104.EXステージ6 その2
「ワォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!」
雄叫びと共に、ウェザー・フェンリルの周囲に冷気が発生し、晴れ渡っていた空は曇天へと変貌した。
吐く息が白く変わり、中庭の草木には霜が発生する。
これは凄まじいな。
ウェザー・フェンリル……その名の通り、天候を支配するモンスターってことか。
(……にしてもコイツ、どっから現れたんだ?)
明らかに今まで出てきたグランバルの森のモンスターと毛色が違う。
それに今までのEXステージは、殆どがメインストーリーと何かしらの繋がりがあった。
ゴブリンの襲撃の後に、狂鎧大猪の襲撃。
メイちゃんをシャドウ・スネイクから助けた後に、マザー・スネイクと戦い。
呪術猿を倒した後に、それが変異した屍狒々と戦った。
呪い人形たちは、まあイレギュラーなEXだと思うし除外。
ノンノンデニッシュさんのストーリーに絡んだモンスターか?
だとすれば俺の方に出現するのはおかしいか。
いや、考えるのは後だな。
「来るぞ!」
「ガルォォオオオオオオ!」
ウェザー・フェンリルの周囲を漂っていた冷気が巨大な氷柱へと変化。
俺たちへと向けられる。
「ゴァウ!」
「ウッキィ!」
雷蔵の雷撃と、夜空の火魔法・業火がこれを相殺する。
発生する水蒸気が視界を覆いつくす。
刹那、ウェザー・フェンリルが屋上から駆け出すのが見えた。
(蒸気に隠れて奇襲する気か!)
「密集!」
即座に後衛メンバーを前衛で囲い、周囲を警戒。
蒸気はすぐに晴れる。その前に攻撃が来るはずだ。
(マジックミラー!)
俺は自分の前方に防壁を展開する。
マジックミラーは透明な一枚の壁だ。相手からは見えない。
さて、どこから来るか……。
「ウッギィイ!」
水蒸気が揺らぐ。
すると月光が盾を構えた。ちっ、そっちか。
次の瞬間、蒸気の中からウェザー・フェンリル現れ、牙と盾が激突する。
事前に動きを察していたのか、月光は盾を斜めに構え、完璧に攻撃を防ぎ切った。
重戦士猿の名に恥じない堅牢っぷりである。
「ガロォ……!?」
奇襲を完璧に防がれて、困惑するウェザー・フェンリル。
すかさず、雷蔵と月影が追撃に出る。
「ウガォゥ!」
「ウッギイイ!」
「ッ……ワォンッ!」
分が悪いと判断したのか、ウェザー・フェンリルは即座に後退。
俺たちと距離を取る。
「よし! よくやった三人とも!」
俺は収納リストから『霊刻の月長石』を取り出す。
呪い人形、骸骨騎士、屍狼、嘆きの亡霊を召喚。
「骸骨騎士は前衛! 屍狼と呪い人形、側面から! 亡霊はセイランの護衛を!」
『了解』
「ワォンッ!」
「……ォォア」
『……■■■■■!』
眷属たちを召喚したことで、称号『嘆きの解放者』が発動。
眷属召喚中、俺のステータスは30%加算される。
『使用するスキルを二つ選んでください』
頭の中に響くアナウンス。
眷属のスキルを二つ、自由に選んで使用できる。
使うのはもちろん、このスキルだ。
「下級幽霊召喚と身代わり!」
五体の下級幽霊が俺の背後に現れる。
選んだのは『下級幽霊召喚』と『身代わり』。
自分が召喚したモンスターに、自分のダメージを肩代わりさせることが出来る。
「よし! 俺に続け!」
「ゴァォウ!」
「「ウッキィ!」」
「……ォォオオウ!」
俺と雷蔵、月光、月影、骸骨騎士が前に出る。
マジックミラーの効果は継続中だ。身代わりと合わせれば、どんな奇襲にも対応できる!
「ガルォォオオオオオオン!」
すると再びウェザー・フェンリルの周囲に冷気が発生。
それは瞬く間に周囲に波及し、猛吹雪を生み出した。
「ッ……視界が」
「さ、さむー」
「きゅ~……」
『……』
セイラン、雲母、小雨はかなり辛そうだ。
装備があっても、この吹雪はかなりきついな。
てか、ちょっと待て! 小雨が凍ってる!?
ぽてって地面に落ちて、市場に出荷される魚みたいになってる!
「まずい! 戻れ、小雨! 満月も!」
即座に小雨と射手猿の満月をカードに戻し、代わりに音楽猿を二体召喚。
小雨は……うん、生きてはいるな。状態が『凍結』になってるけど。
寒さに弱かったとは。
すまん、後で解除するからちょっと待っててくれ。
「新月、癒しの歌を! 音楽猿は新月に合わせてオーケストラ!」
「ラーーーーーーー♪」
「「ウッキキ♪ ウキキ♪ ウッキッキ~♪」」
聖歌猿の『憩いの歌』の効果によって、周囲の環境が一気に穏やかになる。
・憩いの歌 アクティブ
歌と共に敵のスキル効果を減少させる(120秒)
特殊な空間を作り出し、心と体を穏やかにする
CT120秒
・オーケストラ アクティブ
他の演奏スキルと組み合わせることで、指定したスキル効果を引き上げる
演奏人数に応じて効果は変動(最大180%)
指定できるスキルは音楽系に限られる
「わぁ、すごくあったかい」
「きゅ~♪」
オーケストラの効果は、1体につき+20%。
3体で演奏しているので、『憩いの歌』の効果は+60%まで上昇する。
吹雪は相殺され、徐々に穏やかな空間が押し返してゆく。
「視界も晴れたな。自分に有利なフィールドに変えたかったんだろうが、残念だったな」
「ガルルル……」
ウェザー・フェンリルは憎らし気にこちらを睨みつけてくる。
『――だ。なぜ――』
不意に、頭の中に声が響いた。
誰の声だ?
アナウンスや呪い人形とは違う、武人を思わせる巌のような声音。
『何故だ……それほどの力を持ちながら! 絶対に許さんぞ……貴様ら!』
「……この声、まさかウェザー・フェンリルの声か?」
コイツも呪い人形とかと同じ、念話での会話が可能なモンスターだったのか。
でも絶対に許さんって……。
なんでコイツ、そんなに怒ってるんだ?
心当たりがまるでないぞ?
「おい、この声はお前だよな! どうしてそんなに怒ってるんだ?」
するとウェザー・フェンリルの表情が更に険しくなった。
『どうして? どうしてだと? ふざけるな! そんなの……決まっている!』
怒りを具現化するかのように、奴の周囲の吹雪がより一層激しくなる。
くわっ! とウェザー・フェンリルの目が見開かれた。
『貴様らが、ダンジョンを開けっぱなしにしたまま、消えたからに決まってるだろうがあああああああああああ!』
「…………え?」
「……ウガァ?」
「……ウッキィ?」
あまりにも予想外の言葉に、俺も雷蔵も夜空もぽかんとなる。
……ダンジョン?
「ダンジョンってそこの噴水が入り口になってる隠しダンジョンのことか?」
『そうだ! 貴様ら、開けっ放しにしたまま消えただろう! ダンジョンの扉を開けたまま居なくなれば、中に居るモンスターが地上に溢れるだろうが! あれを見ろ!』
ウェザー・フェンリルは前足で遺跡の室内を指さす。
暗くて気付かなかったが、よく見れば、そこには氷漬けになった無数のモンスターが居た。
「あれって……まさか隠しダンジョンのモンスターか?」
『そうだ! いつまで経っても挑戦者が入ってこないから、不満が爆発した連中が表に出て行ったのだ! 俺様が凍らせなければ、今頃森は大惨事だ!』
「あ、ありがとうございます……?」
『そもそもせっかく隠しダンジョンの扉を開けておいて、挑戦しないとは何事か! あまつさえ、開けっ放しで帰るとはこの不調法者が!』
「あ、いや、その……はい、すいません」
なんてこった。
ウェザー・フェンリルさんのお怒りの原因、自分の戸締りの不注意が原因だった。
確かにグランバルの王鍵でダンジョンの扉を開けた後、流れるようにノンノンデニッシュさんとの戦闘に移行したから、すっかり頭から抜けてたけど……。
いやぁ、ちゃんと繋がってたわストーリーと。見逃してたわ。
「いや、でもそういうのって自動で閉まるものじゃ……」
『そんなわけがあるか! 開けたら入る! 入らないなら閉じる! 常識だろうが!』
「お、仰る通りです……」
どうしよう……ウェザー・フェンリルさんのお言葉が正論過ぎて、俺は何も言い返せなかった。




