてくれねぇけどなぁ』
それって、まさか『異世界ポイント』の通知アナウンスじゃないのか?
モンスターにもアナウンスが流れてる?
じゃあ、やっぱりクラウン・レディオの言ってた『えねみー』には、俺たち『プレイヤー』のように『異世界ポイント』に似た何かがあるってことか。
「その声はなんて言ってたんだ?」
『……教えねぇなぁ。だってお前は違う。俺が待ってたのはお前じゃねえみたいだからなぁ』
巨大な瞳――ヘリアスはぐにゃりと形を歪ませる。
『なあ、こっちに来いよぉ。喧嘩しようぜぇ? もし俺に勝てたら、知ってることぜぇーんぶ教えてやるぜぇ。ナトゥリアだろうが、ディザスだろうが、誰を連れてきても構わねぇぞぉ? まとめて相手してやるからよぉ』
ディザスはナトゥリアが言ってたパルムール王墓の隠しダンジョンに居るモンスターの名前だ。
そんな奴まで知ってるのか。
「……悪いがお断りだ」
『そぉかよぉ。まあ、いいさぁ。気が向いたら、いつでも来なぁ。俺たちは大歓迎だからよぉ……』
ゾゾゾゾゾと、巨大な瞳が瞼を閉じるのと同時に、『廻転輪廻』の扉が閉じる。
……なんで向こう側の存在が、勝手に扉を閉めれるんだよ。
いや、それだけアイツが規格外の存在ってことか。
「俺たち、ね……」
アイツみたいにヤバい奴が他にもいるのは確定か。
どう見積もっても、『終末世界』と同等か、それ以上の難易度だろうな。
もし井口の言う通り、あの扉が現実世界に終末をもたらしたのならば、それも当然か。
(それにしても……)
ヘリアルが消えて扉が閉まる寸前、一瞬だけ向こう側の景色が見えた。
真っ白な空間とはまた違う景色が広がっていたのだ。
おそらくはあの白い空間は、ヘリアルの作り出した幻だったのだろう。
(一瞬だったが、どこかアルタナに似た景色だった気がする)
あれが本来の『廻転輪廻』の世界ってことか。
ふぅと息を吐くと、セイランの頭に手を置く。
「助かったよ、セイラン。よく気付いたな」
「……すごくいやなよかんがしたの。おきたら、からだがかってにうごいてた」
ぎゅっとセイランは俺に抱き着いてくる。
「りゅーぅ、かってにいなくなっちゃ……やだかんね」
「俺はどこにもいかないよ。セイランや、皆を残してどこかに消えるわけないだろ?」
「……うん」
こうなった以上、『廻転輪廻』はしばらく保留にしておいた方がいいな。
『戦国乱世』も、大河さんに確認を取ってから検証するとしよう。
セイランの色魔法も無理だな。
ぎゅ~っと抱き着いてくるセイランを見て、俺は力を抜く。
明日以降に持ち越しだな。
井口がおずおずと手を上げる。
「あのー先輩、私まだここに来たばかりで慣れないんですが、その絵面はセーフなんですか? 今の先輩が女の子に抱き着かれるって、かなりそのアウトな気がするんですけど……」
上半身裸の乳首に星シールを付けたパンツ一丁の成人男性に抱き着く少女。
うん、犯罪臭しかしないな。
「心配するな。自覚はある」
「……あるなら、改めるべきでは?」
「いろいろ事情があるんだよ。ナトゥリア、後であの化け物について教えてくれ」
『分かった』
「いや、先輩。話を――」
「さあ、今日は皆疲れただろう。しっかり休んでくれ」
「……」
俺は強引に話を打ち切る。
そんな目で睨むな井口。
俺だって慣れたんだ。
いずれお前だって慣れるさ。
……いいか、悪いかは置いておいて。
お待たせしました、第五章スタートです
地震、凄く揺れましたね……
おかげでリアルが色々大変でした
更新頑張ります
楽しんでいただければ嬉しいです




