111.リスキルはマナー違反
協力してのデイリーダンジョンの攻略か。
それは俺としても願ったりな提案だ。
相手がエイトさんであれば、とても心強い。
「勿論、一緒に――」
「待ってくれ。ごめん、ちょっと今のなし」
「え?」
一転、エイトさんは首を横に振る。
そして申し訳なさそうな顔を浮かべた。
どうしたのだろうか?
「今の言い方はフェアじゃなかった。訂正させてほしい」
「どういうことだ?」
「協力してほしいのは本心なんだ。でも、その前に私を助けて欲しいんだ」
「助けて欲しい?」
「……うん」
エイトさんは改めて事情を説明してくれた。
「その……さっき門番にやられたって言っただろ? だから、私が次に『終末世界』にログインするときは、門番のすぐ目の前になる」
「……そういうことか」
「そういうところは、察しがいいんだね」
「はは……」
エイトさんの小言に、俺は苦笑する。
異世界ポイントは基本的にクリアしたり、死亡した位置にログインすることになる。
つまり場所によってはすぐにモンスターに襲われることになるのだ。
「リトライしたけど、逃げる暇もなく倒されちゃってね。デイリーダンジョンに関しては、完全に詰んだ状態なんだよ……」
「……それは確かにかなりまずい状況だな」
俺が終末世界で危惧していた最悪の状態の一つ。
それが『リスキル』だ。
リスキル――リスポーン・キルの略でプレイヤーが復活した途端に、また倒される行為のことを指す。
エイトさんは終末世界で無限リスキル状態に陥っているのだ。
異世界ポイントは一度の死亡で5ポイントの減少、所持金の2割減少、所有アイテムのランダムな消失が発生する。
一度ならまだしも、何度も繰り返し死亡すれば、その損失は決して無視できないものになる。所有ポイントが少なかったり、希少なアイテムを持っていれば尚更だ。
「つまり俺が門番の注意を引き付けている間に、エイトさんがログインして、リスキル状態を解除。その後で共闘するって感じか」
「うん。現実でのログインのタイミングは事前に決めておけばいいし、終末世界からでもフレンドメッセージは送れる。リュウがメッセージを送ったら、私もすぐに入るよ」
「分かった。じゃあ、門番の情報を教えてくれ。事前に準備できることは全部済ませておこう」
「そうだね。まず門番は二種類。『終末の狙撃兵』と、『終末の魔導士』っていうモンスター。狙撃兵が3体、魔導士が1体居て、ソイツらを倒せばミッションクリア。場所は駅前の広場」
エイトさんは備え付けの引き出しから紙とペンを取り出すと、モンスターのイラストを描いてくれた。
「狙撃兵が討伐推奨LV45、魔導士が60。狙撃兵は警戒範囲に入った相手を問答無用で狙撃してくる。一撃の威力はすさまじいけど、一発撃てばCTが15秒発生する。だから石か何かを投げて、わざと撃たせてからその間に倒すのがコツかな。銃以外に攻撃手段はなかったから、接近戦なら確実に勝てるよ」
「なるほど」
簡単な駅前の広場の見取り図と、それぞれのモンスターの位置、警戒範囲も描いてくれた。
エイトさん、絵上手いな。
それに分かり易い。
「問題はもう一体の魔導士の方。こちらが警戒範囲に入るのと同時に、二十体近い高位屍鬼を全方位に召喚してくる。コイツらを全て倒さない限り、ネクロマンサー本体にはダメージを与えられない」
「……ダメージの肩代わりか?」
「知ってたんだ。うん、たぶん効果範囲はフィールド全体。しかも一定時間毎に同じ数を召喚してくるんだ。それに雑魚を倒すとデバフもばら撒くし。……雑魚敵とデバフ解除の処理が追い付かなくなって負けちゃったんだ。それに……多分、他にも何か切り札を持ってると思う」
呪術猿の上位互換みたいなモンスターだな。
「運悪く死んだ場所が、狙撃兵の警戒範囲でね。復活した瞬間に、撃たれて終わり。どうやら狙撃兵は一度倒しても、ログインするたびに復活するみたいなんだ」
なるほど、エイトさんがリスキル状態に陥った理由が分かった。
マップを見る限り、狙撃兵、魔導士、そして高位屍鬼の位置関係が絶妙だ。これを初見で対応するのはかなり難しいだろう。
EXステージ並みの難易度だな。
「私が死んだポイントはここ。だからここに居る狙撃兵さえ倒してくれれば、私もすぐに戦闘に参加できるよ」
「分かった。じゃあ、まずは最優先でソイツを片付けるよ。メッセージはすぐに送れるように事前に文字だけ打ち込んですぐに送れるようにする。後は俺とエイトさんのそれぞれのスキルとカードのすり合わせをしよう」
「うんっ」
事前にお互いの手の内が分かってれば、連携が格段に取りやすくなるからな。
エイトさんは、安心したように胸をなでおろした。
「よかった。正直、断られたらどうしようかなって思ってたんだ。ありがとね、リュウ」
「困った時はお互い様だよ。もし俺に何かあったら、今度はエイトさんが助けてくれればいい」
「勿論だよ。リュウのお願いなら、なんだって聞いてあげるさ」
ほう、今なんでもとおっしゃりましたか?
「……エイトさん、俺が言うのもなんだけど、そういう事、軽々しく言わない方が良いよ? 勘違いする奴とかいるだろうし」
8の時のエイトさんならまだしも、現実のエイトさんにそんなこと言われれば、勘違いする男は大勢いるだろう。
エイトさんはどこかいたずらっぽい笑みを浮かべる。
「ふーん、じゃあリュウは私にそういうことお願いしちゃうの?」
「……勘弁してくれ」
普通に捕まるから。
するとエイトさんは、つまらなさそうに唇を尖らせながら。
「むぅー、真面目だねリュウは。まあ、そういうところが好きなんだけどさ。じゃあ、連絡先教えてよ。詳しい話は後で。そろそろ面会時間終わりみたいだし」
「分かった」
……ん? 今、さらっと好きって言った? やめてよ、勘違いするじゃん。
連絡先を交換すると、病室にマネージャーらしき人が入ってきて、いくつかの約束事をさせられた。
といっても、ここにエイトさんが居ることを口外しないこととか、その程度だ。
普通に親切で、話の分かるマネージャーさんだった。
その後、普通に買い出しを済ませ、家に帰った。
夕飯の支度をしていると、早速エイトさんからのライ~ンが来た。
共闘についてのすり合わせについて。可愛いスタンプ付きで。
(……今更だけど、俺、トップアイドルと知り合いになったのか)
正直、全然実感がわかないな。
俺にとってエイトさんって現実よりも「8」のイメージが強すぎるし。
多少、ネットで調べてみたけど、エイトさんってマジで売れっ子だったんだな。
(くっ……でもやっぱり顔がみんな、割と同じに見える……!)
流石にエイトさんだけは区別つくようになったけど、他はハンコかってくらいみんな同じに見える。
髪型くらいしか違いなくない? 俺だけか?
世のアイドルファンの皆さんはどうやって見分けているのだろう?
そんなことを思いながら、共闘についての打ち合わせをしてゆく。
エイトさんのスキルやカードについて教えてもらい、俺も自分のスキルや雷蔵たちについて教えた。
『ねえ、リュウ。色々聞きたいことがあるけど、まず一つ良いかな? ――アヒルパンツってなに? なんでそんな装備があるの?』
……そんなん俺が聞きたいよ。
エイトさん見た目以外は、普通に常識人だよな。
いや、それを言ったら大河さんやノンノンデニッシュさんもそうか。
(あれ? よく考えると、俺の異世界ポイントの知り合いって、ひょっとして色物しかいなくない?)
……気のせいだな。きっとそうだ。
そんな感じで打ち合わせも終わり、時間も決まった。
共闘は今日の夜十一時。
丁度、小雨の『世界扉』が終わるタイミングだ。
「そんじゃあ、やるか」
終末世界でエイトさんを救出し、門番を倒す。
ミッションスタートだ。




