第陸話 手紙 ★
「節子さん、お待たせしました。お手紙です」
「まぁ、今回は返信が遅かったから心配してたの。ありがとう、望海さん」
場所は壱区、運び屋が集う協会に二人の女性がいた。
この辺りは町役場もあり、公共施設も集っている。
そんな中で歴史的建造物として聳え立っているのが運び屋協会の支部だった。
赤煉瓦に白枠の窓、中に入ると高い天井に干支の絵が刻まれているのだが四つ程足りていない。
望海もこれには疑問に思っていたのだが、ある人物がこの後残りの四つを見せてくれる事になる。
それは全てのメンバーが揃った時の事になるだろう。
手紙を届けた、東望海は運び屋の顔的存在だ。
性格も評判が良く、学校でも優等生で伝統ある歌舞伎の家に生まれた事も相まって茶道や花道、琴の嗜みもあり大和撫子と周囲から賞賛されている。
ただ、身内からは仮面優等生。腹黒いと言われる事も多い。
綺麗に整えられた黒髪のロングヘアーに名前の通り海のような青い瞳、顳顬には和風の黄色い髪飾りをつけている。
今日は学校があったのか?青に一本の白いラインが襟や手首、スカートの裾に入ったセーラー服を着用している。
胸元には黄色いリボンもあり、皺一つない。
育ちの良いお嬢様のようにも見える。
実際に望海の通う学校は寄宿舎もある比良坂町でも有名な女学院、お嬢様学校なのだ。
その為、女学院の制服は女の子の憧れの的でありその期待や気品を守る為にも服装や身だしなみには厳しい。
望海は懐中時計を取り出し、目の前の女性から立ち去ろうとしている。
「申し訳ありません、節子さん。次の依頼がありまして、もう行かないと。お時間があったら、またお話しさせてください。もうすぐ定例議会もありますし。その後にでも」
望海は瞬時に時計を見た後、無駄のない動作で制服のポケットにそれを入れた。
それほどまでに彼女には時間が惜しいのだろう。
実際に依頼数も多い事が彼女の強みでもあった。
「良いのよ、私も我儘言って望海さんに頼んでいるんだもの。本当に凄いわ。沢山の依頼をこなして。多忙でしょうけど、お身体には気をつけて。無理しないでね」
節子と呼ばれた女性は望海を引き止める事なく優雅に手をふり、彼女を見送った。
協会の会長の苗字は敷島と呼ばれていたが、彼女もまた同じ苗字である。
彼女の名は敷島節子、現会長の一人娘で会長秘書を請け負っている。
艶やかで気品ある黒髪に、シャンパン色の美しい瞳を持ち、所々に四角を重ねたような、髪飾りをつけている。
ウェディングドレスのように繊細なレースで作られた白いワンピースを見に纏い。
その反対色である黒もコルセットやブーツに取り入れられている。
御三家の子息に相応しく、此方も気品ある出たちだ。
そんな彼女には会長でもある母親にも言えないような秘密がある。
それは素性の知らない相手から手紙をもらい文通している事だった。
運び屋には守秘義務があり、望海はその事を外に漏らさないと約束しこうして手紙を仲介人を挟みながら届けている。
望海は沢山の依頼をこなし、実績も実力もある。
多忙な為、節子にそこまで干渉してこないのも丁度良かった。
御三家という事もあり、弱みに漬け込み強請るような輩がいない事もない。望海の存在は節子にとってとてもありがたかった。
隼の母親が今まではその役割を担ってくれていたが、引退してしまった為、後継人として彼女を選んだという事になる。
此処では人目に付くからと移動し、人の居ない書類室で読む事にした。
この前は美術館の話を書いたのだが、どう言った返事をくれるのだろうか?とドキドキしているようだ。
しかし、節子は便箋に触れた瞬間。手を震わせながらそれを離してしまう。
無理もない。透けた便箋から奇妙な単語の羅列があったからだ。
そう、亘の文通相手というのは節子の事だった。
彼が想像する年上の女性というのも当たっている。
実際に節子は十九歳だ。箱入り娘の為、好奇心旺盛な性格も相まって少し幼く見えるが周囲はそれも愛嬌だと思っていた。
節子は椅子から立ち上がり、扉付近まで後退りしようとする。
もしかしたら、敷島家対する脅迫や手紙に何か仕掛けられている可能性も捨てきれなかったからだ。
しかし、数秒の沈黙後。怯えながらも節子は手紙の前にしゃがみ摘むように手に取った。
「いつものように宛名もないわよね。便箋も同じ物だし」
封筒の宛先、中を開け折り畳まれた便箋の外側の素材も確認する。
確かにいつも文通相手が送ってくれる物だった。
悲しげな表情をしながらも節子は少しずつ中身を確認しながら手紙を開いていく。
その中央部分に亘が書いたいつもの綺麗な字があった。
節子はこれに驚きながらも、相手が何か自分に訴えている。
警告してくれている。それを直様感じ取った。
「...刀って、運び屋が使ってるものと一緒かしら?それとも別?黄色い血...聞いた事ない単語だわ。あっ、そうだ。颯さんだったら何か知ってるかも」
彼に連絡を入れようとした時の事だった。扉をコンコンとノックする音が聞こえる。
節子は慌てて手紙をポケットに入れた。
「節子?此処にいるの?少し良いかしら?」
「はい!お母様!」
大丈夫だろうか?自然に振る舞えているか心配だったが、母親も少し忙しそうにしているようだった。
扉を開け、外に出ると何かの紙を渡された。
「節子に頼みたい事があるの。これをDr.黄泉に届けてもらえないかしら?海外からの電報で。彼宛に届いた物なの」
「え?」
Dr.黄泉、運び屋の裏方的存在として暗躍している医者のような科学者のような存在だ。
山岸の持っていた拳銃のような武器類の発明は勿論、隼や颯のように病や怪我に苦しむ運び屋の心や身体のケアも行ってくれる。
しかし、壱区に関しては大半弟子である女医に任せており隼や颯の担当医でもある。
しかし、彼らと接触するのは容易ではない。
専用の研究所や工房を持ち、そこで引きこもっている事もある。通常常務を行なっていない為、神出鬼没で何処にいるのかも分からない。
その為、出会えれば幸せになれる。幸運を運ぶ運び屋として町民達からも愛されるアイドル的存在にもなりつつあった。
そんな彼を異国の人物が知っている?この事に節子は疑問を持ちながらもその電報を受け取った。
ポケットからキューブ状の物を取り出し「923」と入手する。
そうすると、中に内臓された印が反応し目の前に男性が現れた。
寝癖のついた、茶髪に丸メガネをかけている。
青いシャツに黄色いセーター、その上に名の通り白衣を身に纏っている。彼こそ、幸運を運ぶ運び屋。黄泉幸慈だ。
「珍しいね。敷島の令嬢が僕を呼ぶなんて」
節子もこの後、用事がある為手短に要件を伝える事にした。
彼も多忙の身だ。望海と同じく時間には余裕はないだろう。
「Dr.黄泉。少し、お時間宜しいかしら?貴方宛の電報が届いたの。アングル王国からなのだけど、ご存知かしら?」
海外からの電報、場所は異国の土地だった。
本当に奇妙な物だ。今まで海外から協会に電報が来た事など一度もない。誰かの悪戯だろうか?いや、それならDr.黄泉の事を知っている事事態可笑しな話だ。
「いや、運び屋の本場というぐらいしか分からないな。ふうん、これは中々面白い事になりそうだね。此方で自分の使ってるCodeを移植して欲しいそうだ。「800」は確かに今のところ未使用だったかな?」
Code、各運び屋の武器に取り付けられる数字のボタンは乱用や暴発を防ぐ為の安全装置のような物だ。
定期的に変更され、山岸の場合は「005」を使用していたが以前は「200」「002」など違う物を使用していた時もある。
基本的にグループ内であれば同じCodeをに区分化される。
「じゃあ、もう基本的な運び屋の業務や武器についてもご存知という事よね?流石本場の国と言った方が良いのかしら?こっちに来てくださったら心強いわね。異国の運び屋、私見てみたいわ!今のうちに挨拶の練習をしないと!」
そういうと黄泉はクスッと笑い始める。
節子のいつもの好奇心旺盛な冒険家精神を刺激されたと思ったのかもしれない。
「とりあえず、指示通り作業の方は進めておくよ。ただ、相手の目的が分からない以上。慎重になるべきだと思うけどね」
節子としては異国の運び屋に会いたいし、仲間を増えるのは喜ばしい事だ。
しかし、それが全体にどう影響してくるのかを考えると確かに慎重になるべきだと彼女も思った。
「でも、貴方を指名してくるという事は少なからず運び屋と接触した事があると思うの。例えば、親族に運び屋がいて貴方の事を知ったとか?」
「あり得ない話じゃないね。でも、僕は壱区を弟子に任せている状態だ。壱区は運び屋も多いし、それ以外となると候補は絞られてくると思うけどね」
しかし、節子は悲しげな表情を浮かべた。
実は節子は壱区から出た事がないのだ。正確には出られないと言った方が良いのかもしれない。
敷島家は壱区に邸宅を持ち。その周辺の見回り、そこの安全を守る事に重きを置いている。
なので、異国の運び屋もそれに関わる人物も知る事はほぼ不可能だった。
それ以上に肆区から届いた手紙。節子は口を濁しながらも黄泉に相談してみることにした。
「あのねDr.黄泉。私の知人!私の知人がね、お手紙を頂いたそうなの。それまでも連絡を取り合っていたのだけど急に人柄が変わったように変な文章を書いて送ってきたのね。でも、一部綺麗な字で大切な事が書いてあったんですって。これってどういう心理なのかしら?」
黄泉は口を抑え、子供のようで愛らしいなと思いながら節子の話を聞いていた。彼は子供に愛され、それと同じく愛してもいる。
それが彼の人気たる所以なのかもしれない。
「うん、そうだね。人っていうのはそんな直ぐに変わる物じゃない。だけど、精神的ショックを受けると脳にダメージが入って無気力になったり、逆に攻撃的になる事もある。基本的に脳が影響しているね。ジャーナリングと言って、自分の気持ちを紙に書くと気持ちの整理が出来て落ち着くんだ。もしかしたら、手紙の相手はそれをしたかったのかもしれないね。節子君の知り合いに何か伝えたかったのかも」
「...そうね。いつもの綺麗な字を見た時、とても安心したの。でもそんな相手にも暗い部分とか怖い部分があって怖かったのね。でも、それ以上に嬉しかったの。助けを求めてくれてるだって。何かしてあげたいってこんな風に思った事初めてだから」
その言葉に黄泉はしっかりと頷く。
そのあと、彼と別れた節子は颯と連絡を取り合い書庫で黄色い血に関する本を調べてみる事にした。
「ありがとう、颯さん。お仕事の方は大丈夫なの?」
「別に気にすんな。どうせ朝と夜にしか仕事ないんだから。黄色い血ね、赤とか青は知ってるんだけど聞いた事ないな」
本を何冊か選んでもらい、節子はその中身を確認しているようだ。
本だけでなく、大学の論文なども調べてみたのだが手がかりが掴めないようだ。
「やっぱり、直接会いに行って話を聞いてみるしかないのかしら?それとも、誰かに頼むとか?」
ブツブツと独り言を呟く節子を颯は見守っていた。
手紙の事を彼に全て話すわけにもいかないので、自分で答えを出すしかない。宛名は肆区、そこに行ける運び屋は限られている。
望海に頼むのはどうだろうか?いや、彼女は多忙の身だ。迷惑をかけられない。ならば自力でどうにかするしかないだろう。
「ねぇ、颯さん。あの壁ってどうやったら乗り越えられるの?私にも出来るかしら?」
颯は隼の時と同じく、壁に突っ伏し顔を伏せた。
いつもそうだ。颯は弟のような隼と妹のような節子に振り回されている。しかし、頼られるのは嬉しい事だ。
“自分を選んでくれた人達の期待に応える”それが彼のポリシーだった。
「そうだな、俺達も基本的に壱区でしか仕事を受けないし正直知識というか、ノウハウしか持ってないが偵察道具を使って壁に印をつける。もしくはその向こう側に印を付けて瞬間移動する。それが一番有効的か。本当なら既存の印を持っている奴らに協力を仰ぐのが一番だ。でもそうじゃないんだろう?」
「そうなの!これは私がしなければいけない事だから。でも、私偵察道具を持ってないのよね」
【コード:005 承認完了 柄長鳥を起動します】
次の瞬間、まるでマジックのようにテーブルに小さく可愛いらしい鳥が三羽並んでいる。隼はこれを小さな綿飴と呼んでいるようだ。
「ないなら、教えてやるからちゃんと自分の物にしろよ。颯様が暇人で良かったな。でも、どうするんだ?そんな暇ないだろ?会長秘書様に」
「ないなら、無理矢理にでも作るまでよ。ありがとう、颯さん。私、やってやるわ!」
その言葉に颯は嫌な予感がし、とりあえず次の会議は風邪を引いてでも出席し節子の様子を見守る事にした。
《解説》
今回は敷島節子と東望海についてご紹介します。
節子の元ネタはななつ星と同じく豪華寝台列車である「四季島」です。
髪の色や瞳は車体をイメージしており、作者が実際に見た時にウエディングドレスのようだなと思った事から、一言で言うとゴスロリですよね。白レースのワンピースに黒いコルセット。
王道の日傘が似合うようなお嬢様として書かせて頂きました。
四角が連なった髪飾りも四季島のエンブレムを参考にしています。
望海の元ネタは「東海道・山陽新幹線のぞみ号」です。
皆さんもこの名前はご存知あると思います。
新幹線の顔とも言うべき名前ですよね。
作者も何回お世話になったかわかりません。
運行本数が多いと言う事で優等生で、嫌いな人はいないだろうという安直な理由で大和撫子。
正統派のお淑やかな雰囲気の女の子にしています。
制服はN700系のカラーを反転させた物ですね。
黄色い髪飾りやリボンは電光掲示板の色に由来します。
隼は尖ったタイプというか、子供達に好かれそうなクールでカッコいい強いお兄さんみたいな雰囲気で書いているので望海は老若男女に好かれる存在をイメージしています。
旭と親しい理由と女性設定なのは満洲国、先代の夜行列車時代の「のぞみ」に由来します。
「ひかり」と姉妹列車であり、「あさひ」とも同じく満洲国の鉄道のその名前があったからですね。
旭は基本的に主人公の父親みたいな存在だと思ってください。
物語の起爆剤としては適役なのですが彼が主人公は難しいと正直思っています。人脈と人望が旭にはありません。(きっぱり)
まぁ、女の子には好かれますよ。彼はゲイなので。
相手も安心して接する事が出来ますからね。
それ以上に彼が選んだのはこの上なく面倒くさいヒロイン(男)なので旭には自由にやらせてあげてください。
なんで上越にBL要素があるんだよという話ですが科学反応が起きて上手く噛みあってしまったとしか説明が出来ません。
作者も不本意です。
一応、史実要素で起点を新宿にしようという話があってそこは2丁目がゲイタウンとして有名なんですよね。もうどうにでもなれ。