118.未来が終末とか勘弁してほしい
黒い空間に戻って来た。
『おめでとうございます。デイリーダンジョンをクリアしました』
『活動実績を算出……完了』
『成功報酬 大空の欠片×10、終末の楽譜E、不変の宝珠を獲得しました』
ふぅーとため息をつく。
ここに戻ってくると、クリア出来たという実感がわいてくる。
「毎回思うけど、デイリーでこの難易度はおかしいだろ……」
デイリークエストの方は普通なのに、なんでダンジョンの方は毎回、高難易度クエストなんだよ。ゲームバランス考えろってんだ。
ポイントも入らないし。
「まあ、愚痴っててもしかたないか。待機室に戻る前にアイテムの確認しないとな」
新しく手に入れた『救世の鍵』と『不変の宝珠』。
いったいどんなアイテムなのだろうか。
さっそく確認してみる。
・救世の鍵
世界を救済するための鍵
終末の扉を開くのに必要なアイテムの一つ。
・不変の宝珠
世界にその存在を固定することが出来る
奪われた存在を取り戻すことも可能
使用できるのは一回のみ
……なるほど、分からん。
とりあえず『救世の鍵』を収納リストから取り出してみる。
「……なにも起きないな」
鍵の形をしてるんだし、空中で鍵穴に入れるような動作をしてみても同じ。
特に何かが起こる気配はない。
『不変の宝珠』の方も、取り出してみたが特に何か起こる気配はない。
ちなみに大きさは手のひらサイズの水晶玉だ。
色は真っ黒。
「イベントアイテム……もしくは使用する場所が決まってるって感じか?」
そういや魔女の心臓――今は『霊刻の月長石』か。
あれも説明に終末の扉を開くために必要なアイテムの一つってあったな。
救世の鍵と終末の扉って名前的に矛盾してないか?
それとも終末の扉を開くことで、世界は救われるとか?
「もし仮に、現実であの終末世界が発生するのだとすれば、必要なアイテムを全部集めればそれを回避できる……とかか?」
エイトさんは現実と状況が矛盾してるからあり得ないとは言っていたけど、考えてみれば、三か月後にエイトさんがもう一度、あの病院に入院するって可能性も決してゼロじゃないんだよな。
並行世界って可能性もある。
それに俺みたいに『世界扉』が使えるプレイヤーが、最悪の事態を引き起こしたなんて可能性も十分あり得る。
「……やっぱり井口にもっと詳しく聞く必要があるな」
せっかく億なんて大金が手に入ったのに、あんな世界になるなんて御免被る。
現実をあんな終末世界にしてたまるもんか。
アイテムの確認を終わらせ、一回ログアウトし、あることを確認してから、俺は待機室へと向かった。
――待機室に入ると、雷蔵たちが出迎えてくれる。
「りゅーぅ!」
「ウッキキー!」
セイランと夜空が胴体と腕にくっ付いてくる。
うん、もう慣れた。剥がそうとしても、剥がれないし。
そのまま視線を動かし、井口を探す。
……居ないな。バインダーには居ないから、実体化はしているはず。
「雷蔵、井口は?」
「ウガオゥ」
雷蔵は宿泊場を指さす。
中に居るのか。
「分かった。それじゃ、今のうちに服を着るか」
「え!?」
「ウキキィ!?」
「ウガォゥ!?」
セイラン、夜空、ついでに雷蔵までも驚きの声を上げる。
……お前ら、俺のことを何だと思ってたんだよ。
流石にリアルの顔見知りの前じゃ、ちゃんとした服装になるわ。
待機室なら戦闘もないから別に服装は関係ないし。
「というわけで、服着るから離れてくれ」
「やっ」
「ウキィ!」
しかしセイランと夜空は頑として離れようとしない。
……お前ら、そんなに俺に服着て欲しくないの?
「りゅーぅはそのままがいちばんかっこいいの! やだー!」
「ウキッ! ウッキィー!」
「いや、そう言われても……」
もはやセイランたちの中では、俺はこの姿がデフォになっているようだ。
「……ウガォゥ」
「……きゅー」
雷蔵や雲母すら、俺が服を着ることに、もはや違和感があるらしい。
……お前ら、しばらくの間、おやつ抜きにしてやろうか?
でもこうなったら梃子でも動かないんだよな、こいつら。
仕方ない。どうせこの姿はもう見られてるし、このままでいいか。
扉を開けて中に入ると、井口は俯きながら、椅子に座っていた。
「あ、せん……ぱい」
井口もこちらに気付いたようで、視線を向けてくる。
ローブを着た魔導士然とした姿。
心なしか、終末世界で見た時よりも、血色は良いように見える。
「体の調子はどうだ? 何か問題はあるか?」
「その、特にないです……。ところで、先輩はなんでそんな恰好を――」
「そうか。なら良かった」
「あ、いや、私じゃなく、先輩の格好は――」
「良かったよ。うん、本当に良かった」
「…………はい」
いんだよ、そこは触れないで。センシティブな部分なんだ。
テーブル越しに向かいの席に座ると、セイランと夜空もしっかり隣の席をキープ。
雷蔵が飲み物を運んできてくれる。
「雷蔵、ありがとな」
「ウガォゥ」
こういうささやかな気遣いがとても嬉しい。
しかも俺にはアイスコーヒー、セイランにはオレンジジュース、夜空にはバナナジュースと、ちゃんと好みに合わせた飲み物のチョイスだ。
流石、雷蔵。出来る男である。
ちなみに井口には俺と同じくアイスコーヒー。
今の彼女に飲めるかは分からないが。
「……先輩、モンスターやその子に凄く好かれてるんですね。凄いです」
「そうか?」
「そうですよ。私は……その、こんな体になっちゃってから、家族とか同僚とか、気まずい感じになっちゃって……」
「……それは俺とは全然状況が違うだろ」
俺はゲームを進めているうちに雷蔵たちが仲間になって打ち解けた。
でも井口はある日突然、人ではなくなったのだ。世界もおかしくなった。
……控えめに言っても地獄だな。
「井口、詳しく話してくれ。いったいその日、何があったんだ? どうしてお前はモンスターになり、あのピエロのカードになってたんだ? 突然苦しみだしたのはどうしてだ?」
あの時、井口は何かを思い出したかのように混乱し、苦しみだした。
クラウン・レディオのカードじゃなくなったのなら、今なら色々と聞き出せる可能性がある。
「……えっと、確認ですけど、先輩って本当にあの日のことを知らないんですよね? あの8の人と、なんか未来の世界とかなんとか話してましたけど。というか、あの人って本当に人なんです? 8の形してましたよね……?」
「ああ。今はまだ5月だ。あとエイトさんはれっきとした人間だよ。8だけど」
「8だけど」
そして現実ではトップアイドルでもある。
まあ、エイトさんの話はおいておいて、だ。
井口の話を信じるならば、今から三か月後の8月31日に世界に終末が訪れる。
あの『終末世界』が現実のものになるのだ。
「ここが過去の世界……? じゃあ、今ってここに居る私と、現実の私の二人が居るってことですか?」
「そうなるな」
「それって、大丈夫なんですかね? その、ドッペルゲンガーとか、タイムパラドックスとか、よく分かんないですけど、そういうのって良くないんじゃ……」
井口は不安そうな表情になる。
SF作品じゃその手の設定って色々あるけど、結局のところ現実で検証しようがないから、どうなるか分からないとしか言いようがない。
「……少なくとも、この時代のお前はちゃんと居たよ。電話もしたし会話もした。だから、直接会わなければ、たぶん問題ないんじゃないかな」
「そ、そうですか」
井口は少しだけほっとしたような表情を浮かべる。
待機室に来る前に、一度現実の井口に連絡を入れた。
……現実じゃ深夜だし、電話するのもマナー違反かとも思ったが、確認は必要だ。
井口はちゃんと電話に出たし、会話もした。
てか、アイツ、深夜にかけたのに、妙に嬉しそうだったな。
「話を戻そう。もし現実でお前が言う通り、本当に三か月後に終末が訪れるのだとすれば、俺はそれを止めたい。お前がモンスターになる未来も、出来る事なら変えたい。その為には、お前の力が必要なんだ、井口」
井口はテーブルに置かれたコップをぎゅっと握りしめる。
「……分かりました。私の知っている範囲でよければお話します」
ゆっくりと、井口は未来で何があったかを話し始めた。




