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繰り返す世界と最後の48時間  作者: アスカ・ヴィヴィディア
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2話:繰り返される朝、かすかな違和感と攻略フラグ

暗闇から意識が浮上する。瞼が重い。まるで、分厚いビロードのカーテンの向こうに、ぼんやりとした光を感じているかのようだ。全身の倦怠感は、昨日の、いや、つい先ほどまで経験していた激痛を微かに記憶しているせいだろうか。まるで、身体の奥底に、鉛の重りが沈んでいるようだ。


(……ここは……どこだ……?)


思考がゆっくりと回転を始める。ここは見慣れた天井。薄汚れた壁紙。子供の頃に貼った、剥がれかけの、お気に入りのロボットアニメのシール。間違いない、自分の部屋だ。窓から差し込む光の角度、部屋に漂う埃の匂い、全てが記憶と一致する。


(……また……朝……?)


健太はゆっくりと目を開けた。窓の外は、まだ薄暗い。朝焼け前の、深い群青色の空が、静かに広がっている。遠くで、小鳥たちの優しいさえずりが微かに聞こえる。その音は、まるで子守唄のように、健太の耳に心地よく響いた。


「……夢……じゃない……のか……?」


健太は小さく呟いた。全身を襲う倦怠感と、頭の奥に残る鈍い痛み、そして何よりも、心の中に深く刻まれた、あのトラックの轟音と衝撃。それらは、夢で済ませられるものではない。だが、同時に、昨日の出来事が現実だったとは、どうしても思えない。まるで、悪夢から目覚めたものの、その余韻が身体に残っているような、奇妙な感覚。


その時、聞き慣れた、甘えた声が部屋に響いた。


「お兄ちゃん、朝だよー!いつまで寝てるの?太陽がお尻を焼いちゃうよ!早く起きないと、また寝坊助ってクラスで言われちゃうよ!」


ドアが開く音と共に、甘い、甘い香りが部屋に流れ込んできた。焼きたての、メープルシロップがたっぷりかかったパンケーキの、食欲をそそる、甘く香ばしい香り。健太の胃袋が、小さく鳴った。


ドアの向こうには、妹の愛花が立っていた。薄いピンク色の、可愛らしいクマのパジャマ姿の愛花は、昨日、いや、ついさっき見た姿と全く同じだった。少し跳ねた、艶やかな栗色の髪、キラキラと輝く大きな瞳、手に持った、湯気を立てるお盆。全てが、寸分違わぬ光景。まるで、時間が巻き戻されたかのように。


「おはよう、愛花……」


健太はできるだけ自然に、そう言った。動揺を悟られないように、努めて平静を装った。心臓が、ドクドクと、少し早くなっているのを感じる。


「おはよう、お兄ちゃん!今日は大事な日なんだから、早く起きて!ほら、朝ご飯だよ!今日は特別に、愛花特製スペシャルパンケーキだよ!」


愛花はにっこりと、天使のような笑顔で微笑み、お盆を部屋のテーブルに置いた。その笑顔は、昨日、いや、ついさっきと同じように、無邪気で可愛らしい。まるで、健太を誘惑する、ゲームのヒロインのようだ。


(……この流れ……昨日と……いや、ついさっきと……完全に同じ……!)


健太は心の中で呟いた。このデジャヴ感は、尋常ではない。まるで、ゲームのセーブデータからロードしたかのように、全てが同じだ。


朝食の、ふわふわのパンケーキを食べながら、健太は奇妙な感覚に囚われていた。まるで、自分がゲームの主人公になったかのような、非現実的な感覚。この光景を、過去に何度も経験しているような、奇妙な既視感。


(……気のせい……か……?いや……そんなはずは……)


健太はそう思い込もうとした。しかし、心の奥底では、何かが違う、と感じていた。まるで、プログラムされたシナリオを、もう一度なぞっているような、奇妙な違和感。


食事が終わり、制服に着替えた健太は、家を出た。玄関で愛花に見送られ、昨日、いや、ついさっきと同じように、少し照れくさく手を振った。


「いってらっしゃい、お兄ちゃん!今日の練習試合、頑張ってね!愛花、応援してるよ!」


愛花の応援は、まるでゲームのヒロインからの応援メッセージのようだ。健太は、少しだけ、勇気づけられた気がした。


通学路を歩き始めると、やはり、前方から見慣れた、魅力的な後ろ姿が見えた。風になびく、艶やかな黒髪。すらりとした、美しいシルエット。水瀬 雫。


(……また、会える……このループが、ただの偶然や悪夢ではないとしたら、雫との出会いは、この中で、何か重要な意味を持っているのかもしれない……もしかしたら……攻略対象……?)


健太はそう思った。この繰り返しが、ただの偶然ではないとしたら、雫との出会いは、この中で、何か意味を持っているのかもしれない。まるで、恋愛ゲームのヒロインとの出会いのように。


健太は昨日、いや、ついさっきと同じように、雫に追いつこうと歩幅を大きくした。


「おはよう、水瀬さん」


雫の隣に並び、声をかけると、彼女は昨日、いや、ついさっきと同じように、少し驚いたように振り返った。その表情は、まるで初めて会う相手に対するような、新鮮な驚きと、ほんの少しの警戒心を含んでいた。


「おはよう、健太くん」


控えめな、しかしどこか惹きつけられる微笑みを浮かべる雫に、健太は昨日、いや、ついさっきと同じように、少し見惚れてしまった。まるで、ゲームのイベントシーンを見ているかのように、時間がゆっくりと流れているように感じる。


「今日もいい天気だね」


健太は昨日、いや、ついさっきと同じように、ぎこちなく話しかけた。しかし、心の中では、奇妙な感覚が渦巻いていた。この会話を、過去に何度も繰り返しているような、奇妙な既視感。まるで、ゲームの会話選択肢を選び直しているような感覚。


「そうね。でも、なんだか少し、空気が重い気がするわ」


雫は昨日、いや、ついさっきと同じように、空を見上げ、少し憂いを帯びた、儚げな表情で言った。その表情は、まるでゲームのヒロインが抱える、悲しい過去を暗示しているようだ。


その言葉を聞いた瞬間、健太の心臓がドキリと跳ねた。まるで、ゲームのフラグが立ったかのように。


(……また……同じことを言った……?)


健太は背筋に冷たいものが走るのを感じた。この会話の流れ、雫の言葉、全てが、昨日、いや、ついさっきと全く同じだ。これは、偶然ではありえない。


「……やっぱり、そう思うか……」


健太は心の中で呟いた。この違和感は、やはり、ただの気のせいではない。


「水瀬さん、実は……」


健太は意を決して、口を開きかけた。しかし、何を話すべきか、言葉が見つからない。この奇妙な感覚を、どう説明すればいいのか。タイムループなんて、SF映画のような話を、信じてもらえるはずがない。


「……何でもない……やっぱり、気のせいだよ」


健太は結局、そう言って誤魔化した。まるで、ゲームの選択肢を間違えたかのように、後悔の念が押し寄せる。


(……今はまだ……話すべきじゃない……この違和感が、一体何なのか、もう少し見極める必要がある……)


健太はそう思った。この繰り返される日常の謎を解き明かすまでは、雫に話すのは控えた方がいいだろう。


二人は昨日、いや、ついさっきと同じように、学校へ向かった。他愛もない会話を交わしながらも、健太の心は落ち着かなかった。この繰り返される日常、かすかな違和感。それらは全て、健太の心をざわつかせていた。まるで、ゲームのバグを見つけてしまったかのような、不安と興奮が入り混じった感情。


学校に着いてからの出来事も、昨日、いや、ついさっきと全く同じだった。授業、昼休み、部活……全てが、まるでリプレイを見ているかのように、繰り返される。


しかし、健太は、昨日、いや、ついさっきとは違う行動を取ることにした。授業中、先生の話を聞きながら、ノートの隅に、あることを書き留めた。まるで、ゲームの攻略情報をメモしているかのように。


「朝、愛花に起こされる」「パンケーキを食べる」「雫と会う」「雫が『空気が重い』と言う」……


そして、最後に、大きく書いた。


「トラックに轢かれる」


(……もし、また明日が来たら……これを……確認するんだ……この奇妙な繰り返しが、一体何なのか、突き止めなければならない……)


健太はそう決意した。この違和感を放置することはできない。まるで、バグだらけのゲームをプレイしているようで、気持ちが悪い。


放課後、昨日、いや、ついさっきと同じように、友人たちと駅前のファミレスに行った。しかし、健太はどこか上の空だった。友人たちの話に相槌を打ちながらも、心の中では、ノートに書いたことを反芻していた。まるで、ゲームの攻略情報を頭の中で整理しているかのようだ。


「おい、健太、聞いてるのか?」


友人の一人が、少し不機嫌そうに言った。


「あ、ああ、聞いてるよ。それで、そのゲームがどうしたって?」


健太は慌てて答えた。しかし、心ここにあらず、といった様子は隠せない。


「だから、そのラスボスがめちゃくちゃ強くて……」


友人はゲームの話を続けたが、健太の頭の中は、別のことでいっぱいだった。


(……もし、本当にタイムループなら……この状況を利用して、何かできるかもしれない……例えば……)


健太はふと、ある考えが頭をよぎった。まるで、ゲームの裏技を見つけたかのような、興奮と期待が胸に広がった。


(……例えば……雫との距離を縮める……この繰り返される時間の中で、彼女のことをもっと深く知ることができるかもしれない……)


健太は、ちらりと雫の方を見た。彼女は、楽しそうに友人たちと話していた。その笑顔は、まるでゲームのエンディングで見るヒロインの笑顔のように、輝いて見えた。


(……まるで、恋愛シミュレーションゲームみたいだ……何度もリトライできる……失敗を恐れずに、色々な選択肢を試せる……)


健太は、少しだけ、この状況を楽しんでいる自分に気づいた。しかし、同時に、このループから抜け出さなければ、永遠に同じ時間を繰り返すことになる、という恐怖も感じていた。


ファミレスを出たのは、昨日、いや、ついさっきと同じように、すっかり日が暮れた後だった。健太は一人、家路を急いだ。帰り道はいつも通る道で、特に変わったところはない。街灯が道を照らし、夜風が心地よい。しかし、健太の心には、これまで感じたことのない、重苦しい不安と、微かな期待が渦巻いていた。まるで、これから待ち受ける運命を暗示しているかのように。


そして、いつもの交差点に差し掛かった時、健太は、昨日、いや、ついさっきと同じように、けたたましいクラクションの音を聞くことになる。


(……また……来る……)


健太は、昨日、いや、ついさっきと同じように、トラックが自分に向かってくるのを見た。しかし、今回は、昨日とは違う。健太は、冷静に、その光景を見つめていた。まるで、ゲームのイベントシーンを、もう一度見ているかのように。


激しい衝撃。身体を襲う激痛。意識が遠のいていく感覚。全てが、昨日、いや、ついさっきと同じだった。


しかし、意識が途切れる直前、健太は、あることを思った。


(……明日……起きたら……ノートを……確認するんだ……)


そして、暗闇が、健太の意識を完全に飲み込んだ。


……


朝。


健太は、見慣れた天井を見つめていた。窓の外は、昨日、いや、ついさっきと同じように、薄暗い。鳥のさえずりが聞こえる。


(……また……朝だ……)


健太は、ゆっくりと起き上がった。身体は、昨日、いや、ついさっきと同じように、重く、だるい。


(……ノート……)


健太は、机の上に置いてあるノートに目をやった。昨日、授業中に書き留めた、あの記録。


健太は、ノートを開いた。


「朝、愛花に起こされる」「パンケーキを食べる」「雫と会う」「雫が『空気が重い』と言う」「トラックに轢かれる」


そこに書かれた文字を見て、健太は、ついに確信した。


(……これは……タイムループだ……)


健太の心臓が、激しく鼓動を打ち始めた。信じられない。こんなことが、本当に起こるのか?しかし、他に説明がつかない。自分が経験していることは、まさに、タイムループとしか言いようのない状況だった。


(……このループ……一体何回目だ……?)


健太は、過去の記憶を辿ろうとした。しかし、はっきりと覚えているのは、直近の二回だけだ。それ以前の記憶は、曖昧で、ぼやけている。まるで、何度も繰り返すうちに、記憶が薄れていっているかのようだ。


(……このループから……抜け出さなければ……)


健太は、強く思った。このままでは、永遠に同じ時間を繰り返すことになる。


(……そのためには……まず……このループの原因を……突き止めなければ……)


健太は、ノートを握りしめた。このノートは、このループを攻略するための、唯一の手がかりだ。


そして、健太は、決意した。このタイムループを、徹底的に利用してやる、と。まるで、やり込み要素満載のゲームを攻略するように。そして、その過程で、雫との関係も、進展させてみせる、と。


(……このループを……攻略して……雫を……落としてみせる……!)


健太の、タイムループ攻略作戦が、今、始まった。

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