バス停留所の不審者
とある村の小さなバス停留所には不審者がいる。
停留所のベンチに座っているのに、誰かが現れると慌ててどこかへ逃げ出す。
そして、バスに乗って人が居なくなるとまた戻ってきてベンチに座る。
そんな様子だから通報を受けて警察がやってきた。
しかし、警察の姿を見た途端にすたこらと走って逃げ去ってしまう。
当然、警察はその姿を追ったが奇妙なことに確かに隠れたはずの物陰には誰もいない。
人々は気味悪がりそのバス停留所をなるべく使わないようにした。
そのせいでバスはその停留所を素通りすることが多くなった。
その結果、件の不審者はほっとしたのかベンチに座っている姿をよく見かける。
いつの時代も悪戯好きの男子という者は居るもので、村の中学生達が何人か集まりあの不審者を捕まえようと言い出した。
しかし、警察でも捕まえられなかった相手だ。
そこで彼らはバス停留所を四方から囲み、不審者がどこに逃げても捕まえられるようにした。
さて、それでどうなったか。
中学生達は不審者を捕まえることは出来なかった。
確かに追い込んだと思ったのだが、そこに待機していた中学生は何も見ていないというのだ。
それでも彼らは念入りに探してみると奇妙なものを見つけた。
それは土に埋まり折れてしまった赤い木材の破片。
一体、何だろうと彼らは首を傾げていたが、その内の一人がふと思いついて村の図書館に走った。
そこで古い地図を持ち出し、調べてみたところ……。
「あぁ、やっぱり」
翌日。
彼らはバス停留所に向かい、逃げていった不審者を尻目にプラスチックパックに入れた稲荷寿司を置いていった。
そして、その日はそれ以上はもう何もしなかった。
翌々日。
空っぽになった稲荷寿司の入っていたプラスチックパックに手紙が一枚入っていた。
『ありがとう』
たった一言の短い手紙。
中学生達はにんまりと笑い、またお供えをしていった。
それから随分と月日が経って、そのバス停留所には相変わらず不審者がいる。
誰かの姿を見ると相変わらず、すたこら逃げていく。
しかし、もう人々はあの不審者を恐れない。
それどころか、かつての中学生のようにお供えをしていく者もいる。
そうすると翌日には必ず手紙が一枚置かれているのだ。
『ありがとう』
かつての悪戯中学生にして、今ではベテランバス運転手の男が笑いながら語る。
「あいつは恥ずかしがり屋なんだ。だから、俺らだって話したことはないよ」
そう言って、彼は今日も仕事終わりにバス停に行く。
その姿を見て不審者はすたこらと逃げ去っていく。
「これが物語なら人間の交流とかもあったんだろうがね。残念ながら未だにそういうことは全くないし、きっとこれからもそういうことはないだろうさ」
そう言いながらバス停に置かれていた一枚の手紙を拾い上げる。
「何せ、自分の社を壊されちまったんだ。あいつはもう何も出来ねえよ。恩を返すことも、恨みを果たすこともな」
男はそう言うと今日も今日とて稲荷寿司を置いていく。
「だけどもまぁ、今日も事故なく一日が終わったこと。それをあいつのお陰だと思うのも良いかもしれねえな」
未だ、不審者と称されるバス停に居る存在。
その正体は今も分かっていないけれど、会いに行ける怪異としてこの村の名所として知られている。
その事を、当の怪異はどう思っているかまでは誰も知らない。