表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

さまざまな短編集

雷槍の兄弟〜長板波の誓い〜

作者: 仲村千夏

建安十三年、春。曹操二十万の大軍に新野を追われた劉備軍は、民を伴い長坂坡を南へ敗走していた。


混乱の只中、ひときわ目を引く武将がいた。白銀の鎧、黒馬を駆るその男は、敵兵の波を雷の如く突き破っていく。


「道を開けぬ者、我が雷槍が貫く!」


その男、趙嘉ちょう・か。趙雲子龍の実兄にして、劉備に仕える寡黙な槍の使い手。

背には輿。中には劉備の嫡子・阿斗と呉夫人がいる。


追撃の曹操軍が迫る中、趙嘉は無言で進路を切り開いていた。そこへ、別の方向から馬を駆る者が現れる。


「兄上!」


血に濡れた鎧のまま駆けつけたのは弟・趙雲だった。


「阿斗様は!?」


「ここにいる。だが、このままでは逃げ切れん」


「ならば俺が囮になります。兄上は川へ――!」


「……分かった。だが必ず生きて戻れ」


兄弟の視線が交わる。言葉は少なくとも、信頼は深かった。


趙雲は馬首を返し、後方から迫る追撃兵へと突撃していった。



輿を守りつつ川を目指す趙嘉の前に、一騎の将が立ちはだかる。


「趙嘉か。子龍の兄ならば、俺が討つに相応しい」


現れたのは曹操親衛隊の将――夏侯恩。

その手に握られた剣は、曹操より預かった名剣・倚天剣であった。


「貴様を斬り、子龍も討つ。それが我が勲とする」


「貴様を斬らずとも、俺は渡る。邪魔なら斬るまでだ」


無駄なく構えられた趙嘉の槍と、鋭く抜かれた夏侯恩の剣が、次の瞬間激突する。


火花が散り、土煙が舞う。

剣と槍が十合を超えて交錯し、互いの武の重さが戦場に轟いた。


「見事な腕前だ……だが――!」


倚天剣が風を切り、趙嘉の肩をかすめる。しかし彼は怯まず、力を込めて槍を突き出す。


「雷槍――貫!」


雷鳴のような気迫と共に放たれた一撃が、夏侯恩の胸を打ち抜いた。


「くっ……! こやつ……!」


呻き声と共に、夏侯恩は落馬。趙嘉は振り返らず、すぐに輿を再び背負い直し、川岸へと馬を走らせる。



川面を照らす夕日が、血と汗に濡れた顔を赤く染めていた。


背後では、趙雲が追手を翻弄し、なお戦っている。


「子龍、行くぞ!」


「兄上、無事か!」


「お前もな」


阿斗を抱きかかえ、兄弟は馬を並べて川を渡る。冷たい水が甲冑の中に染みるも、背負った命の重さが二人を進ませた。


長坂坡の地に残されたのは、倒れた敵兵と、雷鳴のように響いた兄弟の名声だけだった。


その夜、劉備は無事戻った二人を見て涙を流し、こう言った。


「趙雲は命を捨てて子を救い、趙嘉は雷を裂いて道を拓いた。我が恩人にして、兄弟の誉れなり!」


趙嘉は静かに微笑み、ただ一言、弟に囁いた。


「まだ終わりじゃない。俺たちの戦は、これからだ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ