第伍拾肆話 宿敵 ◆
氷川の拠点にて、颯が自分宛の依頼を確認していると数枚しか依頼書がない事に気づき顔を真っ青にしていた。
隼が倒れている間、彼が代打ではあるものの業務をこなしていた反動もあるのだろう。
それを持ちながら、山岸がいる事務机に行き訴えるようにこう言った。
「なっ、何で俺の依頼が少ないんだよ!山岸、今日は調子が良いんだ!仕事、この颯様に振ってくれよ!」
その言葉に山岸は颯と一瞬目を合わせるものの、直ぐに自分の書類へと目線を戻してしまった。
しかし、それも自分宛というより第二希望として山岸に依頼が回ってきた書類ばかりだった。
隼は完全予約制故に、当日枠を設けている山岸にその仕事が回って来たのだろう。
彼は颯にチラリと書類を見せながらこう言った。
「じゃあ、隼が受けきれなかった奴やるか?そうじゃないだろ?颯、無理しなくていい。この前だって隼が倒れた時、代わりに頑張ってくれただろう?今はゆっくり休んどけ」
「...それはそうだけど」
今の颯の境遇は、初嶺に追い詰められた隼と良く似ているだろう。
病弱な身体故に、以前はエースとして組織を引っ張って来たがそれも長くは続かなかった。
颯とて、昔に戻りたいか?と言われればそうではない。
実際に今の仕事のペースこそが本来の自分の姿であり、昔は皆の期待に応えたいと無茶をしていた事は本人も自覚していた。
組織も人数が集まり、仕事の分担も出来ている。
そんな中で無茶をする理由もないだろう。
そんな時だった、翼が部屋の扉から顔を出した。
「山岸さん!任務、一緒に来てもらいたいんすけど...って、俺嫌なタイミングで来ちゃいました?」
「翼か、少し話をしてから向かうから外で待っててくれ」
「了解です」
翼がその場から去ると同時に山岸は口を開いた。
「颯は隼が悪い奴だと思うか?」
「いや、そんな風に思った事は一度もない。ただ、自分との折り合いがつかないだけだ。...ごめん、山岸」
正直、隼はかなり扱い難い存在であり彼の教育係をしていた颯はこの人物を組織のエースにして良いのか?と疑問に思う箇所もあった。
特に、以前の北斗との会話を見ていてもコミュニケーションに難があるように思えてしまったからだ。
ただ、彼の実力は本物であり。颯もそれは認めている。
諸刃の剣、そう言っても差し支えないだろう。
使い方を誤れば一瞬にして、壊れてしまう。
隼はそう言う存在だと颯もそうだし山岸などのグループメンバーも同じように思っている。
山岸は優しい笑みを浮かべながら、颯にこう告げた。
「いいんだよ。俺も児玉さん程じゃないけど、何年も運び屋やってるからそういう奴らを沢山見てきた。ここも例に漏れず、青葉が大怪我をして引退に追い込まれた。颯、時間はまだある。今はゆっくり考えればいい」
そう言いながら、山岸は胸ポケットから何か写真のような物を取り出している。
颯にはチラリとだが、女性の姿が見えた。青葉の物だろう。
しかし、一瞬見たあとすぐに戻してしまった。
「そうだな。ありがとう、山岸。...というか、山岸。今、何歳だよ。もうおじさんじゃね?児玉のおじさんとそう変わらないって事じゃん」
そんな颯の言葉のあと、山岸から血管がピキッと割れるような音がしたのは気のせいだろうか?
「颯、お前そう言う所直した方がいいと“お兄さん”は思うんだけどな。いいんだよ、児玉さんは。自分でおじさんって言えるぐらい貫禄があって良い年の取り方してるんだから。俺はね、瀬戸際なの。分かる?お前達を束ねるリーダーだけど、全然言う事聞かないだろお前ら。好き勝手やってるだろ?敢えてやらせてるんだけどさ」
そのあとも永遠と話が続きそうだったが、山岸は翼との任務を思い出しその場から立ち去っていった。
「危なかった。このままだったら長時間説教ルートに入ってたわ。翼に感謝しないとな」
そんな事を呟きながら玄関に向かう為、廊下を歩いていると反対側から那須野が歩いてきて目が会う。
「おっ、颯じゃねぇか。今、帰りか?」
「そんな所かな。この崇高なる颯様は近寄り難くて、仕事がないんだと」
「そう言うなよ。そうだ、隼がお前の事探してたぞ。手伝いが欲しいって嘆いていた。時間があるなら行ってやったらどうだ?宇須岸の辺りにいるらしいぞ」
「あぁ、あそこか。...って、俺達が行ける最北端じゃねぇか。何考えてんだ?アイツ」
隼もそうだが颯も業務の為、宇須岸に向かう事もあるがそこまで件数は多くない。そんな中で手伝いが欲しいと言っているのだから颯は首を傾げていた。
颯は後輩を揶揄ってやろうと思い、宇須岸の方へ移動した。
するとどうした事だろうか?隼の側には初嶺がおり、隼は顔を真っ青にし大量の汗をかきながら印に念力を込めているようだ。
「隼、無理は禁物です。念力の量が底をつきかけています。このままいけば、倒れてしまうでしょう」
「分かってる。くそ、ここまで来たのに」
「何やってんだアイツら!?」
初嶺と隼はここから先、北部の範囲を広げる為尽力していた。
しかし、隼は運び屋になってそう年を積んでいない。
それ以上に日々の任務により疲労困憊になっている筈なのにその上で範囲を広げようとしているのだから颯からしてみれば地獄絵図としか言いようがなかった。
颯はすぐさま、隼達の元へ向かい止めるよう説得した。
「おい、やめろ!隼、そこまでしてやらなきゃいけない大事なことか!?お前が倒れてまでやらなきゃいけない事か!?」
「...颯先輩。貴方にだけは言われたくないんだけど」
そう言いながらもここに来てくれた事を隼は喜んでいるようだった。
しかし、隼は次第にふらつき始め倒れそうになる。
それを初嶺と颯は受け止め、支えた。
隼を木陰に寝かせ、颯は初嶺から今の状況を聞き出す。
「私のシュミレーションでは、隼ではあの川へ辿り着く事は不可能だと何度も言ったのですが「やってみなくちゃ分からない」と無理に行おうとしたのです。私としてもイレギュラーな事態で混乱しておりました」
初嶺が指差す先には、隼の目的地でもある大友があった。
颯はそれを見ながら、自分達と目的地の距離を計算し落胆しているようだった。
「だろうな。颯様でも無理だと思うわ。...だが、そう言われるとムカクツな。隼は壱区のエースだ。それ以上に俺の分身みたいな物だ。自分の分身に限界がありますなんて言われたら嫌に決まってるだろ」
「分身、紛い物とはどう違うのですか?興味があります、私は隼から会った時、紛い物だと言われたのです」
「それはお前の事を良く知らなかったからだろう。お前にはお前の役割がある。それをコイツが受け入れらなかったってだけの話だ。案外、コイツもお前に嫉妬してたのかもな。涼しい顔して色々考えてたんだろ。昔の俺と一緒だ。今は寝てるけどな」
颯は横たわる隼を眺めていた。
こう見ると、やはり自分より幼く未熟に見える。
そんな彼がこんなに大きな物を背負い込んでいた事に颯は昔の自分を思い出し、暗い表情になった。
「なぁ、初嶺。俺だったら、行けるか?隼が予定の半分まで進めたのならもう半分は俺がやる。昔、使ってた場所分の念力もこっちに回せたら何とか届かないか?」
「確かにそれであれば可能かと思いますが、昔のように大部分を行き来出来なくなる可能性があります。貴方も念力は隼と同程度、それ以上に少ないと感じます」
「いいんだよ、それで。エースは2人もいらないだろ?きっと、こうなる運命だったんだ。たどり着いた先に何があるのかは、この颯様にも分からない。だが、絶対に無駄にはならない。さぁ、初嶺。始めよう」
その数時間後、肌寒い風が頬を撫で隼が目を覚ました。
澄み渡る空に満天の星が張り巡らされている。
「起きんのおせーんだよ。何時間寝てんだよ、赤ん坊か!?風邪引くぞ、ここは特に寒いんだからな」
「本当に颯先輩には言われたくないんですけど。...ありがとうございます。来てくれて。俺、貴方に嫌われてると思ってたから」
「...」
その言葉に颯は何も言えなかった。
自分にとって、隼に向ける感情は複雑な物だったからだ。
生意気ながらも可愛い弟、自分の分身、自分を退けた新しいエース。
単純に好き嫌いでは言い表わす事は出来ないのだろう。
しかし、これだけは言える。大事な仲間の1人である事だけは颯も胸を張って言えるのだ。
「ずっと、見てられなかった。貴方が頑張って、命を削って運び屋をしているのを。俺だったら、貴方の代わりが出来るってずっと思ってた。本当は曲を作る事に興味があって音楽の道に進もうと考えていたけど、それを諦めてここに来た」
「...そうか、悪かったな。隼、最後の大仕事だ。行くぞ、ついてこい」
颯に手を握られ、瞬間移動した先には隼の求めていた景色があった。
ここら辺は酒場が多いのだろうか?煌びやかな看板には酒類のデザインが多いように見える。
「宇須岸の夜景も最高だが、ここの夜景は格別だろ。後は印をつけるだけだ。初嶺、お前もどうだ?一緒に」
「私ですか?ですが私は皆さんの仲間では...」
初嶺の言葉に隼は首を横に振った。
薄らとながら、目に涙があるのが分かる。
「ここはきっと、1人では辿り着けない景色なんだ。初嶺、俺からもお願いする」
「分かりました。お2人の気持ち、有り難く頂戴します」
そのあと、3人はそれぞれの場所に印をつけ。本拠地に帰還した。
「隼、お帰りなさい!凄く嬉しそうな顔をしてるの!3人で何処にいってたの?」
「俺のずっと行きたかった場所。夜の街に行って来たんだ」
そう言うと夕飯にと鍋を用意していた小町と山岸が目を見開いた。
「ちょっと!颯!隼君を何処に連れて行ったんだよ!ダメダメ!うちの隼君はそう言うのNGだから!」
「何勘違いしてんだ!変態野朗!大友だよ!初嶺に手伝ってもらってやっと辿り着いたんだ」
それを側で聞いていた那須野と翼は空気を変えようと3人に拍手を送っているようだ。
「良かったじゃないか。今日は祝いの席だな。颯、どうだ?一緒に一杯」
「俺は良いけど、那須野の方が先潰れるだろ。ウイスキーのロックで頼むわ」
「こっわ!!颯は酒めちゃくちゃ強いっすからね。体調悪いと飲まないけど、調子が良いと涼しい顔してガブガブ飲むからな。谷川以上じゃないっすかね」
涼しい顔でウイスキーを飲む颯を隼はジッと見ているようだ。
好奇心の方が強いのだろう。見られている颯は苦笑いを浮かべていた。
「颯先輩、それ美味しいですか?」
「逆に不味い奴飲んでどうすんだよ。那須野が選んだ奴はいつも上手いよな。本当、助かるわ」
「はい、隼君は美味しい美味しいリンゴジュースね。悪いお兄ちゃんの真似したらダメだよ」
山岸からリンゴジュースを渡された隼は素直にそれを受け取り飲んでいるようだった。
その光景に颯は爆笑しているようだった。
「隼、お前が大人になったら一緒に飲んでやるよ。それまでお預けな。それまで一緒にいられるかわからないけどよ」
「大人って。まぁ、そうですね。俺も酒には自信ありますよ。両親も強いんで、俺も強いはずです」
「酒の強さでも競うのかよ。ゆっくり飲ませてくれや。まぁ、良いか。俺達らしくて」
《解説》
3人がたどり着いた夜の街は札幌のすすきのをモデルにしています。
颯がお酒に強いのは青森県もそうなんですが、東北地方の人々はお酒に強い遺伝子を持っているなんて言われてます。
沖縄とかも泡盛とかハブ酒が有名なので強い人が多いと言われていますね。
青森に関連して数日前に上野駅で起こった出来事を話したいと思います。
作者はドMなので仕事終わりに青森に行こうとしたんですよ。
「神戸も行けたんだから行けるだろう」とね。
ただ、はやぶさって時間指定をしないといけないので来るまでホームで他の新幹線を見ながら待ってたんですがなんか人集りが出来ているホームがあって「なんだ?」と思ったらE8系が来たんですよね。
試運転中の。作者は何回も見てるんですがこんな近くで見たのは初めてで「時間あるし写真撮っとこ」と思って遠目から撮ってささっと自分のはやぶさが到着するホームに戻ったんですが、情報過多が起きまして。
自分の目の前に来たはやぶさが珍しいH5系で、何度も見た事はあったんですが乗るのは初めてで「今日凄い運がいいな」と感心していたんですが大宮で停車をした時にH5系とE8系が横並びになりまして。
仕事で疲れていたので、グランクラスで寝ようと思っていたんですが
一列座席で大きい窓なのでバッチリE8系の車内が見えるんですよね。多分、写真を撮っていた方より近くでE8系を見ていたと思います。




