110.エイトさんからの提案
病院でサンサン・エイトさんのリアルと遭遇した。
エイトさん、女の子だった。普通に可愛い女の子だった。
そりゃそうだよな。流石に、現実でも「8」な訳はないか。
(……あれ? でも待てよ? 『世界扉』使えば、現実でも8になるのか?)
だからどうしたって話だけど。
ともかく、まさか本当に会えるとは思わなかった。
じっと見つめると、エイトさんは口元に笑みを浮かべる。
「ふふ、どうしたの、そんなに見つめて? まさかリアルの私に見惚れているのとか?」
「いや、ギャップが凄いなぁって……」
だって「8」だもの。
そういうと、エイトさんはちょっとむっとした表情になる。
「それを言うなら、リュウだってそうじゃん」
「……否定は出来ない」
だって乳首シールの変態パンツマンだもの。
いつだって泣きたくなる。
「でもさ、エイトの正体が私だって分かってびっくりしたでしょ? えへへ、リュウってラッキーだね?」
「まあ、そりゃな。むしろ、声だけで俺だって当てられたことの方がびっくりしたかな。凄い特技だな」
余程特徴的な声や、親しい間柄じゃなければ、声だけで人を判断するなんて難しい。
一度や、二度会った程度の相手の声をはっきり覚えているなんて驚嘆に値する。
しかし褒めたつもりが、エイトさんはぽかんとした表情になる。
「……あれ? ひょっとしてリュウって私のこと知らない感じ?」
「え?」
「あ、やっぱり。えー、マジかー。これでも結構売れてると思ってたんだけどなー」
「……?」
売れてる?
あれ? でも確かに言われてみれば、どうして俺はエイトさんのことをどこかで見たような気がしたんだ?
「むぅ、ついてきてっ」
「え? あ、ちょっ、引っ張るなよ」
エイトさんは俺の手を掴むと、そのまま歩き出した。
院内の廊下を歩き、エレベーターに乗って上の階へ向かう。
四階につくと、ある病室の前までやって来た。
(あれ、ここって……?)
確か『終末世界』でアイドルグッズが大量に置かれていた部屋だ。
かすれて読めなかった患者の名前も、はっきりと表示されている。
「油瀬碧馬……?」
「私の名前。入院するなら芸名じゃなく本名じゃないと駄目だもん」
芸名? 本名?
エイトさんは扉を開ける。
中には終末世界で見たのと同じアイドルグッズや花束が大量に置かれていた。
それらを前にして、エイトさんは自慢げに両手を広げる。
「どう? これで分かったでしょ?」
「ああ、エイトさんってABRマシマシが好きなんだな」
ズコッとエイトさんはずっこける。
「君さぁ! もうわざと言ってるでしょ? ほら! これ!」
エイトさんは棚に置かれた雑誌を手に取ると、ページをめくる。
見開きでメンバーが映ったページ。その中央でマイクを取るアイドルと自分を交互に指さした。
「……?」
「だ・か・ら! これ! これがわたし! なんでこれで気付かないの! 普通気付くでしょ! 脳みそおじいちゃんか!」
「あっ……あー! 言われてみれば確かに似てる! そっくりだ!」
「似てるんじゃなく本人だっつーの! 私がABRマシマシ29のセンター阿武羅瀬チャチャ本人です!」
「その……ごめん。正直、アイドルとか全然興味なくて……」
曲もサビ聞けば、なんとなく分かる程度だ。
そっか、エイトさんはアイドルだったのか。
どうりでどっかで見たことあるなと思った。
「リュウってホントに現代人? 自分で言うのもなんだけど、私けっこうテレビ出てるよ? ゴールデンタイムにレギュラー三本持ってるし、ミーチューブで配信とかもやってるんだけど?」
「……曲は、知ってる」
「曲名言える?」
「……曲名じゃなくサビとかなら」
「聞いてくれてありがとうございます。そっかー、マジで知らないのかー。ちょっとショック」
シュンと落ち込むエイトさんに、なんとも申し訳ない気持ちになる。
新聞とかニュースは割と見るんだけどな……。
でも、ほら、芸能人とかって街角ですれ違っても案外、気づかないもんじゃん?
余程のファンじゃない限り、分かんないと思うんだ。
すいません、ほんと。
「ま、それならそれでいいや。むしろ、なんかすごくリュウっぽくて安心したかも」
「そうか?」
「うん。私がアイドルって言った後でも、全然声が変わってないもの。えへへ、特別扱いされないのって久々だなー」
エイトさんは妙に上機嫌だ。
「あ、今更だけど、連れてきて大丈夫だった? 受付とか診察とかもう終わってる?」
「ああ、それなら問題ないよ」
だって仮病だし。
むしろエイトさんの方が大丈夫なのだろうか?
患者への面会って病院の許可が必要なはずだよな?
ましてや彼女は芸能人だ。一般人よりもプライバシーとかが厳重に守られてると思うんだけど……。
それに都心の方がもっといい病院はいくらでもあるのに、何故エイトさんはここに入院しているのだろうか?
「そっか。ならよかった。あ、そこ座って。もう少し話そうよ」
エイトさんはベッドに座る。
俺も促されて、横に置いてある椅子に座った。
(……近くないか?)
ベッドのすぐそばにある椅子だから仕方ないけど、ほぼエイトさんと向き合う形だ。
「リュウはさ、異世界ポイントのこと、誰かに話したことある?」
「え? ……いや、ないな。そもそも話しても意味ないだろ?」
異世界ポイントはプレイヤー以外には話せない。
正確には、誰かにこのアプリのことを話しても、他人には一切聞き取れず、どのような伝達手段であってもそれは不可能。
そう、ヘルプに記載されていた。
「そうなんだけどさ、試してみたくはなるじゃん。どこまでならセーフなのかなって。で、私さ全国ツアーのライブでファンの皆に異世界ポイントのこと言おうとしたら気絶しちゃったんだ」
「はぁ!?」
なにやってんだこの人。
そういえば、前にやってたニュースでライブ中に急に倒れたとか放送されてたけど、それが原因だったのか。
「運営からのペナルティなのか、体がずいぶん弱っちゃってね。回復にはまだまだ時間が掛かりそうなんだ。ゲーム内だと問題ないんだけどね。メンバーの皆やスタッフにも迷惑を掛けちゃったよ……」
心底申し訳なさそうな顔を浮かべるエイトさんに俺は絶句する。
同時に、異世界ポイントを他人に話すことに、そんなリスクがあるとは思わなかった。
「そんなわけで、この病院でリハビリ中ってわけ。リュウの地元だったのは意外だったよ。向こうで会った時は本当にびっくりしたんだから」
「確かにな」
終末世界でエイトさんに出会えた時は本当に嬉しかった。
だって「8」だもの。
それまでの重く苦しい雰囲気を全て吹き飛ばしてくれる圧倒的なヴィジュアルである。
「……でさ、リュウって『終末世界』どこまで進んだ?」
「え? どこまでって……あの後、一回やったから、マッピング0.6%までかな」
「私も同じだよ。それで……『門番』には会った?」
――門番。
あの黒い人影が言っていた存在か。
「いや、まだだ。エイトさんはまさかもうクリアしたのか?」
俺の質問にエイトさんは首を横に振る。
「一回、挑んだけど、手も足も出なかったよ。8だけじゃなく6や7も試したけど、無理だった。危うくミーちゃんとハッくんまで失うところだった……」
当時のことを思い出したのか、エイトさんの声は震えていた。
……あの、6や7も試したってなんですか? ひょっとしてエイトさん、8以外にもなれるの?
エイトさんは俺の手を掴む。
「リュウ、協力してくれないか? あの門番を倒すために、私と一緒に『終末世界』に行って欲しい。アイツを倒すために、君の力を貸してくれ」
上目づかいでこちらを見つめてくるエイトさん(リアルver)。
ちくしょう、8の時と違って破壊力が凄い。可愛いって得だな。
(にしても、このエイトさんが勝てないモンスターか……)
門番とは、いったいどんなモンスターなんだろうか?




