表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/78

12.EXステージ その3


 走りながら服を脱ぐのはそれなりに大変だがなんとか出来た。

 俺はパンツ一丁になって走りながら、ゴブリンに作戦を伝える。


「――って感じだ。成功率は……そうだな、良くて2割ってところか」

「ギギャ」

 

 了解とばかりにゴブリンは頷く。

 傭兵キャラだからか、それともこのゴブリンが元々頭が良いからなのか、理解が早くて助かる。


「それにしても……うん」


 開放感が凄い。

 パンツ一丁で森の中を走り回るってこんなに気持ちいいのか。

 靴だけはちゃんと履いてるってのもなかなかに変態ポイント高い。


「ふっ、こんな姿、会社の同僚や井口の馬鹿には絶対に見られたくないな……」


 見られたらもう絶対辞職するわ俺。

 まあ絶対に現実じゃやらないけどね。

『異世界ポイント』だからこそ、出来るんです。


「――――ブモォオオオ!」


 っと、余計なことを考えてる場合じゃないな。

 狂鎧大猪の叫び声が聞こえる。

 足音が響き、あっという間に俺達の背後へと迫ってくる。

 この距離、速さからしてあと二秒……今だ!


「右によけろ!」

「ギィ!」


 俺とゴブリンが左右に飛ぶと、狂鎧大猪が通過し、木々をなぎ倒した。

 よし、タイミングばっちり!

 

「それじゃあ、作戦開始だ。そっちは任せたぞ」

「ギギャァー」


 俺とゴブリンは森の中で二手に分かれる。


「ブフォォ……?」


 狂鎧大猪は一瞬、どちらを狙うべきか迷う様子を見せた。


「こっちだクソイノシシ! その無駄に立派な鎧や大きなお身体は全然たいしたことねーな! ばーか、ばーか!」

「ッ……! ブモォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」


 よし、釣れた。

 この作戦はまず、アイツが俺を追いかけてくれることが絶対条件だ。

 ゴブリンに話が通じたから、コイツもいけると予想したが、当たって良かった。

 問題は俺があの場所まで逃げ切れるかどうか。

 走る、走る、とにかく走る。


「……ハァ……ハァ……」


 やばい、脇腹痛い。

 最近、走ってないもんな。

 そういうところまでリアルに再現しなくて良いんだよ畜生。


「ブモォ! ブモォオオオオ!」


 狂鎧大猪の突撃をなんとかパンツ一丁で躱しながら、俺は目的の場所を目指す。

 俺が躱すたびに、奴は木々にぶつかり、忌々しそうにこちらをにらみ付けてくる。


「ふぅ……やっぱ服を脱いでて正解だったな」


 俺に注意を引きつけるためにも、奴の突進は紙一重で躱さなければいけない。

 そうでなければ、奴は先にゴブリンを始末しようとするだろう。

 だからこうしてギリギリで躱し、奴の注意を引く。

 万が一にも牙や体の一部が服に引っかかったらアウト。

 だからこそのパンツ一丁。

 擦り傷や切り傷は増えるが、これくらいなら誤差の範囲。

 それに何度も躱すうちに、また分かったことがある。


 ――狂鎧大猪は急激な方向転換が出来ない。


 突撃の威力が高すぎる故か、それとも全身を硬い鎧で覆っているせいか、一度スピードを出せば曲がることが出来ないのだ。

 曲がるには急ブレーキを掛け減速するか、何かにぶつかって一旦、止まらなければいけない。


(目もだいぶ慣れてきた。今なら最大速度まで達していないのならギリギリ躱せる)


 動きのパターンは把握したし、タイミングも読める。

 それでもかなり怖いけどな。

 なんてったって、一撃食らえば終わりなのだ。


「だが当たらなければどうということはないっ! パンツッ!」


 無理矢理テンションを上げる。

 なんだパンツって。何言ってんだよ、俺。

 ともかく何度も奴の突進を躱しながら目的地を目指す。


「ハァ……ハァ……よし……見えた!」


 目指していた場所。

 そこに俺は勢いよく飛び込んだ。


「ブモォ!?」


 狂鎧大猪には俺が消えたように見えただろう。

 勢いそのまま、奴も俺と同じ場所へと飛び込んだ。

 ザッパァァァンッ! と腐ったヘドロがあちこちに飛び散る。

 

「ぶはっ! やっぱくっせぇな畜生!」

「ブ、ブモォオオ!? ブモォォオオ!」


 バチャバチャと奴は必死に抵抗するが、その度にその巨体はズブズブと沈んでゆく。


「はっはっは! どうだ、身動きとれねえだろ!」


 そう、俺達が飛び込んだのは隠しアイテムがあった沼だ。

 ヘドロがたっぷりの悪臭漂う底なし沼。

 ここでは暴れれば、暴れるほど、早く沈んでしまう。

 だから出来るだけ体を動かさずに助けを待つ。


「ギギィ!」

「ナイスだゴブリン!」


 俺は茂みに潜んでいたゴブリンが投げたロープをつかむ。

 脱いだズボンやシャツで作った即席のロープだ。

 ちゃんと指示通りしっかりと木にくくりつけてあるな。

 ゴブリンの力だけじゃ俺を引っ張り上げられるか不安だったからな。

 服さえ千切れなければ、これで岸まで這い上がれる。


「ふぅー、さてアイツはどうなった……?」


 なんとか岸まで這い上がり、狂鎧大猪の方を見る。

 

「ブゥモォォ……モォォォ……」


 体はすでに半分近くまで沼に沈んでいた。

 あそこまで沈めば、もう脱出することは出来ないだろう。


「……後はあいつが沈むのを待つだけだな」

「ギッギイ♪」


 なんとか作戦が成功して良かった。

 アイツは視力が良くないってモンスター図鑑に記載されてたからな。

 耳と鼻に頼っているなら、ましてや俺を追いかけている状況なら目の前に沼があろうと気付かないと踏んだが、なんとかなって良かった。


「……ははっ」


 笑みがこぼれる。

 勝った。俺たちは賭けに勝ったのだ。

 

「はっはっは! ざまあみやがれ。これでEXシナリオクリア――」


「――ブモォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!」


 ザッパァァァンッ! と。

 その瞬間、沼の泥が一瞬で噴水のように打ち上がった。


「…………は?」

「……ギィ?」


 見れば、勢いよく狂鎧大猪が沼から飛び出しているではないか。

 俺とゴブリンは阿呆のようにぽかんと口を開ける。

 

「なん、で……ッ!?」


 理由はすぐに分かった。

 沼地の『底』に奴の足跡が刻まれていた。

 思いっきり底を蹴って、衝撃で沼の泥を弾き飛ばしたのだ。

 つまり、だ。

 俺は致命的な勘違いをしていた。


「ここ、底なし沼じゃねえのかよおおおおおおおおおおおおお!」

「ギギィイイイイイイイイイイイイイイイイイ!」


 意外と浅い沼だったようだ。

 いや、俺やゴブリンにとっては十分、底なし沼といっていい深さだったけどね!

 アイツにとってはギリなんとかなる深さだったみたいだ。

 狂鎧大猪はヘドロまみれ体で鼻を鳴らしながら、周囲を見回している。


「ブゥ……ブォックシュン」


 大きくくしゃみをすると、鼻からヘドロがたっぷりと出ていた。

 大きく体を揺らして、まとわりついたヘドロをまき散らしている。


「ブモォ……」

「……?」


 狂鎧大猪は周囲を何度も見回す。

 ……アイツ、俺達に気付いてないのか?


「ギィ……?」

「ゴブリン、声を出すな。じっとしていろ」

「ッ……」


 俺はゴブリンにもヘドロをこすりつけながら、そっと耳打ちする。


「アイツは目があまり良くないんだ。おまけに今はヘドロが詰まって、鼻も碌に使えないらしい。音を立てずにじっとしてればアイツは俺達に気づけない」

「……」


 ゴブリンは静かに頷く。

 碌に鼻がきかない状態で、悪臭漂うヘドロにまみれていればアイツは俺達がどこに居るか感知できない。

 目も耳も使えないなら、残るのは耳――聴覚だけ。


「……」


 俺は近くにあった石をつかむと、ソレを俺達とは反対方向に投げる。

 

「……! ブモォォオオオオオオ!」


 案の定、狂鎧大猪はソレに釣られてあらぬ方向へ走り去っていった。


「……ぶはぁっ。ハア……ハァ……ッ」

「……ギィィ」


 なんとかこれで窮地は脱した。

 これで少しは時間を稼げる。

 今のうちに次の作戦を考えないと。

 

「沼ハメが失敗したなら、もうアレ(・・)しか方法はないな……」


 作戦はもう一つ考えていた。

 万が一、沼ハメが失敗したときのための次善の策。

 こっちは沼ハメ以上にリスクが高いが、もう他に方法はない。


「……ゴブリン、最後の作戦だ。付き合ってくれ」

「……ギィ」


 ゴブリンは「分かった」と頷く。

 マップでここから目的の場所までの距離を確認する。

 遮蔽物もほとんど無い。好都合だ。


「アイツからもう少し距離を取る。俺が合図をしたら走るぞ」

「ギィ」


 これまでの追いかけっこで、アイツの走り方、速度の上昇ペースはほぼ理解した。

 狂鎧大猪が最高速度まで達し、かつギリギリ逃げ切れる距離を計る。

 遠ざかってゆく足音が聞こえる。

 ザッ、ザッ……、ザッ………ザ。

 ……まだだ、もう少し……もう少し……今だ!


 肺一杯に空気を吸い込み、俺は思いっきり声を上げた。


「引っかかったな馬鹿イノシシが! 俺達はこっちだぞー!」


「ッ――! ブモォォオオオオオオオオオオオオオ!」


 俺の叫び声はしっかりと狂鎧大猪に届いたようだ。

 ドドドドドッ! と足音が聞こえてくる。


「よしっ、走れ!」

「ギギィ!」


 俺とゴブリンは一斉に走り出す。

 マップは常に出しっ放しの状態にしている。

 俺達と狂鎧大猪があっという間に縮まってゆくのが分かる。

 

「ハァ……ハァ……ッ!」

「ギィ……ギィ……」


 怖い。怖い。怖い。

 背後から迫る死の恐怖。

 肺が黒い酸素をはき出し、心臓が限界を超えて鼓動を奏でる。


「ギッ……ギハッ……ハァ……」


 ゴブリンももう限界なのだろう。走る速度が遅くなっている。

 

「ゴブリン、もう少し……もう少しだ! 頑張れ! 諦めるな!」

「ギィ!」


 ここまで来たら一蓮托生だ。

 それに俺の判断ミスでコイツの仲間も二匹死なせちまった。


「ゲームだろうが、NPCだろうが、傭兵だろうが、これでコイツまで死なれちゃ寝覚めが悪すぎるだろうが……! おらっ!」

「ギァ……ギィ⁉」


 ゴブリンの手を掴むと、そのまま抱えて走る。

 くっそ、意外と重てぇな!


「――ブモォォオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」

「ハァ……ハァッ……ハッ、ハッ!」


 走る、走る、走る。

 心臓破りのデッドヒート。

 足音が、気配が、息づかいが、もう数メートルまで迫っている。

 あとほんの一秒で、狂鎧大猪の加速は最大になる。


「ブモォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」


 ぐんっと距離が縮まる。

 激突した対象を全てミンチにする破壊の弾丸が背後に迫る。

 確かに狂鎧大猪の突撃は強烈だろう。どんなモノでも敵ではないだろう。

 俺達にはろくな攻撃手段もなかったし。本来なら勝ち目はなかった。

 だがこれは『異世界ポイント』、用意されたフィールドには『例外』が存在する。

 どんな化物でも絶対に壊せない『例外』が。


「よし、ここだああああああああああ!」


 俺はゴブリンを抱えたまま、思いっきり横に飛んだ。

 ギリギリだった。ジュッと狂鎧大猪の巨体がかすめ、肩の肉がえぐれた。

 激痛が走る。

 その刹那、狂鎧大猪は『壁』に激突した。


「ッ~~~~~~~~!?」


 ズドォォオオオオオオオオンッ! と衝撃音がフィールドに木霊する。


 ――フィールドの外には出られず、区切る壁はいかなる手段を用いても破壊不能。


「ハァッ……ハァッ……どうだ、自分よりも堅いモノに激突した感想は?」


「ブォ……ォ、ァ……」


 ふらふらと、おぼつかない足取り。

 完全に脳震盪を起こしている。

 それどころかひょっとしたら脳に深刻なダメージが入っているかもしれない。


「半透明だけど、近くで見ればちゃんと壁って分かるんだけどな。お前には見えなかっただろ?」


 視力が悪い狂鎧大猪にとって、壁は認識出来ずただの森が広がっているだけにしか見えなかったはずだ。

 だから奴は減速もせずに見誤った。


 だがこれは危険な賭けでもあった。


 コイツは当初、時間が経ってから現れたし、もし『壁』を自由に出入りできていたら、俺たちに打つ手はなかった。

 

「……ォォ」


 ドサリと、狂鎧大猪は白目をむいて倒れた。


『――モンスターを撃破しました。EXシナリオ1『真の襲撃者』がクリアされました』


 頭の中に響くアナウンス。

 どうやら今度こそ、本当にコイツを倒すことが出来たようだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
真の襲撃者。ゴブリンはコイツに追われて逃げてきただけだった、みたいなこと?
脳震盪で倒れてる間に良く斬れる剣でとどめさすのかと思ってたらそのまま逝ったか、グロ耐性はとっとと身につけたいところだがさて
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ