第伍拾壱話 墓場 ◎
「望海、お願い!私の依頼やっておいて!お礼にアイス奢ってあげるからさ!」
「仕方ありませんね。ほら、早く再テスト受けて来てください」
「それで、光莉の代わりに望海がやってるって訳か」
とある日の放課後の学校での会話を終え、喫茶店で光莉が受けた依頼者名簿を望海が確認していた。
光莉は最盛期よりも仕事を控えているとは言え、望海だけでカバーするのは無理がある。
そもそも、個人によって印の場所も異なるのだ。
出来る物と出来ない物に分類し、その後者を児玉に確認してもらう事にした。
「私が行ける所なら良いのですが、微妙に担当場所が違う物もあるんですよね。児玉さん、3件分其方に回せますか?」
「こればかりは仕方ないからな。分かった、こっちで引き受けよう。他の依頼は大丈夫そうか?」
児玉の言葉を聞いて、もう一度依頼内容を確認すると望海は可笑しな事に気づいた。空白の多い依頼書を見つけたのだ。
基本的に、個人情報の記入は任意だが必須事項として日時は勿論、その行き先の記入は絶対だ。
光莉が不備の書類を誤って入れてしまったのだろうか?
仕事熱心な彼女が?首を傾げながらも望海はその書類を見つめる。
「可笑しいですね。日時や待ち合わせ場所は書いてあるのに、依頼者の名前も行き先も書いてない」
「はぁ?新規や匿名は別に珍しい事でもないが行き先が書かれていないのは可笑しな話だ。場所は壱区の水行川か。俺も望海も行けない事はないが、待ち合わせまで後30分。正直、気は進まない。それ以上に来な臭い。無理に依頼を受ける必要はないだろう」
児玉が自身の懐中時計を確認しながら目を泳がせている。
しかし、望海は新規の客であればこう言ったケースも考えられる。それ以上にこの依頼書を受諾してしまった此方側にも不備があると考えているようだ。
「ですが、依頼人の手違いと言う事もありますし。もしこれで最悪、大事な人の死を見取れないと言う事になってしまったら一生後悔すると思います。私だけでも言って、依頼人に話を聞いて来ます」
「そうか、気をつけて行ってこいよ」
望海が待ち合わせ場所に移動すると、ベンチに腰掛ける初老の男性がいた。前で杖を突き、そこをじっと動こうとしない。
恐る恐る近くによると、男性は顔を上げこちらを見つめてくる。
しかし、精気がない。瞳は暗闇に満ちていて蝋燭の微かな灯りさえ見えず、望海は恐怖した。
そう、圭太があの晩餐会で見た老人と同じ人物だ。
となれば、その正体も自ずと分かってくるだろう。
しかし、望海は彼と初対面だ。
正体が判明するのに時間を用していた。
「思ったより早かったな。運び屋というのは皆、時間に厳しい。私はもう少し、時間にゆとりがあってもいいと思うが其方さんの都合なら仕方あるまい」
「あ、あの。依頼人の方で間違いはありませんか?代理でお伺いしたものなのですが」
そう言うと目の前の老人は軽く頷く。
まだ、言葉の通じる相手だと望海は安心したようだ。
「左様。この歳になると、若者と会う機会も無くなる。この老耄に時間をかけてくれる者も。金なら幾らでも出す。言い値で構わない。どうかこの私にお嬢さんの時間を貰えないか?」
下手の立場で言われているのにも関わらず、重圧を感じるのは何故だろうか?この人は只者ではない。
本能的に、直感的に恐怖と不気味さを感じるのは何故だろうか?
望海にはこの恐怖の原因が良く分からない。
しかし、普通の人間でない事は分かるのだ。
彼の人生が酷く恐ろしく、正気を保っていられるか分からない程の暗闇の中にいる。そんな気がしてならなかった。
「あ、あの。もしかして、目的地を書かなかったのも」
「私はお嬢さんと話をしたいだけだ。ベンチに腰掛け、20分間程度話をするだけ。ここは私が昔住んでいた場所だ。思い出話を聞いて貰いたい」
「...それで?貴方はどうするんですか?」
なんとなく、望海はこの人の命がそう長くないと感じた。
だから最後に思い出話をさせて欲しいと言って来たのかもしれない。
「私はもうすぐ死ぬ。この歳になると最期の事ばかりを考える。私はこの穏やかな故郷で静かに息を引き取りたい。ただそれだけだ」
「お断りします。私は運び屋です。人の死を看取ったり、火葬屋のような事をするつもりはありません」
「...そうか。若者には死を考え受け止める機会もないか。立ち話もなんだ。横に座りなさい」
望海は男性との距離を取りつつ、慎重に同じベンチに腰掛けた。
何度もチラチラと彼の顔を見ながら慎重に言葉を選びながら会話を続ける。
何処かの拍子に壊れてしまわないか?心配でならなかった。
「あの、死ぬというのはどう言う事なのですか?ご病気か何かですか?」
「違う。しかし、分かるのだよ。自分の命がそう長くない事を。直感的に本能的に、いつか近いうちに迎えがくる。そう思い、感じているのだ」
彼は下を向き、その表情を望海には見せてくれない。
「私には貴方の気持ちが良く分かりませんし、理解しようとも思いません。命が惜しいとは思わないのですか?何か、後悔はないのですか?」
すると、彼は帽子で半ば隠しながらもカッと目を見開きジッと彼女を見つめる。
その底の見えない瞳に望海は恐怖した。
「後悔?そんなものありすぎて死ぬまでに片付けられる物ではないし、しようとも思わない。姉が連れ去られ、遊郭に売られた時から生きた心地がしなかった。もう何十年前の事だ」
「!?」
その言葉に望海はこの人物が誰なのか?過去の会話からある程度検討がついた。
しかし、どうして彼が此処にいて覇気のない、抜け殻の状態になっているのか?それが望海にはわからなかった。
今までの言動から考えるに言ってしまえば、廃人状態になっているのだろう。
「…貴方。鶴崎真紅郎ですね。貴方は秋津基地の人間だ!どうして此処にいるのですか!?比良坂町に何をしに…」
望海は慌てて、ベンチから離れ彼に訴えかけるように正面で対峙した。
しかし、鶴崎は黙っていろと言わんばかりに掌の目の前に翳した。
「そう騒ぐな、お嬢さん。私も昔は此処の人間だった。他の奴らも同等だ。皆、故郷を追われ幼い頃に軍に連れて来られた」
「貴方達がこの町で悪さを働くのは、自分達の比良坂町を取り戻す為ですか?故郷を追われた恨みを私達にぶつけている。そのようにしか思えません」
「そんな単純な物ではない。少し、私の話を聞きなさい」
鶴崎は危険な人間だ。
秋津基地のトップであり、これまでの惨劇を企んだ張本人。
正直言ってここから直ぐに離れたい。
警戒する望海を見て鶴崎は溜息を吐きながら立ち上がった。
「少し、私について来なさい。私の首をお嬢さんに見せよう」
「首?どう言う事ですか?」
鶴崎に連れられ、移動すると以前望海が見た事がある物に辿りついた。
「これが私の門だ。これを破壊すれば私はもうこの町に来る事はないし、お嬢さんが望めば私の執務室まで来て殺す事も出来る。もし、もう一度私と話がしたくなったらいつでも歓迎する。合言葉は「135」覚えておくといい」
望海は門を二度見し、少し考えた後鶴崎にこう告げた。
「...分かりました。私も少し、感情的になっていたように思います。考える時間をください。貴方の誠意、感謝します」
「では、私はこれで。ありがとう、お嬢さん」
そのまま鶴崎は門の中へと消えていった。




