101.変態は強い。常識である
混乱する俺たちを正気に戻したのは、セイランの声だった。
「りゅーう、なになに? そっちになにが――」
「ッ……!」
刹那、俺たちの動きは見事だったと思う。
まず雷蔵がセイランの目と耳を塞いだ。
俺たちの後ろに控えていたおかげで、彼女はあの光景を見ずに済んでいたのだ。
次いで俺が彼女をカード化し、バインダーにセット。
この間、僅か0.5秒。
そんな俺たちの想いは限界を超えた奇跡を生み出した。
「……セイランは見てないよな?」
「ウガゥ」
よしっ。
俺と雷蔵は某国民的人気バスケット漫画のようにハイタッチをした。
あんな光景、セイランに見せるわけにはいかないからな。
(……お前は向こうに行け)
(ウキキ)
セイランの代わりに呼び出した音楽猿に指示を出す。
するとノンノンデニッシュさんと女騎士の視線がこちらに向けられた。
「そこに居るのは誰だ!」
「何? ……誰かいるのか? 出てこい!」
ノンノンデニッシュさんはシュルシュルと縄を解き、着地。
……それ自前でほどけるんだ。
(……雲母はマントの中に隠れてろ。雷蔵たちはパターンDで)
(きゅー)
(ウガゥ)
雷蔵たちに指示を出し、俺は中庭に姿を見せた。
その瞬間、女騎士――シュリアさんが鞭を捨てて剣を抜く。
「なっ……き、貴様、何者だ! なんて怪しい男だ……名を名乗れ!」
「リュウだ! ここには探し物があって来た! 敵意はない」
「嘘をつくな! そんな恰好をしている奴の言うことなど信じられるか!」
……ですよね。
だってパンイチ、乳首シールの星眼鏡の変態野郎だもの。
人としての尊厳、信用度は皆無である。
しかし敵意剥き出しのシュリアさんとは対照的に、ノンノンデニッシュさんは鋭い目つきでこちらを見つめてくる。
いや、改めてみれば向こうも凄い格好だな。
ブリーフ一丁のおっさんだもの。
なんだこの空間は。
三人のうち、二人がパンイチという変態空間じゃないか。
「リュウ、と言ったか。君は……プレイヤーだな」
「ああ。そういうアンタもプレイヤーだろ?」
「勿論。俺たちは君を待っていた」
「俺を……?」
ノンノンデニッシュさんは、己の後ろにあった噴水の跡地を指さす。
「君の言う探し物ってのは、たぶんこれだろう? グランバルの森の隠しダンジョン。ここがその入口だ」
「ッ……!」
すると、突然収納リストから『グランバルの王鍵』が現れた。
魔女さんとの飲み会で手に入れた隠しダンジョンの鍵だ。
『グランバルの王鍵』が光り輝くと、それに呼応するように、噴水の跡地が光り輝く。
ゴゴゴゴゴという音と共に噴水が割れ、地下へ続く階段が出現した。
『隠しダンジョンの入り口を発見しました』
『サブクエストをクリアしました』
『メインストーリーが解放されます』
『このままメインストーリーへと移行します』
立て続けに鳴り響くアナウンス。
このままメインストーリーへ移行、か。
呪術猿の時と同じパターンだな。
あの時も、サブクエスト、メインストーリー、EXが連続して進行した。
『メインストーリー5 『PVP』
クリア条件 ノンノンデニッシュの撃破
敗北条件 シュリアが特定ポイントまでたどり着く
成功報酬 ポイント+60、虹の鉱石、5,000イェン』
「ッ……」
提示されたその条件に俺は目を疑った。
いや、イベントムービーの時からある程度予想はしていたけど、まさか本当にプレイヤーとの対戦とは。
敗北条件の特定ポイントってのはどこだ?
フィールドマップを確認すると、マップの右上に赤い三角のアイコンがあった。
おそらくはここのことだろう。
(しかし、ノンノンデニッシュさんの言動……まるでこっちの目的を知っているかのような……)
やはり向こうにも何かしらのイベントムービーが流れていたのか?
もしくは別の理由?
「相手に隠しダンジョンを発見させる。こちらの条件も、これでクリア……。シュリア、お前は例の場所へ向かえ。彼の相手は俺がする」
「ッ……分かった」
ノンノンデニッシュさんが前に出ると同時に、シュリアさんが後ろへ駆け出す。
フィールドマップに表示された場所へ向かうつもりか。
なるほどな。俺のサブクエストが『ダンジョンを発見する』だったように、向こうの条件が『俺にダンジョンを発見させる』だったのか。
「ちっ――」
「『視線集中』!」
俺がシュリアさんに向けて発砲しようとしたその刹那、ノンノンデニッシュさんが腕を上げて、足をクロスさせるようなポーズをとった。
「ッ!?」
その瞬間、俺の視線がノンノンデニッシュさんへと向けられた。
そう、ブリーフ一丁の禿げた小太りのおっさんのグラビアポーズへと。
な、なんて気持ち悪さだ。吐き気がこみ上げてくる。
(ぐぅぅ、見たくもないのに目を逸らせない。スキル効果か……)
しかも俺の『催眠』や『脱衣』同様、デバフ扱いじゃない特殊スキル。
デバフなら称号効果で無効化されてるはずだ。
無駄に厄介な。
「……うん?」
一方で、ノンノンデニッシュさんもこちらを警戒するように見つめてくる。
ポーズが変わった。
胸を寄せた前かがみ。
やめろ、上目遣いになるな、気持ち悪い!
「……ふむ、変化なし。やはりデバフ対策はしているか……ならば!」
ノンノンデニッシュさんはポーズを解くと同時に、こちらへ向かって走り出した。
なっ――早い!
一瞬で距離を詰められる。
「ほぁああ!」
突き出された拳。
その拳はピンク色の闘気のようなもの纏っていた。
(――これ、食らったら絶対にマズイ!)
本能が警鐘を鳴らす。
武器を使わず、素手で攻撃してくるなんて、絶対に危ないに決まってる!
俺は即座にバックステップで回避。
ノンノンデニッシュさんの拳が空を切る。
「まだまだ!」
「ちっ!」
再び距離を詰めようとするノンノンデニッシュさんに対し、俺はサブマシンガンを発砲。
弾幕で相手の動きを牽制しようとした。
しかし――。
「なっ――!?」
「ふんぬぅああああああああああ!」
なんとノンノンデニッシュさんはそのまま突っ込んできたのである。
弾丸がまるで効いていない!?
いや、よく見れば、体がローションのような粘液で覆われていた。
銃弾がローションで弾かれているのだ。
そんなのあり!?
(しかも動きも、さっきよりも早い!)
ノンノンデニッシュさんの動きが更に早くなっていた。
まさか足元のローションで滑るように移動しているのか!
ぶるん、ぶるんと揺れる肉! 汚い! 圧倒的に汚い! 絵面が!
「ローションを纏えば動きは三倍! そんなの常識だ! ほりゃぁああ!」
「そんな常識、知るかあああああああ!」
初めて知ったわ!
ノンノンデニッシュさんはそのまま全身をドリルのように回転させこちらに突っ込んでくる。エドモン〇本田かよ!
(くっ――時間停止!)
これは避けられない。
そう判断した俺は『時間停止』を発動させた。
その瞬間、世界が静止する。
「ふぅ……危なかった」
ノンノンデニッシュさんもしっかりと停止していた。
俺は『霊刻の月長石』を収納リストから取り出し、屍狼を召喚する。
犬に時間停止は効かないからな。
屍狼はこの時間停止の空間の中で、俺以外で唯一動ける仲間だ。
「お前はシュリアさんを追ってくれ。雷蔵たちはパターンDで動いてるから、遠吠えでCに変更するように伝えて」
「ワォンッ!」
屍狼に指示を出すと、武器をソウルイーターへ変更。
プレイヤー相手にこれを試すのは初めてだが仕方あるまい。
「――『魂魄斬り』」
静止した世界で、ノンノンデニッシュさんの体をソウルイーターで斬りつける。
そのまま距離を取り、スキルを解除する。
――静止時間8秒。そして時は動き出す。
「――ぐはぁ!?」
時が動き出した世界で、ノンノンデニッシュさんが血を吐いて倒れた。
魂を斬られたことで、肉体も相応にダメージを受けたようだ。
……時間停止、チート過ぎる。
「ぐっ……これは……」
ノンノンデニッシュさんは自分の身に何が起きたのか、理解すら出来ないだろう。
斬られた部分に浮かぶ黒い痣をじっと見つめている。
「一瞬で逆転……いや、これはまさか時を止めたのか? そんなスキルがあるとは……」
おいおい、この人、一発で『時間停止』に気付いたのかよ。
見た目とは裏腹に、とんでもない分析力だ。
だがもう手遅れだ。
時間停止への対抗手段がなければ、勝ち目は皆無。
「降参してくれないか? もう勝負はついただろ?」
こちらの勝利条件はノンノンデニッシュさんを倒すこと。
だが、相手が負けを認めれば、おそらくは勝利条件は変更になるはずだ。
これには前例があるし、今回も例外ではないはず。
だがノンノンデニッシュさんは口元の血をぬぐうと、好戦的な笑みを浮かべた。
「ふふ、勝負はついた? 何を言っている? 勝負はこれからさ。ハァァァアアアアアアア!」
「なん、だと……?」
なんとノンノンデニッシュさんの体から、先ほどの数倍のピンク色のオーラがあふれ出したのだ。
更に飛び散ったローションが周囲に浮かび上がり、なんか無駄にカッコいい感じになってる。
「俺の……私の職業『ドМ豚野郎』はダメージを受ければ受けるほどステータスが爆発的に上がる! いい痛みをありがとう! おかげで私の力は更に上がった!」
職業『ドМ豚野郎』だと……?
まさか俺以外にも、そんな人としての尊厳を失うような職業を選んだプレイヤーが居るなんて。
ノンノンデニッシュさん、なんて男だ……。
いや、というかダメージを受けるほどにステータスを上げるだと?
じゃあ、まさか最初にシュリアさんに鞭で打たれていたのも、ステータスを上げるための仕込みか。
先ほどの分析力といい、見た目とは裏腹に、この人、かなりの戦略家だ。
「負けられない……私は絶対に負けられないんだ。愛する我が子のために……息子の病気を治すためにも、この勝負、負けるわけにはいかない!」
「ッ……!」
「ウォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
凄まじい気迫と共に、ノンノンデニッシュさんが再び突っ込んできた。




