第伍拾伍話 思い出の場所 ▲
「零央、父さん任務に行ってくるからここで待てるか?」
「うん!れお、あそんでるね!」
場所は壱区の協会、いつもなら零央は喫茶店にいるのだが今回、望海達も他に出払っており彼を見ていられる人がいなかったのだ。
そのため、児玉は協会へ赴き簡易的な遊び場に連れていく事にした。
「すぐ戻るから!」
そう言い残して、児玉はその場を去っていってしまった。
零央はいつも通り遊んでいたものの、次第に飽きてきてしまう。
数分後には、部屋を出て廊下に出てしまった。
「君、こんな所でどうした?お父さんかお母さんは?」
そんなおり、1人の男性に話しかけられた。
零央は面識がないため、彼の名前が分からなかった。
しかし、不思議と零央は彼に懐いたのだ。
「パパ、おしごとにいっちゃたんだ。れお、ここでまってるの」
「そっか、偉いな。お兄さん、朱鷺田縁って言うんだ。よかったら、一緒に遊ぶか?ひらがなとか、文字の練習でも良いぞ」
「れお、じぶんのなまえかけるよ!おにいさんにみせてあげる!」
朱鷺田は一瞬、零央を見た瞬間。子供の頃の旭の姿と重ねていたが気を持ち直したようだ。
零央の代わりなどいないし、逆もまた然り。
旭の代わりなどいない事を自覚しているのだろう。
そのあと、2人は楽しそうに談笑していた。
しかし、零央は何かに気づいたようで朱鷺田の手を大事そうに撫でている。
「ねぇ、おにいさん。おててだいじょぶ?いたいの?」
確かに朱鷺田の手は肉刺だらけで、子供が見るには痛々しい光景だろう。
しかし、朱鷺田は優しい笑みを浮かべながらこう言った。
「大事な人を守る為に俺は強くならないといけないんだ。今、刀の使い方を学んでいる所なんだ。刀ってわかるかな?」
「うん!のぞみおねえちゃんももってたの。れおしってるよ!」
そう言うと、朱鷺田は嬉しそうに頷き零央の頭を撫でた。
「本当だったら俺が使う刀を、仲間に渡したんだ。刀なんて野蛮で、美しくないって。遠ざけてたけど、そうも言っていられなくて。でも憧れはあったんだ。男の子っぽい遊びが。チャンバラとかさ、メンコとか。サッカーも旭と一緒にやった事があってさ。凄い楽しかったのを今でも覚えてる」
朱鷺田は面倒見が良く、色々な事を零央に話してくれた。
そんな中で零央はある質問をした。
「おにいさん、れおね。かっこいいかんじがしりたいんだ!おしえて!」
「カッコいいか。難しいな、四字熟語とか?子供にも分かりやすいものがいいよな」
そう朱鷺田は呟き、考え事をした後、近くにあった画用紙にクレヨンで何かを書き始めた。
「風林火山」それが朱鷺田の書いた文字だった。
「なんてよむの?」
「ふうりんかざん、戦う為の心得を表した四字熟語だ。風のように早く、林のように動かない時は静かに潜み、火のように果敢に猛追し、山のようにどっしりと構え守る。一言で言うと臨機応変に対応しろって事だけどな」
その言葉に零央は目を輝かせ、「ふうりんかざん!」と何度も呟く。
「カッコいいね!」
「喜んでくれたなら何より」
そのあと、朱鷺田は零央に何か言おうとしてやめてしまった。
「おにいさんどうしたの?」
「...いや、ちょっと君に聞きたい事があるんだ。例えばだけど、君の大切な友達が突然、目の前からいなくなっちゃったらどう思う?」
「れお、かなしいきもちになる。ないちゃうかも。おにいさんもないちゃうの?」
「その時は泣けなかった。でも、後から喪失感。もういないんだなって気持ちになって悲しくなった。昔からずっと一緒にいたのに、今までも一緒にいられると思ったのに。それが出来なかった」
彼は旭への思いを、少しずつだが零央に伝えているのだろう。
子供に何を言っているんだろうと朱鷺田は思ったが、大人にも打ち明けるのが難しい悩みだと言うのは彼本人も分かっているようだ。
零央は朱鷺田の言葉を聞きながら、自分なりの答えを出した。
「おにいさんはおとなになるのがこわい?」
「えっ!?いや、なると言うか。今も大人なんだけどな、君にはそう見えなかった?」
「えっとね、そうじゃないんだ。ごめんなさい。れお、いいたいことうまくいえないんだ」
零央は感覚的に何か伝えたい事があるようだが、まだ子供な為言語化出来ないのだろう。
朱鷺田は今の言葉を頼りに彼の伝えたい気持ちを自分の中から探し出す。
「もしかして、子供の頃の方が良い。過去に戻りたいって俺が思ってるって事?...旭のいない今を俺は無かった事にしようとしているのか」
「れおはね、はやくおとなになりたいな。パパといっしょにおさけをのむの!」
「ははっ、結局ない物強請りだよな。子供は大人になりたがるし、大人は子供になりたがる。そうだな、足踏みするのはもうやめだ。先の未来で旭に会える事を考える方がずっと良い」
すると、奥の廊下から谷川の姿が見えた。
冬服なのだろう。空色のトレンチコートに白いニットワンピース。銅色のベルトをしているようだ。
「あれ、トッキー。こんな所で何してるの?...はっ、まさか子供好きだからって誘拐してきたとかじゃ」
「ねーよ!」
「じゃあ、その子養子にでもするの?トッキー、女性が苦手だからって段階飛ばし過ぎだって」
「おい、谷川!!もう、それ以上言うな!お前が言うと収集がつかないんだよ!!」
2人のやりとりに零央は怖がる所か笑っていた。
「おにいさんとおねえさん、おもしろいね」
「そうでしょ?そうだ、君にいい事教えてあげる。谷川さんは、普段体たらくなダメ人間として過ごしているけど。冬になると本気出すから注目しててね。それ以外は冬眠してるけど」
「いや、それ逆冬眠だろ。君は昼寝を沢山して健やかに育つけど、谷川お前は成長どころか停滞、右肩下がりまっしぐらだぞ」
「いいじゃん、平坦なコースとか初心者でもビックリだよ。ちょっと傾斜がある方が歯応えがあるってものでしょ」
「いや、誰もスキーの話なんかしてねぇよ!!いつから話が変わったんだよ!!」
2人の会話を聞きながら零央はずっと笑っていた。
こんなに大笑いしたのは生まれて初めてかもしれない。
「零央、ここにいたのか」
「パパ!」
「なんだ、児玉さんの倅だったか。彼、とても良い子で待ってましたよ」
「谷川さんも良い子だけどね!」
「お前はある意味、問題児の模範解答だよ」
2人の会話を聞いて児玉は零央の事を面倒見てくれたのだと思い、お礼を言った。
「零央の事見ててくれたのかありがとな。にしても珍しいな2人揃って協会に来るなんて、普段は余り顔出さないだろ。俺が見てないって可能性もあるけどな」
その言葉に朱鷺田は真剣な顔つきでこう言った。
「このご時世だし、周囲と連携を取らないといけないんでね。でも今日はいい収穫があった。零央、君に会えてよかったよ」
「うん!ありがとう、おにいさん、おねえさん!また、れおと遊んでくれる?」
「勿論」
朱鷺田がそう返事すると零央は嬉しそうにこう言った。
「じゃあ、こんどあったられおのたからばこみせてあげるね。みたことないはなもはいってるんだ」
そのあと、朱鷺田と谷川は協会を去る事にしたが先程の言葉に疑問を持っていた。
「見た事ない花って何だろうな?珍しい物には間違いないんだろうけど」
「子供からしたら何でも珍しいから色々宝箱に入れたいんだよ。四つ葉のクローバーとかさ。3人で良く探したじゃん。そう言う奴じゃない?」
「確かにそうだな、今度機会があったら見せてもらおう。と言うよりも谷川。子供の前で言おうとしてただろう...その、俺と旭の事を。やめてくれよ」
「えぇ?大丈夫だよ。零央君、賢そうだったし。こう言うには子供のうちから話して少しでも抵抗感無くした方がいいんだって。トッキーが心配症なだけだよ。そういえばさ、今日のご飯どうする?谷川さん、ラーメンがいいな」
いつも通りの会話に戻ろうとする谷川に対して朱鷺田は呆れながらもある提案をした。
「そうだな。折角だ、外食にしようか?谷川は案内する着いて来てくれ」
そう言われ、谷川は彼の手を取りある場所へと移動した。
人気のない路地裏。しかし、その向こうには大勢の人がいるように見えた。
「えっ!?此処何処!?トッキー、谷川さんを何処に誘拐したの?」
「惚けるなよ、谷川。俺は知ってるんだぞ。俺が一回引退してた期間にお前達で此処に飲みに来てただろ。家計簿つけてるから知ってるんだぞ。まぁ、此処は俺にとっても思い入れのある場所だからな。多少は目を瞑るが」
此処は朱鷺田達の担当場所でなく、私用で印を持っている角筈という場所だ。
かなりの人々が集まり、運び屋も無数に存在する。
以前は朱鷺田達も担当場所として希望を出したが土地柄故に叶わぬ事はなかった。
だが、この状態に谷川は危機感を持っていた。
実は旭は比良坂町を転々としながら生活をしているが角筈は特に知り合いも多い為か匿ってくれる場所も多いのだ。
偶然鉢合わせてしまう可能性も高いと危惧していた。
「でもさ、此処に来てどうするの?新しい彼氏でも探すつもり?旭だってほら、トッキーの事を忘れて男と歩いてるかも...ひえっ!?」
その言葉を言う前に朱鷺田は目をカッと見開きながら谷川を凝視している。
「良いか?谷川。この世に俺と旭以上の男なんて存在しないんだよ。ラーメンを食べに行く前に少し俺の話に付き合ってくれないか?別に旭探しに手伝えなんていうつもりはない。探しちゃいけないんだろう?それぐらい俺も分かってるよ。すまなかった、谷川。今まで、迷惑をかけたな」
その素直な謝罪に谷川は驚きながらも、人のいない路地裏を歩きながら朱鷺田は話を始めた。
「旭がそんな簡単に俺達の元から離れる訳がないんだ。俺の事を1番に考えてくれて、変わらぬ愛をくれる存在がそんな簡単に離れると思うか?」
「...トッキー。何かと思ったら谷川さん、これから惚気話でも聞かされるの?もうお腹いっぱいだよ」
「そうじゃない!今回の出来事は色々な物が折り重なっている可能性が高い。それでもだ。1番最初に動いたのは旭なんだよ。それは紛れもない事実だ。旭は気づいてしまったんだと思う。この町の異変に。俺が違和感を持っているんだ。確証はないけれど多分あの人が関わっているんだろう」
核心に近づいていく朱鷺田に対して谷川は確認も込めてある質問を投げかけた。
「そしたらさ、トッキーはその人の味方をするの?それとも旭の味方をするの?」
「愚問だな。俺は2人の操り人形じゃない。俺は俺の味方だ。俺が信じたい物を。俺の正義を貫く。その道の途中で旭がいてくれたら良いなと思うぐらいだ」
その言葉を聞けて谷川はホッとしているようだ。
「そうか。なら良いんだ。谷川さんも安心。後の仕事はトッキーと旭に任せて谷川さんは悠々自適なニートライフを送ろうかな」
「はぁ?何言ってるんだ、谷川。俺は、ちゃんと気づけたんだぞ。お前の重要性に。今まで、旭ばかりに頼っていたけどそれだけじゃダメなんだ。依存してしまうのは仕方ない。でも依存先を増やして分散させる事は出来る。旭だって、お前に頼ってたんだ。だから俺もお前に頼らせてもらうよ」
そう言うと、谷川は目を見開き「えっ!?」と叫んでいるようだった。
「トッキー、良いよ!そんなデレ要らないよ!谷川さんの仕事を増やさないで!もう、何なのこの2人は!谷川さんを散々こき使って」
「やっぱりそうか。まぁ、お前の実家からしてヤバイ事に首を突っ込んでいるのは分かってたよ。毘沙門天は隠密向きだしな。だとしてもだ。繋がりがイマイチ掴めない。そう言うのは旭からの報告を待つしかないか。大丈夫かな、ちゃんとご飯食べてるだろうか?」
「あっ、それなら大丈夫だよ。寧ろ、塩分が控え目になって健康的だって言ってたし。でも、やっぱりトッキーの梅おにぎりが食べたいって言ってた」
そう言うと、朱鷺田はパッと花が咲いたように笑顔になった。
「そうか。ふふっ、そうだよな。おにぎりを餌にしたら寄ってくるんじゃないか?しょうがないなもう。作ってやるか」
その光景に谷川はやはり朱鷺田は単純というか世間知らずのお坊ちゃんだなと改めて思った。




