第漆拾弐話 包囲
この混乱の中、下総のある寺では不動明王と対峙するようにお経を読む1人の和尚の姿があった。
水色の法衣を身に纏い、名の通り坊主頭の下がり眉が特徴的な青年だ。目を見開くと翠色の瞳が見える。
彼こそが幻の運び屋と呼ばれた成田阿闍梨その人であった。
和尚としての仕事を終え、お堂から出た時。
1人の女性が慌てて彼の元へと近づいていた。
「母上、どうされました?そんなに焦った顔をされて」
「阿闍梨!実梨の姿が見えないのです。畑に行くと言ったっきり戻って来なくて。母はもう心配で心配で」
そんな言葉を聞きながら彼は落ち着いた様子で寺から見える参道の方をチラリと見た。
このお寺は年末年始では賑わいを見せ、比良坂町でも有名な初詣の参拝場所として知られている。
参道には彼の好物でもある鰻料理の店も並んでおり、香しい匂いを漂わせている。
「そんな大袈裟な。もしかしたら協会に呼び出しを受けたのかもしれませぬ。事情を知らぬ私達素人が口を出す事ではございません。雪は降っているものの、日が暮れるような時間ではございませんでしょう?実梨を信じてお待ち下さい」
彼は望海達と同じ懐中時計を取り出し、時刻を確認している。
しかし、母親は阿闍梨にあるお願いをした。
「何もないのならそれで良いのです。お願いです阿闍梨、犬を出してください。貴方なら異様の力を使えるのでしょう?」
「母上は心配性ですね。無理もないか、一度家出をした息子と兄の代わりにと運び屋になった娘が居れば。分かりました、偵察を出しましょう。少々お待ちください」
そのあと阿闍梨は8つの玉が連なった数珠のような物を手にする。それは黄泉の発明品の一つでもあった。
【コード:000 承認完了 八房を起動します】
起動後、数珠を首輪のようにつけた獰猛な犬が目の前に現れる。牡丹のような赤い8つの痣が印象的だ。
しかし、阿闍梨はお経をブツブツと呟きながら彼に近づく。
するとお腹を見せる程に、穏やかな犬へと変貌した。
「八房、良くお聞きなさい。もし、実梨が畑に居ないとなればあり得るのは竹林の中にある不気味な鳥居です。何かに巻き込まれたのかもしれません。勇敢なお前でも対処出来ないのなら、私が直々に向かいます。お願い出来ますね?」
「ワンッ!」
忠犬と化した八房はすぐさま、近くの畑を見に行くと散乱したカブがあり、何か引きずった後のような物がある。
「誰か助けて!お兄ちゃん!」
「叫ぶな!どうして鳥居の近くに運び屋がいるんだ!」
「何言ってんの!当たり前でしょ!此処は凛達の担当場所なんだから!」
実梨と凛という少女達を取り囲むように竹林の中から大人数の軍人達が出てくる。皆、全斎達の部下のようだった。
その中で実梨は八房の姿を見つけると大声でこう叫んだ。
「八房!貴方でもこの数は無理よ!お兄ちゃんを呼んで!早く!」
しかし、そのあと周囲は静寂に包まれる。
目の前に阿闍梨が出てきた瞬間、まるで時間が止まったように皆動かなくなっていた。
別に彼が特別な力を使ったという事ではない。
本能的に軍人達は阿闍梨の姿をみて異様だと幻影だと感じ取ったのだろう。
彼から放たれる異様な空気に周囲は飲まれていた。
「お兄ちゃん!?寺から出てきたの!?」
「今夜は鰻重とカブの味噌汁ですか。豪勢ですね」
「おい!坊主!そこを動くな!此処を知られたら困るんだよ!大事な比良坂町への足がかりなんでね」
すると阿闍梨は全てを見透かすような瞳でその鳥居を見つめている。
「なるほど。いつも不思議に思っていたのです。この鳥居の正体は何なのか?と。おかげで運び屋になる事も出来ず。これを見張る為に近くの寺に引きこもる生活をしておりましたがもう、我慢しなくて良いという事ですね」
彼は数年前、実家の寺を継ぐ事に対し疑問に持ち家を飛び出した事があった。
そこでたどり着いたのが運び屋の協会であり、光莉や児玉は彼を歓迎し匿う事に決めた。
阿闍梨は旭達とも顔見知りであり、角筈で出会った。
本来であれば運び屋が自分の担当場所以外の所にいるのは好ましくないと言われているが2人の姿を見た阿闍梨は何も言う事はなかった。
寧ろ、寺に閉じこもる事を良しとしなかった彼は角筈を案内して欲しいと、2人の事を知りたいと話を持ちかけた事がある。
それから、寺に戻る短期間の中ではあるが他の運び屋達とも親交があった。
しかしだ、本来であれば住職と運び屋の兼業も考え。
親にもその事を相談し、許可を得ていたが彼が選んだのは実家である寺に戻る事だった。
その理由がこの不気味な門だった。
阿闍梨が開業の為、自分の担当場所の下見をしていた時にこの場所を見つけた。
これに危機感を覚えた彼は自分が見張り役として門の側にいる事を願った。
それ以前からこの地域は凛の祖父や父が代々担当していた場所だった為、彼らの協力も仰ぎながら、自分の後継として運び屋になった妹の力も借りながらこの門が一体何なのか?を調査していた。
「私は運び屋です。例え、幻と言われようとも私が存在した事実が揺らぐ事はない。幻は存在するからこそ、幻と言えるのです。もう良いでしょう。ご存知ですか?私は暴れん坊を手懐けるのが得意なのですよ」
【コード:000 承認完了 坂東太郎を起動します】
阿闍梨が弓矢を射ると、放たれた矢が暴れ狂う水竜に変形し忽ち軍人達を飲み込んでいく。
その姿に妹である実梨はホッとしたように涙を流していた。
彼の後継者としてのプレッシャーもあったのだろう。
協会に向かえば、兄と仲間になる筈だった人達を眺め溜息を吐く。そんな日々を送っていた。
白い着物に黒い帯、赤い羽織。
そんな鮮やかな服装は畑の土で汚れていた。
「やっぱりお兄ちゃんは凄い。ずっと思ってた、何でお兄ちゃんが運び屋をしないんだろうって。いいや、出来ないだろうって。運命の悪戯だよね。きっと」
「そうだよ。だから凛達、空風家が活躍してるって訳。いやぁ、強力なライバルが増えて、凛嬉しいな。実梨じゃ相手にならないし」
そう言うと実梨は顔を赤くし、激怒しているようだ。
空風凛は3代目として、彼女と共にこの地を担当している。藍色のワンピースが特徴的な少女だ。
それもあってか2人はライバル関係にある。
しかし兄である阿闍梨とは仲が良いようだ。
「ねぇねぇ、阿闍梨さん。ほら、折角お寺から出たんだし年末年始さ凛と一緒にカウントダウンコンサートに行こうよ!あの王子様も出るってさ!物販もあるし、今のうちに沢山仕事を受けて沢山グッズを買わないと」
凛は男性アイドルが好きなようで、実梨は興味がないようだが阿闍梨はその話に付き合っているようだ。
旭達と角筈で出会ったのもそう言った楽曲やグッズを買うのが目的だったようである。
「いつも凛さんにお使いを頼んでましたからね。今年は行かなければ。青いペンライトを用意しませんと」
「えっ、いやお兄ちゃん!年末年始って1番お寺が忙しい時期なんじゃないの!だ、大丈夫かなこの和尚」
《解説》
成田阿闍梨の元ネタは東北、上越新幹線と共に計画されていた成田新幹線ですね。
箇条書きになりますが概要の方をご紹介したいと思います。
・停車駅は東京駅、千葉ニュータウン中央駅、成田空港駅の3つですが東京から新宿への延伸計画もあり新宿を起点とする上越新幹線と接続する予定でした。
・東京駅では現在の京葉線の地下ホームを使用する予定でした。京葉線だけ何故か他の在来線ホームより遠く、地下にあるのはその名残りですね。スペースも新幹線用に広く取られています。
新宿との接続の為、両者とも地下に現在もスペースが残されています。
・営業速度は250km/h、当時としては破格のスピードですね。
0系が210km/h、200系でも240km/hですので理論上の数字ではありますが期待されていたのが良く分かる数字です。
因みに設計速度ですと260km/hとなります。
今作ではコードを000と0系に合わせていますが0系と200系の差異と言えば雪対策をしているか?していないか?なので千葉方面は雪が少ないので仮想にはなりますが0系を使用しています。零央も計画はあるものの実現していない新幹線という事も合わさって同じカテゴリーに分類しました。
・計画が頓挫してしまった原因としては立地にあります。
元々成田空港の建設も周辺住民の反対運動が大きかったんですが新幹線になるともっとそれが大きくなるんですよね。
特に人口の多い浦安市や船橋市も通ると言う事で騒音問題に対処出来ないという事が挙げられます。
今回の登場人物は成田空港へのアクセスに関わる特急達を選んでいます。
空風凛→京成スカイライナー
(車体のコンセプトが風で車内のコンセプトが凛である事から名前に取り入れています)
成田実梨→成田エクスプレス
(苗字のまんまですね。兄妹2人に共通して梨が入ってますが千葉県は梨の生産量が日本一です。阿闍梨は元々仏教用語で教師とか師匠の意味があります。階級の一つですね)
成田阿闍梨→成田新幹線
(住職なのは同じく成田市にある成田山新勝寺からです。鰻重が好きなのも其方に由来します。彼には千葉県をイメージしたキャラ付けをしています。
八房は千葉県が舞台となった南総里見八犬伝に登場する犬から。
坂東太郎は暴れ川として有名な利根川の異名ですね。
旭も越乃四郎を発動させていましたがあれも信濃川の異名となっています。
名前は千葉県出身の僧侶である日蓮が比叡山で修行した際に賜った称号から名付けています。彼というより凛が男性アイドルが好きなのはイメージキャラクターに京成王子がいらっしゃるからですね。CMとか看板とかゴリ押しが凄いなと思ってました)




