第漆話 問題児と優等生 ◎
「よし、これで何とか一息つけそうですね。喫茶店に戻っても良いですけど、公園で休憩しますか」
節子と別れたあと、仕事を終えた望海は公園のベンチで小休憩をとっていた。
しかし、次の依頼者名簿を見たりスケジュール確認をしているのをみるにほぼ座って仕事をしているという状態だった。
因みに、彼女のいう喫茶店は望海達メンバーの拠点でもある。
そんな時だった、公園の入り口である少女と目が合い何故か手に持っていたビニール袋を持ち上げている。まるで見て欲しそうに。
これには望海も苦笑いを浮かべた。
少女は他人どころか毎日顔を合わせるほどの友人で仕事仲間でもあった。身内だからこそ、彼女の行為が恥ずかしいと思ったのだろう。
茶髪なのだが、太陽に当たると金髪のようにも見える。
髪の毛が傷んでいるように見えるので、何度も染めているのだろう。
髪の手入れはしない癖に髪飾りは凝り性のようで後ろに大きな赤いリボンをつけている。しかも高そうな宝石が中央に嵌め込まれている物だ。
望海と同じく、青い瞳を持ち同じ女学院の制服を着ているのだが完全に着崩している。
制服もヨレヨレで首元の赤いリボンをつけるのが嫌なのかスクールバッグにつけている状態だ。
学校指定の白いカーディガンもボタンを絞めず、左右非対称になっている。足元もルーズソックスなのだから校則違反のオンパレードだ。
まさに問題児と行って良いだろう。
「望海♩望海♩お前の好きなアイスだよ。ほれ、受け取るのじゃ!」
「やめてくださいよ、光莉。恥ずかしいったらありゃしない。あと、今日はバニラじゃなくてイチゴが食べたい気分なのでそっちください」
そういうと光莉は素直にイチゴアイスを彼女に差し出した。
いつものように、アイスが溶けるまで少し話をする。
彼女の名前は夢野光莉、これでも両親は百貨店を経営するお嬢様だった。
“だった”というのは十歳の時に両親が他界。比良坂町の土地柄もあったのだろう自転車事故だった。
両親は子供の姉妹を守り、庇った後。倒れた衝撃で頭の打ちどころが悪かったのか病院に搬送され、治療を試みるもそのまま亡くなってしまった。
これは、残された光莉にとってとてもショックな出来事だった。
遺産もあり、屋敷もあり生活には困窮していない。
しかし、心の寂しさを埋められずにいた。
悪さを働いていたその時、年の離れた相棒に助けられて光と音のコンビとして活動を始めた。
しかし、学校に行く事は無く長年の不登校児だった。
通うキッカケをくれた望海に出会うまでは。
目の前の彼女も同じく家庭環境に難を抱えており、お互いに理解し合える存在でもあった。
光莉といると心が安らぐ、これは望海も思っていることだった。
光莉は望海の隣に座り、今は引退してしまった仲間の事を思い出すように話しを始める。
「そう言えば、旭が居なくなってもう半年近く経つか。12月にはいなかったもんね。まぁ、身内の問題に私達が突っ込むのは野暮用だけど、仕事仲間としては心配になるよね。なんだかんだ言って可愛い後輩だったし」
光莉は十六歳、旭は二十六歳。つまり、年下先輩という事になる。
それもそのはず、光莉は十歳で運び屋の職に就いた。
これはずっと一緒にいたいと思える相棒がいたからこそでもある。
喫茶店のマスターでもあり、今の時間帯なら息子を幼稚園に迎えに行っている頃だろう。
二人は彼が戻ってくる時間帯に合わせて喫茶店に戻る事にした。
「私も旭さんにはお世話になりましたし、何とか問題を片付けて復帰して欲しいんですけどね。あんなに話しやすくて、相談に乗ってくれる人も中々いないので」
そういうと光莉は自分の事を指差している。
私がいるだろと訴えているようだ。相変わらず望海は苦笑いする。
しかし、望海は光莉や旭と一緒にいる事を不思議と好んでいた。
何処か懐かしさを感じるというか、家族のように思う事が時々ある。
旭は年上だし、経験や実力もあるが町長の息子という事で知名度のある朱鷺田に人気をかっさられてる所もあり高飛車というか偉そうにしないし、温和で陽気な性格なので話しやすかった。
光莉はキャリアもあるのだが、その分仕事人間で怒ると怖いので望海は少し警戒する場面もある。
「でも、青葉はもう直ぐ退院するって山ちゃんから聞いたし。まぁ、でもキツイよな。腕動かないらしいし、リハビリにも時間かかるだろうし」
「生死を彷徨う程ですからね。山岸さんはいつも面白くてムードメイカーをしてくれますけど、時折暗い顔をされるので心配になるんですよね。青葉さんの体調良くないのかなって」
お互いに目を合わせ、思いを確かめ合うように頷く。
しかし、これ以上暗い表情をしても仕方がないと少し溶けたアイスを食して喫茶店に戻る事にした。
喫茶ハルキク、ここが望海達の拠点だ。
ドアベルの音に合わせて、店内に入るとカウンター席にいる一人の少年が元気よく挨拶をしてくれる。
「おかえりなさい!のぞみおねえちゃん、ひかりおねえちゃん。いらっしゃいませ!」
この言葉で二人の暗い感情も吹き飛ぶ。
彼の名前は児玉零央、二人の師匠であり親代わりでもある児玉信二の息子だ。幼稚園に通っており、五歳になる。
何かご飯を食べているようで、口の周りを汚しているようだ。
子供にしては中々渋い趣味を持っているが好物なのだろう、ほうとうを口にしているようだ。
天然パーマなのだろうか?柔らかそうな明るい茶髪と碧い目を持っている。
園の制服なのだろう青と白のストライプのシャツに青い短パンを履いている。
「零央君、ただいま戻りました。お父さんはいますか?」
「うん、いるよ!パパ!」
零央が声をかけるとカウンターの奥から壮年の男性が出て来た。
垂れ目だが、息子と同じ碧い目を持ち焦茶色の髪をオールバッグにしている。
青のエプロンをし、青と白のボーダーシャツを着ているようだ。
喫茶店の内装もそれに合わせテーブルクロスや側にあるソファの皮の色は青と白に統一されているのがわかる。
壁にはスポーツ選手のポスターがあるが、閉鎖的な比良坂町では直接試合を見る事は厳しいだろう。
そんな彼らには、町民から裕福の象徴と言われるカラーテレビが店内にはある。
三人が相当の高級取りなのがわかるだろう。実際に町内で1番稼いでいる運び屋が彼女達なのだから。
雑誌の種類も豊富でマガジンラックやBGMを流す蓄音機も完備している。
喫煙者用に灰皿も置いてあるが、もう直ぐ撤去する予定だ。
恐らく、比良坂町の中でも恵まれた環境にあるだろう。
児玉は運び屋の仕事の片手間、趣味でやっているので店を開けている事は少ないし同業者向けなので一般客の出入りが少ないが近所では隠れた名店として存在している。
しかし、そんな彼らに相応しくない品物があるのが少々疑問点が残る。
例えば、傘立てにある赤色の傘。児玉は勿論、光莉や望海でも小さく使い辛い。
小柄な人物の私物という方が正しいだろう。
カウンターには子供を模した木製の置物や、首を上下に動かす赤い牛の置物など何処から持って来たのかわからない物もある。
実はこれらは山岸達のグループから借りパクしてきた物で、赤い傘は望海が、マガジンラックにある料理本も児玉が山岸に借りた物だった。
多忙だし先輩という事もあって、キツく返してとも言えないので向こうはかなり困っているようだ。
「玉ちゃん、ただいま。さっきアイス食べたからさ、口直しにコーヒーが飲みたいんだよね。入れてくれない?」
「はいはい。光莉は亭主関白だからな、望海もいるだろ?ほら、席に座れ。光莉ブレンドと望海ブレンドな」
「れお、しってる!パパブレンドもあるんだよね?れおブレンドはないの?」
カウンターにあるコーヒー豆を入れた瓶を開けながら児玉はクスリと笑った。
メンバー全員、コーヒーを好むが豆の種類や淹れ方の好みが全員一緒という訳ではない。その為、個人に分けてブレンドを作っている。
児玉は「ひかり」とラベリングされた瓶を開けているようだ。
そのあと、零央の方が用意が早いと冷蔵庫からブドウジュースを取り出しコップに注いだ。
「お待たせしました。零央ブレンドです」
「わーい!マスター、ありがとう!」
その様子を見て、望海と光莉は微笑ましそうに見ていた。
光莉は児玉家族とは長い付き合いで、奥さんのお腹に零央がいる時から知っている。
光莉はひとりっ子だが、両親に妹が欲しいと話をした事もある。
男の子とは言え、零央が生まれて弟が出来たようで嬉しかった。
しかし、何度抱っこしても泣きつかれてしまうので何でなのか?と疑問に思っていた。
一方で望海には双子の弟がおり、光莉よりも零央に対する扱いが上手い。
ただ、幼少期から弟と比べられる事も多く劣等感を感じていた。
弟は家業を継ぎ、歌舞伎役者をしている。
望海もその家柄に恥じぬよう複数の習い事をしてきたが限界が来てしまった。
そもそも、習い事も自分ではなく周囲の為、家の為、父親を幼い頃に亡くした事もあり母親の愛情に飢えていた。
自分を認めてもらいたいと願っていたが、母親の要求はエスカレートし望海を苦しめた。
もうお互いに限界を迎えていたのだろう。望海が習い事を辞めたと同時に母親は精神を病み、精神病院で入院している。
望海も光莉も児玉のような温かい家庭に憧れ、それを間近で見る事に癒され、元気をもらっていた。
特に零央の成長を見るのが何よりの楽しみでもあった。
零央は幼いながらに賢く、素直で真っ直ぐな性格だ。
どうか、このまま健やかに育って欲しいと3人は願っている。
「そう言えば、もうすぐ定例議会ですよね。月初の月曜日。うわっ、制服点検があるじゃないですか!?光莉、大人しくしてくださいよ」
「何よそれ、人を猛獣みたいな扱いして!でも、日曜日美容院の予約入れてるんだよね。次は何色にしよっかな。あっそうだ!希輝ちゃんと同じ風にしよっかな」
だから、染めるのが良くないと望海が言おうとしたのだが光莉はバックからファッション雑誌を取り出している。
「読み終わったらマガジンラックに入れておくよ。でも、凄いよね希輝ちゃん。頭も良いし、運動神経もいいし、その上でお洒落番長なんだよ。三人とも同じ特進クラスらしいじゃん?髪型とか注意されないのかね」
「希輝達の所は女学院みたいに堅苦しくない自由な校風だからな。服装も私服で良いんだろう?希輝は時々、制服みたいな格好してる時もあるけど。頭が良いから何でも自由にやらせてもらえるんだよ。光莉、転校でもするか?」
児玉の呼びかけに光莉はコーヒーを飲み干し。ソーサーの上に戻すと苦いのか?それとも意地悪なのか?一瞬舌を出した。
「嫌だよ。ちゃんと受験して受かったんだもん。親が絶対、光莉は女学院の制服が似合うって言ってくれて。その時もピアノとか乗馬とか習い事も頑張ってたし自分も当たり前のように行くんだって思ってた。でも、いなくなっちゃって勉強も習い事も頑張る意味を失ってた。それでも、玉ちゃんは私を見捨てないでくれた。付きっきりで勉強見てくれたしね」
その言葉に児玉は嬉しそうに頷く。
実は彼はかなりのインテリで大学の法学部を卒業している。
しかし父親が運び屋をしていた為、周囲に同業者も多かった。
実際に名門乙黒家の当主と父親は仲が良く、酒付き合いをしたりゲートボールもしているようだ。
児玉もまた、世襲制によって運び屋になった人物の一人でもある。
その話を聞きながら望海は依頼名簿を見ているようだ。
ふと、ある依頼が目に止まる。孫の誕生日をお祝いしたいという老婆からの依頼だった。
望海も三月生まれで、この前祝ってもらったばかりだ。
この夢を希望を届ける為、望海は今日もこの町を駆け巡る。
《解説》
今回は夢野光莉と児玉信二についてご紹介します。
2種別とも日本だけでなく世界初の高速鉄道として生まれた由緒ある名前です。
前者が「東海道・山陽新幹線ひかり号」
後者が「東海道・山陽新幹線こだま号」をモデルにしています。
光莉は服装も口調もちょっと古い感じにしていますがわざとです。
ルーズソックスは今も流行っているそうなんですが、昔のギャルをイメージした服装にしています。
「〜のじゃ」とかおばあちゃん口調になっていましたが丁度2024年で開業60周年と言う事でおめでとうございます。
立派なおばあちゃんですね。
赤い髪飾りや制服のリボンは電光掲示板の色に由来します。
望海も同じくアイスを好んで食べていますが今は自販機ですとかグリーン車のモバイルオーダー等で購入できるスジャータのアイスですね。作者も良く食べてます。
喫茶店で同じく「望海ブレンド」「光莉ブレンド」と児玉が言っていますが自販機に実際に売ってるんですよね。
4種類ブレンドコーヒーがあり新幹線の名前を模した物になっています。
東海道組の集合場所が喫茶店なのは位置的に名古屋をイメージして描写をしているのでそれに合わせています。
協会=東京駅となっているので他メンバーと場所が被らないように拠点を名古屋に定めました。大阪も喫茶店が多いですね。
女学院も名古屋はお嬢様学校が多いイメージがあるので良いかなと。
何より、零央の為とも言えそうですね。
内装についてですが、白と青は伝統ある車体から。
元々はタバコのケースからの発想らしいですね。
それに合わせて灰皿もありますが喫煙ルームが東海道新幹線にしか存在しておらず、撤去予定なのも廃止する動きがある為ですね。
スポーツのポスターは開業を早めるきっかけになった東京オリンピックから。
当時もカラーテレビで見たいという方が多かったそうですが高級品ですね。
東海道新幹線は2位の売り上げを誇る東北新幹線にダブルスコアを叩き出すほどの圧勝っぷりを見せているので金持ちです。
まぁ、東名阪を牛耳っていれば尚更ね。
それでJR東海を支えてますから。
ですが、東北組の私物を借りパクしてるのは頂けないですね。
これは東京駅の新幹線ホーム、14番線、15番線が元々東北新幹線用の土地だったのにそのまま東海道新幹線で使用し今も戻って来ていないエピソードからの流用です。
東海道は基本的に脳筋のジャイアンだと思って頂いて結構です。