第伍拾参話 雷鳥と白鷺 ◼️
とある日、那古野の喫茶店にて光莉が店番をしてると1人の老婆が店内へと入ってきた。
上品な白い羽飾りのついた帽子は彼女のトレードマークでもある。
光莉は彼女事を良く知っている。
長年、自分達と共にここ那古野で一緒に仕事をしている同業者だ。喫茶店の常連でもある。
カウンター席に座り、ゆっくりとメニューを眺めているようだ。
「此処は相変わらず静かで良いわねぇ。あら、ショートケーキがある。新作ね。私、大好きなの。誕生日とクリスマスを連想させるでしょう?」
彼女の誕生日がクリスマスと同じ日だと知っている光莉はカウンターで頬杖をつきながら彼女の注文が決まるのを見届けていた。
「白鷺は相変わらずまったりしてるね。それさ、知ってる?希輝ちゃんが試食して、凄い感動してたの。玉ちゃんが言ってた」
そう言うと彼女は目を見開く。
白鷺は那古野もそうなのだが、角鹿も担当するベテランの運び屋だ。
本来であれば、光莉や児玉と共に連携をとりながら仕事をする筈だったがこのまったりした性格故に2人より出遅れる形で開業した経緯がある。
「まぁ、あのお嬢さん?此処にも来てたのね。なんだかね、最近悲しい気持ちになる時があるの。ほら、あの子達。凄いでしょう?あっという間に範囲を広げちゃって。名前の通り輝いてる。でも、私達はずっと暗闇にいるみたいで。このまま居なくなってしまうんじゃないかって」
「それでここに来たの?」
優しい口調で光莉は白鷺に問いかけているようだ。
確かに、現状希輝達は範囲を広げその代償として白鷺ともう1人のベテランの運び屋の仕事を奪ってしまっているという状態だ。
2人としては若い芽を潰したくないと、世代交代の一つとして受け入れてはいるようだが、実際はそうではないのだろう。
複雑な心境が見て取れた。
「まぁ、運び屋も永遠じゃないからね。私と玉ちゃんは運良く一緒にいられてるけど他の所はそうじゃないし。しかも、あの頭の切れる3人だからね。尚更、怖いか」
そう言いながら光莉は白鷺の頼んだコーヒーとショートケーキを用意しているようだ。
白鷺は苦笑いしながらコーヒーを口にする。
「愛嬌がない訳ではないのよ?ただ、自分達に不利益なら切り捨てられそうで怖いの。感情論では動かなさそうに見えるからかしらね?こんな気持ち、と言うより恐怖かしら?こんな事は長年生きてきて初めて感じたわ。だから、最近怖くなっちゃって。中々、若い子達と話が出来ないの」
「なんだと!白鷺!この光莉さんの顔が目に入らぬか!まだまだ現役!ぴちぴちだぞ!」
そう言うと白鷺はケーキを食べながら嬉しそうに光莉の話を聞いているようだ。
やはり、光莉は皆を明るく照らす存在なのだろう。
「うふふ、そうね。光莉ちゃんはそのままでいて。貴女は私達の夢で希望だから。貴女と話が出来て良かった。怖いけれど角鹿に戻らないと。まだ仕事が残ってるの」
「そうか。白鷺、気をつけてね。まぁ、壁もなくなってかなり安全にはなったけど何もない訳じゃないし」
その言葉に彼女は頷き、店内を後にした。
参区の角鹿に戻ると、希輝達3人の姿を見つける。
しかし、何か困っているのか?皆険しい表情をしているようだった。
「...どうしよう。このままだと小坂に辿り着けない。雷鳥さんの手助けが必要なのに」
「此処に来て、俺たちが若手なのが響いて来たな。どうする?このまま引き下がるか?流石に此処じゃ、浅間先輩の後ろ盾なんて使えないぞ」
「...角鹿は僕達の担当場所。でも、それ以上に先人達の担当場所でもある。交渉が上手く行くなんて思ってないけど、完全に向こうの不利益だと動いてくれないか。親睦を深めると言ってもね。僕達じゃ...」
どうやら、白鷺の同期である雷鳥が希輝達への協力を断ったようだ。
その事に白鷺は驚いていたが半ば嬉しい気持ちもあった。
雷鳥はキャリアと共に実力を持つ運び屋として有名だ。
そう簡単に若手に仕事を奪われてなるものかと抵抗しているのだろう。
「あらまぁ、どうしたの?そんな困った顔をして」
白鷺が優しく3人に声をかけると希輝は嬉しそうにしながらも、涙を流しているようだった。
その様子に白鷹や剣城も驚いていたが、彼女のリーダーとしてのプレッシャーを考えればこうなるのも無理はないと見守っているようだった。
「白鷺さん!あの、自分勝手なのは分かっているんですけどアタシ達、小坂に行きたくて。でも、そのためには雷鳥さんの協力が必要で。でも、向こうも不安がってて交渉が上手くいっていないんです。同期の白鷺さんなら聞き入れてくれるんじゃないかと思って」
「そうね。長年、一緒に仕事をしてきた仲間だもの。私が説得すれば、聞き入れてくれるでしょう」
その言葉に白鷹が不安な表情をしながら彼女に問いかける。
「...だけど。そうじゃないんでしょう?問題は僕達が小坂に行く事じゃなくて。彼の立場がどうなるのかが問題なんだ」
「運び屋として、雷鳥さんがずっと守ってきた土地を俺達が一瞬で塗り替えてしまうほど残酷な物はない。新しい場所をと言うのも無理があるしな」
2人が考えを巡らせていると希輝は白鷺にある思いを伝えた。
「アタシとしては、お2人にはこのまま業務を続けてもらいたい。そう思ってます。と言うより、新参者のアタシ達より絶対にお2人の方が地域への信頼度も高い訳で。その2人を除け者にしたら本当にアタシ達、悪者になっちゃうから」
「まぁ、そんな事...あるかもしれないわね。でも良かったわ。貴女達3人が私達の事を一生懸命に考えてくれている。その気持ちだけは受け取っておこうかしら。ほらね、私達と貴女達じゃ年齢も世代も価値観も違うでしょう?分かり合えないなんて言わないけれど。受け入れる事はとても難しい事だから」
その白鷺の言葉に希輝が押し黙っていると、白い着物を着た老人が現れた。
しかし、その背中には雷の如く輝く羽をもつ大鷲が健在している。
噂によれば同じ柄の入れ墨を掘っているという噂もあるが真偽は不明である。そう、白鷺の同期である雷鳥だ。
「なんや、騒がしいと思ったら。おい、白鷺。コイツらの味方になるつもりなんか?お前には落胆したわ。こっちの面子は丸潰れや言うのに」
おっとりした白鷺とは対照的に雷鳥はかなり短気な性格のようで不機嫌な顔をいつもしているという。
これで良く、希輝達は彼に交渉しようと思ったなと白鷺は感心していた。
「少し、この子達の話を聞いていただけです。悩んでいる人に手を差し伸べるのは当然の事でしょう?まぁ、でも。こうやって、貴方の姿を見て分かりました。見苦しいって。この子達は私達の事を考えて下さっているのに、私達はその老いた頭と体を言い訳にして何も考えていないって」
「なんやと!先におったんは俺達や!コイツらは後に入って来た若造。ぽっと出の奴らと長年此処を守って来た俺達は違う!せやろ、白鷺?悔しくてないんか?」
そう言われると白鷺は真っ直ぐな目で彼を見ている。
すると、雷鳥は嫌そうに目を逸らした。
「悔しいですよ。当たり前の事を言わないでください。でもね、嬉しいんですよ。長年、私達が此処で仕事をやってこれたのは同業者のいないライバルのいない土地だったから。知ってます?この子達が担当になるまで、壱区の人達はこの辺りの事全然知らなかったそうですよ?」
「はぁ!?そんな訳あるかい!じゃあ、なんで俺らが毎日のように人を運んでる?此処がどこよりも素晴らしいからやろ」
「町全体で見ればと言う事です。私の話が嘘だと思うなら光莉ちゃんや児玉さんに聞いてください。同じ事を言うと思いますから。あのね、こうやって後継者が生まれると言う事はその土地に価値を見出してくれた人達がいるという事なんですよ。雷鳥、分かっているでしょう?この地域は私達だけの物でないと。もっと此処の素晴らしさを伝えるには若い子の力が必要なんですよ」
そう言うと、雷鳥は溜息を吐きながら悲しげな目線で希輝達を見た。
「正直、限界やったんや。年老いて、行動範囲の維持が難しくなってきた。それでも質だけでもどうにかしようと努力を重ねて来た。小坂に行きたいんやろ?案内するわ、ついてこい。白鷺、お前には昔から敵わんわ」
「えっ!?良いんですか!?あ、ありがとうございます!白鷺さん、ありがとうございます!」
「私は何も。でも、雷鳥は厳しいから着いていくのが大変よ。頑張ってね」
「最後の最後で頭でも体力でもなく根性が必要になるのか。完全なる精神論だな。嫌いじゃない」
「...まぁ、大丈夫でしょう。僕達なら。...多分ね」
その出来事から1時間後、喫茶店にいなかった望海と児玉は小坂で依頼を受けていた。
「珍しいですね。児玉さんと任務の場所が被るなんて」
「ここは参区の中心街だしな。結構、似たような依頼が来るんだよ。俺も、喫茶店にこもってばかりだと鈍るしな。少しは遠出しないと」
ここもまた、商人の町として人が行きかっており派手な看板が目につく。任務を終えた望海と児玉はその繁華街を歩いていた。
「そういえば、望海知ってるか?希輝達が凄い勢いで行動範囲を広げているそうだ。念力が足りるか浅間がかなり心配していたけどな」
「浅間さん、希輝さん達が来るまでずっとお一人で壱区を担当されてましたもんね。可愛い後輩が出来たって喜んでいましたし、心配にもなりますよ。児玉さんも良く言ってますけど、念力が切れるとどうなるんですか?」
そんな会話をしていると誰かの騒ぎ声が聞こえる。
「あかん!あかん!人が倒れてる!誰ぞ助けて!ほんまにあかんて!」
「「あかん」って本当に便利な言葉だよな。色々な意味で使えるし」
「児玉さん、関心してる場合ですか!?行ってみましょう!助けに行かないと!」
人混みを掻き分け、2人がたどり着いた先に3人程地べたに伏している姿を見つけた。
そう、3人は最終目的地である小坂へと辿り着いたのだ。
しかし、既に満身創痍で限界を迎えていた。
「希輝さん!?白鷹さん!?剣城さん!?皆さん大丈夫ですか!?」
「言わんこっちゃない。完全に念力切れだ。まぁ、でも良く頑張ったな。お前たちの死は無駄にしないよ」
「まだ!死んでないから!寧ろ、アタシ達の青春と物語はこれからだから!...ダメだ、眠い。ここまでハードだとは思わなかった、雷鳥さんに手伝ってもらったから結構楽勝だと思ったのに」
雷鳥は厳しい試練を希輝達にかしたがそれもまた、彼女達に期待の目を向けているからなのだろう。
騒がしい人混みの外から、彼女達の事を見守っているようだった。
そのあと、希輝はまた眠りに落ちてしまった。
「あっ、児玉さん。私のお好み焼き、勝手にいじらないでください」
「おっ、望海も言うようになったな。ここの習わしに洗礼されたか」
「辛く、険しい戦いだった。だが、得られる物はあったな」
「...美味しい」
何かを焼く香ばしい匂いが希輝の嗅覚を刺激する。
彼女が次に目覚めた場所は何故かお好み焼き屋の中だった。
下に座布団がひかれ布団代わりにされている。
「ちょっと!そんな美味しい物を食べてるなら起こしてよ!」
4人に希輝は訴えるもわざとなのか?天然なのか?全員首を傾げていた。
「まぁ何にせよ、めでたい事だな。3人とも良く頑張った。今日は祝賀会だ。おじさんが奢ってやるよ」
「児玉さん、ありがとうございます!後で浅間先輩にも伝えないと!」
「ようやく、参区にも交流地点が出来たな。これで望海達の負担を減らせるだろう」
「...僕達、結構凄い事したんじゃないかな?」
「確かに、参区は私達が中心となって動いていましたし。瑞穂さんや咲羅さんも此処を良く利用するんですよね。協会と同じく、皆さんの新しい拠点を作るというのも面白いかもしれません」
その言葉に希輝はある事を思いついたのか、食い入るように望海を見つめこう言った。
「ねぇ、望海!「風間瑞稀」っていう方知らない?以前、ここの近くで会った事があるの。またお会いしたいなってずっと考えてて。お屋敷もあるみたいだし、そこの近くに拠点を建てられたら皆んな動き易くなるんじゃないかな?情報交換もしやすいだろうし」
そんな時、だった。近くのテーブル席から声が聞こえる。
「確かに、それはいい案だね。聡明なお嬢さん、また君に会えて嬉しいよ」
「風間様、お久しぶりです。相変わらずの風来坊っぷりですね。フグの次はお好み焼きですか?」
望海が声をかけると瑞稀はこちらへと近づいてきた。
希輝は目を輝かせ、瑞稀の方を見やる。
「話は聞かせてもらったよ。拠点の話なら私の屋敷を自由に使ってもらって構わない。ずっと、考えてたんだ。風間の人間として君達に何が出来るのか?でも、考えてばかりでは駄目だね。足を鈍らせてしまう。君達にこうして話を直接聞けば良かった」
瑞稀の言葉に希輝は首を横に振った。
「その考えを聞けただけで、十分です!これからは、いつでも貴女にお会い出来るんですね。光栄です!」
「それはどうかな?私は風のように何処からともなく現れ去っていく。ずっと止まるという事をしないんだ。お嬢さんが会いたい時に私はいないかもしれないよ?」
「それはそれで貴女らしくて素敵だと思います!アタシは自分らしさを探求する人に惚れやすいタイプなんです!」
その言葉に瑞稀は驚きながらも喜んでいた。
《解説》
雷鳥と白鷺の元ネタは北陸方面からそれぞれ、大阪、名古屋へと向かう特急サンダーバードとしらさぎですね。
本来であれば両方とも、東海道新幹線の開業に合わせて10/1に運行を開始する予定だったようですが、使用する車両の配備が間に合わないという事で12/25に運行開始したという経緯があります。
この2つに関連して、雑学をお伝えするともし大阪方面の最終のサンダーバードに間に合わなかったとしても新幹線で米原まで移動すればしらさぎには間に合うので今日中に金沢に辿り着く事は可能です。
ただ、ダイヤ改正で両方とも敦賀までの運行となるので変更後に出来るかと言われたら不明としか言いようがありませんね。
あとは、東京でサンライズを逃しても新幹線で熱海まで移動すれば間に合うというのも有名な話ですね。
関東民である作者にとって、北陸地方って中々情報が入ってこないと言うか未知の領域だったんですよね。新幹線が出来るまでは。
以前から新潟、名古屋、大阪を経由すれば辿り着く事は可能性なんですがその情報を持っている人も少なかった印象がありますね。
新幹線が自分と北陸の距離を近づけてくれたのは紛れもない事実だと思います。
ただ、作者は新幹線を乱用しているので日帰りで金沢に遊びに行ったり富山でおにぎりを食べようとするのでそう言う奴には近づけさせない方が良いと思います。




