第伍話 最果て ◯
場所は肆区の筑紫、此処にはとある屋敷が存在した。
その名も七星邸、比良坂町に初期から移住し敷島家同様代々協会の会長も輩出してきた由緒正しい家柄の邸宅がある。
彼らは町民達から御三家と呼ばれ、それぞれ壱区、参区そして肆区に邸宅を持っている。
彼らは共通先祖として協会初代会長、朝風暁を祖に持ち、高貴なる精神を代々受け継いている。
七星邸の外観はそれは立派な物で、赤い屋根に重厚感のある焦茶色の壁。門は金色の格子となっており一目で軽々しく近づくような場所ではない事が分かるだろう。
内装も同じく、重厚感があり座るのも躊躇いそうな繊細な模様の施されたグレーや青、赤と部屋に合わせ鮮やかソファや椅子が並ぶ。
茶室やカウンターバーも設備されており、値の張りそうなお酒や工芸品なのだろう、色鮮やかに美しく光り輝くグラス達が同じく高そうな食器棚に仕舞われている。
全てが一流で整えられた空間、そんな屋敷の一室に優しい表情を浮かべ物書きをする一人の少年がいた。
茶髪に黄土色の瞳。年は中学生、十三歳程だろうか?
しかし育ちが良いのだろう。持つ便箋も金枠に囲まれており市販で売っているのか疑問に思うほどだ。
万年筆を持つ手も軽やかで、インクを手につけるような事もなく綺麗な字を描いている。
服装もやはり高そうだ。光沢のある布で作られているのだろうか?
しかし、彼には大きいようでブラウンのシャツにコードバンをしている。この家柄であれば、オーダーメイドもあり得そうだがもしかしたら誰かの形見を大切に着用しているのかもしれない。
赤いベストの襟元には五芒星のバッチがつけられている。
彼の名は七星亘、現在は隠居しているとは言え会長職にも就いていた現当主の孫である。
「咲羅、これをいつもの所に」
「はい、坊ちゃん」
手紙を書き終えたのだろう。優しい笑みを浮かべながら後ろに振り返り、威圧感のある大柄な男性にその手紙を渡している。
高貴な家柄、その子息を守る用心棒。そう言ってもいいだろう。
一九〇センチはありそうな大柄な体格、短髪の茶髪に名の通り桜色の瞳が印象的だ。
眉間に皺を寄せ、太い眉毛も印象的だ。威圧感を感じる。
しかし、屋敷に相応しく制服なのだろう。
爽やかな水色のダブルスーツ、青色のシャツにボウタイをしている。
しかし、物騒な刀を腰に刺している状態だ。
小型な亘と合わせても、身長差がすごい。
彼の名は咲羅維新、もう1人の相方と共に七星家の用心棒をしている。
「何を書いたかお聞きしても?」
「文通相手が先日、美術館の特別展に行ったそうなんだ。絵の感想が書かれていたから僕も好きな画家や絵を紹介したんだよ」
にこやかに亘はそう応える。しかし、親しい間柄にも関わらず手紙には何の宛先も書いていない。
実は亘は文通相手の素性を知らないのである。
筆跡や手紙の内容から少し年上の女性に見えるのだが、きっかけは幼い頃、夜間勤務の運び屋から受け取った匿名の手紙からだった。
「どうか、この子とお友達になってほしい」と謎の言葉を告げられた。手紙を差し出してきたのは夜間勤務の信頼の厚い女性の運び屋だった。実はその女性、隼の母親なのである。
隼は以前、肆区に住んでいたがそれは母親が此処の担当だったからだ。
もしかしたら、息子と同じ年頃故に文通相手や亘に同情していたのかもしれない。
隼からも家庭を蔑ろにされていると言われていたので尚更。
「お願いします!ご隠居様!どうかお話だけでも!」
「ちょ、ちょっと待って下さい!これ以上、近づかないで!咲ちゃん、手を貸して!」
廊下から中年程の男性と若い女性の声がする。
亘は後者の声の主を知っているが前者を全くと言っていいほど知らなかった。
それに咲羅の事を渾名で呼んでいるのだ、もう1人の相方と見て間違いないだろう。
咲羅は刀を構え、亘を後ろに下げる。
何もない壁に指差し、隠れろと指示しているようだ。
しかし、亘はそれを拒否した。
「この状況だ。壁越しでもいい、相手の話が聞きたい。僕は部屋に隠れているから。咲羅、後は頼んだよ」
亘の意見を尊重し、彼だけ部屋から出てきた。
そうすると揉み合っている男性と女性が同じく固まる。
彼女の名前は葦原瑞穂、女性にしては長身で一六九センチあるという。
蜂蜜色のロングヘアーに橙色の瞳が印象的だ。
咲羅と同じ制服を着ているが女性物に合わせてスカートを着用している。胸元も異なり青いジャボを身につけている。
彼女は実家が武術道場という事もあり、護身術に秀でている。
実際に男性の腕を持ち、急所を突こうとする寸前だった。
咲羅もそうだが、瑞穂も亘へ剣術や護身術の指南をしている時もある。
それは祖父からの頼みでもあった、二人は二十三歳と実力がありながらも若者という事もあり孫とも気が合うだろうという考えによるものだった。
「瑞穂、何をしている」
「あっ、あはは。ごめんなさい、つい手が出ちゃって。急に屋敷に来て、慌てて中に入って来るんだもの。侵入者かと思うじゃない」
そう言いながら瑞穂は男性から手を離した。
彼はフラフラとその場で倒れてしまう。それほどまでに瑞穂に恐怖心を植え付けられたのだろう。
瑞穂は咲羅と正反対の性格をしており、温和で穏やかな印象をもたれやすいが、おっちょこちょいな一面も持っている。
それを咲羅はいつもカバーしているという状態だ。
ただし、彼女の豪快さや勇ましさを咲羅は否定しないし。
寧ろ、彼女の長所だと認識している。
そのあと、杖をつきながら此方へと近寄ってくる老人がいた。
亘の祖父であり、七星家の当主。ご隠居様だ。
息子夫婦を人魚の被害によって亡くし、幼い亘の負担とならないよう家督相続は彼が成人するまで行わない事にしている。
亘の身につけているシャツは亡くなった父親の形見なのだろう。
「よかよか。瑞穂が勇ましいのはいい事たい。そんで、どうしたと?こんな夜中に」
優しく膝を突き、町民の男性に話しかける。
その言葉に彼は感謝し、涙を拭いながらもしっかりとした口調で話を続けた。
「先程、筑紫の繁華街で可笑しな女性を見たんです。若く、美しかったのでそこで働いてる者だと思ったのですが。奇形というか異様な存在で、肌や足に鱗みたいな模様があって。言葉を話すんですが支離滅裂で「青い血」と喚き散らしてて。近くでそれを見ていた人達もこれは可笑しいと、ご隠居様に伝えた方が良いと。俺...じゃない私が代表して向かいました」
その言葉に祖父はしっかりと頷き、瑞穂と咲羅に目配せする。
直様、繁華街に向かい調査をしろと命令しているようだ。
「分かりました。乙黒家の力も借りましょう。燕ちゃんももう直ぐ帰って来ると思うし。私はこの男性を送り届けてきます。咲ちゃん、後で合流しましょう」
咲羅は同意するように頷き、一回亘の部屋に戻る。
しかし、彼は目を見開いた。亘が外出用のコートを手に持ち今にも着ようとしているからだ。
「僕も咲羅と一緒に向かう。七星家だけじゃない肆区の危機だ。じっちゃんは足が悪い。現場には行けない。僕が行かなくては」
「しかし、坊ちゃん。あまりにも危険すぎる。ご自身の立場を考えて...」
しかし、黙っていろとでも言うように亘は咲羅を睨みつけた。
これには大柄な咲羅も背筋が凍った。それほどまでに七星家の権力、権威、栄光というのは計り知れない物でもあった。
亘は身元がバレないよう簡易的な変装をし、繁華街へと向かった。
いつも煌びやかな屋敷にいる亘がある意味騒がしく煌びやかな所にいるのを周囲は見て驚いていた。
ヒソヒソと噂話が聞こえてくる。お忍びなのか?それとも何かあったのか?町民達にその理由を知る者はいない。
そのあとだった、路地裏から「ウゥ...」と呻き声が聞こえてくる。
亘は背筋を凍らせながらも咲羅の制服の裾を掴み、片手で路地裏を指差した。咲羅は直様、亘を後ろに隠し一緒に向かう。
人影を見た二人は呆然とした。先程の町民が言っていた言葉通りの容姿を持つ女性がいたからだ。
しかし、足に骨が入っていないように軟体でグニャリと変な方向に折れ曲がってしまっている。
亘は目を見開き、過呼吸寸前まで追い込まれた。
無理もない。屋敷で大切にされ、煌びやかな美しい物に囲まれていた彼がこんな繁華街の路地裏で奇形を目にしているのだから。
しかし、側にいる咲羅や瑞穂。二人からその勇気を日頃からもらっているのだろう。目を背ける事なく、彼女をしっかりと見つめていた。
これが現実。これをしっかりと祖父に伝えようと思っていた矢先に更なる悲劇が襲った。
「アァァァァァァ!!アオッ!アオッ!」
女性が二人の元へ突進して来る、その刹那。反射的に咲羅は抜刀を開始した。
しかも、出血多量な首目掛けてだ。大柄で剛腕な咲羅は一瞬にして首を断絶する。
そこからは大量の“黄色い血”が吹き出していた。
咲羅は勿論だが、亘の顔面にもそれは飛び散る。
女性は身体を最初、ピクピクさせながらも数秒後動かなくなった。絶命した瞬間だった。
意気消沈した亘と咲羅の元に瑞穂ともう一人の少女が悲しそうな表情をしながら近づいて来る。
彼女の名は乙黒燕。運び屋の中にも名門と呼ばれる家があり御三家程ではないが、親族も運び屋として活躍し華麗なる一族とも称される乙黒家の正統後継者だ。
その証拠に臙脂色に燕を模した家紋が背中に書かれている半被を着用している人達が現場保全の為、通路を閉鎖しているようだった。
制服姿のまま運び屋をしていたのだろうか?紺色のボブヘアーに黄色い瞳、白と赤のセーラー服を身につけている。
年も亘と同じ十三歳だが、運び屋としてのキャリアは瑞穂や咲羅よりも長い。
幼少期から天才少女と言われ、名門乙黒家の中でも更に期待されている存在でもある。
だからこそ、周囲から認められ自身も期待に応えるように運び屋の職にいち早く就いた。
しかし、比良坂町全体で言うと最年少記録をもっていると言うわけではない。
実は十歳にして運び屋職に就いた者もおり、皆に愛され長年のファンも多い。現在は十六歳。高校生という事になる。
そんな存在が今何をしているのかは次の機会に語るとしよう。
しかし、年上であっても基本タメ口で一部からは恐れられているご意見判的存在という事だけは言っておこう。
更なる記録更新の為、今後期待を寄せられる存在も今は姿を隠しているがこの比良坂町に眠っている。
「亘君、大丈夫...じゃないよね。ごめんね、燕も早く来られれば良かったんだけど」
「いや、ありがとう。その気持ちだけで十分だ。そうだ、血液サンプルは?この異常事態だ。少しでも手がかりが欲しい」
そういうと燕は試験管に栓をした物を差し出してくる。
家の者に頼んだのだろう。亘が触るとまだ生ぬるい感触がする。
黄色い血が入っているからだ。耐えられなくなったのか亘は目を背けた。
「坊ちゃん、申し訳ありません。手紙はまた後日という事に」
もう明け方近いだろう。ひと段落し屋敷に戻ると咲羅は手紙を返却してきた。
主人の物をきちんと守ったのだろう。封筒に血の滲みなどはなく綺麗な物だった。
亘もコートを洗濯する為、家政婦にそれを渡していた。
「緊急事態だ、仕方ない。もう朝になる、今はゆっくり身体を休めてくれ。もう、大丈夫だ。ありがとう、咲羅」
咲羅は一礼すると、その場から立ち去った。
広い部屋に一人残された亘はあの場面を思い出し、怖くなってしまったのか自分で肩を摩りながら部屋を周回していた。
この恐怖心が収まらないのだろう。先程まで楽しそうに書いていた手紙に禍々しさを感じ破こうとしてしまう程だった。
手紙に亀裂が入る「あ...」と呟いた時にはもう遅かった。
これでは手紙を出せる状態ではない。
しかし、どうだろうか?素性も知らない相手だからこそ自分の心をぶち撒け、晒しても良いのではないかと亘はふと思った。
そうなれば答えはもう見えている。
優雅に椅子に座る事もなく、立ったままの状態で万年筆と便箋を用意する。
もうなりふり構ってはいられない。荒い筆記でインクが裾についているにも関わらず、そのまま手紙を綴った。
願わくば、この気持ちと手紙が届くように。
しかし、巻き込む訳には行かないと狂ったと思わせ尻熱烈な単語を書いていく。
しかしこれだけは気品ある上品な字で綴った「人を斬り殺した時、体内から黄色い血が出てきた。君も十分に注意してくれ」と。
《解説》
今回は九州新幹線とななつ星についてご紹介したいと思います。
七星亘の元ネタは日本では最高峰の列車として名高い「ななつ星in九州」です。
屋敷の内装は実際の車内をイメージして描写させて頂きました。
実際に茶室やカウンターバーもあると言う事で驚きですよね。
服装は元々車体は茶褐色なのですが、他にもクルーズトレインを登場させる予定なのでそのバランスも考えて差し色に赤を入れています。
五芒星のバッチはななつ星のエンブレムからですね。
実際は五芒星の中に「7」と描かれ、周囲に星があります。
2013年デビューという事で、貫禄のある雰囲気を出すのも難しくななつ星のPVを見た時に一人称が「僕」という風に紹介されていたんですよね。なので公式も少年視しているのかな?という風に捉えて参考にさせて頂きました。
九州新幹線は「みずほ」「さくら」「つばめ」が存在します。
この中で「つばめ」は一足先に2004年にデビューしています。
名前的に歴史ある伝統的な名前という事で出身を代々活躍した運び屋を輩出した名家出身の天才少女という風にして此方でも2人より先にデビューしています。
服装は800系をモチーフにしています。全体的に丸いフォルムなので少女っぽいなと思い燕も制服という形で同じ色を着用しています。
「みずほ」「さくら」に関しては700系に合わせていますね。
「みずほ」の名前表記が橙色という事で、温和で優しいお姉さんという風に名前のイメージも合わせて決めました。
容姿も全体的に暖色系にしていますね。
「さくら」の場合は鹿児島県に桜島があるという事でチェストというかそれをイメージしたゴツいキャラにしてます。
眉毛が太いのも、西郷隆盛の要素が入ってますね。
同じく、家でツンというメスの犬を飼っています。
700系って8両編成な筈なのですけどね。可笑しいですね。
なんで2人とも高身長なんですかね。
まぁ、九州なので強者揃いなイメージがあるので許してやってください。