第肆拾仇話 雛鳥
初嶺と零央の直接対決から約1週間後、協会の医務室で未だ目が覚めない初嶺を愛は見守っているようだった。
怪我をした頭部の包帯を変えようとした時、ふと彼は目を覚ました。
「...ここは」
「あっ、目が覚めました?5日間程、寝込んでいたんですよ?」
愛に目の前で手をヒラヒラと翳される。
意識が戻ったのか、初嶺はムクリと起き上がった。
愛と目が合い、数秒が経過した後、彼は口を開いた。
「母さん?」
「...えっ!?」
そのあと、初嶺は愛の後ろについて回るように動いている。
彼女は青ざめながら、彼から逃れようとするが記憶は曖昧でも身体能力は健在なのか?周りこまれてしまっていた。
そんな時、黄泉がカルテを読みながら医務室へと入ってきた。
「愛君、それは何だい?雛鳥のように後ろについてるのは?」
「は、初嶺朧のようなのですが、どうも様子がおかしいようで。私の事を母さんと呼ぶんです」
愛は振り払うようにステップを踏んだりターンをしているが、初嶺に追走されてしまう。完全にお手上げ状態だ。
黄泉は何事もなかったようにガーゼや綿棒などの備品が入ったワゴンをいじっている。
「それは良かったじゃないか。もうそろそろ1人立ちしてゆくゆくは私のように弟子を取りたいと言っていただろう?丁度良い、世話をしてあげなさい」
「ちょっと、黄泉先生!私に彼を押し付けるつもりですか!?」
口論になる2人を見た初嶺は間に入り、仲裁しようとする。
「父さん、母さん。喧嘩はダメだ、仲良くしないと」
「冗談もやめたまえ。君のようなデカい息子を持った覚えがない。自分で言うのもなんだが私は子供が好きだ。皆から「Dr.黄泉」「黄泉先生」と言われると気分が良い。私に好かれたいならそう呼びなさい」
黄泉は普段は僕と自分の事を読んでいるが、初嶺の対応が心底嫌だったのだろう。
言い聞かせるように私と口にしているようだ。
しかし、当の初嶺から何の返事も出てこない。
「...」
突然、黙りコクってしまった初嶺に2人は危機感を感じた。
黄泉と愛はお互いに見つめ合いながら、目を見開いている。
「まさか、冗談じゃないんですか?」
「不味いな、零央君の拳は記憶をも粉砕してしまったみたいだ。そもそも、生きている事自体奇跡みたいな物だからね。脳の検査をしなければ」
その事を数日後、とある2人に報告する機会を黄泉は得る事になった。
「き、記憶喪失ですか!?」
そう、黄泉が研究所に戻っていると聞いた望海は圭太と共に初嶺の様子を聞いていた。
望海は案の定、驚いているようだが圭太はどちらかというと零央の拳の威力に感心しているようだった。
「零央パンチがかなり効いたみたいだね。でも、そうでもしないと姉貴の命も危なかったし結果的には良かったんじゃない?」
練習段階でも瓦を500枚を数時間で粉砕したのだ。
その威力を1人の人間が受ければそうなるのは圭太も黄泉も粗方予想は出来ていただろう。
黄泉は初嶺のカルテを見ながら口を開いた。
「自分の名前も覚えていない程、重症だったからね。一応、全斎の資料も見せてみたが首を傾げていた。リハビリメニューは組んでみたがあまり期待しない方がいいだろう」
「では、秋津基地の情報についても彼に聞く事は出来ないと言う事でしょうか?」
「今の状態では無理だろうね。何か記憶を思い出すきっかけがあると良いんだけど」
初嶺は秋津基地に関する大切な情報を持っている。
それは紛れもない事実だ。これによって事態の収集に決着がつけば良いのだが、まだまだ道のりは遠いようだ。
それと同時期、節子は協会の廊下である物を見ていた。
それは歴代会長の絵もしくは写真達だった。
自分の母親は勿論、亘の祖父、瑞稀の養父の写真も存在する。
しかし、しかしだ。それ以降の会長達は退任後、皆忽然と姿を消してしまっている。
節子は幼い頃からずっとこう思っていた。
冒険家の父と同じく、壁の向こう側に行き素敵な場所を巡り旅をしているのだと。
ただ、成長するに連れて何処か違和感を次第に覚えてしまっている。
「皆さん、何処に行ってしまったの?何処にいらっしゃるのかしら?私達の知らない場所?」
誰に問いかけようとも返事がかえってくる事はない。
当たり前かと節子は気を取り直し、母親からの頼みである人物の元へと向かった。
「ご機嫌よう。貴方が初嶺朧さん?はじめまして、敷島節子と申します」
挨拶がしたいと言う節子の願いを叶える為、愛は初嶺を彼女の元へと連れて行った。
まだ怪我が完治してはいないが、歩行や日常生活での基本的な動作は問題さなそうに節子は見え安心していた。
「元々、秋津基地にいらしてたんでしょう?比良坂町の事、貴方に知って欲しくて案内させて欲しいの。記憶喪失な事は知っているわ、景色を見て何か思い出せる事があると良いんだけど」
その時、初嶺はふと何かの香りが彼女の周辺にただよっている事に気付く。
彼は消えた記憶の中からある一欠片を見つける。
「...貴女から花の匂いがする。なんだか、懐かしいような」
「まぁ、ラベンダーの匂いがお好きなの?もしかして、貴方北部の生まれ?彼処にはラベンダー畑があるの一緒に行ってみましょうか?」
彼と一緒に過ごす事に前向きな節子に対して、愛は初嶺を節子から離すように自分の方へと引き寄せた。
「節子お嬢様、もしかしてお2人で行くつもりですか!?人魚がいないとはいえ、初嶺は危険な存在ですよ。護衛をつけた方が」
「俺が行く」
話を聞きつけた隼が颯爽と駆け寄ってきた。
節子が天真爛漫で好奇心旺盛なのは隼も良く理解している。
辞めろと行っても、この前のように抜け出して自分で何処かへと行ってしまうだろうと隼は思ったようだ。
節子は仲間が増えたと嬉しそうにしている。
「まぁ、隼さんもラベンダー畑がお好きなのね。じゃあ、3人で行きましょう」
「節子嬢、貴女は危機感がなさすぎる。どうして初嶺を構うんだ?俺達が初嶺のせいで倒れたのは知ってるだろう?」
しかし、隼の言葉に節子は全てを見透かすような瞳でこう言った。
中身を見透かすのは身近だと山岸もいるのだが、節子は普段から子供のような印象を受けるので彼の中には少しの恐怖も感じ取っていた。
「貴方の為よ」
「は?」
「初嶺は貴方を凌駕する程の運び屋よ、そんな彼から今後協力を得られたら全体の強化。特に貴方の強化にも繋がる。そんな気がするの今は分からないけどね」
「アイツと仲良くしろって言いたいのか?俺は反対だ、そもそも記憶が飛んでると言うのも怪しい。油断したら節子嬢も同じ目に遭うぞ」
「それならそれで仕方のない事だわ。貴方の気持ちも良く分かる。仲間を思う気持ちも、だからと言ってこのチャンスを無くすのも惜しいと言うの。今は私の考えに従ってはくれないかしら?」
隼は少し考えを巡らせたが、やはり節子には敵わないと溜息をつきながら了承した。
正直、隼にとっても現状手詰まりと言った状態で自分の目的に手を貸してくれる協力者がいてくれればなという気持ちもあった。
初嶺の事も知りたいという好奇心がないわけでもない。
ここは素直に彼女に従う事にした。
「はぁ、今回だけですよ」
「ありがとう、貴方ならそう言ってくれると思ってたわ」
そのあと、節子達3人は北部のラベンダー畑へと向かった。
鮮やかな紫の絨毯が皆を穏やかな気持ちにさせてくれる。
「どうかしら?何か思い出せる事でも?」
「...私はずっとこの景色に辿り着く事を昔から考えていたような、誰かに此処に帰りなさいと言われていたようなそんな気がするのです」
「それは、本来は此処の生まれだけど別の場所にいて此処とは無縁の生活をして来たっていう解釈で合っているか?」
初嶺が秋津基地にいた事知る隼は、遠回しに答えを言った。
遠回し言うのは、正解を押し付ける事が初嶺にとって良い影響になるとは限らないと思ったからなのだろう。
「貴方の言葉を聞いて少し思い出しました。薬莢と草木が燃える匂いそれが私の日常的に嗅いできた匂いです。花の匂いなど私には無縁の存在だった」
「そんな事ないわ、知ってる?嗅覚というのは五感の中で1番記憶に残っている感覚なんですって。それを今貴方は思い出しているだけなのよ。焦らなくて良いわ、これから貴方がどうしたいのか?ゆっくり考えてみてね」
節子の優しい問いかけに初嶺は頷いた後、自身の考えを述べた。
「私は助けていただいた愛さんの助手となって今後は皆さんの力になりたいと考えています。そしていつか、貴方がた2人に恩返しがしたい。自分の使命を果たしたい。今はそう思います」
その言葉に節子は笑みを浮かべ、隼は反対に何か考え事をしている。
「初嶺、なら俺に協力してくれないか?」
「協力?私に出来る事ならいくらでも引き受けますが」
「ずっと考えていた計画があるんだ。それが俺に可能かシュミレーションをしてもらいたい。此処の近くに北部で栄えている地域がある。大きな川が流れる地域だ。そこまで行動範囲を伸ばしたい。だが、俺も多忙だ運び屋業務もある。そこで初嶺、お前の出番だ」
隼は指で大友の位置を初嶺に説明する。
壁が消え、長らく実行不可能だった計画を初嶺の協力の元実行する時が来たようだ。
「まぁ!面白そう!成る程、彼なら時間もあるし隼さんの代役に相応しい。いいえ、それ以上の成果を持ってきてくれると思うわ。私からも頼めないかしら?これは貴方にしか出来ない事だと思うの」
そのあと初嶺は目的地である地域を目視で確認する。
「了解しました。ご期待に添えるよう尽力致します」




