109.その再会は偶然か、それとも必然か
とりあえずナトゥリアとの会話がいつでも可能になったのはありがたい。
おかげで気になっていたことも、色々と質問することが出来た。
まあ、手放しで喜べないことも分かったけど。
(まさかあのモンスターがパルムール王墓の地下ダンジョンの主とは……)
正直、かなり意外だった。
でも確かに、ナトゥリアの言うスキルがあれば、ダンジョンに居ても外の情報を入手できるだろう。
会って話すのが楽しみでもあり、恐ろしくもあるな。
まあ、それはまだ先の話か。
「さて、次は新しく増設できる施設を確認すっか」
前回は『薬屋』と『武器屋』だった。
今回は何だろうか?
リストを確認すると、次に増設できる施設は『温泉』と表示された。
「温泉か……いいね」
必要なポイントは10ポイントだ。迷わず増設する。
すると宿泊場に併設する形で、温泉施設が出来上がった。
早速中を確認すると、開放感のある広い浴場が広がっていた。
日替わり風呂に、ジェットバス、水風呂、電気風呂、サウナまであるじゃないか。
ちゃんと脱衣所もあるし、マッサージチェアも置かれている。
男女も別だ、アメニティも充実している。
至れり尽くせりじゃないか。素晴らしい。
「でもこれ、どっからお湯引いてるんだろ……?」
まあ、その辺は考えても仕方ないか。
さっそく雷蔵たちと共に温泉を堪能させてもらった。
……夜空が一緒に入りたがっていたので、新月と満月に女湯の方に連れて行ってもらった。
今更だが、聖歌猿の新月と、射手猿の満月は雌だ。
重戦士猿の月光と騎士猿の月影は雄。
進化して体つきも、はっきりと分かれてきたし、男女別の方が良いだろう。
「はぁ~、気持ちいなぁ……」
「ウガォゥ……」
「きゅ~……」
「「ウキキ……」」
「ワォ~ン……」
てか、雲母も雌なんだが、まあ雲母なら別にいいか。
屍狼も風呂は全然抵抗がないようだ。
あと雪だるまはすぐに溶けた。悔しがってた。
ちなみに屍狼が進化した種族は『不死氷狼』というらしい。
カード化は出来ないから、ナトゥリアから種族名を教えてもらった。
今まで通り屍狼で呼んでるけど、そのうちコイツらにも名前つけてやらないとな。
いつまでも、屍狼とか骸骨騎士とかじゃ、アレだし。
「……ォァォ♪」
骸骨騎士は体を洗うのが楽しいようで、さっきからずっと洗い場で体を洗っている。
泡まみれの骸骨……なんともシュールな光景だ。
てか、アンデッド的に、体を洗うのはセーフなのだろうか?
見た感じ問題なさそうだけど……いや、ちょっと体透けてね?
「ア……アァ……ァァア……」
「うぉい!? ちょっと浄化されかけてるじゃねーか! もう止めろ! 今すぐ泡流せ!」
急いで骸骨騎士にお湯をぶっかけると体が元に戻った。
……ふぅ、こんなアホな事態で、消えるのは勘弁してくれ。
風呂から上がると、呪い人形が洗濯物みたいに干され、嘆きの亡霊はマッサージチェアをしていた。……幽霊なのに?
なんかコイツら、どんどん愉快な存在になっていくな。
まあ、いいけどさ。
「さて、一旦ログアウトするか……」
雷蔵や夜空にいくつかの指示を出し、俺は異世界ポイントからログアウトした。
――意識が覚醒する。
「ふぅ……」
体を軽く伸ばしてから、時間を確認する。
ログインしてから、およそ一時間ほどが経過していた。
「……また時間の流れが変わってるな」
ストーリーの進行度合いによって変わるってあったもんな。
もっとストーリーを進めれば、ほぼ現実と時間の流れが変わらなくなるのだろうか?
とはいえ、俺よりもずっと進んでる大河さんでも、そこまで大きな変化はないみたいだし、現時点ではそこまで危惧する必要はないか。
「……さて、夕飯の買い出しに行くか。あ、病院にも寄っていくか」
会社には病院に行くって言ってあるし、一応行った体にはしておこう。
ただ入るだけだし、個人病院より大きいところの方が良いか。
ここらで大きいところってなると、やっぱ市民病院かな。
終末世界でエイトさんのスタート地点だった場所だ。
小雨と出会った場所でもある。
(ひょっとしたらエイトさんのリアルに遭遇したりして……はは、なんてな)
流石に、それはないだろう。
いくらなんでも、偶然が過ぎるし。
俺は市民病院へと向かった。
――車を走らせること十数分。
市民病院へと到着した。
(現実だと本当にあっさりたどり着けるよなぁ……)
終末世界だと、ここに来るまでに、何度危険な橋を渡ったことか。
嘆きの白に殺されて、釈迦蜘蛛やら黒い巨人やら、瓦礫蟲やらのデッドゾーンを乗り越えて、ようやくここまでたどり着いた。
半壊していた外観も、当然ながら、現実では元通りだ。
正面の入り口から入ると、吹き抜けのロビーが目の前に広がり、人々で溢れかえっていた。
俺は適当に中を歩くと、ある物が目に入る。
(そういえば、あそこだったか)
ロビーの中にある一際大きな支柱。
ここに大量の卵塊が張り付き、その中でも一番大きな卵から小雨が生まれたのだ。
当然、それは終末世界での出来事であり、現実の支柱には何もこびりついておらず、ヒビも傷もない。
でも思わず手を添えてしまう。
(あの時は、エイトさんにも驚かされたな)
だって小雨の言ってることを、普通に理解してるんだもの。
あの人、本当に凄い。
「なんて言ってたっけか? 確か『相手の目と仕草と声音さえ分かれば、何を言いたいか、どんなことを訴えているかなど分かるだろう?』だったか」
思い出しても苦笑してしまう。
そんなん出来れば苦労はしないっての。
今でこそ、多少は小雨や他の奴らともコミュニケーションが取れるようになったが、まだまだエイトさんのレベルには遠く及ばない。
あの人、凄すぎる。
(さて、購買でパンでも買って帰るかな……ん?)
ふと、後ろから視線を感じた。
ポイント交換で、三回交換した身体機能の恩恵だろうな。
以前の俺なら、まったく気づけなかっただろうが、今は違う。
振り返ると、一人の少女がこちらを見ていた。
(……あれ? この子、どっかで見たことあるような……?)
どこだったか? 思い出せない。
山吹色のひし形ボブの髪。背はセイランよりも少し高いくらいだろうか。前髪をヘアピンで留め、入院患者の服を着ている。
その藍色の瞳が、じっとこちらを見つめていた。
少女はツカツカとこちらへ近づいてくる。
ただ歩いているだけなのに、その仕草は妙に堂に入っており、目が離せなかった。
まるで見る者を惹きつける不思議な魅力を放っているかのようだ。
「君は今、何故その柱を見ていたの?」
「え?」
「答えて。君は、今、何故その柱を見ていたの? 何故、そんな何かを懐かしむような笑みを浮かべていたの? それに、さっき君が呟いた台詞は誰が言ったもの? ねえ答えて」
「え、いや、ちょっと待ってくれ。君は誰だ? なんでそんなことを聞くんだ?」
俺が質問をした瞬間、少女の目が大きく見開かれた。
「ッ……その声、やっぱり君だったか。私は耳が良いんだ。それに一度、聞いた人の声は忘れないからさ」
「え?」
困惑する俺とは対照的に、少女はどこか見覚えのある笑みを浮かべる。
「まさかこっちでも君に会えるとは思わなかったよ――リュウ」
「……!」
リュウ――俺の異世界ポイントでのプレイヤー名。
少女はピンッと指を弾くと。
「ここでクイズです。3+3の答えはなんでしょーか?」
普通ならば誰でも「6」と答えるだろう。
だが、異世界ポイントを――いや、そのプレイヤーを知っている者ならば、違う数字を思い浮かべる。
その質問で、俺もようやく彼女が誰かを理解した。
理解して、思わず笑ってしまった。
まさか本当に会えるなんてな。
「答えは……8だろ? なあ、エイトさん」
「正解だよ、リュウ。こっちでは初めまして、だね」
その少女――サンサン・エイトさんは口元に手を添えて、嬉しそうに笑みを浮かべた。




