前編
年末年始、比良坂町では初詣の為数多の人々が集まるお寺があった。
大晦日、人々が集まり夜更けも近づく中、住職達が集まる寺務所ではある騒動が起きていた。
「大僧正!阿闍梨の部屋からこんな書き置きが!」
大僧正といえば、僧侶の中でも頂点に位置する存在。
阿闍梨は彼の息子であるのだが、同じく住職をしている。
この慌ただしい中で息子が何を伝えようとしているのか?
彼はその内容が書かれた紙を受け取り、読み始めた。
「「王子様の刻を告げるコンサートに行って参ります」...なんだこれは!」
「恐らく、男性アイドルのカウンドダウンコンサートかと!参拝客から青の団扇やペンライト、トートバッグを持った住職を見かけたと聞いております!」
「今すぐ連れ戻せ!!全く、誰に影響を受けたのやら」
それと同時刻、青いトートバッグを持った青年が後ろを何度も振り向きながら追手が来ないかどうか?を見守っていた。
その正体は何を隠そう同業者からは“幻の運び屋”をと噂されている成田阿闍梨、その人であった。
以前、凛と約束した通り年末年始のコンサートへと行く為。
寺から抜け出して来たようだ。
「お待たせ致しました」
「来た来た!阿闍梨さん!大丈夫?お坊さん達、怒ってなかった?」
「怒るか、怒らないか?と言われれば怒っているでしょうね。もう、カンカンに」
何度も彼は後ろを振り向きながら追手が来ない事を確認している。
それほどまでに寺から抜け出す事は容易ではないと言う事なのだろう。
しかし、冷や汗を浮かべる彼とは対照的に凛は嬉しそうにガッツポーズをしているようである。
それまでに彼女にとっては楽しみで仕方がない事なのだろう。
「くぅ!この日を待ってたんだよ!さぁ、阿闍梨さん連れてってよ!私も忍岡まで行けるけどさ。絶対協会近くの方が会場にも近いじゃん?やっぱり持つべき物は友だよね。同じ推しの友達ね」
阿闍梨にとって誰かを運ぶ事はこれが初めての事であった。
妹や目の前にいる凛の方がどちらかと言えば手慣れてるだろう。
昔の感覚を思い出しながらもエスコートをするように凛の手を取った。
瞬時に協会まで瞬間移動すると、とある2人と出会った。
阿闍梨とも交流があり面識のある2人でもある。
それは旭と朱鷺田だった。
仕事の相談でもしていたのだろうか?
旭は手帳をもっていたのだが、それを落とし呆然としていた。
朱鷺田も目を丸くし、彼の方を見やる。
「旭さん、朱鷺田さんご無沙汰しております。夜遅くまで業務お疲れ様です」
彼が丁寧に挨拶をすると、旭は何歩も後ろに下がろうとするもののジッと彼の顔を見つめている。
そのあと、時間差で驚いているようだった。
「お、おぉぉ!凄い久しぶりに阿闍梨の顔を見た気がする。家に戻ったって聞いたけど向こうで元気にしてたか?トッキーもさ、手紙でも出そうか迷ってたみたいだしな」
そう言うと朱鷺田は旭の横腹を小突いているようだ。
「仕方ないだろう?初めて会った時、家出して来たなんて言われたら心配にもなるだろう。本当に久しぶりだ。元気そうでなりよりだよ。今日はどうして協会に?お寺は今、人で溢れてるだろう?手伝わなくて良いのか?」
普段は旭や谷川などの身内意外には無愛想な朱鷺田も彼に対しては微笑みかけ軽く握手を交わしている。
それだけに仲の良い存在という事なのだろう。
「手伝うか?手伝わないかといえば手伝いをした方が良いのですが以前からコンサートに行く予定がありまして...」
そんなおり、1人の運び屋が慌てて此方へと駆けつけてきた。阿闍梨の妹である成田実梨だ。
彼女もまた、協会で仕事を請け負う運び屋の1人でもある。
「お兄ちゃん!ちょっと凛!アンタ、またお兄ちゃんを勝手に連れ出して!嫌がらせしないでよ!」
「ふんっ、実梨なんかより凛といる方が楽しいよね?阿闍梨さん?ほらほら、物販もあるし早めに会場に行かないと。じゃあ、先に行ってるね?待ってるから」
凛は協会ではなく、別の運び屋団体に所属しているが実梨と担当場所が被る所もありライバル関係にある。
その為か?凛は実梨の兄である彼を表に出し引っ掻き回そうとしているようだ。
しかし、阿闍梨は凛と趣味が合い意気投合する事も少なくない。
どちらかと言えば、妹より凛の方が運び屋として優秀であると評価しているようである。
「もう、お兄ちゃんが男性アイドルが好きなのは知ってるけど何も凛と行かなくても。それにこんな大事な時に。...ごめん、そうじゃないね。お兄ちゃんは毎日お寺で修行して頑張ってるんだから、こう言う時ぐらい羽を伸ばさないとね。とりあえず、私は寺に戻るよ。お父さんに無事な事だけは伝えておくから。じゃあね、気をつけて行ってらっしゃい」
実梨が立ち去る様子を見て、朱鷺田が彼女の普段の様子を兄である阿闍梨に伝えているようだ。
「妹さん、良く頑張ってるよ。本当はお前と角筈で仕事をするのをとても楽しみにしてたんだけどな。まぁ、ご立派な寺の後継が運び屋になる方が無茶あるか。実際に阿闍梨は其方を選んだわけだしな」
「当時は見苦しい物をお見せしました。私も当時は学生で自分の将来に疑問を持っておりましたから。このまま家業を継いで良いものかと。寺に引きこもるのではなく、外の世界を見るべきではないかと。私は運び屋ではございませんが、皆様やお2人に会えました事とても嬉しく思います。妹はその事を分かっているのです。私がいつ運び屋になっても良いように私が本来担当する場所であった所を守っている」
阿闍梨は以前、自分の進路について疑問に思い家出をした事があった。
その時に旭や朱鷺田達は勿論の事、光莉や児玉とも短期間ではあるものの交流があった。
自分にも運び屋の力がある事に気づきながらも、阿闍梨は家業を継ぐ事を決めた。
しかし、妹である実梨は諦める事が出来なかったのだろう。
後継者として兄の代わりに運び屋に就いた。
これが幻の成田兄妹の真相だ。
そう言うと2人は頷き、阿闍梨をとある場所へと案内した。
それは協会に隠された地下通路だった。
進めば進むほど、協会から距離が遠ざかっているが3人は少年のように瞳を輝かせ楽しそうに歩を進める。
「覚えてるか?ここにお前を光莉の姉さんや児玉のおじさんが匿ったの。傑作だったよな。阿闍梨は毎日のように鰻重をデリバリーさせて優雅に暮らしてたらしいじゃないか?」
「駿河の鰻重も美味と聞いておりましたのでつい興味本意で頂いたのですが、大変美味でございました。ハンバーグも美味と伺っております」
そう言うと朱鷺田は嬉しそうに何度も自分で手を叩いている。地下故にその音が木霊し反響しているようだ。
「鰻重にハンバーグって完全に生臭坊主じゃないか!良い感じに俗世に染まって来てるな。よし、次は酒だな。そこでなんだがここの地下通路を俺たちで改造させてもらったんだ。阿闍梨も気に入ってくれるとおもう。ほら、以前話しただろう?角筈で仕事がしたいって。その夢がようやく叶ってさ、印の場所を地下に移そうかっていう話を皆でしてたんだ」
その言葉の後に旭が付け足すようにこう続けた。
「それで角筈に行った時に丁度地下にスペースがあってさ。それでここの場所を思い出したんだ。地下トンネルみたいに角筈と協会を繋げられたら便利そうじゃないか?人の流れも良くなるだろうし」
阿闍梨はそれを感心したように何度も頷いていた。
「それはそれは、ご立派な事でございますね。これで私もアイドルの写真集やCDを思う存分買う事が出来るという訳ですか。皆様と一緒に梯子酒も可能と」
完全に僧侶の発言とは思えないが、旭や朱鷺田はそんな彼を気に入っていた。
出会い当初から意気投合する事も多かったようだ。
朱鷺田とは食の好みが似ており、阿闍梨も醤油や濡れ煎餅と言った塩辛い物を幼い頃から好んで食していた。
彼が差し入れたおにぎりも動じず食しているのをみて旭は只者ではないと警戒していた。
実際に妹が運び屋として活躍しているのを見るに兄である彼もそれ以上の活躍を期待されていたのが分かるだろう。
地下通路を進むと一つの人影が見える。
谷川も此方へと来ていたようだ。
しかし、阿闍梨の事は面識がないのだろう。
見知らぬ人がいると首を傾げていた。
「あれっ?2人とも協会に行くんじゃなかったっけ?と言うかそのお坊さん誰?」
「鞠理、紹介するよ。この僧侶が以前俺達が言っていた阿闍梨だ。ほら、角筈ダンジョンを攻略するなら回復役がいた方が安心だろ?丁度、4人パーティーなるしな」
「おぉ!良いね、じゃあ谷川さんはニートをやろっかな。みどり君はいつも通り勇者旭のお姫様役をやるんでしょ?」
子供の頃からそう言ったごっこ遊びをしていた事を思い出し、朱鷺田は赤面した。
「俺だって、偶には戦士とかやってただろ!って、旭も俺の側に寄るのはやめろ!なんか怖いぞ!」
「まぁ、まぁ、良いじゃないか。ほら、お手をどうぞ縁姫。俺が煌びやかな夜の街に連れて行ってやるからさ」
その旭の悪い笑みと会話を聞いて、谷川と阿闍梨は絶対に純粋な意味での姫ではない事を察した。
《解説》
成田阿闍梨の元ネタは東北、上越新幹線と共に計画されていた成田新幹線ですね。
箇条書きになりますが概要の方をご紹介したいと思います。
・停車駅は東京駅、千葉ニュータウン中央駅、成田空港駅の3つですが東京から新宿への延伸計画もあり新宿を起点とする上越新幹線と接続する予定でした。
・東京駅では現在の京葉線の地下ホームを使用する予定でした。京葉線だけ何故か他の在来線ホームより遠く、地下にあるのはその名残りですね。スペースも新幹線用に広く取られています。
新宿との接続の為、両者とも地下に現在もスペースが残されています。
・営業速度は250km/h、当時としては破格のスピードですね。
0系が210km/h、200系でも240km/hですので理論上の数字ではありますが期待されていたのが良く分かる数字です。
因みに設計速度ですと260km/hとなります。
・計画が頓挫してしまった原因としては立地にあります。
元々成田空港の建設も周辺住民の反対運動が大きかったんですが新幹線になるともっとそれが大きくなるんですよね。
特に人口の多い浦安市や船橋市も通ると言う事で騒音問題に対処出来ないという事が挙げられます。
今回の登場人物は成田空港へのアクセスに関わる特急達を選んでいます。
風早凛→京成スカイライナー
(車体のコンセプトが風で車内のコンセプトが凛である事から名前に取り入れています)
成田実梨→成田エクスプレス
(苗字のまんまですね。兄妹2人に共通して梨が入ってますが千葉県は梨の生産量が日本一です。阿闍梨は元々仏教用語で教師とか師匠の意味があります。階級の一つですね)
成田阿闍梨→成田新幹線
(住職なのは同じく成田市にある成田山新勝寺からです。鰻重が好きなのも其方に由来します。醤油は野田、濡れ煎餅は銚子からの発想です。彼には千葉県をイメージしたキャラ付けをしています。名前は千葉県出身の僧侶である日蓮が比叡山で修行した際に賜った称号から名付けています。彼というより凛が男性アイドルが好きなのはイメージキャラクターに京成王子がいらっしゃるからですね。CMとか看板とかゴリ押しが凄いなと思ってました)




