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鬼の訓練

訓練場に集められた市川キヨマサと、その他の訓練生たち。広々とした訓練場には数百人規模の訓練生が集まり、ざわざわと緊張と期待が入り混じった声が飛び交っていた。その中で、一人の威圧感ある男がゆっくりと前に出てきた。筋肉質な体格に無駄のない動き。その姿に、訓練生たちは自然と背筋を伸ばした。


「私が君たちのコーチとなる、寺田カズマサだ。よろしく頼む」と低い声で言いながら、鋭い目で訓練生たちを見回した。その目つきには厳しさと、どこか戦場を知る者の風格が漂っていた。


一通りの挨拶を終えると、寺田は手元のタブレットを操作しながら続けた。「さて、今日の訓練の内容を発表する。まずは君たちの基礎能力を測定するぞ。内容は100メートル走、3000メートル走、腕立て伏せ、そして懸垂だ。簡単だろう?だが一つだけ条件がある。特殊能力は使わずに行え。今の時点でお前たちの素の力を知りたいからな」と力強く言い放つ。


訓練生たちは一様にざわついた。自分たちは「特異児」として能力を与えられた存在だ。しかし、それを封じられた状態で競うとなると、純粋な身体能力が問われる。キヨマサもまた不安を感じていた。もともと運動が得意というわけではなく、能力もまだ発現していない自分が、他の訓練生たちと同じ土俵でやれるのだろうかと。


「それじゃあ始めるぞ!」という寺田の声で訓練がスタートした。


最初の種目は100メートル走。訓練生たちは二人一組で順に走らされることになった。キヨマサのペアは、スラッとした細身の青年だった。顔立ちがどこか洗練されていて、見覚えがある気がする。


「位置について、用意……スタート!」

ホイッスルが鳴ると同時に二人は走り出した。しかし、キヨマサはスタートダッシュで遅れを取った。必死に腕を振り足を動かすものの、前を行くペアの背中が徐々に遠ざかっていく。結局、ゴールした時には、かなりの差をつけられてしまっていた。


「はぁっ、はぁっ……」

ゴール後、キヨマサは膝に手をついて息を整えていた。悔しさと恥ずかしさがこみ上げる中、隣で軽やかに呼吸を整えるペアの青年が、ふっと微笑んで話しかけてきた。


「運動、あんまり得意じゃないの?」


その声に顔を上げたキヨマサは、驚きで言葉を失った。目の前にいるのは、テレビや雑誌で見たことがある有名人。


「えっ……君、もしかして……星崎ナル?」


青年はにこりと笑って頷いた。「そうだけど、僕のこと知ってるの?」


「もちろん!あのテレビに引っ張りだこのナルくんだよね!ファッションショーとかドラマでも見たことあるし、まさか君みたいな人がここにいるなんて……」キヨマサは目を丸くしながらそう答えた。


ナルは少し気まずそうに視線を外し、「知ってくれてるなんて、嬉しいよ」と小さく笑った。しかし、その笑みはどこか無理をしているようにも見えた。そして、声のトーンを落としてこう続けた。


「でもね、ここにいるのは義務みたいなものだから。僕だって、こんな場所に来たくて来たわけじゃないよ……」


その言葉に含まれた暗さに、キヨマサは返す言葉を失った。華やかな世界にいたはずのナルが、戦争のために招集される運命を背負っている。それが彼にとってどれだけの重圧なのか、想像するだけで胸が痛んだ。


訓練場の周囲では、次々と他の訓練生たちが走り終えて戻ってくる。楽しげに話す者もいれば、疲れた表情で座り込む者もいる。だが、星崎ナルの横顔はどこか遠くを見ているようで、キヨマサはその視線の先を追いながら、自分もまたこの世界に巻き込まれたのだと改めて実感した。


「次の種目は3000メートル走だ!」と寺田の声が響き渡る。


キヨマサは深呼吸をして、次の種目に備えるのだった。


訓練の2種目目、3000メートル走が始まろうとしていた。100メートル走での悔しい思いを引きずっていた市川キヨマサは、少し緊張した面持ちでスタート地点に立っていた。周囲では他の訓練生たちがそれぞれ準備運動をしながら気合を入れている。


そんな中、同じ部屋の中谷タイヨウが軽快な足取りでキヨマサの隣にやってきた。

「キヨマサ!緊張するんやないで。こんなん適当に流しといたらええねん!」と笑顔で言うタイヨウ。続けて、「俺もこんなん苦手なほうやねん。長距離とかほんまにしんどいから、無理せんと一緒に走ろな!」と手を叩きながら冗談交じりに励ました。


キヨマサは少し気が楽になり、タイヨウの誘いに頷いた。「確かに焦ってもしょうがないよな。一緒に走ろう。」と言葉を返す。タイヨウの飾らない性格に救われる思いだった。


「位置について、用意……スタート!」

ホイッスルが鳴り響き、訓練生たちは一斉に走り出した。キヨマサとタイヨウは、ペースを抑えつつ集団の後方に位置して走り始めた。息を切らさないように慎重に走るキヨマサに対し、タイヨウは隣で気楽な調子で話しかけてくる。


「なあ、見てみぃ。めっちゃ前飛ばしてるやつおるやん!」


タイヨウが指さす先には、スタート直後から飛び出して先頭を独走している男がいた。同じ部屋の訓練生の男だった。鍛え抜かれた体格と鋭い走りが目を引く。


「……速すぎる。」キヨマサは思わず呟いた。


タイヨウも目を丸くして、「あいつ、ほんまにごっつう速いやん!オリンピック目指せるんちゃうか!?」と驚きの声を上げる。


タイヨウと話している間に、キヨマサの中で何かが芽生えた。負けず嫌いな性格が顔を出したのか、それとも抑えきれない本能か。


「負けられない……!」


キヨマサは突然ペースを上げ、一気に加速した。目の前の訓練生たちを次々と追い抜いていく。その走りはまるで別人のようだった。


「えっ!?ちょっと待てや、キヨマサ!」

後方で必死に追いかけるタイヨウだったが、完全に置いていかれてしまった。


キヨマサはさらにスピードを上げ、先頭を走る庄司ダンジに迫っていく。驚異的な速さで距離を縮め、ついに並びかけるところまで到達した。


「……なんだ、これ。身体が軽い。力が湧いてくる……!」


キヨマサは自分の身体能力が異常に向上していることに気づきながらも、その理由を考える余裕はなかった。ただひたすら、先頭の男を追い越すことに集中していた。


だが、その瞬間――

訓練場全体に響き渡るようにアナウンスが鳴った。


「訓練生、市川キヨマサ。特殊能力を使用したため、3000メートル走は失格とする。」


アナウンスの内容にキヨマサは驚き、足を止めた。走る勢いで大きく息を切らしながらも、呆然とした表情で周囲を見渡す。


「特殊能力……?何のことだ?」


彼は全く自覚がなかった。意識して能力を使ったわけではない。それなのに、失格とされてしまったことに戸惑いを隠せなかった。


その間にもレースは続き、先頭を走っていた男がそのままゴールイン。


「1位、庄司ダンジ!」


訓練場に彼の名前が響き渡り、歓声とどよめきが起こった。その圧倒的な走りに、他の訓練生たちも舌を巻いていた。


キヨマサは立ち尽くしたまま、小さな声で呟いた。


「……ダンジ。」


その姿を遠目で見ていたタイヨウが、ゴール後に追いついてきて肩を叩いた。「おい、どうしたんやキヨマサ。めっちゃ速かったやん!……けど、あのアナウンス、どういうことや?」


キヨマサは答えられず、自分の中で起きている変化に困惑するばかりだった。


一方、1位となった庄司ダンジは、キヨマサの視線を一瞬だけ振り返りながら、無言で去っていった。その背中には圧倒的な存在感があり、キヨマサはただその姿を見つめるしかなかった。


次の種目が控えているにも関わらず、キヨマサの心には奇妙な不安と期待が入り混じった感情が渦巻いていたのだった。

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