7話:文化祭の嵐、巨大企業の波紋
文化祭まであと二週間。校内は活気に満ち溢れ、準備に追われる生徒たちの熱気でムンムンしていた。教室の窓から見える校庭の木々は、秋の深まりを告げるように色づき始めている。健太のクラスでは、「異常気象と未来の技術」というテーマのもと、ジオテック社の展示コーナーを中心に準備が進められていた。巨大ジェンガのことは、今では遠い昔の出来事のように感じられた。
健太は、ジオテック社の展示コーナーを担当することになり、資料集めに奔走していた。しかし、現時点で手に入るのは、企業のウェブサイトやパンフレット、ニュース記事など、一般公開されている情報に限られていた。図書室に通い詰め、インターネットで情報を検索し、過去のニュース記事や論文、企業のウェブサイトなどを隈なくチェックした。
調べれば調べるほど、ジオテック社は想像以上に巨大な企業であることが分かった。本社をアメリカ・シリコンバレーに置く多国籍企業であり、創業者の故・ロバート・ジョンソンが一代で築き上げた企業は、現在のCEO、マイケル・ウォーカーに引き継がれ、更なる成長を遂げていた。地盤改良技術を核に成長を続け、近年では災害復旧事業やインフラ整備、そして近年では気象変動対策事業にも積極的に進出している。特に、大規模な自然災害が発生するたびに、ジオテック社の名前はニュースで大きく取り上げられ、その業績も飛躍的に向上している。しかし、それはあくまで表向きの情報であり、健太が抱く疑念を裏付けるような事実は何も見つからなかった。
健太は、ジオテック社のウェブサイトに掲載されていた、マイケル・ウォーカーCEOのインタビュー記事を何度も読み返していた。記事には、ウォーカーCEOの力強い言葉が並んでいた。
「ジオテックは、『自然との調和』を企業理念に掲げ、創業以来、地球環境と共存する技術革新に挑戦し続けてきました。近年、地球規模で気候変動が深刻化し、自然災害が頻発する中で、我々の技術が果たすべき役割はますます大きくなっています。災害復旧はもちろんのこと、災害に強いインフラ構築、そして持続可能な地球の未来に貢献していくことこそ、我々の使命だと考えています。」
記事には、驚くべき数字も掲載されていた。ジオテック社の昨年度の売上高は、なんと1兆2000億円を超えているという。創業から数十年で、これほどの規模に成長した企業は、他に類を見ないと言っても過言ではない。まさに、巨大企業と言えるだろう。
インタビューの中で、ウォーカーCEOは今後の展望についても語っていた。
「今後は、気象予測技術、そして気象変動自体を緩和する技術開発にも力を入れていきたいと考えています。気象変動の予測精度を高め、災害を未然に防ぐことができれば、多くの人命を救うことができる。そして、最終的には、気象変動そのものをコントロールし、より安定した気候環境を実現することが、我々ジオテックの目指す究極の目標です。」
ウォーカーCEOは、力強く語っていた。その言葉には、確固たる自信と、人類の未来に対する強い責任感が込められているように感じられた。しかし、健太は、その言葉の裏に何か隠されているのではないか、という疑念を拭い去ることができなかった。あまりにも完璧すぎる理念、巨額の売上高、そして気象コントロールという壮大な目標。すべてが、健太にとって、どこか不自然に感じられた。
放課後、健太は図書室で集めた資料を整理していると、雫がやってきた。最近、放課後、健太は雫とよく一緒に過ごすようになっていた。それは、健太にとって、心地よい時間だった。
「健太、お疲れ様。進捗どう?」
雫は、にこやかに健太に声をかけた。
「ああ、資料は一通り集めてみたんだけど…どれも一般的な情報ばかりで、あんまり深いところまでは分からないんだ。ジオテックのCEOインタビューとかも読んだけど、綺麗なことしか書いてないし…売上高が1兆円超えてるって書いてあって、改めてその巨大さに驚いたんだけど、同時に、何か引っかかるんだ…」
健太は、少し肩を落として答えた。
「そうか…でも、ジオテックって本当に大きな会社だし、内部の情報なんて簡単には手に入らないんじゃない?それに、CEOのインタビュー記事に嘘が書いてあるなんて、考えにくいし…」
雫は、健太の様子を見て、少し心配そうに言った。
「…まあ、そうだよね。でも、気になるんだ。ジオテックって、確かに災害復旧とかで活躍してるけど、なんか、それだけじゃない気がするんだ。特に、あのCEOの言葉…『気象予測技術、そして気象変動自体を緩和する技術開発にも力を入れていきたい』って言ってたけど、それって、もしかしたら…気象をコントロールする技術のことなんじゃないかって…もし本当にそんなことが可能なら、自然の摂理に反するような、恐ろしいことが起こるかもしれない…」
健太は、自分の疑念を雫に打ち明けた。具体的な証拠は何もない。ただ、漠然とした違和感を感じているだけだった。
「うーん…でも、健太のお父さんの知り合いに、ジャーナリストの人がいるって言ってたよね?そういう人に話を聞いてみたら、何か分かるかもしれないよ?」
雫は、以前健太が話していたことを思い出し、提案した。
「ああ、そうだった!でも、まだそこまで大袈裟に動く段階じゃないと思うんだ。もう少し自分で調べてみて、どうしても分からなかったら、その時に相談してみるよ」
健太は、そう言って微笑んだ。雫の気遣いが嬉しかった。
その日の帰り道、健太は雫と一緒に帰った。夕焼け空の下、他愛のない会話をしながら歩く時間は、健太にとって心地よかった。途中、雫はコンビニに寄り道すると言い、健太は一人で先に帰ることにした。
一人で歩いていると、健太はふと、最近雫と話す機会が増えたことを思い返していた。以前はほとんど話すことのなかった雫と、今では色々な話をするようになり、まるで親友のような関係になっていた。健太は、そんな雫の存在に、心の支えを感じていた。
その時、背後から声をかけられた。振り返ると、エミリーが立っていた。
「健太、一緒に帰らない?」
エミリーは、にこやかに微笑んでいた。健太は、驚きながらも、頷いた。エミリーと二人で並んで歩くのは、これが初めてだった。
他愛のない話をしているうちに、いつの間にか二人は駅に着いていた。
「今日はありがとう」
別れ際、エミリーはそう言って微笑んだ。その笑顔は、夕焼けに照らされて、とても美しかった。健太は、ドキドキしながら、エミリーを見送った。
一方、雫はコンビニで買い物を済ませ、家に帰ると、父親に電話をかけた。
「もしもし、お父さん?ちょっと聞きたいことがあるんだけど…」
雫は、父親に、健太の父親の会社とジオテック社の取引について尋ねた。
「そうだな…確かに、ジオテックとは取引がある。機械部品の納入をしているはずだ。それがどうかしたのか?」
父親は、少し訝しげに答えた。
「実は…健太が、文化祭でジオテックのことを調べてるんだけど、何か資料とか、手に入らないかなと思って…」
雫は、父親に事情を説明した。
「うむ…ジオテックの資料か…取引先との情報共有は厳しく管理されているからな…簡単には手に入らないと思うが…まあ、少し調べてみよう。何か分かったら、また連絡する」
父親は、そう言って電話を切った。雫は、少し不安そうな表情で、窓の外を見つめた。
その夜、健太は自分の部屋で、ジオテック社の資料を整理していた。すると、以前雫と話していたことを思い出した。
「そういえば、健太のお父さんの会社と、うちの父の会社って、取引があるって言ってたよね?」
健太は、雫の言葉を反芻していた。そして、ふと、ある可能性に気づいた。
「もしかしたら、雫のお父さんに頼んでみたら、ジオテックの内部資料とか、何か手に入るかもしれない…」
健太は、そう思い、雫にメールを送った。
「もしよかったら、お父さんに、ジオテックの資料について聞いてみてもらえないかな?もし何か分かったら、教えてほしい」
メールを送信した後、健太は、期待と不安が入り混じった複雑な気持ちで眠りについた。
翌日、学校に着くと、雫が駆け寄ってきた。
「健太!お父さんから連絡があった!」
雫は、興奮した様子で言った。
「それで…何か分かったの?」
健太は、ドキドキしながら尋ねた。
「うん!お父さんの会社とジオテックは、確かに取引があるみたい。でも、直接の取引じゃなくて、間に別の会社が入ってるみたいなんだ。だから、直接ジオテックの内部資料を手に入れるのは、ちょっと難しいみたい…」
雫は、少し残念そうに言った。
「そうか…でも、教えてくれてありがとう。十分だよ」
健太は、雫の気持ちを汲み、そう答えた。
「でもね、お父さんが、その間の会社の人に、ジオテックについて何か知ってるか聞いてくれるって言ったんだ!もしかしたら、何か情報が手に入るかもしれない!」
雫は、希望を込めて言った。
「本当?それはすごい!ありがとう、雫!」
健太は、雫の協力に心から感謝した。
その日の昼休み、健太は屋上で一人、ジオテックの資料を読んでいた。すると、エミリーが屋上にやってきた。
「こんなところで何してるの?」
エミリーは、健太に声をかけた。
「ああ、ちょっと資料を読んでて…」
健太は、少し慌てて資料を鞄にしまった。
「ジオテックの?文化祭の準備、大変そうだね」
エミリーは、健太の隣に座った。
「まあね…でも、なかなか深い情報までは手に入らなくて…」
健太は、正直に答えた。
「そうなんだ…でも、健太ならきっと、何か見つけると思うよ。頑張ってね」
エミリーは、健太を見つめて微笑んだ。その笑顔に、健太はドキッとした。
その日から、健太とエミリーは、以前より話をするようになった。エミリーは、明るく、誰に対しても分け隔てなく接する、とても魅力的な女の子だった。健太は、エミリーと話をしていると、心が安らいだ。